第99話 対峙! クーデレクラスメートと引き取ってくれた親戚の姉ちゃん。 なんでっ!?

 状況の終了と共に、地獄を乗り越えた文化祭。 


 皆、聞いてくれ。

 地獄……絶賛進行中・・・・・だ。


『ハイ、安いよ易いよ・・・! 妬き・・ソバ。居間・・なら、大特価で瓜出汁・・・中だぁぁぁぁ!! ていうか……無料だぁぁぁっ!』

『にゅきゅまきお握りにっきゅにきゅ! みんなで巻きにっきゅ肉!』


 屋台で声を上げている者たちは限界突破していた。声なんて枯れてるし、血走った眼は、完全にっていた。

 きっと、いま彼らが口にしている言葉だって、アクセントがところどころ違うから、もしかして別の漢字・・・・が使われているんじゃなかろうか。

 音が同じだから知らんが、きっと正しい漢字を思い浮かぶことすら難しいほど疲れ果てている。


 時刻は……午前3時でございます。

 三日間の開催スケジュールである本文化祭は……4日目を迎えております・・・・・・・・・・・(泣)。


【2年1組より生徒会本部へ! 売り子が一人倒れた! 至急救護班人員を送られたし!】

【メディック! メディィィィック!】

 

 作戦終了後、誰一人としてピンマイクやインカムを取り外していないのだろう。


「クックック! 大変だね。模擬店で飲食やってた奴らは」


 まさかの大事件が、最終日から日付またがり午前2、3時に終わったこともある。

 当然この時間、鉄道は動いておらず。帰ることのできない多くの避難員は、学院に残らざるを得ない状況。


 安全の為、明るくなってから家路につかせるというのが学院の方針。

 避難員らが取れなかった食事や、休憩所を提供するという名目で、不測の4日目に突入してしまったのである。


 そういうことで、ひっきりなしの通信が入ってくる。

 明らかなるオーバーワークに至っている、模擬店の売り子たちの死ぬんじゃないかとも思える叫び声。

 さすがに苦笑を禁じ得なかった。


 可哀そうなことに、模擬店の料理は、緊急物資という名目での提供となるため、完全無料になっていた。

 材料費については、学院側が模擬店運営クラスに補填するとのことだが……そういうことで、ここぞとばかりに今晩滞在する避難員は押しかける。

 彼らの忙しさに、さらに輪はかかった。


 狂い猛る活気。模擬店屋台通りを歩いていた俺が笑えるのは、俺たちの模擬店が飲食でないことと、すでに店じまいを終えていたから。


 自分には関係のない話。そして命の危険ももはやない。

 だからこの混沌でさえ、いまは楽しんでいられる。


「……あ……」


 声を、上げてしまった。

 

 進行方向に、トリスクト小隊全員とシャリエールが立って、俺に視線を集めているのを認めてしまったゆえだ。

 彼女たちは何も言わないで、ピクリとも動かず、ただじっと視線を向ける。


 俺が、彼女たちの下にたどり着くのを待っている。

 もしその予想が外れていたら恥ずかしいことこの上ないが、なぜか強い確証があった。


(どうしようか。まずは何から話す。いや、そんなことよりも必要なことは、状況が始まる前に不安させたことに対する謝罪……だよな)


 大事件があったばかりだから。


 彼女たちと徹新がどういう関係なのかとか、それで俺から離れてしまうかもしれないとか、後ろめたさとか、本来は悩み続けるべきものはどうでもよかった。

 彼女たちが生きて戻ってきただけでこれ以上の喜びはない。

 彼女たちさえ無事なら、後のことは些細なもののようにも思えた。


 彼女たちの生還を実感したい。さっそく駆け寄って話しかけたい。

 気持ちははやって、向かう足並みは早くなる。


(彼女たちを悲しませた。落ち込ませたとも、俺はクラスメートたちから聞いていた)


 だが、歩みが早くなる一方で、最初の一言はどうかけるべきか実のところ決まっていなかった。


 彼女たちに一歩ずつ近くなるにつれて高まる喜び。それと比例するように、話すべきこと、謝罪の言葉がいまだ決まっていない自分に腹が立ちそうになった。

 

「一徹!?」

「んが?」


 そんなときだ。真後ろからの、聞いてとても安心できる声が、俺の歩みを止めさせたのは。


「もしかしてトモカさ……」


 振り向いた……頭が、真っ白になった。


「あぁ、もうよかったぁ!」

「あ……」


 声に振り返ったと同時。トモカさんは駆け寄り、抱きしめてくれた。


「一徹! アンタどれだけ心配させたと思っているのよ!」

「あの、トモカさん。苦し……」

「色んな子から話は聞いた! また無茶したんだって!?」


 ギュウッと力が加えられて苦しい一方、絞り出すような声と力の入れ具合に、本当に心配してくれたことが伺えたのがうれしかった。


「実際に討伐したのは俺じゃないんです。俺はただ、皆を見てることしかできなくて……」

「馬鹿! そういう事じゃなくて!」

「……トモカさん?」


 記憶をなくした俺を、ただ親戚だからって引き取ってくれた。


「本当に。アンタに何かあったら私は、私を……」


 息子にも弟のようにも愛してくれるこの女性ヒトを心配させてしまうことはとても辛くて、でも、実のところ心地がよかったりもした。


「ありがとうございます」


 だから思わず、抱き返した俺の腕にも、力が入ってしまった。


(えっ?)


 抱擁しているから、トモカさんの肩あたりに俺の顔がのるような体勢。

 抱き合いながら、その勢いに流れるようにグルグルと回ってしまった俺は……絶句した。


 5人の表情に違和感を覚えた・・・・・・・・・・・・・


 まずは遠目。


 あの、根性腐った正論マン。山本忠勝長官が、油断ないような真剣な表情で、俺をジッと見つめてきていた。

 隣では、カラビエリさんが笑って手を振ってくれていた。


 俺の視線に気づいたのか、二人は踵を返して姿を消した。


(……トリスクトさん?)


 そして、トリスクトさんだ。正確には、トリスクトさん、リィン、アルシオーネの3人。

 複雑そうな顔でトモカさんと抱擁する俺を眺めていた。


 とりわけトリスクトさんの目は、どことなく悲し気で寂し気。それが気になった。


『さぁ! どうぞ皆さま! 炊き出しの準備は出来ております! 三縞名物! 三縞コロッケにワサビ漬け入りお握り! 地酒仕込みの酒粕を炊いた酒粕汁も、大盤振る舞いですよっ!』

「あれ? この声、トモカさんの旦那さん? そういえばトモカさん。こんな遅い時間にどうして」

「どうしてもこうしてもねーわよ。三縞市で事件が起きて、多くが帰れない可能性があるってのは予測してた。三縞商店旦那女将衆で連絡取り合って、炊き出しの準備していたのよ」

「な、なるほど。流石皆さん行動が早いというか……」


 トリスクトさんの表情に釘付けになってしまったそのとき、遠くの方で大きな歓声が上がった。

 トモカさんの旦那さん。俺にも凄く良くしてくれる、三泉温泉ホテルの総支配人のおじさんが、宿の法被をまとい、他の商店仲間たちと一緒に笑顔で炊き出しを振舞っていた。


「アンタたちのおかげかもね」

「え? それって、どういう……」

「物産展、超大盛況だったじゃない。ただ頑張っただけじゃなく結果も出した。売れ残り在庫は戻すとして、売上高については、アンタたちの儲け差し引いて、協力商店に還元するんでしょう? 商店旦那女将衆の皆さん、ワクワクしてたわよ?」

「ハハッ! だったら嬉しいな……って、トモカさん?」


 話を聞いてホッコリ~っと……なるはずだった。

 それどころではない。息を飲んだ。いや、唾を飲み込んだ。


 互いの肩に乗せ合っていた頭。

 上半身は離れ、俺の顔とトモカさんの顔が向かい合う……までは良かった。


「ん……」

「トモッ……!」


 それは、ドンドン、ゆっくり近づいてきて……


「兄さま!」

「トモカッ!」

「大家さん!」

「嘘だろオイっ!」

「トモカさん!?」

「……やはり・・・……」


(まずい。まずいまずいまずい。これって、このままじゃ。トモカさんには旦那さんがいるってのに。って、いやいやそういうことじゃなくて……)


 このままでは唇同士が触れ合ってしまう。だが突然のことすぎて、どうしていいかわからず俺の身体は強張って動かない。


「アタァッ!」


 悲鳴を上げてしまった。

 感じたのは、ダメージにもならないコツンという衝撃。


「なぁに期待してんのかな? 青少年♡」

「い、いや、俺は別に……」


 触れ合ったのは唇ではない。額同士だった。


「こんなおばさんまで守備範囲とは。美女6人プラス人妻まで攻略するつもり? 私の、旦那様への愛、舐めんじゃねぇわよ」


(からかってるのはアンタでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!)


 額を押し付けてきたから、そういうつもり・・・・・・・がトモカさんには無いと知ったいまでも、その唇は俺の口から数センチの距離にある。

 正直なところ気がどうにかなりそうだった。


「よく……頑張ったわね」

「……ハイ」


 でも、結局、子供扱いされてしまった。

 優しくそう言われ、一瞬で、高まった緊張はたちまち解けた。


「……トモカ殿」

「ん? あぁ、御免ねルーリィ。こんな場面見て、ヤキモチでも焼かせちゃったかな?」


 そこで真横から声を掛けてきたのがトリスクトさんだ。


(よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! もし、いやもし万が一、唇が触れ合っていたのだとしたら、きっとトリスクトさんに見られてしまって……)


 流石にソレはごめん被りたかった。

 三組連中からは、うやむやなままだが結局、なんだかんだ受け入れてもらえたのはありがたかった。が、まだ彼女たちには謝れてもいない。

 そんな状況で、目の前で、唇同士が触れ合うようなところを見せてしまったのだとしたら……


「少し……お話をさせてもらっていいだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・?」

「なぁに、随分改まっちゃって」

貴女の過去のこと・・・・・・・・。凶悪犯との一件と聞けば、わかってくれるだろうか?」


(え? 何のことだいきなり)


「ッツ! トリスクト、テメェ!」

「姉さま!?」


 思わぬ一言。

 そこで声を挙げたのはリィンとアルシオーネ。理解の及ばない俺が素っ頓狂な声を挙げたのと同時のことだった。


 トモカさんは……動じる様子はない。

 寧ろ、クスクス笑って、優しい顔をしていた。


「場所を変えようかルーリィ。シャリエール、貴女も……来る?」

「……いえ、予想はしておりましたから。改めまして、この世界での今日これまでに感謝を。そして貴女の心の強さに敬意を。トモカ様・・・・。よく、私とルーリィ・トリスクト様を暖かく迎え入れてくださいました」

「そんな大したこと……でも、あるのかなぁ。やっぱり」

「そう。そういうこと……そうだったの」


(おいおいどういうことだ。何でシャリエール、トモカさんに対して、参ったように笑ってんの? で、エメロード。君は得心したように目をつぶって俯かない!)


「な、なんですか! アルファリカにフランベルジュ特別指導官は、一体何が分かったというんですか!? ナルナイは、ナルナイにはまだわかりません!」

「いいのよ。お子様にはまだ早いお話だから」

「子供扱いはしないでくださいましっ!」


(そうだそうだ。俺にも何が何だかわからんぞ)


 だが、腹を立てるナルナイを、「まぁまぁ」となだめるアルシオーネやリィンの子供扱いを見ると、ここで同様の反応を見せたら、俺に対しても餓鬼扱いしてきそうで何も言えなかった。


「ルーリィ様」

「エメロード?」

「ご覚悟を。貴女はこれから、余人には耐えられぬほどの傷を・・・・・・・・・・・・・・胸に刻みこむ・・・・・・ことになる」


 いやぁ、それでもやっぱり気になっちゃうんだよなぁ。

 なんたってエメロードが、真剣な顔で思わせぶりな発言をするんだもの。


「覚悟は、もとより」


 で、ルーリィさんが言葉を返したのを認めてからは、呆れたように笑っちゃったよ。


「まぁ、私は心配しておりませんわ。貴女は一度・・同じように・・・・・彼女・・に立ち向かい・・・・・・その影を打ち砕いた・・・・・・・・・方。誰にもできなかった。リィンにも私にも。他の二人は、その後の邂逅だったのだし。だから託したのでしょうフランベルジュ・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

「さて、そういうことにしておきましょう。では……一徹様♡」

「のわぁっ!」


 聞けば聞くほど気になっちゃうじゃなぁい!

 

「ここからは私と文化祭を回りましょう♡ 看護学校の文化祭に、この三日間。ルーリィ・トリスクト様とは物産展で常に一緒にいたのです。せめてこの4日目くらいは私とデートしてくれますよね♪」


 だがここで、シャリエールが突然腕に抱き着いてきたこと、柔らかさ・・・・を感じた頭はパーになってしまった


「教官は訓練生との距離感を弁えなさい。では行くわよ山本一徹。、いちを案内しなさい」


 で、微妙。すっげーびっみょ~!

 反対側の腕に抱き着いてきたのは、まさかのエメロード。


(お前に関してはシャリエールと違って嬉しそうにないの。冷めた顔して、なんで抱き着いて来るんだよ!)


「ああぁぁあぁぁ! フランベルジュ特別指導官ズルいですっ♪ アルファリカも、この泥棒猫!」

「まぁ、こうなるんだね。お腹もすいたし。屋台や炊き出しに回ってみようか」

「た、炊き出しはやめようぜ? トモカの旦那に見つかったら、断りにくい笑顔で呼びかけられ、気付いたら炊き出しの手伝いをさせられる気がする」


 結局、なんのかんのとわからんうちに、俺は彼女たちにその場から引きずり離されてしまった。

 その場に残したトリスクトさんとトモカさんが気になってしょうがない。

 

 トモカさんは優しそうに笑っているのに、真剣な目をしたトリスクトさんには、警戒があるんだ。

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