第71話 箱入り娘に身を粉にする俺様娘っ!

「師匠、あーん!」

「お前、もっと周囲の目をだなぁ……」


 メイドカフェを三人で出て、学園内の広場。


 芝生の上に座り込み、模擬店で買った料理を広げる俺たちに、結構な人数が俺たちに怪訝な目を向けてくるから、いたたまれない。

 いや、俺だけが辛い。


「あーん! 大きな口でアーン!」

「あ、あーん……」


 そりゃそうでしょうよぉ。

 両手に華。美少女二人に挟まれて、そのうちの一人が人懐っこく寄り掛かってきて、俺の一口を誘うんだから。


「よしっ! じゃ次だ次。ナルナイ!」

「え、えっと、アルシオーネ。でもこれは……」


 楽しんでいるアルシオーネに不安げなナルナイ。

 二人はあまりに対照的。


 (自分がやったからお前もやれって、きっと誘っているんだろうが……)


 何となくナルナイが遠慮がちというか、恥ずかしげなのは分かる気がする。

 

 アルシオーネがさきほど口元に差し出したのは、爪楊枝にさして唐揚げだ。

 一口サイズ大に何個か分かれ、それを一つ勧めるなら、そこまで俺も抵抗はない(アルシオーネ自身が使った爪楊枝で差し出してくるのは困るが)。


「に、兄さま、あーん……」


 いじらしい目で見つめながら、彼女が差し出してきたのはチーズドッグだぜ?


(何個かあるのを三人で分けるのとはわけが違う。同じものを二人でかじり合うって……)


 恥ずかしい。とんでもなく。


 「あぁ、もう!」


  周囲の目は確かに痛い。だが、このまま不安げな表情見せるナルナイを無視も出来ない。

 腹を決める。かじりついた。


「ニッヒィ、師匠」

「なんだよ」

「それ、間接キス♪」

「ゲホォッ! ゴホォッ!」


 んなことはとっくにわかっている。あえて言わないんでほしいんだよなぁ。

 思わずむせてしまう。拳で何度も胸を叩いた。


「楽しんでんだろ?」

「たりめぇだろ。仲睦まじい二人のツーショットの出来上がり。トリスクトやフランベルジュ特別指導官も忙しくていねぇ。滅多にない機会なんだ」

「いや、お前がいるだろが」

「気にすんなって。俺のことはナルナイの影のようなものだと思ってくれりゃいいから」


(んな、自己主張の激しい影がどこにいる)


「そっかそっか、ちなみにこのケバブ(焼いた肉片を、小麦で作った皮に包んだもの)結構いけるぞ。食ってみるか?」

「食べる食べる! おぉっ! コイツぁなかなか、俺たちの懐かしの味に近いじゃねぇか!」


(んな、食欲旺盛な影がどこにいる)

 

「ニヒ! ニッヒヒ!」

「っとぉ!? 今度はなんだ。いきなり抱き着いたりして」


(んな、腹に強い衝撃を加えてくる影がどこにいるぅっ!)


 抱き着くというよりも、もはやタックル。

 体当たりと同時に、両腕を胴体に巻き込んでくるというか……


「ちょ、おまぁっ!」


 猪突猛進レベルのハグ。

 耐えきれなくって、思わず地面に押し倒された。


「んだよ、弱ぇなぁ師匠♪」

「いい加減に……」


 いい加減にしてほしい。押し倒されてからは、周りの目が一層強くなった。


「ホーレ、何してやがるナルナイ。お前も……来い!」

「キャッ!」


 固め技宜しく、仰向けになった俺の上にのしかかって押さえつけたアルシオーネは、無邪気に笑って、傍らで見ていたナルナイの腕を引っ張る。


「ぐふぅっ!」


 思いっきり力を加えられたのか、抵抗も出来ず、ナルナイまで俺の胸に覆いかぶさってきた。


「ニャハハハ! ハハハハ!」


 で、二人がかぶさる状況になって、また面白そうに笑い始めた。


「あ、アルシオーネお前っ!」


 腹や胸に押し当てられるデカい乳の柔らかさは確かに気持ちいい。

 だが、ちょっとこの強引さは不自然じゃないだろうか。


(食べ物差し出したのも、抱き着いて押し倒し、寝転んできたのも、ナルナイに同じようにしてもらおうって考えなんだろうけど。にしては……)


 何とか、上体だけ身を起こす。そうすると二人の頭は俺の太ももから膝あたりに滑った。

 それを枕にでもしようとしたのか、半ば胡坐あぐらのような形となった俺の膝に、アルシオーネは脱力したように首や頭を乗せ、下から見上げてきた。


「楽しそうだな、オイ」

「やっと解放されたと思って」

「解放?」

「明日から師匠のメイドである必要はなくなるんだぜ? 一緒に飯も食っちゃいけない。必要以上の接近を避ける。今日師匠に会うまでのこの一月、退屈過ぎた。だから気にすんな。ただの師匠成分補充だ」


(そういうことか)


 確かに、俺専属メイド宣言をしてから今日まで、彼女たちの接近は許されなかった。

 小隊として授業や訓練で一緒になる以外、距離をとっていたものだった。


「な、師匠」

「ん?」

「褒めてくれも良いんだぜ? 今日までちゃんと、メイドを頑張ってきた件について」

「そーだな。よく頑張った。今後飲ませてもらう紅茶や、茶菓子が楽しみだ」


 メイド姿は俺に見せられた。茶や菓子については、いつでもいい。


 そういうことで。文化祭期間中の俺専属メイドになるという変なこだわりと制約から解き放たれたことで、たまっていた鬱憤を晴らしたい心地なのかもしれない。


「頑張ったな」

「ん……も一回」


 膝上に寝そべったアルシオーネの髪を、クシャリと柔らかく揉みこむようになでつける。


「頑張った」

「ヒヒヒィ、まっかせろい!」


 次いで額に手を置いて、大きく息を吐くとと同時に、告げてやる。

 目を閉じ、聞いているであろうアルシオーネは、


「この感覚……久しぶりぃ」


 鼻から大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 うすら微笑む表情は、ホッとしたように気持ちよさそうだった。


「ししょ……むぐ……」


 次に見せたのは、俺の腹に潜り込む場面。

 膝枕から起き上がったと思うと、間髪入れずに顔を押し付けてきた。まるで抱き枕を抱くかのように、両腕を回して。


「お、お前、いくらなんでもやりすぎじゃないか? 甘えが過ぎるっつーか、いつもと違……」


 俺様女子で傍若無人。

 これまでを見て来たから、急なるこの甘えっぷりに、狼狽えを禁じ得ない。


「師匠、お願い。今だけ。あと少しだけ……こーしていさせろや」


 そのうえで、このセリフだ。

 ぎゅぅッと回した腕に力が入った(腰骨がピキッて鳴った気がする)。俺の身体に顔を埋めたまま、スーハーと何度も深呼吸をしているのが、いつもと違いすぎて、何か変なものでも食ったのではないかと心配になった。


「……うん、ありがと師匠。師匠成分、十分補充させてもらったから。もう大丈夫だよ?」

「どうしたんだよ。こんなお前、珍しい」

「いいじゃねぇか。乙女の秘密ってぇやつだ」

「乙女はこんな大胆なことしません」

「イヒヒッ!」


 再び、キュッと抱き着く腕に力が加わる。

 それからやっと顔を離したと思ったら、ナルナイは、いまだ膝枕したままだというのに、アルシオーネだけが立ち上がった。


 人懐っこく歯を見せていた。


「これならまだ……しばらくは頑張れるから」

「ハァ?」


 本当に、今日のこいつは良くわかない。


「じゃあ、俺はこのへんでもう行くわ。師匠も屋台料理も堪能したし。満足した」


「俺を堪能っていうのがいまいちわからないんだが、いいのかよ。まだまだ模擬店で買ってない物はあるだろうが、『一万も二万も覚悟しろ』って言ってなかったか」


「言ったろ? 満足したって。俺は、ちゃんと腹いっぱいになったから・・・・・・・・・・・


 意味不な発言のまま、俺に何も消化させないまま。

 メイド恰好したアルシオーネは、メイド宜しく恭しく頭を下げる。


「年度末の競技大会が近くなって参りました。これからは、もう少し私との稽古の時間を取ってくださいませね。師匠♡」


 で、ニコリと一つ笑いながら会釈して、そのまま何処かに走って行ってしまいました。


「アルシオーネは……行きましたか? 兄さま」


 と、少しずつアルシオーネはの背中が小さくなっていくところで、呼びかけてきたのがナルナイだった。


「たった今な。なんだよ、随分静かにしていたじゃない。アイツもアグレッシブというか、イケイケどんどん(なんだよ、古すぎねぇかこの死語)だから。押せ押せだったか?」


 なんだろうね。コイツの浮かべる微妙そうな顔は。

 

 アルシオーネがここにいて、俺に絡んできたときは、まるで寝ていたのではないかというほど静かで、存在感も薄れていた。

 いなくなってから存在感を現すというのは一体どういうことかね。


(待っていた? アルシオーネがこの場から離れるまで動こうとしなかったのは、何か配慮のようなものがあったんだろうか?)


 仲違い。いや、そんなことはないだろう。

 俺がメイドカフェに入るときには、二人とも互いに遠慮し合うようなところはなかったはず。


(ってことは、俺がらみなのか? 俺の振る舞い一つでナルナイが揺れ動くのは知っていたが、それが、アルシオーネへの遠慮と何の関係がある)


「いいよ。聞いてやるから。言うだけ言ってみなさい」


 語るべきかなんて顔をナルナイがしていて、アルシオーネがいなくなるまで存在しなかったんじゃないかレベルに、ナルナイがじっとしていたところに何もないわけがない。


「ナルナイは、我儘わがままです」

「どーしてそうなる」


 だから聞いてみたのだが、憤りを押し殺すような小さい声での一言には、どう反応すべきなのかがわからなくて、ため息をつかざるを得なかった。


「ナルナイは、我儘なんです」


 だがすぐさま否定してはいけない雰囲気。ナルナイがそのまま語るなら、黙っておくことにした。


「アルシオーネがとても羨ましいんです」

「羨ましい?」

「引っ込み思案で、兄さまに対しても勇気を出してやっと一歩踏み出せる私と違って、無邪気で純粋で。兄さまの懐にもフッと潜り込めてしまえる」

「俺は時々、盛大に迷惑をこうむっている時もあるが」

「でも、まんざらではないのでありませんか? あんなに懐いてくれる」


 その様に聞かれてしまっては、閉口するしかなくね?

 悪意というものがアルシオーネには基本感じられない。打算に計算もない。本心から慕ってくれる相手に対し、悪い感情を持つ者はきっといないんじゃねぇかな。うざいけど。


「アルシオーネは少し粗野なところもありますけど」


 訂正な? 少しどころが滅茶苦茶にな?


「可愛くて明るく人当たりも良いんです。一緒にいて楽しいと思わせる魅力があって。その、兄さま好みの……」

「俺好みの?」

「女性らしい体つきもしています」

「ブハッ!」


 言われてしまって、思わず模擬店で買ったジュースを吹き出してしまった。


 言われてしまった! 否定派できない! だが言わせてほしい!

 日本男児はオッパイだ! おっぱい星人なんだ!


「ど、どうしたんだよ急に。俺の、アイツへの見方なんて聞いたりして」


(さっきのアルシオーネの甘えと言い、ナルナイのこのお伺いと言い。どうなってんだ。今日のこいつらは)


「どーした? メイドカフェの準備でしばらく一緒に活動できなかったことが効いているのか? ちょっと弱気なんじゃ……」


 やっぱりどこかおかしい。

 膝を枕に、俺を見上げるメイドの恰好したナルナイの額に手を当ててみた。


「あ……」

「それとも体調でも悪いのか? 熱でもあるとか」

「いいえ、ナルナイは至極いつも通りです」


(いつも通りじゃないから聞いているんだが)


 言いながらナルナイは、彼女の額に乗せた俺の掌を両手で包み、己が胸元まで引いていった。


「先ほど私たちから離れる前のアルシオーネを見て、思うところがあったんです」

「思うところ?」

「とても疲れてしまってる。体というより、心が」


 心が疲れている? 

 見上げてくるナルナイの瞳は、俺の目を通し、心に要件を届かせようとしているように見える。

 俺は意味が分からなくて、眉ひそめ、首を傾げた。


「兄さま」

「なんだ?」


 そうしてだ、さらに、理解できない質問が飛び出したから、傾げた首はもっと傾きが強くなって……


「もし、です。アルシオーネが兄さまのことを好きになったとしたら……」

「ハァッ!?」

「兄さまは受け止めてくださいますでしょうか?」


(な、なんで。どーしてそうなるんだっ!)


 思わず声が張りあがりそうになった。

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