第106話 パンドラの箱。落とし物との出会いっ!

『3点で300円。消費税を含めまして……』


(れ、レジ店員さんの視線が痛ひ……)


 当然だ。

 

 ショッピングモール内の100円ショップにたどり着いた。

 一刻も早く変装をしようと、商品棚のハンチング帽をかぶり、サングラスをかけた。値札は付けたままでだ。


 そして「会計後に値札を取ります」と伝え、未開封の白マスクの袋をレジに持ち込む。


 な? 変質者丸出しだろう?


 お巡りさぁん、こちらでっす!


(と、服に関しちゃジャケット脱いで、畳んで運べばいい。ズボンは黒地だから、普通一般のスラックスと変わらんとして。ウチのジャケットは志津岡県に魔装士官学院一校ってこともあって目立つもんな)


「うぅっし購入完了っ! そいじゃあマスクを付けましてぇ……」


 よしよし。これで山本一徹、変装80%完了である。


「あとは、このジャケットを……おぉぉっ!」


 残りの20%をさっそく埋めてしまおうと、ジャケットを脱ぎ始めたところ。ドンっと、誰かにぶつかってしまった。


「あ、スミマ……」

『まことに申し訳ない。申し訳ないんだが、急いでいるので失礼をっ!』


 謝ろうとして、それ以上の大声によって塗りつぶされてしまった……だけじゃない。


 ドシャッ! と重い音。


「ん? あぁっ!」


 ジャケットオフを終え、ぶつかった誰かの背中を追い、さらに重い音の方、足元に目を落とす。


(お、落とし物っ!)


 ツールベルト……と呼ぶが正しいか。

 大ぶりな工具のようなものが収まった革製のベルトが二本落ちていた。


「け、結構な音をしたのに気付かないとか。どんだけ急いで……」


 なぁんて、自分で口にしたときですよ。青ざめちゃったのは。


「いやいやいや! ってことはなにかっ!? そのまま何処か行っちゃうってことでしょうよ! 追いかけなきゃ! 追いつくかっ!」


 気づいてしまって、慌てて追いかける……


 駄目だった。


 運命とは、ときに厳しい。

 全力疾走したから、何処かに消えたおじさんの背中を、再び視界に収めるところまでは至れた。

 まぁその……ちょうど、拾ったタクシーに乗り込んで、何処かに消えてしまう丁度そのときの後姿なんだけどね?


 意・味・ねぇぇぇぇっ!


「ったぁ。どーすんのよコレ。んまぁ、落とし物ってことなら? ここのショッピングモールの係りの人にでも……」


 それが、オーソドックスな判断ってやつだろう。


 結構に重い代物しろもの

 これがお財布とかで、中身がたっぷり入ってたら……ねぇ?


 って、なにを変な目で見てくるんだい?

 常識範疇内の行動に移るに決まっているじゃないかっ!?


 ネコババなんてとんでもない。


「一体、何が入ってんだコレ。ツールベルト二本。どちらも丈夫な革製。これは……ナイフ。いや、ペーパーナイフか。二振り?」


 近くのベンチに腰を掛ける。

 モールの係りに届け出るにも、まずは中身を確かめておかなければならない。


 ツールベルト一本目。ボタン止めをパチンと開けて取り出すと、出てきたのは短刀のようなもの。


「おいおい。コイツぁ……結構にすっごいアンティークなんじゃねぇの?」


 ペーパーナイフと言ったのは、刃の部分が金属ではなかったゆえ。プラスチックでもなさそうだ。

 切っ先以外のつるりとした個所を指の腹でなぞってみる。光沢を放った白の、ところどころが黄ばんでいるのが一本。

 もう一本も同様に黄ばみを纏った白だが、気付かぬほどの小さな溝が、どす黒く筋を作っていた。


(コレは……血か? 随分古いみたいだし。溝に吸い込まれたまま、凝固したみたいだけど)


 不思議と恐ろしさは感じなかった。

 黄ばみ纏った白色の両振りとも、その上からやすり掛けをされていて光沢を放っていた。

 特に、血のような何かが染み込み、こびりついているように見えるペーパーナイフのような代物も、入ったヒビのような線に吸い込まれた液体がすでに乾いたソレを、素材として、刃部分に採用されたのだと見て取れた。


(象牙? こっちの血のような何かが凝固したラインが入っているのは……もしや肉食獣の牙なんじゃ)


「ハハッ。すっげ……」


 ただただ圧倒された。


 象牙品は、いまや国際保護の観点で、日本国内に流通していないはず。そう考えたなら、もっと以前から骨董品として日本にやってきたものなのだろうか。


 が、真に興奮するのはこの、素材に牙を使ったのではないかと思える方だった。

 大ぶりのナイフを形成できるほどの大きな牙。


(サーベルタイガーか、スミロドンの犬歯か)


 歴史を感じさせるロマンがあった。


「高いよ。きっとこれは……」


 柄の方も、とても意匠に凝っていた。

 掘りこまれた紋章エンブレムなんて、見覚えはないが、とても心くすぐるデザイン。


「そいで? もう一本のツールベルトはというと。期待が、高まっちまうじゃねぇか」


 短刀二本が凄かったから。別のツールベルトの中身を見ようとする心は、はやってしまう。


 また、ボタン止め部分を外す。

 こちらはもう少し頑丈というか。扱いに気を付ける必要があるらしいことを、ツールベルトにもう一つ留め金が多くあることで伺い知れた。


「これは、片手……斧? 斧頭おのがしら幅の随分広い……」


 取り出す。ズシリと重量を腕に感じた。


(……あ……れ?)


 流石に、公の場で片手斧なんて物騒なものを高々と掲げるわけには行かない。

 少しうずくまる様に、腹に抱えるように、膝に横たわらせた。

 

 問題は……そこじゃない。


 初めて・・・見た感じがしなかった・・・・・・・・・・


 斧頭の切っ先に、斬れないように細心の注意を払って静かに指の腹をおろす。

 ヒンヤリとした感触に違和感を覚えながら、今度はゆっくりと、斧頭先横の側面をなぞった。


(な……んだ? この、感覚……)


 重量感に、このシェイプ。

 学院編入時、俺に相応しいと評されたのは大戦斧。手斧には、馴染みはないはずなのに……


(また……同じエンブレムが)


 斧頭から持ち手へと手を滑らせる。

 ピタリと指先を止めたのは、先ほどのペーパーナイフと思しき二振りにも刻まれていたものと同じエンブレム。


「これ……は? ッツ!?」


 ……瞬間だった。


(なっ! 何が起き……)


 俺は、確かに《美女メイド》さん併せ、5人でショッピングモールに来ていたはず。なのに……


ーど……して。どうし……ー


 いま立っているのは、昼なお暗き、うっそうとした森のなか。


(ッツ!)


 他、俺の目に入ったものは……


ーどうして……こんな……ひでぇ……ー


 まるで眠っているのではないかというほど安らかな顔。しかし、その肌は人形よりもなお白く、血の気が抜けていた。

 鼻周りにソバカスを散らした・・・・・・・・・・・・・ふうわりとした金色の長い髪・・・・・・・・・・・・・を持つ……仰向けに横たわり、ピクリとも動かない美女。


 その股の間に、褐色の肌した赤ん坊が、泣きつかれたのか、スヤスヤと寝息を立てていた。


 KORORORORORORO……


 そして最後の一つ……


 さきほど、手に取って見惚れてしまった短刀の刃を・・・・・・・・・・・・・・・・・・彷彿とさせるような・・・・・・・・・

 禍々しい鋭さと長さを誇る牙を持つ、全身に走った紋様が光り輝く・・・・、体毛の長い、体長は3メートルもありそうな肉食動物。


 獰猛。確信だ。


(ぐぅっ!)


 認識した途端。胸が急に苦しくなった。


 俺がいま見ているのは、俺の景色じゃない・・・・・・・・

 聞き覚えのある声。

 あの、ルーリィに対して・・・・・・・・殺す・・と口にした・・・・・、《視界の主》のオッサンの物に違いなかった。


(う、あ、あ……)


 そんなことも重要じゃない。

 重要なのは、


ーお、お前か……ー


 重要なのは……


ーお前なのかっ……ー


 広がった目の前の景色。

 横たわっている女性は、もうすでに、息を引き取って……


ーぉおおおおおまぁぇぇぇええぇぇぇかぁぁぁぁぁあああっ!!ー


 吠えた瞬間。

 返すように、巨獣は咆哮を返す。


 更に応えるように、そんな巨獣に向かって三つの影が躍り出た。

 体長1.5メートルはありそうな黒い狼。それも三頭。

 まるで《視界の主》のオッサンの吠えたてた声が号令であったかのように。

 彼の両脇を風のように後ろから抜き去り、巨獣の脚に、腹に、首筋に牙を突き立てた。


ーあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!ー


 適者生存。


 弱肉強食。


 野性同士の衝突が迸るなか。いま、彼も理性をなくしていた。

 もはや人間ひとではない。本能に身を任せた動物けだものとなって、三頭の狼に対して鬱陶し気な巨獣に向かい、突っ込んでいった。

 ……俺がさきほど拾い上げた・・・・・・・・・・・片手斧と・・・・短刀でもって・・・・・・……

 

「はぁぅっ!」


 陥った呼吸困難から、何とか抜け出すように。息を吸う際に声が出てしまったことで、我に戻った。


 季節はもうだいぶ涼しい時期なのに、体中からにじみ、噴き出た汗が止まらなかった。


「な、なんだったんだいまのは……」

 

 我に戻ったことで、また俺の視界はショッピングモールを映す。

 手を繋いで歩くカップル。母親の買い物に付き合って、お菓子をねだる子供の微笑ましい場面。


 帰ってこれたのだと、ホッとした。


 されどどこか、俺の心は、まだ、たったいま浮かび上がった暗い森にとどまり続けているような気もした。

 囚われていると言ってもいいかもしれない。


(わっかんねぇ。けど、危険だ。コレ・・)


「ん、着信か。って、え?」


 思い悩む。そんなタイミングで、携帯端末に着信が入る。


 声を挙げてしまったのは、発信相手がルーリィだったことと、もう一つ理由があったからだった。


「も、もしもし?」

【一徹。いま、何処にいる?】

「あ、うーん。すまない……ね。マジで」

【アパレルショップから100円ショップに君が向かって、もう一時間も経ったから・・・・・・・・・・・気になってしまって】

「は、はは。そうだよな」


 百円ショップで買い物して、落とし物主を追いかけて10分15分。

 そして、彼女は一時間俺が戻るのを待っていたという。

 ならば、たった数分を切り取ったようなあの記憶を見ていた俺は、知らずのうちに30分以上を弄していたということなんだ。


【100円ショップにも行ってみたんだけど、君はいなくて】

「悪い。これからそっちに向かうから。それこそバビョンッ! って光の速さでね?」

【……何があった】

「ッツ!」


 わざわざ電話までかけてきた。なら、ルーリィは俺を探しているわけで、当然いまの俺の姿を見ているわけじゃない……のに。


【声が……】


(オイ。声だけでわかるのかよ。気づかれないよう、茶化して聞かせたんだぞ?)


 それも通信越しで言い当てられてしまうのだから、息を飲んだ。


「ははっ♪ ルーリィたちと違って俺の変装は酷くてね。人前に出れない。それにしたって『待ち人来ず』は駄目だよな。すぐに向かうよ。それじゃ」


 気取られぬように取り繕う。明るく振舞って、挨拶を済ませて半ば強引に通話を斬る。

 ため息を禁じ得なかった。


(どんだけ俺のことをわかってるんだよ。機微にすっごく聡くって。まったくルーリィって奴ぁ……)


 それは普段から、俺のことを深く想って見てくれてる表れなのだと思えてならなかった。


 反面、自己嫌悪だ。

 心配させないようにと考えたとはいえ、俺は彼女に、嘘をついたんだから。


「でもさ、これはさすがに、伝えられない」


 ポロリと、ため息交じりに出てきてしまった。


 色々と、紐づいてしまうんだ。


 何の因果か、誰かの落とし物を拾って、突然目の前に広がった光景。《視界の主》のオッサンの記憶。


 彼は、すでに息を引き取ったソバカス散らした金髪の別嬪さんの亡骸を目の当たりにして、言葉に表せない程の怒りを、巨獣にぶつけた。

 ……いま、膝の上に広がった落とし物を力強く握ってだ。


 ならこれは、《視界の主》のオッサンの持ち物なのだろうか?


 どうでもいい。

 そんなこと、どうでもいい。


 もっと大事なことがあった。


 オッサンはきっと、片手斧の扱いと短刀扱いに長けている。

 少なくともそう思える場面を、俺は別に知っていた。


 「なぁ。文化祭終了間際に見た記憶のなかで、ルーリィを殺そうとしていたのって……」


 ……思い出したくない。


 ……思い出してしまう。

 

 《視界の主》のオッサンは、何処ぞかでルーリィを殺そうとした・・・・・・・・・・・・・・・・

 そしてもしかしたら……そのとき彼が握っていた得物は、さきの記憶のなかで怒りに溺れた彼が握っていたもの。

 もし前に見た記憶と、いま目にした記憶が紐づいているとして。そしてたったいま見た記憶の中で彼が手にしていた武器が、俺のひざ元に広がる落とし物と同じものであれば。


 ……ここにある片手斧と短刀が、ルーリィを殺そうとした凶器そのものという事になってしまう。


(違う……たぶん、違う。俺には見覚えがある)


 ここまで考えが至ってしまって、急に頭を抱え、座りながら腹痛をいたわる様にうずくまる。


(「もしかしたら」……じゃない。俺は知っている。いま、前に見た記憶を思い出した)


 バッと頭を上げて、片手斧も短刀二振りも、慌ててツールベルトに収めた。

 当然だった。


 だから、初めて目にしたとき、俺はこれらを知っていたのだろうか?


(これら三振りは、確かにあの記憶の中で、ルーリィを殺そうとしたオッサンが持っていたものと……)


『一徹!』


 そのときだった。

 耳にするだけで俺を安心させる、でも、いま一番聞きたくなかった声が、遠くから耳に入り、俺など、体が波打ったかのようにびくりと大きく震わせてしまった。


「やっと見つけた。捕まえたっ!」

「あーハハハ」

「……一徹どうしたんだい? やっぱり何かあったんじゃ」


 小走りで駆け寄ってきたルーリィは、息を弾ませ、両手で俺の、すでにツールベルトに色々収めた後の両手を取る。キュッと握り締めてくれた。


「いや、黙って皆から離れて1時間もうだうだしていた俺なのに。辿り着くなり良い笑顔で、しかも第一声はお説教じゃないなんて」

「それが浮かない顔している気になっていることなのかい?」

「全部がそう言うわけじゃないけど……」


 クスクスと笑う彼女。その言葉にムッとした顔に転じた。


「……怒っているよ?」

「うげ……」


 しかしその不満げな顔は、


「『俺から離れるな』と、君が言ってくれた。なのに君の方から離れてしまうのかい? それも、せっかく他のメンツを下宿に置いて外出ができたというのに」


 冗談から来たものらしい。

 そして続いた、聞いていて恥ずかしいセリフが、彼女の本当の想いなのだろうとわかってしまうと、ドキがムネムネしてならなかった。


「……それは?」

「え? あ、ああ。いやぁ、百円ショップに工具もあってさ。旅館や下宿の各所の修繕に使えないかって。ちょっとだけ、そろえてみた」

「そうなんだ。さぁ、話は終わり。私たちはまだ、今日の目的を完遂させてないんだよ」


(言える……ものかよ。いろいろ言えない。俺の記憶のことも、この三振りのことも、それに……)


「そ、そうだった」

「行こうっ!」


 不満げな顔は、嬉し気な笑みに変わる。

 四月に会った時には、クールビューティすぎる印象のルーリィが、いま、俺だけにこんなにも様々な表情を見せてくれる。俺の為に、おしゃれをしてくれた。


 そんな彼女に、そして普段とは違う装いのまま手を引かれ、浮足立たないわけがない。


(だからこそ言えない。違う。信じたくない。あの記憶にいた刺客は、本当にルーリィだったってのか? 死闘の末、死の恐怖を味わって……だけじゃない。刺客ってことは、誰かを殺そうとしたんだぞ? ルーリィが? あり得ないだろう!)


 ……いや、言えないんじゃない。

 言わないのかもしれない。


 俺は、彼女たちと共にあることを決めたんだ。とりわけ、ルーリィは特別であるはず。

 そしてこんな俺のことをいつも守ってくれる彼女を、俺が傷つけるわけには行かなかった。


 もし、変に確認してしまって、彼女の心を壊してしまうくらいなら、胸に留め置くのが一番だ。

 もし、あの場面が彼女にとってのトラウマなのだとしたら、この秘密を胸に秘めとくのは、俺にとっては、数少ない、彼女を守ることに繋がるはずなんだから。


 にしても、オッサンの記憶の中で横たわっていた綺麗なお姉さん、何処かで見たことがある。

 あの面影、確か……いや、何処だったか?














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