208

「山本さんの5年目って?」


「一言で言って、婚活に明け暮れていた時代だね・・・・・・・・・・・・・・


「えっ?」


私とトリスクト様の三角関係の時代でした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


「訂正。四角関係でしょ? 私もいたもの・・・・・・・・・・・・・・・


「えぇっ?」


「あ、違うわね。当時の王子殿下とルーリィ様は交際関係に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あったから正しくは5角関係ね・・・・・・・・・・・・・・? で、ルーリィ様は王子殿下をないがしろに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山本一徹と浮気して・・・・・・・・・……」


「王子が省かれたなら、結局四角関係でしょう?」


「あ、そうか」


「えぇぇぇぇぇっ!?」


「二人とも辞めないか人聞きの悪いっ!」


 5年目のスタートが勢い有り過ぎた。

 そもそも、ルーリィが一徹以外の男と交際経験あったなど魅卯には初耳だった。


「そんな驚いた顔で見ないでくれ魅卯少女」


「あの、でもだって……」


「先に言っておくが、現陛下とはただの一度も肉体関係なんてないから」


「でも、キスはしてましたよね・・・・・・・・・・ルーリィ様」


「そんなこと言ったら魅卯少女だって、一徹の前で久我舘隆蓮と接吻を」


「ゴメン! 何でもない!」


 いきなり話が飛び火した魅卯。「同じ状況のくせにオメーだけ純愛語れるんか」言われた気がして焦ってしまう。


「やれやれ。一徹様の前に男がいるとか、ビッチですねぇお二人共」


「貴女がそれを言うのねフランベルジュ?」


「私の場合は強いられた立場故ですし、思い出したくない。既に忘却の彼方である以上、全てはノーカンですよアルファリカ?」


「だったら劉蓮様の分だってノーカンだもの!」


「だそうですよルーリィ様。では、合意の上恋人となった・・・・・・・・・・当時の王子殿下とのキスは、ノーカンに出来ませんね?」


 ことは一徹の婚活時代の話だからか。

 恋バナに関わり、少しだけ4人はじゃれ合う事ができた。


 魅卯は別とし、シャリエールとエメロードには確かに皮肉があった。


「……ではこうしよう。王子殿下すら見初めさせるほどに魅力的な・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が・・、最終的に一徹のものとなった」


「「「ウグっ」」」


 ルーリィはものともしない。

 腰に手を当て胸を張る。自信持って言い切ってしまうから、他の三人とも息を詰まらせた。


「幾ら可愛く美しい女であっても、高嶺の花で誰からも手を出されなければ、モテない、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・魅力的でないのと変わり無い・・・・・・・・・・・・・。少し手垢があるくらいでなくてはね? それこそ私が多くの殿方から人気であった証明・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そんな貴女を恋人とし、婚約者にした旦那様にステータスが付くと?」


「ひ、開き直ってきましたねルーリィ様。誰もが羨む女の子を物にするトロフィーガール。女性蔑視に違いない発言を、貴女ご自身でなさいますか」


「さてぇ? 当事者だから思えるのさ。そんな異性から格別人気ある私を手に入れられたからこそ、一徹は只者ではないんだ。私の自己満足も完結した。いい男だと思える相手と、付き合いたいじゃないか?」


 男性目線から見るとちょっと違うかもしれない。キスも未経験、処女であるところに《清純》と言う女性の理想を見出す。

 が、「皆にモテモテの美少女がなぜ俺に?」と語るなら、モテモテの根拠が無ければその考えは成り立たない。

 そういう意味でルーリィの実績は、「モテモテ美少女がなぜ一徹の隣に?」の型を確かに成すのだ。

 

「重ねて言うが、肉体関係はなかったからセーフだよ」


「「「何が!?」」」


 さて、復讐を終えてスローライフ決め込んだ一徹の五年目は、周囲の者には物足りなかった。


―だぁっ、そもそもこんな身の上で何処に来てくれる嫁さんおるっちゅうねん!?― 


―ぎゃあっ!?―


 仲間の勧めによって一徹はとあるパーティに出席した。結婚相手を探させるためだ。


―げぇっ! やっちまった!―


 が、その夜会自体の開催目的は別にあった。目的とは、社交界・・・の思惑で左右されるもの。

 そう社交界だ。つまり一徹が出席したのは……貴族の・・・パーティだった。


 貴族階級が自種族以外認めるわけがない。なら他種族や、種族の混血と繋がりがある一徹に嫁候補が探せるわけない。

 自暴自棄になった一徹がバンザイした時、握ったゴブレットから飛び出た果実酒がとある令嬢に降り掛かったのだ。


―も、申し訳ないご令嬢!―


―な……何たる屈辱……―


「あー、我が事ながら嫌な顔しているわね私」


 その令嬢と言うのが、


「あ、アルファリカさん?」


 イエローのドレスを纏ったエメロードだった。

 果実酒被って、髪から色付いたドレスからポタポタいっていた。

 

「なんか、今よりも目つきが……」


「なんか言った月城魅卯?」


「なんでもないっ」


「この時のエメロードは、それはもう尖っていたからね」


「ルーリィ様っ!」


 噛みつかれてはたまらないと、茶々入れたルーリィは両手をホールドアップさせる。


―あ、あの、ドレス弁償させてください―


―弁償? 貴方ごときに出来るのかしら。それに弁償で済む問題だと思っているわけ? 貴方、一体誰に対して……―


 トゲットゲの一幕が、一徹とエメロードの出逢い。

 記憶の中のエメロードは高圧的で、謝罪に回った一徹は実に苦しげで困っていた。


 程なくして、一徹の謝罪を頑として受け付けないエメロードは夜会会場の中心に立った。


 ―皆様、ご注目頂けますでしょうかっ?―


 彼女の酷くなってしまった見た目に、夜会出席者皆、恐怖の表情を浮かべていた。

 

 この光景をともに見ているルーリィはニヤニヤと。シャリエールはムカムカと。


「や、止めてよ私のバカ」


 記憶にダイブした今のエメロードは、恥ずかしいのか顔も真っ赤に光景から目を背けた。


―私は、こちらの殿方から耐えようもない屈辱を受けました。えぇ、皆様もご存知のこのアルファリカがです! 私は一体、どうすれば宜しいでしょうか!?―


「うわぁ、『このアルファリカが』ですって。家名まで出すとか、《虎の威を借る狐》って言葉知っていますか?」


「五月蠅いわねフランベルジュ! この時の私はまだ幼かったの!?」


 記憶の中のエメロードは、言紡げば紡ぐ程に悦に入っていく。

 対する今のエメロードの恥ずかしがり様は、不謹慎だが見てる魅卯も少しだけ面白かった。


 なお今のスピーチを耳にした者達は、「痛めつけてしまえ」や、「破滅させろ」など宣っていた。

 エメロードの煽りに乗った出席者だが、明らかに「同調しないと飛び火する」みたいな忖度が見て取れた。


「……アルファリカって公爵家なんだよね?」


「そりゃあね。桐桜華で言えば穢土えど時代に徳河とくがわ家と近しい三家に相当する。おわり家、貴意きい家、三戸みと家」

 

「ドラマにもあるじゃないですか。薬箱チラつかせ副将軍であることを知らしめ、皆ハハァと頭を下げる」


「……凄いね、アルファリカさん」


「わ、私だって今は随分マシになったからぁっ!」


―……払いますよ? きっちりケジメ・・・は取らせて頂きます―


 皆にアピールするだけしたエメロードは、結局莫大な賠償金を一徹に請求した。


 血生臭さくない案を持ち出し、他の出席者に対して自身が寛大な公爵令嬢だとアピールするため。

 一方で、初めて出逢った一徹が決して払えないであろう額を請求され困った顔を見たかった。


「あぁ、なんて馬鹿やらかしたのかしら私」


 当時の己の姿に、今のエメロードは右掌で頭を抱えた。


「どういうこと?」


「大失敗だったのよ。私の振る舞いは、山本一徹との出逢いでこじらせ、我が公爵家の思惑すら拗らせた」


「エメロードは、一徹が3、4年目に地獄を見た奴隷制ある国の公爵令嬢。その国の社交界の催しに、なぜ隣国海洋立国の一商会長の一徹が出席できたと思う?」


「それは?」


「エメロードのお父上アルファリカ公爵閣下は、国の外交大臣として海洋立国との同盟を希望された。海洋立国の貴族とコネクションあるキーパーソンとして、一徹は夜会に送り込まれたのさ」


「招待状を受け取ったのは旦那様の御親友。そんな裏話を知らない一徹様は、『結婚相手を探しに行け』と、身代わりとして送られたのです」


 本当不謹慎極まりない……が、困ったエメロードという珍しい姿に、魅卯は必死に笑いを噛み殺した。



――魅卯が笑ってしまった光景は、本当は笑えるものではなかったらしい。


 ー君は、どれだけ自分が危ない橋を渡ったのかわかっているのか! 自分だけではない。君の軽はずみな振る舞いは、周りを危険にさらした!ー


 一徹が襟首を締め上げられて怒声を浴びせられたところから、その光景は始まった。


 肩まで伸びたサラサラの金髪。碧眼。白磁のようなきめ細やかな白い肌。

 一徹の親友となった、かつての仇敵の美青年だった。


ーどうしてあんな挑発をした。君ほどの男が、その結果がどうなるか予想できなかったとは言わせないぞ!ー

 

 世界的トップモデルレベルの美青年が、一徹に対し、超至近距離で怒りを解き放っていた。


ー相手は誇りを己が至上とする貴族。アルファリカ公爵家はその筆頭格。エメロード嬢は、第二令嬢だぞ!ー


「王家に嫁いだお姉様が次期国王の妻だもの。その捉え方も当然よね」


 この光景は、かつての自分のイタズラ心が招いたものだと自覚しているエメロードの表情は苦々し気だった。


ーわ、悪かったって。もうその辺で勘弁してくれよ。反省している。もう二度としないからー


 ここまでこの美青年に怒られたこともないのだろう。一徹も困り果てていた。


ー万が一、侮辱されたとして君が処刑されたらどうする!ー


ーいやぁ、でもこうして帰ってきたしー


ーあぁ、帰ってきた。アルファリカ家の兵による私刑・・を食らってね!ー


 美青年は終わらせない。突き飛ばすように襟首を離すと、一瞬踵を返し、落ち着こうとした。


ー私は、リンチされたボロボロの君を見るなり、生きた心地がしなかったよ! 君の身体を存分に痛めつける環境がそこにあったー


 が、両手で髪をかき上げるところに、怒りは抑えきれていないことがありありとわかった。


「あのアルファリカさん、私刑って……なに?」


「要はね、シャリエールがエメロードを殺して余りある所業だよ」


「というか、今、アルファリカを殺します」


「どうどう、シャリエールどうどう! 魅卯少女、シャリエールを抑えるのを手伝ってくれないか!?」


 美青年の憤り様、私刑が冗談でないことを魅卯は分からされた。


「夜会で私に粗相しでかした山本一徹を、公爵家の兵が連行した……拷問・・したのよ」


「ごっ……」


「私が命じたわけじゃない。ただ、侯爵家の第二令嬢がコケにされたとして、家の私兵たちが黙っていられなかったのよ。全身を鞭で、棒で打った」


「ひ、酷い……」


「兵たちの言うところでは、驚かせる程度のものらしかった。もし賠償金を支払えなかったら、もっと手酷い形で分からされるつもりだったみたい」


「程度なんて関係ない。拷問した時点でアウトなのですよ。なら同じ目に、今から受けますかアルファリカ?」


「ウッ!?」


 魅卯は何も言えない。


 当然だ。


 記憶にダイブしたシャリエールの目は逝っていた。エメロードを殺れる目をしていた。


 拷問されていた状態から解放されたのは、エメロードが申し伝えた絶対に払えないであろう額を、「賠償する」と言った一徹の約束が果たされたからだった。


 一徹の仲間が、エメロードに対して賠償金額を耳揃えて持ってきた……どころではない。提示額の数倍額を持ちて手打ち金とした。


「そんな額を余裕で払ってしまう所に、幼いながら私は思ったわよ。『あぁ、面白半分でからかってはいけない相手だったんだ』って。その瞬間から私は、山本一徹という沼にハマってしまったの」


 辛くも拷問から開放された一徹は、今度は仲間から説教を食らうハメになる。それが美青年から詰められる理由だった。


君の命に届きうる場・・・・・・・・・であった・・・・ということだ!ー


ーな、なぁ。もうその辺にー


ー君はいまや、自分がどんな存在かわかっていないのか?ー


ーお、おいー


ー君の兄上殿は《獣王》の側近。獣人族一大一派の大幹部。そして先の事件の折、君もその立場を賜るようになった・・・・・・・・・・・・・・・。わかるだろう? いまや君も・・・・・獣人族の中の貴族・・・・・・・・なのだと!ー


ーそ、そんな大層なものじゃ……ー


ー万が一人間族の貴族が、獣人族の貴族キミを処刑したなら、とんでもないことになるぞ!?ー


 あぁ、一徹の口が減らないことが藪蛇やぶへびだ。


ー少なくとも君の兄上殿が報復に動き出す。さすれば奥方が飛び出す! 君の大事な使用人やシャリエールだって復讐の為、命を危険にさらすだろう!ー


「だから、アルファリカは今殺します」


「押さえろシャリエール!」


 美青年はなんとか背を見せながら口にしていたのに。

 怒りを抑えきることができず、再び一徹に顔を向けることになってしまった。


ー今度は彼方あちらがやり返してくる。その応酬はやがて規模を膨れ上がらせる。やがては戦だ!ー


ーそ、それは……ー


ーそれだけじゃない! 全てが無になってしまう!ー


 美しい男に違いない。が、浮かべるのはとても恐ろしい顔。


ーこれまで必死に生きてきた君を旗印として、私たちは一つの勢力としてまとまれた。もし君がいなくなってしまったら? また烏合の衆に逆戻りだ!ー


 初めて一徹の真実をトレースする魅卯は、美青年の言わんとしているところがわかる気もした。


ー何言ってんだ! 烏合の衆だぁ? 違う! 俺は俺のすべてをお前たちに譲渡した! お前らはそれを使って、自分たちの努力で発展、成長してきたじゃないか!ー


 だが、美青年だけじゃない。

 一徹の言いたいことも伺えた。


ー本気で言っているのかい?ー


ー俺たちはハッピーエンドを迎えたじゃないか! ハッピーエンドなんだよ! お前には愛する奥さんと娘がいる! 幸せな生活を応援してくれる仲間だって!ー 


 とうとう一徹のストレスも限界に来ていたようだった。


ーそれが物語の結末! なのになんだ!? 『俺がいないから』だと!?ー


ーそれ以上言葉を紡いでみろ? 私は君を……ー


ー俺に依存しなきゃ何もできない雑魚かテメェらは! 俺が俺の人生を謳歌して何が悪ぃ!ー


「復讐以降、一徹はスローライフを望んだ」  


「ですが旦那様を英雄と慕う者達みなは、旦那様にそんな余生を送ってほしくなかったのです」


ー依存? ハッ? 君がその言葉を使うとはね。守れなかった女の亡霊・・・・・・・・・・に縛られ・・・・、依存し、五年もの間、あらたな一歩すら踏み出せないような君がー


「……あっ!?」


 ……決定的な発言。


 美青年が怒りに任せて口にしたセリフ。


「そうですよ月城訓練生。このときにはもう、リングキー・サイデェスの呪いは、旦那様だけのものではなくなった」


「どうして仲間たちは、意図的に一徹に結婚相手を見つけさせよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・としたと思う・・・・・・・?」


ーじょーとうだテメェ!ー


 一徹も、リングキーをほのめかされてキレてしまった。


ーそこまでっ! 両者ともそこまで!ー


 怒られていた側だったから黙っていた一徹。とうとう美青年に殴りかかろうとした。

 間に入ったのは、ヴィクトルだった。


 そして……


ー抑えてください旦那様。お願い。抑えてっ!ー


 一徹の胸に頭を、そして体を預け、その前進を阻もうとする記憶の中のシャリエール。

 悲し気な顔をしていた。


ー頼む。なぁ頼むから……ー


 たかぶった空気は、仲裁が入ったことでいったん沈静化する。


ー君が……この私が心の底から忠誠を誓う・・・・・・・・・・君だけは……ー


 だから次の言葉と、紡ぐ美青年の苦し気な表情が……


ー私を、失望させないでくれ!ー


 魅卯にはとても印象的だった。


「リングキー・サイデェスと言う女が、一徹にとってアキレス腱であることは、皆わかっていた」


だから皆が旦那様に妻を望んだのです・・・・・・・・・・・・・・・・・リングキー・サイデェスの悲劇と呪い・・・・・・・・・・・・・・・・・を塗りつぶせる女を、旦那様じゃない、・・・・・・・・・・・・・・・・・・旦那様の周囲が求めていた・・・・・・・・・・・・


 婚活に明け暮れる一徹の時代。

 傍目から見てお笑いな時代は、決して笑えないのだと魅卯に分からせた。 



――エメロードが「絶対に払えない」と吹っかけた賠償額を期限までに、しかも数倍額キッチリ払ったことは、エメロードの父親に脅威を思わせた。


―も、申し訳ございませんでしたっ!―


―ハァイ、良いですよぉっ?♪―


―……へ?―


「……魔法だね」


「魔力ですよ。旦那様の」


「あの許容範囲は質悪すぎでしょ。公爵家の兵に拷問された男がケロッとそんなこというのよ?」


「それを超えるほどの痛みと地獄を何度となく経験してきた一徹だから許せたのだろうが」


「普通はキレるどころじゃない。貴女の首をその場で刎ねてもおかしく無い」


「このレベルをボーダーラインにできる時点で、一徹はもう壊れていた」

 

「ホントはそれでなお笑って許す山本一徹の得体の知れなさに注視すべきだったのに。許された事に私はホッとしてしまった」


 想像してみてほしい。

 公爵令嬢の吹っかけに応える金持ちが、拷問受けて許せるだろうか。


 慌てた父親の公爵の命令で、わざわざエメロードは国境超えて海洋立国まで謝罪に出向いた。


「『同盟の目論見がご破綻となったら、家の敷居をまたぐことは愚かもう二度と領地の土を踏ませない』とまで言われたわよ。何なら『相手の気が済むなら、喰われろ・・・・』とまでね」


 貞操の危機。お家追放。もし許してもらえなかったらと思うと、当時のエメロードも怖くてならなかったろう。


 それを二つ返事で、一徹は許してのけた。なんなら「公爵令嬢というのも大変ですねぇ」とまで言われた。


 でもそれが、当時のエメロードには新鮮だった。


オモシレー男面白い奴。その時はそう思ったわよ。国王の次に権力を握る父上の次女である私を誰もが恐る恐る接したのに、フランクに来る。そんなの初めてだった。私にとっての、麻薬よ」


「ま、麻薬って……」

  

「当時の私は、山本一徹になんでも言えた。包容力が凄かったもの」


 再び顔色を赤らめるなら、エメロードの言に嘘は無いのだろう。


「私は公爵家第二令嬢。第一令嬢のお姉様は王家に嫁いだ。弟は次期公爵を嘱望された。でも私はいつまでも世間知らずで無知な愚か者。実は社交界でも笑い者だった」


「君の国の中で、君は強がるしかなかった」


「隣国で、所詮一商会長だった旦那様には強がる必要がなかった。しかもとても大人で、笑って受け止めてくれる」


「山本さんに、当時のアルファリカさんは安心感を覚えちゃったんだね。だから悩みも弱みもさらけ出す事ができた」


「勝手に分析しないで!」


 当時の背景を説明する、いつもツンケンなエメロードが、魅卯には可愛く思えた。


「私はいつも父から、『出来損ないの公爵令嬢』と言われていたし、密かに社交界全体からそう見られていたのは薄々感じていた。なのにアイツ、なんて言ったと思う? 『17、8の頃の自分は女の娘の尻を追っかけていた。それに比べたら凄い』なんて……私を認めた様なセリフを吐いて」


「間違いではないですね」


「今だから納得だ。その時分の一徹は、トモカ殿の背中を目で追っていたんだから」


「なまじ『ウンウン』と笑顔で頷いてくれる物だから、私は悩み全てを打ち明けたわよ。山本一徹はすべて受け止めてくれた」


 エメロードは吐き捨てるように言うが、魅卯はその時からエメロードが少しずつ一徹に惹かれていったことを知った。


「極めつけは模擬決闘」


「決闘?」


 エメロードが挙げた話。魅卯は理解できなくて首を傾げた。

 が、すぐにそれがどういう意味なのか魅卯も理解した。


―そうだ。ストレス発散をしませんかエメロード様―


―ストレス発散?―


―たまには体を動かすのも、いい物です―


 ニッツと親しみを感じさせる笑みを浮かべた一徹の物言いは、展開が次に行くのを指し示していた。



――一徹が属する港町のギルド内訓練場。

 連れてこられたエメロードにとって、とてつもなく恐ろしくて震えあがるのも仕方ない話だった。


―や、山本一徹。な、なによこの場所はっ?―

 

―あ、気にしないでください―


―気にならない方が無理ってものよ!―


 この世界は、種族枠のこだわりが強すぎる。

 まして貴族など各種族の中でプライドレベルカンストみたいなものだ。

 その一人であるエメロードが立っている訓練場の端っこに、ぞろぞろヒト・・は集まるのだ。


 やれ『なんか面白そうなことをやってやがる!』だの、『おいおい、アレは連れてきちゃまずいんじゃねぇのか?』など……魔族に獣人族。同じ人間族であっても、澄む世界が違うと思しい男女が、ねめつけるような視線でそんなこと言うのだ。


―んまっ、チャッチャカやって終わらせましょうか?―


 母国では公爵令嬢のエメロードも、物おじしない一徹は気を遣うこともなくどんどん先に話を進めてしまう。


―チョッ、待ちなさいよ。なに鎧なんか着せ……臭ぁっ―


―アッハッハ。古今東西、武芸の装備品は汗を吸って臭いってね?―


―笑い事じゃないわよ。って言うか全身が痒くなって来たんだけどっ―


 エメロードに軽装の鎧と兜を着せる。

 木剣を手渡した。


―さぁてエクササイズです。この私に一撃でも与えられたら終わりにしましょう。と、あぁご安心を。私からエメロード様を攻撃することはありません。手加減です―


 柔らかに、大らかに笑った一徹は、右手で握った木剣の先をエメロードに向けてスタンスを取った。


―バッ……バカにしてぇっ!?―


 なお、一徹がエメロードを前に構えないことがエメロードにとって心地よかったとして、舐めてかかられては面白くない。


―やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!―


 分かりやすい挑発に簡単に乗せられて、激高したエメロードは手加減なく一徹に斬りかかった。


 まだ剣の握り方も知らない構えも酷いエメロードは、鎧をガチャガチャ鳴らしながら一徹につっこみ、ぎこちない動作で剣を振るった。

 一徹はこれをよけ、あるいは握った木剣で打ち払う。終始微笑んでいた。


 一層コケにされたとして、エメロードは昂っていく。剣の振るい方知らぬままこんな展開を強いられたことも恥ずかしかったし、怒りだって高まった。


―嬢ちゃん! そこだ! 左に回り込め!―


―ウチラの下っ端如きに舐められんじゃないよお嬢ちゃん!―


―死ね! 寧ろ木剣の先に頭ぶつけて死んでしまえ一徹!―


―のわぁっ! 先輩方ヒッデェ!?―


 だけじゃない。やがてこの展開を目にした集まった者達がエメロードを応援するのもエメロードの気持ちをはやらせた。


 そうして……


―いっ……でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?―


 エメロードの一徹とのすれ違いざまに放った横薙ぎの一閃が、見事一徹の腹を捉えた。

 一徹の悲鳴と、瞬間の観客の挙げた歓声が、試合終了の合図。


―やっ……たぁぁぁぁぁぁぁっ!―

 

 我が意至りのエメロードは、思わず万歳して大喜びだ。


「人を打ったのはこれが初めてだけど、馬鹿にしてきた山本一徹へ目にモノを見せられたことがとても嬉しかった。祖国では裏で陰口をたたかれてきた私だから、応援されてこの結末に皆が湧いたこと、サプライズだった」


 今のエメロードは、目の前の光景を眺めてから己の右掌に視線を落として、


「凄く、体が熱くなったのを覚えている」


 クスリと笑った。


 打たれた腹をさすりながら、困った笑顔で一徹はゆっくりエメロードに歩み寄った。 


―やぁやぁ、参ったな。思った以上にやってこられる―


 歩み寄って……


―フ、フン。当然よ。この公爵令嬢が、貴方ごとき民草に後れを取るものです……―


よく……頑張りましたね。エメロード様・・・・・・・・・・・・・・・・・・?―


―ンヅゥッ!?―


 さも当然に、エメロードの頭を撫でた。とても優しい笑顔を浮かべながらだ。


「多分ここからよ、私が山本一徹にのめり込んだのは・・・・・・・・・・・・・・・


 エメロードの葛藤を認め、理解し、認めてくれる一人の男。

 承認欲求に渇望していたエメロードにとって、山本一徹はどれほど眩しく映っただろうと思うと、「のめりこむ」の意味を魅卯も理解した。


「でもね、この時の私はまだ、この後すぐ修羅場がやってきて、《当時の私》を《今の私》に変えさしめる悲劇がある事を知らない」


 なのに次いでエメロードがこんなこと言うものだから、魅卯の顔色はサッと青くなる。目にし、エメロードはヤレヤレと首を振った。


「我が国が同盟を望んだのは、決して山本一徹が住まう海洋立国だけではなかったの」


「同盟の提案は、私の国にも来ていたんだ」


「トリスクトさんの国にも?」


「3国同盟って奴さ。私の国、エメロードの国、そして一徹が亡命後に住まうことになった海洋立国」


「えっ……と?」


「私は、同盟交渉官兼特命大使の我が国の王子殿下をお守りする護衛騎士として、そして同盟交渉官補佐として、エメロードの国にやってきた。まだこの時は交際していない」


「……げっ!?」


 「げっ」など、とても魅卯が使うようには反応だが、それほどに話は魅卯を驚かせた。


「ねぇ魅卯少女。一徹のこの世界での2年目の終わりに、私はなんて言った?」


「確か、山本さんと次に会ったのはその3年後だって……」


「そしてこの光景は、この世界での一徹5年目だ」


 あぁ、考えたくもないが魅卯にも紐づいた。


 一徹が婚活に明け暮れていた時代。シャリエールとルーリィの三角関係……と思いきや、エメロードが加わった四角関係だった時代があるのだろう。

 果てはその恋模様にはルーリィの国の当時の王子様が関わってくるという話ではないか。

 

 まもなくその意味を、魅卯は痛い程知ることになる。
















ハイ、スミマセン。

この後はしばらく手抜きに……なりまぁっす!


 随分前に書いて投稿した、ルーリィとエメロードと、シャリエールバッチバチの一幕を、只のコピー&ペーストっっっ!

 この物語を書く前に書いた奴なので、魅卯は出てきません。


 まぁ、話の流れを補完するものだという程度に読んでいただければ。


 毎回投稿はどこかの日付で0時8分にしておりましたが、暫く毎日この時間に投稿する予定です。


 この毎日投稿が終わる間に、ストックが書き溜められたなら(汗)


因みに、一応現在書いているこの物語が完結したら、一徹の記憶のトレースは一挙公開の際に全部抜き取ろうと思っております。

 ただでさえ亀行進なのに、更に展開が遅くなってしまうので。


 何時もスミマセン。

 ホント、読んでくれてありがとうございます。

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