文化祭……4日目ぇっ!? 大団円ふぃな~れ

第98話 驚愕。兄は、亡くした弟の影を見る。

 このままでいいはずがない。


 それが《対転脅》、山本長官の感情だった。


 結局、石楠グループ会長付きのメイドに行く手を妨げられ、待機場所だった学院長室のモニターで、一部始終を見ているだけしかできなかった。

 すべてが終わったのち、騒ぎの中心である三組のあの落ちこぼれの元へ、ボディガード達を率いて怒りの足取りで向かった。


「終わらせない。無事には、終わらせない」

「お待ちください長官!」


 ずんずんと地を踏みしめ、目的の男子生徒に向かう脚には力が入っていた。

 その後ろを、最近彼の秘書になったカラビエリが足早についていく。


「このままでは終わらせんぞ。貴様」


 訓練生の命がけを、ショーにした。

 一歩間違えれば命を落とすような全訓練生の死闘を、あの落ちこぼれは、エンターテインメントにしてしまった。


 もし見世物にしたその途中で、最悪人死にがでてしまったら。

 衝撃的場面を避難員に見せてしまったらどうするのか。そのトラウマに、どれだけの責任を果たせるのか。


 正規魔装士官の集団、《対異世界脅威転召喚対策室対転脅》のトップとして、あの奇策は到底許せるものではなかった。


他訓練生ヒトの死闘を、落ちこぼれの貴様は利用するしかなかったのだろう。気持ちよかったかね? そうして司会の立場から、全てをおのが功績として語るのは」


 そんなふざけた訓練生は、絶対に正規魔装士官にしてはならない。

 いや、そもそも、崇高な使命を持つ訓練生の身であることすらおこがましい。 


「彼だけは何としてでもこの学院から排除せねば。危険分子はやめさせる。やめさせなければならない」


 先ほど状況終了の号令は聞いた。

 それであの落ちこぼれが喜んでいるかと思うと、長官は許せなかった。


「訓練生でただ一人の犠牲者も出なかった。それはただ運がよかっただけなのだよ。奇跡は二度も起こらない。今回のことで味を占め、正規魔装士官になった貴様がその感覚で采配を振るうとする。考えたくもない悪夢だ」


 長官はイレギュラーを求めない。

 勝つべくして勝ち、負けには必ず理由があって、分析しないと気が済まないような徹底した男

 だから、このような不可思議な結果は到底受け入れられなかった。


 彼の目には、あからさまに運試しに勝ったような結果にしか見えなかった。

 だからあそこで司会を務めた落ちこぼれの訓練生については、死線を軽んじ、文化祭の一イベントとして無理やり押し通すようなふざけた輩にしか見えていない。

 

 礼節と常識、忍耐と努力が兵には必要だと信じて疑わない長官には、目障りにしか映らなかった。


「……どきたまえ。貴女も私が行く手を阻むか?」

「誰かに続いた二人目のような口ぶりじゃが。御仁はすでに、誰かに止められたのかのぉ? あの、童に期待する何者か・・・・・・・・・に」


 長官の前に立ちはだかったのは、エキゾチックで妖艶、褐色の肌をした豊満なスタイルの、艶やかな黒い長髪をたなびかせた美女。

 怒りに顔を染める長官と打って変わり、余裕の笑みを見せていた。


 それは、今朝がた長官と意見がぶつかった女。

 それがまた長官をいら立たせた。

 その雰囲気に反応し、ボディガード達は前に出て壁となる。


「最低を見せつけられたよ。足止めを食らった結果ね」

「ほう? 最低とな?」

「どれだけ胸が締め付けられたと思う。あの男子生徒愚者の愚策によって、もし、今後の異世界転召脅威に対する有望な若き戦力が摘み取られてしまったら」

「……言いたいことは、それだけかえ?」

「私が、間違っていると?」

「さてぇ? にしても、言った通りじゃったろ? 枠にとらわれず、縛られることないわらしじゃからこそ、自由な発想は光ったの。ぬしとは偉い違いじゃて」

「どうやら、この私を愚弄したいようだが……」

「黙って人の話を聞かんか」


 ただでさえ女の存在が鬱陶しいのに、それでなお、さらに上から目線でものを言ったこと。

 冗談ではなく、本心からの言葉であることが表情から見受けられたことで、ボディガード達の後ろに控えた長官は言葉を失った。


「19時から事件は発生した。そうして解決に至るまで実にかかったのは7時間。七時間じゃぞ? それだけの長時間、ぬしは、これだけの大掛かりな問題を、学生に放り投げた」

「言っている意味が……」

「ゆめゆめ、わからぬなどと御託を並べるなよ・・・・・?」

「ぬぐっ!」


 さらに、美女は畳みかける。

 先ほどの酷薄な笑みを浮かべた石楠グループのメイドが醸し出した殺気も、彼らの身体をこわばらせるのに十分だったが、こちらは物が違った。

 なにより、これまで軽かった口調が、ここにきて一気にドスの効いたものにになったことが、長官をたじろがせた。


「世界に異世界からの転召被害が発生し、増加して8年。数年前に魔装士官学院全9校ができてまだ間もなく、卒業して正規士官になった者より、訓練生の割合がいまだ多いのも知っておる。じゃが……」


 長官は、彼女の紡ぐ声が、耳に入らず、胸を通りぬけて心臓を直接握っているようにも感じて寒気だった。


「卒業生のほとんどが大都市に勤務しておる昨今。東京からなら新幹線一本。たった1時間半。志津岡しずおか駅なら鈍行でも1時間で届くこの三縞市。なのに、正規魔装士官きゃつらが動いた形跡はあったかの?」

「くっ!」

「たとえ自分がこの問題で死ぬことになったとしても、三縞校が壊滅の憂き目に会っても、東京や他の大都市は異世界転召の危機にさらしてはならない」


 淡々と言を連ねる美女は、ただ道を塞ぐだけじゃなかった。

 確かな足取りで長官に近づいた。


「じゃから、こちらに戦力を割くことを、ぬしは良しとはしなかったのじゃろう? 聞こう。前途有望な三縞校の若人たちの命を天秤にかけたのは、果たしてどちらじゃろう?」


 そのプレッシャーたるや、長官の前に立ったボディガード達を、泡吹かせて昏倒させてしまう程。

 切れ長の瞳は、さながら鋭利な刃物にも見えた。


「よしんば……妾が言わねば気付かぬとも思ってはおらぬが、童の奇策がなければ、三縞校は全滅の公算が強かったことは分かっておるな?」

「しかしながら、あの扇動の仕方は……」

「そうしてすぐ、若い者に難癖をつけたがる。ぬしもほんにつまらぬ大人になったものじゃて。今回の童は、褒められこそすれ、責められるいわれはない」


 そうして、褐色の美女は、長官のすぐ目の前に立った・・・・・・・・・・・・

 ボディガード達は彼女の気当たりによって、すでに壁の役割をはたしていなかったのだ。


「国の機能を保とうとして、結果的に地方を、この学院を捨てる采配を下した主に、何かを言う資格などないであろ。童の采配と、学院への都心からの応援は、また別の話じゃ……のぅ?」

「だが! 悪戯に命を危険をさらし、晒し者にしたとあっては筋が……」

「筋? それは誰に通す筋かえ? この町の学生、民衆は救われたというに……」

「そ、それは……」

「大方、大人の都合という奴らじゃろうの?」


 肩をすくめ、両手を挙げてため息をつきながら、首を横に振る女。


「三縞校の今回の奉仕精神に『他学院も習わなければならないか?』と反発される可能性があるからかえ? それともこの惨劇をあくまで演習と押し通す、非常識さとモラルの欠如についてメディアが追及する可能性かえ? 学生の軽率な行動が、《対転脅本職》そのもののモノの見方としてとらえられてしまうリスクがあると?」

「うっく……」


 長官は何も言えないでいた。


「動画もとられたのじゃ、広まったら痛いのぅ? まさに現場を知らぬ大人の都合。じゃがぁ……」


 しかし、褐色美女はそんなことお構いなし。

 一歩さらに踏み出し、右掌を長官の左胸に押しあてる。そして……


「くれぐれもこれ以上、失望させてくれるなよ若造・・・・・・・・・・・・

「なっ!」

「あ奴は……貴様を敬愛する兄とし、『生きる価値あり』と、自らを犠牲にした」

「何を言っている? 貴女は……何を知っているっ」

「その決断に至った弟の覚悟を、貴様自身が矮小な存在に堕ち、穢すというなら。いっそのこと……」

「ぬっぐ……」


 陰惨な表情で笑っていた。血に飢えた獣のような爛々とした瞳が、長官の眼を捉えて離さなかった。

 左胸に当てた右掌など、指を食いこませ、言葉と共に、心臓を抉ってしまいそうだった。


「……すまないが、貴女にかまっている暇などない!」


 それでも、長官も長官で、信念の人だった。

 褐色美女の脅迫じみた言葉を聞いてなお、左胸に触れられたその手を弾き飛ばす。 

 そのまま彼女の肩にぶつかる勢いで、場を押し通った。


「……ちょっと、ヒントが過ぎるんじゃない? ヴァラシスィ様」


 そのすぐ後、通られてしまったヴァラシスィに声を掛けてきたのが……


「すまんのぅカラビエリ。じゃが妾はあぁいう頭でっかちは大嫌いじゃ。もう少し前は、柔軟な男だったはずじゃが」


 長官の美人秘書。長い金髪を手でかき上げたカラビエリだった。


「そういえば、駄女神さまは以前の閣下に会ったんでしたっけ?」

「駄女神は余計じゃ。そういう主こそ、あの男に会っとろうが。山本家の家族会議にまで出おって。知っとるんじゃぞ? 一徹の父親が主を見て、『我が家にもグローバル化の波か』って言っておったのをな」

「フフ。いい思い出。その時に掴んでおけば、貴女や他の娘たちみたいな面倒事はなかったのだけれど」

「ま、諦めろ。それが因果というものじゃろう?」


 顔中に包帯を巻いた劣等男子訓練生に対して怒りが収まらない長官を、通してしまったというに。

 ヴァラシスィの余裕には変化がなかった。むしろカラビエリと、談笑すらこなした。


 二人とも、とある一つの確信があった。


 何が何でも、怒り収まらぬ長官は、三年三組の落ちこぼれ。《ゲームマスター》に何かしらのことはするだろう。

 そしてそのため、その正体を知ろうとするはずなのだ。


 そう。二人とも、ある程度予想は出来ていた。


 きっと、山本忠勝・・・・長官は……

 

『総合制作総合演出総合責任者! 三年三組! 山本一徹・・・・が、お届けしましたっ!』


「な、な……なんだとぉぉぉぉぉぉっ!? 」


 彼が喪った弟の、18歳の頃の見た目とうり二つ。名前までまったく同じな《ゲームマスター》の正体に、驚き、絶句し、何もできなくなってしまうであろうことを。


「にしても、ヴァラシスィ様もヒトが悪い。長官ではどうしようもできない・・・・・・・・・・・・・・ことくらいわかって、立ちふさがり、好き放題言うんですから」

「やれやれ。人が悪いのは一体どちらの方かのぅ。どうしようもさせない・・・・・・・・・・のは、主じゃろうが」

「アハハ。一緒にいらっしゃいます?」

「冗談キツいわ」


 その予想は現実のものとなっていた。


 避難員と訓練生のすべてに挟まれ、大きな声を張り上げて思いっきり頭を下げ、上げた、達成感に満ちた表情の一徹を目にしたのだろう。

 彼女たち二人から少し離れたところで絶叫した長官は、呆然と立ち尽くし、視線の先、一徹を眺めているだけしかできないでいた。


「今回は、色々と世話になりました・・・・・・・・・・・。それでは行きますので」

「お互いに大変じゃのぅ。奴の因果律を守るため・・・・・・・・・・に、他人の恋路をとりなそう・・・・・・・・・・・というのじゃから」

「最後の最後まで気が抜けない。特に、私の一つ前は・・・・・・、ヴァラシスィ様になるんですから特に」

「一徹の命尽きるそのときまで、奴は6人の娘たちの物」

「命尽きたのち。そのすべては、一徹を己が眷属けんぞくにしたヴァラシスィ様と、私たち二人だけのものにやっとなる。女8人を虜にするとか。何様なんだって話ですね」

「な、なぁ。も少しまからんかの・・・・・・。せめて500年。300年は短すぎじゃあ!」

「贅沢言わないでください。長くても一徹の寿命はあと4,50年。取り合い合うトリスクトやフランベルジュと違って、貴女は300年も彼を独占できるんですよ?」

「そんなこと言ったら、ぬし永久とわにじゃろうが! 奴の因果律を取り込み、胎内で眠らせ……」

「まぁ、それが私の果たすべき義務ですから。南部トモカから一徹を奪ってしまった・・・・・・・・・・・・・・・・・義務を果たさないと」

「なぁにが義務じゃ。いまとなっちゃ願ったりかなったりの癖して。はぁ、虜にされた女は8人ではなくて9人か・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁいいわい。せいぜい、一徹の死後は、因果律壊れぬよう、こき使ってやる」

「宜しくお願いします」


 カラビエリは呆れ口調のヴァラシスィに向かって深々と頭を下げる。

 そのまま、立ち尽くす山本長官の真横に立った。


「……と、トモカちゃんがホテルの女将として暮らしている三縞市に、高校時代のアイツと生き写し、同じ名の少年が……訓練生しているだと? これは偶然か?」

「閣下。どうかされたのですか?」

「カラビエリ君。あの少年のことを知っているかね?」

「えぇ。一応簡単な情報くらいは。三年三組の山本一徹君。昨年末の交通事故で家族を亡くしていると。御両親、そしてお兄さんを。のちに親戚筋に引き取られ、三泉温泉ホテルで暮らしていると」

「ッツ!」


 スケールが大きすぎるガールズトーク最中に見せた楽し気な顔はない。

 淑やかに冷静でおとなしめの美人。すました表情を見せながら、あらかた口にしたカラビエリ。一徹の兄である長官の反応に目を細めた。


「違う。トモカちゃんにそんな親戚筋はいないはず。ましてや山本一徹だのと。どういうことなのだこれは。三泉温泉ホテルだと? では、前回家族旅行で訪れたときにはもう。まさか……あえて会わせなかったのだとしたら……」


 手が、体が、わなわなと震えていた。


「閣下。お考えの途中で申し訳ありませんが、宿泊施設を手配いたしました。明日の執務も立て込んでおります。一刻も早く移動、お休みを」

「いや、いい。宿泊の手配なら知人の伝手つてが……」


 そして震える声を耳にした。

 彼が何を想っているかはおおむね理解しているカラビエリ。それでなお、頭を下げ、強引に話を進めた。。


「申し訳ございません。すでに手配を済ませておりますので」

「私がいいと言っている。君は引っ込んで……」

「なりません」

「カラビエリ君!」


 自分の秘書が食い下がる。この状態では鬱陶うっとうしいのか、長官は明らかに不満げな声を挙げた。


「need not to know」

「……なんだと?」

「need not to knowでございます閣下。現時刻より、明日の都内での執務まで、閣下は私の指示に従っていただきます」

「どういうことかねそれは」


 一徹の存在に続き、カラビエリの態度も、長官にはよくわからないでいた。

 彼は見た。頭を下げていた秘書が、自分を、澄んだ意志の強い瞳で見上げるのを。


「私の指示はこれより、閣下より上位の存在からのご命令・・・・・・・・・・・・・・・と思っていただければ幸いです」

「何を言って……」

「東京駅は丸の内。かつて江戸城がそびえたっていた御場所・・・・・・・・・・・・・・・・・・。その本丸からの命令だと言えば、ご理解いただけますでしょうか?」

「し、しんと……総本山だと? それってつまり……」

「では、参りましょう閣下」


 気づいてしまって。気になってしまった。


 今日午前中、あれだけ言葉を交わしたのに、気付けなかった自分が愚かしくも思えた長官。

 何とかこの後、自分の良く知る者に似ている少年と、コンタクトを取るつもりだった。


 が、カラビエリの一言を聞いて、その命令が絶対だとわかってしまった。


「《need not to know(知ってはならない)》……か。長官の私にすら伏せられるとはな。異世界転召脅威関連で、それだけ規模の大きな話だからなのか。それとも、私が長官だから・・・・・・・伏せられているのか……」


 後悔は、募る。


 後ろ髪を引かれるような思いで、学外に出ようとするカラビエリに、続くしかなかった。

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