第113話 新たな家族に祝福を
ずっと悩み続けていても意味がない。
話を進めなければならなかった。
「リィン。状況は? 看護学生としての見立てが聞きたい」
「正直時間はないよ。かなり進行していて、余念を許さないところまで来てる」
ゴクリっと自分で唾をのんだ音が聞こえる。
それくらい、リィンの見立ては重たかった。
「この
「かもしれないけど、そういうのは基本的に、コミュニティ内の口コミや評判で知ることの出来る情報、シティページみたいな連絡先帳には乗っていない可能性が」
提案してみて、速攻で否定されてしまった。
いや、そもそもそんな考え、俺でなくても聡明なリィンなら、すぐにでも考え付くはずだった。
そしてこと、これにかんしちゃ、簡単に代替案は出ないのだろう。
「あ、あのね兄さん。聞いてほしい話があるの」
まずい。
小隊長として、俺がどっしりしていなきゃならないなか、不安が顔に出ていたらしい。
呼びかけてくるリィンが、恐る恐るといった雰囲気であるのを目にして、それが伺えたことに、深呼吸することにした。
「私も、これまで何人か赤ちゃんを取り上げたことはあるんだ」
「え?」
「ちょっと、正気リィン!」
とんでもない発言。
俺が息を飲むのと同時、声を挙げたのはエメロード。
らしくもなく、狼狽えていた。
「確かに貴女は《聖なる癒し手》。さらに究極格の《白統姫》の称号を持ってる。かと言って、それはあくまで……」
「はい。
「ぶっつけ本番で試すことじゃないでしょっ? 相手は、
「いいえ。いまはもう、
「ッツ! そうだけど!」
また、俺にわからない話。
だけど、いい。
いまは
「それに誰が相手かなんて関係ありません。そこで苦しんでいる人がいるなら、私には見過ごすことは出来ません」
「……あぁ、リィンの言う通りかもしれないな」
「山本一徹。貴方まで! よく考えなさい。母子二人の命がかかってるの。最悪を想定しなさい。貴方に、責任が取れるっていうの!?」
「何もしないってのは、もっと後悔が深くなる」
「そういう話をしているのじゃないの。もっと慎重になれって言ってるの!」
エメロードの発言はもっとも。
だが、いやに、リィンの固い決意の方が胸にガツンと来てしまった。
(誰が相手かなんて関係ない……ね。その通りだ。だからいまは、話がわからないなんて気を取られている場合じゃねぇ)
「やれることは全部やる。リスクヘッジも怠らない。無駄な作業上等で、思いつく限りのこと全てに手ぇ出してやる」
「一徹。案が浮かんだかい?」
「いいや、まったくだよ。オーディブルだ。状況とタイミングによって、そのとき手元にある幾多選択の中から、最善の手を選び出す。そのためには切れるカードはいつでも多く持っておく必要がある」
「オーディブル。臨機応変の……
「ん?」
「いや、何でもない」
何かはぐらかされてしまったが、いい。
決められないなら、全部やるだけだ。
「リィン」
「兄さん?」
「まずは最悪状況、救急車や助産師が間に合わないことを想定し、いつでも
「考えていないわけじゃないよ。学院の先生に連絡を取ってみる。看護学校内外関わらず、専門家との繋ぎを、必ず何とか作って見せる」
「……まったくもう。足りないわよ。私たちには、
もし、うまくいったら、リィンはもちろんとして、エメロードも全力で
とうとう、抵抗を諦め、協力への意思表示を見せてくれた。
俺にはきっと想像もつかない程の不安と緊張を圧してまで。
「俺は、これから旦那さんにこのことを……」
「いい。それは私たちがすべきことだから」
「リィン……ゴメン」
「兄さんが謝ることじゃないよ」
それ以上、何かを言えなくなりそうだった。
助産師の真似事を、それも本番で行うのだ。
それが旦那さんにとって、どれだけ不安させるかわかっているうえで、言いにくいことを、リィンは覚悟を持って伝えようとしていた。
まだ14、5歳の、ウチの小隊、最年少がだ。
「贅沢が言える状態じゃないが、なるだけ三縞市内に住んでいる人だと助かる。あと、多く見積もって4,50代の人だと猶更いい」
「三縞市内に居住か。
「その専門家と、リィンたちとで通信できる環境を用意したい。できれば音声通信だけじゃない。テレビ電話みたいな映像通信ができた方が、専門家も状況が分かっていいだろうし。そのためには、機械端末に慣れてる必要がある」
「高齢者では機械端末に適応できない人も多いと聞く。そうか。それなら……」
まずはこれが第一のカード。
最悪、リィンとエメロードに赤ん坊を取り上げてもらう。
勝手がわからない。彼女たちにどれだけ経験があるかについては、俺にとっても不明瞭。リスクだ。
そのヘッジとして、相談すべき専門家に状況が逐一伝わり、指示を出してもらえるような状況を整えることで、少なくとも二人の手探りでの作業は随分少なくなるはずだった。
素人考えだが、非現実的でもないかもしれない。
ルーリィに話を聞いてもらうさなか、不安していたエメロードも、少しだけではあるが、何度か頷いていた。
「それで、出せる手を尽くすというなかの二つ目が、そのまま迎えに行った助産師に取り上げてもらうことなんだね?」
「あぁ、間に合えばそれに越したことはないんだ。が、万が一間に合わなかったことも考えて、ずっとその人に状況を映像通信で見てもらいつつ、その途中で現場に入ることになったとき、作業に入るのもスムーズだろうから」
「間に合っても、間に合わなくても……か」
これが二つ目。
仮に迎えに行って、何とかここに戻ってきたときまでに、リィンたちが取り上げ終わっていて、助産師さんに無駄足を踏ませようが構わない。
もちろん礼は尽くすが、最優先はあくまでトモカさんたちなのだから。
「アルシオーネ!」
「お、おう!」
「雨が酷い。台風みたいに大風だ。専門家さん迎えに行くのは、実際に送迎バンで道路走って交通状況を見るためでもある。問題ないと思ったら俺から連絡する。お前はそのまま救急搬送あての通報連絡を頼む」
三枚目。
かといって、救急車による病院搬送の手も最後まであきらめない。
流石に、救急車を望むのは俺たち以外のご家庭や緊急状況下もあるだろうから無駄足は踏ませたくないが、それでも、俺たちにだって通報する理由に正当性くらいある。
使い方は間違っていないはずだ。
「難しいとか時間がかかると言われても、とにかく最速で来てもらえるように粘りつづけてくれ」
「な、なぁ。いっそのことトモカを送迎バンで直接送り届けるってのは……」
「考えたよ。だけど焦って事故でも起きたらそれこそ大ごと。それに、緊急サイレンがないし特別車両でもない。本物の緊急車両と違って、公道の優先緊急走行はできない。それに道路状況もまだわかってないし。その手は最後まで使いたくない」
「……ああ、わかったよ師匠。任せてくれや」
とにもかくにも、色々差し迫っていた。
背に腹は代えられなかった。
「シャリエールは、旦那さんが落ち着き次第、連れ立ってトモカさんのところに来るのかな。ルーリィ、ナルナイ」
俺だけじゃない。
皆そのことがよくわかっていた。
ルーリィ、ナルナイも、じっと俺に視線を向けてくれた。
「リィンとエメロードの手伝いに専念してくれ。旦那さんが連れられたなら、シャリエールにも同様にサポートに入ってもらう。どれだけ必要かわからないけど、少ないより、人手は多い方がいいだろうから」
俺の頭では考えられるのはこれくらいのものだ。
「さて、どうかなリィン。そこから先はもう、お前たちに頑張ってもらうしかないんだけど……」
できうる限り策は巡らせた。それぞれに役割も与えた。
実行に移すかどうかは、今回の件では一番責任が重大で、この中では誰よりも赤子を取り上げる覚悟と決意、可能性があるリィンの了解を得てからにしたかった。
「悪い。ざっと考えを巡らせてみたんだが、俺にはここまでしかできなさそうだ。なんというか、こういうときって男っつーのは頼りにならねぇな」
「そんなことないよ。兄さんが率先して専門の人を迎えに行ってくれるって言ってくれたのは嬉しかったし。映像通信だなんて案、考えてもみなかった」
どうやら、OKってことらしい。
リィンは鼻で息を大きく吸いこんで、ハッと口から一気に吐き出した。
(コイツぁ……)
瞳には、強い光が
「それじゃ……山本小隊!」
ならば俺も、その気合に是非ともあやかりたかった。
シャリエールを除いたこの場にいる全員の顔を、瞳を、一人一人見やった。
「これより状況を開始する。トモカさんのこと……よろしく頼む!」
「「「「「了解っ!」」」」」
解き放った思いに、力ある言葉が返される。
こうして俺たちの、一夜限りの作戦活動は始まった。
◇
(う……ひ……こういう結末か。手札全部そろえてよかった。ほんっとうに……よかった)
どうも。グロッキー山本です。
グロッキー山本小隊の小隊長を務めてます。
え? お前はどうでもいいけど、どうして小隊名にまで「グロッキー」って言葉がついているんだって?
『オロローン! オロローン! ドボガざーん! 僕のドボガざーん!』
『ちょ……わた……し……死んで……ないんだか……ら』
年甲斐もなく、恥も外聞もなく大号泣しながらわめいている旦那さん。
毛布で何重にも包まった
はい。つまりはそういう事なんです。
この場には専門家もいて、救急車もいます。
つまりは、すべてのカードを使うことになったというわけですねハイ。
結果から言いましょう。
幸いなことに、赤ん坊は無事に生まれました。
母子ともに問題もない最高の結果で、幕は下りました。
肉体的な疲れというよりも、精神的な疲れが凄い。
出産にかかわることとか、何が必要だとか。そんなことは分からない。
それらはすべてリィンやエメロード、他、女性陣に任せてしまったから。
生まれいずる新たな命。とてもか弱く脆い命を前にしたことで、皆、生きた心地がしなかったらしいぞ?
いやいや、それは俺だって同様だって。
看護学校からの赤子を取り上げる許しは、割かし早く降りた。というより「お前らがやらなきゃ誰がやる!」的なもので、それには納得。
幸運続きで、専門の先生ともすぐに繋ぎが取れた。
一部走行に不安な個所もあったが、倒木なんかの道路寸断もなかったことで、俺もすぐに迎えに行けたのだが……戦場だった。
繰り返します。俺の運転するバンの中は、戦場でした。
専門家のオバはんのお迎えに上がりますー挨拶しますー。「挨拶なんていいから、さっさと現場に向かいなさい」と、怒気というか、危機が迫って。
まぁ、映像通信もうまくいったのよ。
ちょうどバンに先生が乗り込んだときかなぁ……映像通信で繋がるトモカさんの寝室で動きがあったのは。
先生がトモカさんのところに到着してから動きがあったなら、それが一番ベストだったのだが、そういう意味では間に合わなかった。
先生……ただでさえ鬼気迫っていたのに、さらに豹変されまして。「あぁ、君っ! 何やってるの! もっと急いで。100キロでも200キロでも出せるでしょう! 一刻の猶予もないのよ!」って……
映像通信越しのリィンたちへの指示にも熱が入っちゃって。んでもって俺へのスピードアップの催促もとどまることを知らなくて。
うん、結局運転荒くなっちゃったから、事故らないか心配なのと、出産が無事に運ぶかどうか、気が気でなくって。
到着するなり、母屋に先生が駆け込んでいってからは、トモカさんの寝室から「ドボガざーん頑張っでぇ! 僕を置いてかないでぇ!」って旦那さんの鳴き声が聞こえてきて、「お父さんが気を張らないでどうするのよ!」って先生の怒声が聞こえてきて。
そんな状況を寝室外から音だけで聞き取るしかないじゃない。もう、胸の中ハラハラしっぱなしでさぁ。
寝室から、赤ん坊の元気な泣声が聞こえてきたそのときときたらもう、歓喜? いいえ、力ぁ抜けてへたり込んじまった。
そんなこんなで俺だけじゃない。全員がグロッキー。
それが現小隊名の所以。
俺にとって大切な
もっと嬉しさと興奮で眼が冴えるかと思ったのに……
(あぁ、体力の……限界)
安心したら、睡魔が酷かった。
「だから……さ。ガッツリ休みたいんだ。明日だって訓練があるんだぜ?」
このまま母屋から下宿に戻って、自室に帰って、布団広げて倒れこんだら一瞬で堕ち、気持ちよーくなれるはずなのに。
(なぁ、それは皆だってそうだろう?)
「解せん……」
母屋の玄関、壁に背中預けて腰かけたまま、閉じたガラス戸から外の救急車への搬送を眺めながらそんなことを思ってしまう。
当たり前なんだ。
両肩にはルーリィとシャリエールが。
両腿上には、リィンが枕にして寝息を立てているし、キャラじゃないだろうに、もう一方の方には、エメロードが首をのせて安らかな顔をしていた。
脛とふくらはぎにしがみ抱き着くのはアルシオーネとナルナイ。両名とも他に倣って意識を放棄していた。
合宿のとき以上だよ。
女性陣6人全員が、絡んでくる。
「ど……どーしてこうなった……」
なんというか、今日一日とっても濃かったのである。
《主人公》との対人訓練で、強くなった実感を得た。
さらなる強化を目指し、先日胡散臭オッサンから引き取った品に触れ、沸き立つ《視界の主》の記憶から戦闘技能と知識のダウンロードを図った。
駆け込んできたナルナイに爆弾発言を食らったと思いきや、ルーリィのセリフはそれ以上にボンバーで。
最後の最後、俺がこの家に引き取られてきたときには、すでにお腹に宿っていた新しい命を、半年以上を掛け、とうとうお目にかかるに至った。
「新しい命……か……」
(嬉しい。素直にそう思える……のに。そりゃ人それぞれ色々あるんだろうけど。望まれない命ってのはあるんだろうか? 《視界の主》のオッサンは、どうしてあんなに、あの赤ん坊に対して……)
ちょうど新たな命の誕生を肌で感じることができてしまったからこそ、ダウンロード時に見た光景が、気になってしまってしょうがない。
(あ、でも、そんな深く考える余裕は、な……い……か)
ただ、思い悩むのはそこまで。
何かを考えさせない。そんな暇すら与えない強制的な何かが、疲労から働いているのだろう。
まるでコンピューターのシャットダウンみたいに、プツッと音が聞こえたわけじゃないが、しばらくと立たず、視界は……
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やっと生まれてくれました。
因みにクリスマス回まであと4話程度です。
いつもありがとうございます。
次回は3日後投稿となります。
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