リロード。 二振りのナイフと一丁の手斧
第108話 手に取るなよ? 絶対に手に取るなよ!? フリじゃないからなっ!!
「さぁ、授業も終わり。一徹、もう学院を出られるかい?」
「え? ああ。いや、ちょっと……」
レベルの高すぎる授業で脳を煮えたぎらせ、地獄の訓練で何度も吐いちゃうような、俺にとっていつも通りのハードスケジュールな学院の一日が終わった。
放課後に至った時のこの解放感ね。
HRが終って、教室からシャリエールが姿を消して、それと共に教室内で三組連中が沸き立つ。
その横で椅子に座ったまま、しなしなと干からびるように力がぬけてしまうところで、隣の席の目ん玉ビョ~ンと飛び出てしまいそうなクールビューティが笑いかけてくれる。
「灯里とカフェに行くことになったんだ。とまぁ、私はただのついでで、本当は刀坂と行きたいらしいけど、心細いと言うからその付き添いかな。君も一緒に行ってくれないかな?」
この表情に、どれだけ救われているか。
クールビューティがその表情を俺にだけしか見せないってのは、もう、野郎としては、ムネアツだねっ!
(だけど……ね?)
「ゴメンなルーリィ。今日はちょっと予定があるんだ」
「……予定? 私は、聞いていないが」
「あぁ、それは……」
こんなことを言うと傲慢にしかならない。が、彼女が俺にとってどんな存在になりたいのか、理解はしている。
「落とし物を拾ってさ。落とし主に届けようってね」
「だったら私も……落とし物を届けたあと、二人で街を……」
「いいんだ。どれだけ時間がかかるかわからないし。待たせるのも偲びないってね」
だからこそ誘いを断ったいま、見せてくる表情は、残念なところもあるだろうし、予定を伝えられなかった悔しさを感じてるところもあるんだろう。
ソレについちゃ申し訳ないとは思ってる。
なんもかんも投げ出し、大手振るってその関係に至れたら……なんて俺も考えないわけじゃない。
……そういうわけには行かない理由があった。
「なぁ、ルーリィ」
「どうしたんだい? 何を改まって……」
「俺は……さぁ、お前を……」
(お前を、俺は殺そうとしたのか?)
「……一徹?」
「ハッハハ! ゴメッ! 何でもないっス!」
最近、考えてしまう。
そんな関係に、なれるはずがないだろうよ。
俺は、俺のことを思ってくれる彼女を殺しかけただろうかと。
ルーリィは、殺そうとした俺に、好意を寄せているのかと。
分からない事ばかり。
だけど、もしそうだとしたら、歪だ。
だから、確かめなきゃならないんだ。
◇
『やぁやぁ、わざわざ届けに来てくださって申し訳なかったねぇ。山本君だったかね』
「いえ、気にしないでください。むしろ持ち主の方にご連絡ができてよかったです。場所柄も
『ま、こんなところでなんだから、上がって上がって』
先日の
斧一振りと、短刀二丁。
落し主の名刺がツールベルトに入っていたこともあって、連絡を取ったのが、今日俺が、こちらのお宅にお邪魔していた理由だった。
「あ、いえ。お構いなく。自分は届けに来ただけですので」
『そう言わず。約束の時間きっかりなんだねぇ。すでに湯も沸いて、茶の準備も出来ているんだ。お茶菓子も用意したのだけど、お兄さんは甘いものはお嫌いかね?』
初老を過ぎた年の頃の男。
それが落とし主の正体だった。
かなり歳は行っている。恰幅がいいというよりはがっしりとした体つき。短く刈り込んだ髪はロマンスグレー。
きっと若いころは、武道か何か
「いやぁ、呼びつけてしまってなんだが、来客は久しぶりで嬉しくてね。本当は大好きな甘いものは控えるようにしているんだが、お客さんが来るという事で、ケーキにドーナッツ、いっぱいっぱい用意する口実ができてしまってね」
若いころはどうだったか知れないが、俺から見る限り、とても人のよさそうなオジサンというのが印象だった。
顔中に刻まれた年相応のシワをクシャっとさせながら甘いものを語る笑顔には、どことなく愛嬌もある。
高圧的にならず、かといって緊張しすぎるようなお堅い感じもない。
『せっかく届けに来てくれたのに、労いの一つも出来んのは自分が許せないのさ。君の時間さえ許すならば、茶の一杯、付き合ってはもらえないかい?』
「では、お言葉に甘えまして」
『良かった。では、案内しよう』
別にお礼が欲しくて届けたわけじゃないさ。
でも、せっかくご厚意を向けてくる。無下にはできないから、ありがたく申し出を受けさせてもらうことにした。
◇
(へぇ、コイツぁ)
落とし物を届けに、おじさんの家のインターホンを押した時から、田舎的というか、素朴な印象を、建物からはうけていた。
木造一件家。広い庭。草木の垣根で囲われている。
(悪くないね。ホッコリして、くつろげるっつーか)
通された居間には大きな本棚があって、たくさんの本が収められていた。
大きな古時計なんて何年物かわからないが、振り子や秒針の音が、まだまだ現役であることを思わせる。
外観も内観も懐かしさ溢れる、少しノスタルジックな空間。
日々の忙しさから、ここだけ時間の流れが違っていて、この家の中だけは時間がゆっくりと動いているかのような。
思いっきり鼻呼吸してみる。
材木の香り。ちょっとホコリ被ったカビ臭さが却って生活感をうかがわせ、「気取らないでいい。ゆっくりしていって」とでも言っているようで安心できた。
(それでいて……)
花の活けられた花瓶。俺がついたテーブル。目の前に置かれた陶器製の茶器。おそらく、いま座っている椅子も。
彫り込まれた意匠から予測できる。
(アンティーク。凄いな。気を使わなくていいと思わせるのに、品を失ってない)
こんな場所に住んでいる、オジサンのセンスの良さが伺えた。
『物珍しいかね?』
「は、あ、いえ。スミマセン。ジロジロと」
感嘆としていたところで、来客用に準備したケーキを乗せた平皿をもって、オジサンがキッチンから現れ、声を掛けてきた。
「構わないよ。それら調度品は、
「ど、どうも有難うございます」
目の前にケーキの乗った皿を置いたオジサンは、感謝の言葉にニカッと歯を見せた。
『私はもう、このレイアウトに慣れ切ってしまってね。かといって設置場所を変えたり、新たにアンティークを家に入れることも、手放すことも、なかなかできないんだ』
「え?」
『アンティークは……妻の趣味でね。私にはそのセンスがないのさ』
「あ……」
まずい。申し訳ないことを聞いてしまったかもしれなかった。
妻の話を切り出した途端、優し気な笑顔だったオジサンの貌が悲し気になった。
(もしかしたら、奥さんはもう……)
『本来は妻と二人で、君にお礼する予定だったのだけどね』
「は?」
『町内会の奥さん連中と温泉旅行に行ってしまって』
(って、生きてるのかい! 紛らわしい!
『どこの家もそうだと思うが、嫁は夫よりも強いものだろう? 何度もアンティーク趣味について意見しようと思ったんだが、怖くてね。ハッハッハッハッハ!』
(い、良い笑顔してやがる。笑い飛ばしやがった。ま、でもこれではっきりした。これだけアンティークが揃う場所。なら、落とし物についても間違いなさそうだね)
「さて……」
声をあげて笑ったオジサンは、息を吐く。
玄関で挨拶をしたときにはすでに、俺が手渡しで返した、あのとき拾ったツールベルトを取り出し、俺がケーキをつついていたテーブルに置いた。
『改めてすまなかったね。届けて貰って』
またもニッと笑って、慣れた手つきで例の三品をツールベルトから取り出す。テーブルの上に広げた。
『思い出の品なんだ。これは』
「思い出の品……ですか?」
切り出された言葉に、ついつい反応してしまった。
そもそも、これら三品の由来が聞けるかもしれないと思っていたからここまで来たんだ。オジサンの方から切り出してくれたのは幸いだった。
『古い知人から預かり受けたものでね』
「え? それではこれらは……」
『あぁ、実のところ私のモノではないんだ。だが……いまでは、
まずは予想外。
こちらのお宅がアンティークに囲まれていたこともある。
ゆえ、同アンティーク品と思われるこの三品も、オジサンの奥さんのコレクションの一つだと思っていた。
(オジサンのじゃない。それに……)
『あの日……』
しかし実際は彼のモノではなかったこと、そして「いまは宙ぶらりん」であると言われたことが気になったところで、オジサンは、ゆっくりと口を開いた。
『実は、その知人の逝った日なんだ』
「ッ!」
『彼とは約束があってね。いつかその約束が果たされたとき、預かり受けたこの品を返すはずだった』
うげ。
藪蛇すぎんでしょそれ。
オジサンにアンティーク返しに来ましてーの。その流れで、めっさ重い話が出て来ちゃったぞ。
『病床にあって、その日が最期という連絡を受けてね。私は取る物も取らず、ただこれら3品を持って。なんとしてもその死目に会えないかとね』
(うっひー! ヘヴィどころじゃねぇぞ? それって、じゃあ俺が今日ここにいるってのは……)
『あまりに急ぎすぎたのがよくなかったんだね。彼との約束なんてどうでもいい。3品は、彼がとても大切にしていたもの。死ぬ間際に何としても再び見せてやりたかったのに……』
「お、落として……しまわれたんですね」
『結局、彼の元に到着したときには、もう……ね……』
(うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! 俺、オジサンの心めっさ
あの日急いでいたのは、そういうことだったんだ。
何を置いてでもツールベルトの中身を、オジサンの知り合いに引き合わせるため。
必死になるわけだよ。
結果はどうだろう。
オジサンは、知り合いの方の元にたどり着いた時、大目的であるツールベルトをなくしていたことに気付いたに違いない。
そして結局、死目にも会えなかったという。
どれだけの悲しみと後悔があっただろう。
そして、その胸の痛み冷めやらぬまま……
(俺がツールベルト持ってきちゃ、嫌な思い出ぶり返す。心の傷にできたカサブタ、
『あはははは。君のせいじゃない』
「あの……」
『君が申し訳なさそうな顔をしてどうするんだね?』
アカン。
心の色が、全力で
だから、さらにオジサンに気を遣わせ……
『それにこれは……
「縁?」
オジサンはそういうと、テーブルを挟んで俺の前に座っていた椅子から立ちあがる。庭へと続く、居間の扉窓へと身を移し、ゆっくりとそれらを開け放った。
「あ、あの……」
『山本君、お願いがあるんだが』
ただでさえ、どうして扉窓を開け放ったか知れない。その流れで、名前を口にしたことが、俺の意識を引いた。
『片手斧一丁。そしてナイフ二振り。これを実際に、その手に取ってみてはくれないかね?』
「え?」
『そしてこの庭先で、適当でもいいから、思う様に振るってほしい。その姿を、私に見せてはくれないだろうか?』
さらに、そのリクエストが意味不明。
「あの……」
『わざわざ来てもらって、その上でこのような願い出はあまりに失礼だと、重々承知している。それでも、助けると思って』
意味不に違いない。
しかし、申し出るオジサンから目は離せなかった。
先ほどは柔和な顔ばかりしていたのに。糸のように細い瞳は、確かに開かれ、俺のことを見据えていた。
真剣な顔もあったから、断ることも出来そうになかった。
「ッツ!」
(握る? 振るう? いや、でもそれは……)
ぶっちゃけて言おう。
その申し出は願ってもないこと。
誰かの落とし物。だから許可がなければ振るっちゃまずいと思っていた。
もひとつぶっちゃける。
しかし予想外に、その願い出は、俺の胸を重くした。
振るいたいとは思っていた。
だけど振るっちゃいけないと思っていたのは、何も無許可だからだけが理由じゃなかった。
(振るっていいのか? グリップを……握っていいのか?)
ショッピングモールで拾い上げたとき、そののち帰った下宿の自室での出来事を思い出した。
触れ続けたいと思わせる衝動を、これら3品は掻き立てる。しかし、触れてしまうと、常に嫌なイメージが脳裏をよぎってしまう。
まさに禁断の果実。
本能と自制心。自分の中で二つの想いがせめぎ合う。こんなこと初めてだ。
(いや……)
ここで、今日訪れた理由を思い出す。
目を閉じて、深呼吸した。
オジサンに会いに来たのは、確かに落とし物を返すため。
しかしもう一つ。この三品の事を、もっとよく知りたいがため。
すでに、所有者は別の人物だというのは判明した。
ホッとしたところもある。この三品は、俺が見た別人の記憶のなかにおいてルーリィを殺しかけた。
が、俺の物でないというのなら、最悪の可能性はなくなったことに他ならない。
……そう、信じたい。
恐れが杞憂であったこと。落とし物を返すことができたこと。
目的は、果たせたはずなのに。
「振るってみないか?」の一言で、胸はざわついた。
三品と俺とは、どうやら関係はなさそうだ……が、なら、この気持ち悪さは一体何なのだろう。
……三品から少し意識を遠くする。
だが、
いまでは、そんなことが浮かび、胸にモヤが立ち込めるようだった。
『もう、それらの所有権については宙ぶらりんのままだしね。私が許可しよう。是非とも振るってもらいたい。駄目だろうか?』
その気持ち悪さを感じ取る様に目を閉じる。
いま一度、大きく息を吸う。
「……では……」
肺の中の空気を一気に吐き出しながら答え、目を開けた。
緊張はある……が、程よい緊張だ。
いまの深呼吸で、呼吸も心も整えたつもり。
(目を、そらすな?)
椅子から立ち上がる。
テーブルに並べられた三品を余すところなく掌と指の腹で撫でる。
刃頭、刃側面から握り
「フッ!」
思いっきり柄を握り締める。
そうして、持ち上げた。
「……
いや、
持ち上げたそれらを、ツールベルトに取り付けられたシース(鞘)に納める。
ナイフ二本が納められたツールベルトを、左
斧が納められるもう一方は、通常のベルト宜しく腰に巻いた。シースは
『ほぅ……
何か、オジサンは言っただろうか?
正直なところ、あまりに自然に動けてしまっている自分自身に驚いてしまっていて、何を言ったのか耳には入らなかった。
シースを体に括りつけてから、改めて
左手にナイフ。右手に、片手斧をぶら下げる。
握り手を確かめるように力を加え、されど、肩から腕、手首にかけてはほとんど脱力した形。
(この感覚を俺は……知っている?)
クイッと、手首にスナップを利かせ、得物の刃頭を上下させる。感触を確かめる。
そして外を意識した。正しくは庭。
たったいま、扱うことをオジサンが許可してくれた力の振るい場に、意識が行ってしまった。
『やってくれるかね?』
「……
呼びかけに、不思議な心持ながら深くうなづく。居間から一歩一歩、庭へと踏み出した。
歩みを進めるたび、握った瞬間感じていたそれぞれの重さは、まるで軽減していくようで……
「どうして……」
庭の真ん中に立ったそのときにはもう、俺には、その重さがまるで感じなくなっていた。
当然、それは俺の手から斧とナイフがこぼれ落ちたからじゃない。
これは……そう、
「フゥッ!」
まずは、片手斧による横一薙ぎで確信する。
それら二つとも、いま、俺の身体に同化した。
俺の……腕になったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます