テストテストテスト25

「ったく! バカこの! アホンダラのコンコンチキィ!」


 いくら第一学院の制服をコスプレして、所詮は無力無能。


「えーやん。ワイはもう知らん! ちゃんと危険は伝えた。奴は飛び出したった。命知らずはいくら命あっても足りんせん!」


 それを分かってたから、ヒジキは一徹に対し警告した。


「し、心配なんかしてないんだからねせぇへんよってね?」


 《アンインバイテッド》に散る可能性。

 魅卯が第三魔装士官学院の人間だと制服から知ってたからこそ、彼女は一徹の介入を望まないはず。


「にしても第二形態。ランクA訓練生が外で暮らしてるの考えれば現着まで時間がかかる。はて? 桐京校がそれまでどれだけ犠牲抑えられるか見ものや」


 相変わらず、語気が色々と軽すぎる。

 《アンインバイテッド》とは既に世界で普遍的な脅威認識のはずなのに。


「……へぇ? 山ちゃん良かったの。巨乳プリップリカワイ子ちゃんと何とか合流できたよや」


 ヒジキも一徹と同じ。

 逃げ惑う者たちに逆行し、渦中の広場にたどり着いた。

 とはいえ、野次馬根性ヨロシク状況を見守るに残った一般人たちと同じく、かなり離れたところだが。

 目元が細まったのは、カノジョと思しき女子訓練生が一徹の胸に飛び込んだ所を遠目から確認できたから。


「合流できたことやし一安心や。さっさとその場からね。んでもって今夜はさながら、互いの生還祝ってアッツ~イ夜ちゃうん? このスケベッ♡」


 忘れてはいけない。周囲には状況の進行を見守ろうという野次馬多い。

 そのなか、両手を両骨盤に何度も打ち付ける。もちろん腰の前後運動交えてだ。 

 お下劣極まりない。


「そ思ったら、山ちゃんだけやない。カワイ子ちゃんもやるやん。能力者と無能力者。交わっても力薄まらんことは既に証明済みかて、まーだ禁忌に数えられ……」


 人の生死にかかわる《アンインバイテッド》事象を前に、馬鹿笑いすら上げていた。


「……は?」


 が、笑みによる破顔は、別の意味で破顔する。


退がれ! 退けぇぇぇ!?」


 修羅場に置いて、恋人を胸に抱きとめた一徹。

 その生存を喜ぶと思いきや、建物入り口付近で立ち往生する複数の訓練生に怒声を飛ばしたのだ。


「第一形態が溢れだしてくんぞぉぉ!? テメェら! 気ぃ引き締めろやぁぁぁぁ!?」

「………………………………………………………………………………あ゛?」

 

 「トッ……プスタァ」と口にするより重い間があった。

 意図を掴めぬまま、状況は悪い方へと転がる。

 警告が通ったか、一徹の怒声に圧されたか。慌て桐京校生は建物から距離を置く。

 顔を真っ赤にわっちゃわちゃ慌てる一徹カノジョをお姫様抱っこした一徹も、十分に建物から離れた……ときだった。


GOZHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


 十や二十じゃきかない。

 恐らく百や二百の重なったものが、建物内から外へと放出される。

 束ねられた咆哮は衝撃波となり、窓や扉など、比較的外部と遮断する中でも一番薄い物を襲ったようだ。

 ガラス窓、ドアは砕け飛び散る。

 建物内から外界へ遮断するものが無くなってしまったから……


『ッ! イヤァァァァァァァァァァ!?』


 ヒジキと同じく野次馬として遠目から見ていた女の悲鳴が上がった。

 黒光りした物が建物から姿を現した。

 黒光り。想起するのはゴキブリか。

 一匹でも目に触れたら、見る者によって悲鳴を上げる。


「あかんなぁ。こりゃあ……」


 ゴキブリどころではない。

 もし黒光りした体長体高ともに2メートル下らない化け物が、数百と群れを成し、建物から溢れだしてきたなら……


「この数、あん建物内に収容できるわけがない。ホール出来たと見るんが妥当やね?」


 考えるまでもなかった。


「展示会囲むんが第一形態討伐実績のある手練ればかりと情報は入っとる・・・・・・・。せやかて、一度にこの数相手にすると……」


 新たな展開と、いくら討伐実績が有るからと言って一度に大量の《アンインバイテッド》第一形態が溢れだしたというなら……

 さぁ、地獄絵図はここから始まるだろう。

 野次馬根性で状況を遠目で見てた来場客も男女問わず悲鳴を上げた。

 数が数。流石にその場にいるのは自殺行為。

 死に物狂いの形相。

 我先にとその場から脱しようとする。仮に行く手で誰かが転ぼうが構わない。

 ならば踏みつけても、避難員達は気にするだけの余裕も無い。


『お、落ち付いてこの場から離れてください!』

『大丈夫です! このエリア以外は安全が確保されて……』


 それを見た桐京校生の慌てように、ヒジキは鼻を鳴らす。

 悪い顔で笑っていた。


「ハッ、聞いてあきれる。エリート粒ぞろいの桐京校も大したこと無いのぅ。まぁ、んなこと去年までここにいたワイならよう知っとったが」


 完全なる混沌は成った。さすればつられるように付近の訓練生も慌てだす。

 慌てる? パニックといって言い。


「混乱は留まることをしらん。どこまで影響広がるか。さ、止めてみぃ? 勝負どこやぞ第一学院?」


 どのように諫めるか。抑えることが出来るのか。

 そもそも逃げ惑う者のあれだけの人数を、どのように全て宥め落ち着かせられるか、方法も手段も見つかってない。


「止められんかった言うなら、第一学院に向けられるのは盛大な悪評やで。当然その矛先は……」


 目を見開き口角を引きつらせ、男子訓練生、女子訓練生とも顔中に珠のような汗を噴きだしていて……

 その訓練生の様が目に映ってなお、野次馬ほとんどが逃げてなお、その場から離れなかったヒジキ。


「女皇に向くことに……」


 黒い笑顔は崩れな……


『狼狽えるなっ!』

「ッツゥ!?」


 否、恐怖に満ちた状況で、一筋の鮮烈な風が吹きぬいたかのような。

 それとも一辻の稲光が、混乱極まる状況を貫いたと言ってもいい。

 衝撃が一瞬確かに、その他様々な感情を真っ白に塗りつぶした。


「ちょ……えっ?」


 桐京校生で言えば、広がり続ける負の感情を抑えられない自分たちの不甲斐なさ、情けなさ。何とかしなくてはという焦燥の感情。

 ヒジキで言えば……この危機にあって愉悦に浸ってしまう闇なる思惑。


『貴様らっ! 今一度、立場を思い出せっ!』


 その風とも雷とも比喩した怒声を張り上げたのは……


「や、や……山……ちゃん?」

『貴様らはなんだ!? 恐れ多くも、日輪弦状四季女皇陛下のお膝元でのかしずき(お仕えすること)を許された訓練生だろうが!?』


 ……まただ。

 一言一言が、昂ぶり、火照った体を冷やし鎮めるように、清涼な風となって心を貫く。


『世が世なら! 国が国なら! いやしくも貴様ら一同、すめらぎ直属精鋭近衛このえ衆部隊、《禁軍きんぐん》にも相当する!』

『『『『『ッツ!?』』』』』


 人々は逃げ惑う。そんな人々を餌として距離を詰めに行く《アンインバイテッド》。

 その状況を、訓練生たちに放置させてしまう程に、その猛りは訓練生たちの意識を奪ってしまった。

 

「ま、待てや……」


 ヒジキの耳をも奪ってしまっていた。


『項垂れるなっ。顔をあげろ!』


 ほんの僅か。しかしながら、彼の登場はこの空気に変わり目をもたらしはじめる。

 確かに状況を訓練生たちに数秒放置させた。しかしその数秒は、訓練生たちには必要なものだった。

 数百の第一形態が溢れだし、混乱が爆発してしまった状況に絶望した訓練生も少なくない。

 止めるために命を懸けることになると、腰の引けた者もいないわけではなかった。

 第一、広場に集結していたのは、元凶が建物内最奥にあると知りながら、入り口付近でまごついていた者たちばかり。


「ちょっと……待ってくれや山ちゃん」


 ……それが……


『貴様らの働きぶりが、民草を守ろうと心を震わせ勇を貫こうとする信念が……陛下へ民からの信に直結する! 違うか!』


 少しずつ、しかし確かに陰の気配は陽へと移る。


『そう……だった。私、何を勝手に折れてたの?』

『やっべ。学院も二年目になって、随分薄れてた。『陛下の為に』って誓ったのに』

『禁軍って古代中亜華国の話じゃないですか。桐桜花皇国にも他にあったでしょう? 信長の母衣おほろ衆とか』

 

 一人ネガティブになるとつられ二人目、三人目と広がっていく。というなら、同じくポジティブだって少しずつ沁み広がっていく。


『前を向け、胸を張れ! 決して折れるな! その誇り高さこそ、お前たちをお前たらしめる最たるものじゃねぇのか!』


 特に訓練生の立場を称えつつ鼓舞して見せた、無力無能桐京校制服コスプレイヤーの言葉から不安要素一切排除されたことも、周囲の訓練生たちの背中を押した。


「『余計なことを考えるな。女皇近衛として職務を全うしろ。その力が有るから、桐京校への入学を許された』……か」


 絶望に堕ちた瞳に、勇気と希望の光を取り戻し始め、真剣に満ちた訓練生たち。


「……《鑑定眼》を行使……」


 へたり込んでいたものは立ちあがる。

 ある者は胸を張って、脅威たる《アンインバイテッド》に体を向けていた。

 何やら呟いたヒジキは、右手で顔全てを覆う。薬指と中指の股から左目でもってそんな彼らがむける背中を眺めた。


「紫の闘気かよ。戦うに向け、完璧なモチベーションバフ(ステータス強化補助)やんけ」


 苦々し気で、笑いたくもなって。


「これを、山ちゃんが作った言うんか? あの一般人が……」


 しかし苦笑いすら作れない。


『まずはここから脱出しきれてない避難員に迫る第一形態を駆逐する! 一対一は禁止! 多対一を厳守とする! 《敵生体》を中心に、半径五メートルのすべての訓練生で当たれ!』

『『『『了解!』』』』


 この文化祭で偶然会った、しかも最初の出会いが喧嘩という見てくれコスプレ桐京校生な一般人が、寧ろ誰より誇り高い魔装士官訓練生然しているのだから。

 指揮が下された者たちは、混乱などなかったかのように、避難員に迫る捕食者目掛け、異能力通った剣に槍先の雨を降らした。

 

『一年生ぇっ!?』


 だか、本番はここからだ。

 《アンインバイデッド》の本波。

 数えきれないほどの《アンインバイテッド》が織りなす黒い濁流の先端。訓練生らを飲み込むまで恐らく十秒ない。

 迫る恐怖に、覚悟と腹を決めた訓練生たち……が、一徹の怒声に急に耳を抑えた。


「ん、カワイ子ちゃん。ありゃ……」


 ヒジキは見逃さない。

 カワイ子ちゃんは一徹の耳に何かを取り付け、自らの耳にも取り付ける。

 全学院で支給される共通モデルのインカム。


 ピーガガッ……という音が、ヒジキの耳に入るのは、彼も同一のインカムを持っていた故。

 慌てインカムを耳にハメ、ノイズに歯噛みしながら桐京校の通信チャネルと合わせようと調整した。


【聞こえるか一年生? 当該エリアは完全立入禁止。一人として野次馬を残すな。徹底的に、魔装士官訓練生だけの作戦領域とする! 月城・・っ!?】

【いいと思う! この区域を今この場に居る一年生全てで包囲、防御陣結界を展開してください! ここから出たいとする《アンインバイテッド》への最終防衛ラインとします】

【必ず死守しろ! 応援要員の要請を継続。幸い学院敷地内なんだ。時間を稼ぐほど防衛ライン到着援軍数は増える!】

【防衛ラインは厚くなります! Aランク生が現着するまで持ちこたえてください!】

【つーわけだ! 行けっ!】

【【【【了解っ!】】】】


(……上手……脅威が目前に迫ったいま、隊列組んで作戦を伝える暇はない。全員参加型の作戦。敵の突破妨害と目的も一つなら、隊員ごとのバラツキもない)


 オーダーに、ヒジキはゴクリと唾を飲み込んだ。

 ……魔装士官訓練生らしい? もはやそれどころではない。


【続いて、2年生!】


 すでに2年生に対して一徹が呼びかけたとき、所々で戦闘は開始されていた。

 

(こら……凄い……)


 ヒジキが驚いたのは、この場に居る訓練生が全員第一形態討伐実績がある。いざ、矛を交えても一切引かない精強ぶり……も勿論だが、別にあった。


(そんな二年生もが山ちゃんを……)


 戦闘中によそ見は厳禁なれど、堂々たる死闘を演じている二年生らは一徹に向け、確かに一瞬目を配せた。


【駆逐だ! 第一形態が最終防衛ラインに届く前に出来るだけ多く駆逐する! 重ね一対一は禁止! 多対一を厳守とする!】


 男子も女子も、神妙な顔していた。


【普段組んでる小隊メンバーと違うのは仕方ねぇ! 所属小隊での前衛担当生。総じてデッカイ声で「A」と張り上げろ。送れ!】

【【【【A!】】】】

【次! 後衛担当を「B」とする。送れ!】

【【【【B!】】】】


 それは……この死地においてなお、一徹の言葉は聞く価値ありということへの証明。


【月城! 三人一組スリーマンセル小隊だ!】

【作戦区域内、戦闘中の各員へ通達! 前衛のAを二枚。後衛のB一枚の三名で三人一組スリーマンセル。本作戦上での作戦遂行戦力単位とします! 最寄りのA、Bで戦力を結集してください】

【【【【【アイ! マム(マダムの略称。女性上官への敬称)!】】】】】

【今回は後衛Bを小隊長とする! 小隊ごとの指揮や命令については全て任せる。 バックサポートをしつつ、戦況に目を配って采配しろ!】

【【【【【サー! イエッサー!!】】】】】


 《アンインバイテッド》が建物内からあふれ出したときには散り散りだったはず。

 が、驚くべき手腕と卓越した演説で統率された第一学院訓練生は、人が変わったかのように、洗練された動きで瞬時に周囲の仲間に合流した。


「かぁぁっ! ったく、なんなんやこれは!?」


 苦笑いにもならないはずだ。

 この展開にどういう顔をすればいいというのか。


【戦況を立て直すっ!】


 無意識中であってもヒジキに制限がかかってしまったから。


【ランクSだのAだの! 松竹梅だの! 特上、上、並だの! 上級生から下級生だの。んな下らねぇこと関わらず! 男性、女性士官ってのも忘れちまえ!」


 続けざまにインカムから鼓膜に突き刺さるが言葉の数々が、ヒジキの身体を再び熱くした。


【……私は、第三魔装士官学院三縞校生徒会長。月城魅卯です!】

「なっ! あのオッパイぷりっぷり!? アレが、数日前志津岡で起きた大事件を解決に導いた……」


 一徹のカノジョと見ていた美少女。

 ヒジキは制服から第三学院三縞校の訓練生であることは気付いていた。


【当校で起きた事件に際し、訪れた桐京校生さんは援軍としてご助力くださいました! 今こそ私たち・・が恩を返す時!】


 正体を知り、ただでさえ唖然とさせられた驚愕レベルが引き上げられた。

 

【桐京校とか三縞校とか、それすらこの場じゃもはや関係ないってこった! というわけでぇ……いけるな!?】

【……勿論っ♪】


 オッパイぷりっぷり少女、もとい、ヒジキもやっと知った魅卯の正体について。すでに交戦していた桐京校生も驚きを見せる。

 だが、一瞬だった。


【やるぞテメェら!】

【作戦区域内全魔装士官訓練生に告げますっ!】


 場違いにも甚だしい。一徹たちの指示で急ごしらえで組んだすべての臨時小隊全員が、戦闘中においてなお……少し楽し気に歯を見せたのだから。


【【これより……状況を開始するっ! /しますっ!】】

【【【【【【【【【【サー! イエッサー!/ アイ! マム!】】】】】

】】】】】


 インカム越しの通信と、目の前の光景で分かってしまう。

 桐京校生の二年生および1年生の上官として、統率者として、見事に他校生が役割を果たしていると。


「つ、月城魅卯はこの際どうでもええわ。それより自分や自分。なぁ山ちゃん?」


 桐京校制服コスプレイヤーに対し……そのあまりの魔装士官訓練生らしさに舌を巻いたのはつい先ほどのことだ。

 とんでもない。

 無力無能コスプレイヤーハリボテ桐京校生であるはずの男が、異能力者の集団において、百も二百も兵を束ねてみせた。

 それはもはやまごうこと無い。一人の立派な将官にしか見えなかった。


「自分、ホンマはナニモン……なんや?」


 独り言。当然、一徹に届くはずもない。

 あぁ、もっともっと……状況はヒジキにとって異なものへと転がっていく。


「ってぇ……山……ちゃぁん?」


 もはや各所で戦闘を繰り広げる訓練生に目が向かない。

 釘付けなのは、一徹の背中(尻ではない)。

 

「もっしも~しぃ!」


 当然だ。

 一徹……までもが動き始めたのだから・・・・・・・・・・・・

 何時しか肩に、振るうのも馬鹿馬鹿しいほどに大きな戦斧を担いでいて……


「だぁぁもうっ! 見てられへんわ! こん畜生めぇっ!」


 とうとう、ヒジキは弾けてしまった。


『離れなさい! ここは立ち入り禁止です!』

『関係者以外は立ち入り禁……』

「うるっさいわ! このっ……ド・呆・けっがぁぁぁぁぁぁっ!」

『『キャッ! /グハァッ!』』


 作戦区域内への立ち入りを阻止しようとする最終防衛ライン配属の桐京校一年生すら吹きとばし、エリア内に侵入した。

 一徹が、大戦斧担いで走った先……《アンインバイテッド》に他ならないのだから。

 ……そうして……


「えぇっ!? 山本君この人って!?」

「……やっと・・・来たようだねどうも」


 意外と言うか。

 月城魅卯は驚きに目を大きくしていたものの、合流した先の一徹に驚きの顔は無い。

 寧ろ、楽し気に笑っていた。



「陛下、次の書類ですが……」

「待った」

「待ったなしです。発気用意はっけようい……」

「だから待った! 蒸気上げるレベルに気合籠めろ的な意味で発気用意はっけようい言わないよ!?」


 第一学院の敷地、第二お台場という名の学院都市では市庁舎ともみられる建物内奥に、その一室はあった。

 「第二お台場王国国皇執務室兼、学院都市市長執務室兼、桐京校生徒会長執務室」とまぁ、長ったらしい看板が戸に掛けられていた。


「それより《特殊生物研究会》の展示で問題が発生したようじゃない?」

「ハイ」

「第一報しか届いていないけど、第二形態が現れたんだって? 確か、周囲を固めたてるのは第一形態討伐実績のある学生ばかりとか。じゃ、ちょびーっと力及ばずかな?」


 革製の執務机から腰を上げたのは日輪弦状四季ひのわげんじょうしのすえ

 「イツツ……」と、まだ齢18にも関わらず腰に手をやり、トントンと叩く。

 かけていた眼鏡をはずし、机に置くと目と目の間を指でもんだ。


「オイッチニー! サンシッ!」

「何を……しているのですか?」

「いやぁ、第二形態が出た以上、私が颯爽と駆けつけるのが一番かなって」


 朝の体操宜しくな動きを見せる一徹称シキに、秘書を務める少女はいぶかし気だ。


「Aランク生は臣橋駅はじめ、都内居住を許可してるし。文化祭期間中は訓練が無いから皆各地で想い想いプライベート謳歌してるだろうし。うん、やっぱり私が行くのが一番早いっ♪」

「却下です」

「ノウェェェェェェ!?」

「変な声上げても駄目ですから」

「ただ変な声上げたわけじゃないよ!? 変な声プラス『No Way(嘘でしょ)』がかかった……」

発気用意はっけようい……」

「だ・か・ら、無視して書類を私の前に提出しないよネネ!?」


 相手の少女はネネ。

 シキが女皇としてならネネは傍付き。

 学院の生徒会長としてなら、今は秘書官の役割を全うした。


「この文化祭期間中、陛下にも自由に学院祭を楽しんでもらえるようスケジュールを組んだはずです。仕事量も、目を通す資料の種類や数もセーブしました」

「そう、そういう約束だったよね!?」


 慌て顔でネネを非難するシキに、しかしシキは、光の灯らない瞳で見つめ返す。


「そのためにはぁ、本学院祭が始まる前に、今後消化すべき御執務を前倒しで消化することが必要不可欠って……言いましたよねぇ?」

「……あ゛っ」

「どこかの女皇陛下が私の元からお姿を消してしまわれたんですよねぇ? 他校の文化祭にお忍びで足を運んだりして……」

「で、でもホラ、いい出会いもあったじゃないか。人材発掘! そうっ! あれは人材発掘という崇高な使命を帯びた密なる作戦というか……」

「しかも……徹を傷つけるだけ傷つけて……」


 眼鏡越しのがらんどうな虚ろな瞳。薄ら笑いを向けられ、シキの顔は引きつるしかない。


「結局、当初のお約束通り、自由時間は確保しています。文化祭初日ですが、陛下も先ほどから何度も外出されているでしょう?」

「なら、おまけにもう一回くらい……」

「そして本日の自由時間は先ほどの1時間で最後です」

「鬼! 悪魔! 人間じゃねぇ!」

「それは、徹から同じ言葉を食らった陛下のことでしょう?」

「ふぐぅっ!」

「ハイ、無駄に美しい涙顔を見せないでください」

「ふきゅぅぅぅぅ!?」

「そんな、小動物の潤目を真似たところで……発気用意はっけようい

「ふんぎゃぁぁぁぁぁ!」


 哀れな。

 「発気用意はっけようい」と繰り返されるたびに、机の上は皇が目を通さなければならない書類でマシマシだった。


「ハァ、仕方ないかぁ。でも、私を出撃させないんだから、ちゃんと犠牲は抑えてよね。しかもなるだけゼロで」

「また、出す要求だけは厳しいんですから」


 床の高級じゅうたんに顔から突っ伏したシキは、ヨヨヨと泣く真似をしながらチラリとネネを見た。


「で、状況は?」

「特殊生物研究会の展示会場奥に第二形態が鎮座。背後に生まれたホールを守護してるものと」

「それって、言っちゃ相当最悪じゃん」

「守護されたホールから第一形態が溢れだし、会場外に出た第一形態で転召脅威を広げるリスクがある」

「だけじゃない。ホールは《アンインバイテッド》を転生するにつれ、淵が脆くなっていく。ホールはどんどん大きくなる。いつ第二形態以上が新たに現れても……」

「ええ。スピード勝負です。それに既にあふれ出た第一形態を阻止すべく戦力も多く必要になる」

「あーうん。やっぱ私が行った方が……」


 決して軽くない話に、重くはないはずの身体を気だるそうに床から起こすシキ。膝に両手を当て、ヨッコラと立ち上がって……


「ちなみに今、現場で指揮を執っているのは第三魔装士官学院三縞校の月城魅卯生徒会長です」

「なーんでっやねぇぇぇぇん!?」


 何もないところでずっこけた。


「いや、その場に三年生はいなかったようでして。ですが彼女は三縞校の将兵ですし問題ないでしょう」

「あるよ? 大ありだよぉっ!? 私さっきの謁見で『折角来たんだから思いっきり楽しんで』って言ったばかりなんだよぉぉぉっ!?」


 もう二度と魅卯に合わす顔が無いとばかりに、両手で顔を覆って再びシキは床に突っ伏した。


「ご安心ください。すでに手は打ってありますので。Aランク生の中にも文化祭期間中第二お台場内で活動する者もいるのですから。先ほど義弟様にオーダーは下しましたから」

「オーダー? オトウトって?」


 ただ、意味不明な発言をされたなあシキも顔をあげた。

 

「陛下の、婚約者様の、弟様です」

「うぐっ! それ……マで性格悪いんだけど……」

「貴女の決定でしょう?」


 顔をあげ、本気でイヤそうな顔だった。

 

「義弟様の小隊員は、全員がAランク生。名家出身とのことでこれまでいくつもの優遇を図られてきましたが、そろそろその優遇に見合った何かを示してもらわねば」

「こういう話ねぇ、もし徹知ったら……嫌がると思うよぉ?」

「かもしれません。でも、遅かれ早かれ、鉄火場に慣れてしまわなければなりません。兄が継ぐべき名家の跡取りの座は、彼が継ぐことになるのですから。ぜーんぶ……」

「ぜーんぶ?」

「貴女の我がままからですよ? 陛下?」

「それ言わないで」


 嫌な話を聞かないように、再び床に突っ伏したシキ。


「それにしても、まともに定まらずに報告が挙がるのも珍しい」


 そんな情けない姿を見下ろしながら、釈然としない顔でネネは顎に手をやり首を傾げた。


「月城生徒会長とその場を指揮してる男子訓練生。ウチの制服を纏いながら、誰も顔も見たことないって……一体どういう……」

「ん? ネネ、如何したの?」

「いえ、何やら現場にわが校の制服でコスプレした者もいるようで……」

「ちょっとよろしくないね。正しい現状が把握できないくらい、現場が混乱してるんじゃない? 大丈夫?」

「月城生徒会長がいてくれるなら、そんなことは無いと思うのですが」


 様子がおかしいと感じた。顔をあげたシキに対し、こればかりはネネもシドロモドロ。


「あ、そだ。ネネ」

「ハイ?」

「……命令だ・・・

「……ハッ・・


 ただ、ここからはどうやらお気楽ではないらしい。


「さっき話に出た弟君から兄君へと連絡をさせて欲しい」

「連絡? 何を……」

「今、現場には魅卯君がいるんだよね。そして彼女は、私との謁見前に襲われた」

「確か襲ったのは東北の……まさか……」

「そっ。今回の《アンインバイテッド》事件で、場に魅卯君がいるのは出来過ぎてる。そもそも第二形態がいきなり現れるはずがない。でもね……」

「聞いたことがあります。特殊は呪法にて強制的な共食い、進化を誘発できると」


 話が繋がってしまって、ネネも言葉が途切れてしまった。


「狙われたのは月城会長。奥州退魔の誇りが落とされたことへの……復讐?」

「可能性の話だけどね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る