第38話 第一学院東京校。最強の《灰の勇者》、《灰の聖女》ごこーりんっ!

「おうおうおう、テメェ。この状況で声かけてくるたぁ状況わかってねぇのか? オーコラッ!」


 とは言えリィン。男には、絶対に引けない場面ってのがあるんだ(え? それと言葉遣いは関係ないんじゃないかって? 知らない!)。


「だから兄さん、話し方……って……え?」


 だけどね……


「いやぁ、抽選会が終わって昼食にしようと街を回ってたら、第二、第三学院の訓練生が揉めているように……って、え? えぇぇっ?」


 そんな俺に突っ込みながら、声の主に同じく振り返ったリィン。


(ん、どうしたんだ? リィンの奴)


 が、振り返るなり絶句し、目を見開いて表情を凍らせたのが気になって、クズどもに噛みつく俺の気概は一瞬持っていかれそうになった。


 それに……


「そんな、貴方は……それに、お姉……」

「まさかぁ。でもぉ、ならその格好は一体どういうことぉ? あり得ない。若すぎるわぁ?」


 (なんだよ。なんか知らんが、絡んできやがった奴らも、お化けでも見たような表情見せてやがる。「お姉」って……お姉ちゃんって意味だよな)


 絡んできたのは一人じゃない。二人だった。


 京都校と同じく、こちらも男女学生一人ずつ。

 そしておそらく、その制服は……


『第一学院東京校か』


 おーおー、京都校のゴミ二人とも、情報の補完ご苦労さん。


『ほう? 貴様らだな?』


 と、新たな登場人物を見るなり、語り掛けた京都ゴミ男子Aは、何やら思い当たったのか、掴んでいた幼女の髪を手放し、東京校生に体ごと向き直った。


『褐色の肌、灰色の瞳を持ち、しろかねの髪の二人組。話くらいは、俺たちも聞いたことがある』


 なんなんだよクソッ!

 せっかくのゴミ男子Aと俺専用脳内◇◇大和撫子への怒りが、話が変な方向に行くことで削がれそうになるのが腹立つ。


「リィン。有名か? あの二人組」

「え? いえ、どうして有名なのかはわからないけれど。私たちにはもっと別の……」


 思わせぶりに発言して言葉詰まらせんなよ。

 って言うか、そこに気を向けるなよ。俺たちが話すべき話題は、幼女についての……


『随分大それた二つ名を持っているみたいね。《灰の勇者》と《灰の聖女》……だったかしら』


(はぁ!? 《勇者》? 《聖女》? 何それ(カッコワロス)なの?)


「そうして下馬評ではこうささやかれている。全魔装士官学院において、いや、卒業した正規部隊員を含めても、その戦闘力は傑出し、《最強》なのだと」

「さて? 色々エピソードは聞いているけど、流石に信じられないのよね。丸の内に現れた超巨大アンインバイテッドを二人で倒したとか、浅草にあふれ出た数千体を、一日で滅したとか」


(おい、三組にも《主人公》と《ヒロイン》はいるが。さすがに《勇者》と《聖女》は。RPGじゃないっつーの)


 って、あれ?

 全国九校の中の《最強》って、どこかで……


「あ……」


 気が付いた。

 第一魔装士官学院東京校。最強の二人。それは……


「蛇塚なんちゃら(サーセン。蛇塚東京校教頭先生)が、トリスクトさんとナルナイ達を引き込もうとしていた学生小隊」


 おそらく、そういうこと。


 爽やかで優し気。ちょっと頼りなさげな面立ちからは考えられないが、ゴミ二人の話をまとめれば、声を掛けてきた男子生徒はそれに違いない。


『全校から数人ずつこの抽選会に三年生が送られると聞いた。挨拶をしておきたかった。思わぬこの機会、是非もない』

『一度はっきりと宣戦布告をしておきたかったの。この国の魔を悠久より調伏せし、いわば退魔の本流である私たちを差し置き、過ぎた評価を受けているようだから』


 って、おい。ゴミクズ二人。

 無視して新参者に意識を向けんじゃねぇ。まだ、話は終わってねぇだろうが!


「あ、あの……」


 あぁ、クソッ!

 その《灰の勇者》も一歩前に出ちゃったよ。本格的に、東京校と京都校で話が始まるってのかよ。


(なんでこうなる。なんで捨て置けられる。幼女が、十も歳上に、目の前で虐待をされているんだぞ)


 暴れていいか? 暴れていいよな。

 ここまで、被害者がないがしろにされ……


「お名前を聞いてもいいですか!? 第三学院のそちらのお二人」

「ズコォォォォォォッ!」


 ……ゴミ二人は、ひでぇ。これは確定事項だ。

 とんでもねぇ、東京校の二人も常識ってのから遠く離れた存在かもしれない。


 京都校二人、もはや俺を、ない物として扱って、東京校に意識を向けた。

 まさか、その意識を向けられた側の東京校二人が……さらに京都校を無視して、俺に声を掛けてくるのかよ。


 突然のことに、特に小石が散らばっている様子も、床が濡れているわけでもない店内で、ガクッと転びそうになった。


『な、貴様……』

『この私たちを前に、無視するとはいい度胸……』

「ごめんなさいねぇ? ちょーっと黙ってもらっていいかしらぁ?」

「黙れだと!? 俺たちに対し……」

黙れといったわぁ・・・・・・・・?」

「「「「ッツ!」」」」


 当然、それがゴミ二人に面白いわけがない。が、そんなことは重要じゃなかった。


 ちょっと中性的な感残る《灰の勇者》が美少年なら、《灰の聖女》は、トリスクトさんやリィン、ナルナイ達と並び立てるほどの超絶美少女って言って過言じゃない。


 言葉とともに、とんでもないプレッシャーを解き放った。


(何が……《聖女》だ。この殺気、なんてすさまじい……)


 押しつぶされそうになる。

 それが、俺やリィンだけじゃない。ゴミ二人も黙らせた。


「シャル、そこまで」

「私はぁ、貴方のためにしてあげているというのにぃ。それにぃ、これだってまだまだ100分の1ってところぉ」

「わかってる。でも、彼らはまだ耐えられるけど、他のお客さんは、その限りじゃないよ」


(聖女じゃない。化け物だ)


 ふぅっと、化け物女は発する気を緩めた。

 

「カハッ!」


 そして、俺はやっとそこで息を吸うことができた。

 感じた瞬間から呼吸が止まっていた。そして、いつの間にか体中から嫌な汗をしみ出していた。


 死


 それが、第一学院東京校の美少女が滲ませた物。


 俺でこれ。

 だから他のお客さんなど……


 (軒並み泡噴き白目剥いて気絶してやがる……)


 至る所に客たちは倒れていた。トレーの料理も床にぶちまけられていた。

 皿も、盛大に砕け散っていた。


「彼女が驚かせてしまったようで、ごめんなさい」

「ッツ!」

「改めて、お名前を聞いてもいいですか? そちらの方も」

「……山本一徹だ。こっちはリィン。リィン・ティーチシーフ」


 情けねぇ。

 なんだよ俺。


《勇者》に《聖女》が誇張でないことは、はっきりわかった。

 自己嫌悪が酷い。力で、押さえつけられてしまった。


 虐待された幼女に対して憤っていた俺。なのに、変に拒否って、そこのプッツン女子の気をまた悪くさせることが怖くなってしまった。

 だから、優しそうで幼い顔した男子学生の丁寧な言葉遣いに、従ってしまった。


「そっか……一徹。山本……一徹……」


《灰の聖女》を引き連れる《灰の勇者》。彼は、申し出た名を、耳に、心にしみわたらせるように目をつむって聞いていた。


「やっぱりねぇ。あり得ないことだけどぉ」

「まさか、もう二度と……また、会うことができるなんて」


 全然わからない。加えて、少し微笑んでいた


「徹新……です」

「え?」


 状況が、ここで動いた。


「徹新。山本・サイデェス・徹新・ティーチシーフ。それが、僕の名前です」

「山本……徹新?」


 胸に手を当て、目を閉じながら、ゆっくりと語気を柔らかく告げてくる《灰の勇者》。

 そこにどんな意味があるかはわからない。ただ、珍しいこともあると思うくらいか。


 全学院おろか、本職含めて最強を誇る男の名前が、俺と一文字違うってところ。


(いや……)


「山本徹新……ティーチシーフ。ティーチ・・・・……シーフ・・・?」

「兄さん」


 なんだろうこの違和感。

 珍しい。その一言で、果たして片づけていいもんなのだろうか。


 名前があまりにも似ていること。そして、名前の中に……


「リィン。確かお前の名は……」

「えっと、それは……」


 リィンの名字と同じものが含まっていた。


「覚えていない……ですか僕のこと。シャルのことも。二人とも元気に……」


(またか? もしかして……またなのか・・・・・?)


 脳裏に廻ったとたん。胃袋から、何かすっぱいものがこみあげてくるような気がした。


(また、知らないのは俺だけなのかっ!)


何か、胸あたりの内臓を、思いっきり握りこまれたかのような苦しさも。


(こいつは、俺のことを知っているのか? 横の女子も。俺が……記憶をなくして知らないだけで!)


「兄さん!」

「くっ!」


 分からないことが多すぎる。


 見慣れているはずなのに、あまりに記憶と違う街並み。

 美幼女とゴミ二人の関係性。

 そして現実世界を、無視したRPGよろしくな称号持ち。


 考え込んでしまったところ、少し大きめな声が、我に返らせた。


「厨房に行って。調理者が倒れてないか見てきて。火がついていたなら止めて。そして調理者たちに気付けして目覚めさせてあげて」

「なぁリィン。コイツラ二人は……」

「お願いだから。いまだけは、私の頼みを聞いて」


 リィンの一声で、何処かに行ってた俺が、気を取り戻したまでは良かった。


「……話したいことがあるの徹新。それに良いかな。シャルティエ・アインス・ラブタカ?」

「《白統姫はくとうき》の仰せの通りにぃ。まぁ、徹新次第だけれどぉ?」


 だけど、リィンは俺の疑問を受け付けてくれるどころか、終わらせてしまった。

 答えから、遠ざけているような感じがヒシヒシとする。


 それに腹が立った。悔しくて、情けなかった。


 今日はいつも以上に俺の知らないところ、見えないところで話が進んでしまっている気がする

 きっと何もかも、俺の記憶に関するはずなのに。


(俺が……近づくことさえ許してくれないのか!)


「と、いうわけでぇ第二学院京都校もさっさと消えなさぁい?」


 でも、ここから離れないわけにもいかなかった。

 声を上げて、真実を知りたいとは言えないんだ。《灰の聖女》の力に、おびえてしまった。


「私たちに指図を……」


 俺専用脳内◇◇が不満を口にしようとした瞬間のこと、《灰の聖女》が間合いを詰め切った。鼻先三寸まで顔をよせた。


「貴女たち二人がぁ、私たちより優れているというのが妄想が真か。競技会でぇ存分に試させてあげるからぁ」


 常軌逸した身の毛のよだつ恐ろしい笑顔。

 ギョロリと目をいて、ベロリと舌を長く出したまま、威圧だけで黙らせてしまった。 

 肌の色が近いから、一見ナルナイのような、お淑やかな超絶美少女にも見える彼女がだ。


『必ず思い知らせてあげる……行きましょう?』

「あっ……うぅ……」

「グゥッ!」


 たまんねぇ。なんだよこれ。


 モリモリ飯を食う美幼女を心配した。

 出てきたゴミ二人に、俺は予想が正しいことを知った。

 拳の一発も、舐めた真似しやがる男の方に。俺の隠されし刀の一突きを、専用脳内◇◇に見舞ってやりたかった。


(何なんだよこれっ! 力に想いは潰され、失った記憶が俺に何もさせない状態じゃねぇか! 記憶か? すべては記憶を失っているからなのか?)


 外部要因が全部妨げた。


(コイツらは俺を知っている。記憶を取り戻していたら、協力を取り付けて、この娘を助けることもできたんじゃねぇか!? もっとうまく立ち回ることだって!)」 


「あっ、ああうあ~!」

りんっ!」


 無理やり、幼女は連れていかれた。

 しかし第一学院の二人もリィンも、互いを意識し合うあまり、そのことは眼中に入っていなかった。


 情けねぇ。


 情けなくてならねぇ。


 俺に出来ることと言えば、連れ去られた幼女の名前を呼ぶことしかできなかったんだぜ?


(俺だけ、また俺だけ置いて行かれた。何も、俺には……何もないからっ!)


 ……そうして、抽選会による東京への遠征は終わった。


 心にモヤモヤしたのを感じながら、かってに会場からいなくなったことをガミガミと唱える、《ヒロイン》の説教をbgmに、三縞へと帰っていった。


「ねぇ、兄さん」

「ゴメン。ちょっといまは……一人で考えたい」


 なお、俺が厨房を見に行ったその間、リィンがあの二人に対し、何を語ったのかは知る由もない。

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