合宿 緑の地獄のリゾート小隊。

第32話 鹿入刀(なんじゃそりゃ)! 男の立場がありませんっ!

 この合宿は別名地獄合宿とも呼ばれるらしい。


 一週間をまるまる使ったスケジュール。

 一日目から三日目までの基礎体力、筋力向上訓練から厳しさを極め、対人訓練などは、クラスメート一人ずつと総当たり戦。

 それ以外の時間は、小隊連携向上のため、小隊員同士で活動した。


 うん、ここまではいい(基礎体力とかキツ過ぎて吐いちゃったけど)。


 対人訓練(《主人公》の太刀。《縁の下の力持ち》の槍。《王子》の片手剣。《猫》の双剣にも吐いちゃったけど)も、何とかなった。


 あれだ。単純な特殊能力なしだったら、クラスの半分くらいの順位だった。

 特殊能力を使われたなら、《委員長》にも「ごめんなさいっ!」とか言われフルボッコにされ、クラスワースト一位だったけど。


 ……さてぇ? 本当の地獄は、ここからだ。 


 いや……ここからだった・・・・・・・と聞いていた・・・・・・(他人事)。


 連なった山々。森の中、なん十キロという工程を、残りの四日間をかけ、小隊で固まって踏破する。

 食料などは無論現地調達。

 当然、雨風を凌げるものなんてない。虫だって寄ってくる。


 まさに、文明的な生活とはオサラバ……どころか、ほぼ遭難に近い形で、サバイバルをこなして見せろと。

 つまりは、そういうこと……


「……の、はずだったんだけどなぁ……」

「よう喜べ! 川魚取ってきてやったぞ!? 大量だ! ナルナイが師匠のためを思って俺に頼んできてさぁ!」

「兄さま、食べられそうな野草を取ってまいりました。アルシオーネがとってきた魚と蒸し焼きにしてもいいですし、一緒に煮込んで汁物にも……」

「う、うん……」


 あの、ねぇ。

 それなのに、どういうこと? この状況は?


「あ・あ・あ……貴女ぁっ! 兄さんの前で、いったいなんという格好をしてっ!」


 そりゃあさぁ。俺が起こした焚火、その周りの住環境を、エメロードとともにせっせと整えていたリィンが、どこぞから帰ってきたアルシオーネたちに声を張り上げるわけだよ。

 いや、この場合アルシオーネだけか。


「あぁん? んだぁリィン。魚を獲るんなら濡れるだろうが。テメェ、俺に風邪ひけっつってんのか?」

「そうじゃなくて! 色々、やりようはあったでしょっ!?」

  

(が……眼福がんぷく過ぎんだろうよ)


 どうやって魚を取ったのかまでは知らない……が、その為に、川に入ったことだけは理解できた。

 そしてそれが、服のまま飛び込んでいないことも、理解できた。

 

「せめて、下着姿で戻ってこなくてもいいじゃないっ!」


(やっぱり、デカい!)


 水着など、サバイバルの地に持ってくるはずがない。

 そして、そんな恰好でこの場に戻ってきたこと、髪を、体を濡らしていたことが、下着で川にダイブしたのだという事を、語るべもなく分からせた。


 そうして、魚を大量にゲットして、ほくほく顔を浮かべたまま、風乾燥に己の身を委ねようとしているのだ。


(いやぁコイツぁ、それはそれはもう、見事にお揺れになって……)


 魔装士官一年生。まだ十六歳ながら、その大きさ・・・・・は、小隊の誰をも圧倒していた。


(やっぱ間違いねぇ。これは、シャリエールすら、余裕で超えている)


「なんだ師匠。興味があんのかぁ。いいぜ? もし、師匠がナルナイを選んだなら、その時は俺も、ちったぁ考えてやろうじゃねぇか」

「ぬわぁんですとぉっ!?」

「ハハッ! 冗談に決まってんだろ!? 師匠のスケベッ! 本気になって……」

「えい」


 ピスッという、乾いた音が、耳に入った。


「んぎゃぁぁぁあああああああああ!!!」


 次いで、強烈な痛みが二点。

 顔面に感じたその瞬間、光を失った。


「ぎにゃ! ぎにゃあああああああああ!!!」

「兄さん? 何をそんなだらしない顔になっているのかな? ルーリィ姉さまともあろう者がいながら」


 痛い。目が痛い! 

 突きは駄目だよぉ突きはぁ。失明しちゃうからぁ!


 お先は真っ暗。

 んな中で冷ややかーな、リィンの軽蔑こもった声が、耳に入るじゃな~い?


「ハッ! 野郎の身体っつーのは正直なんだよリィン」

「アルシオーネもいい加減にして! 兄さん、単純バカなんだから!」

「んだよ、つまんねぇなぁ。ちょびーっとばかし、遊んでやっただけだっての。それに揺さぶられるかどうかってのは、あくまで野郎側の問題じゃねぇか。それともなんだ? お兄ちゃん取られて、餅でも妬いてんのかい」

「妬き餅ですって?」

「まぁ、仕方ねぇか。見・ろ・や。オーク特有のこの豊満なバディを! チョッコリーンでつつましやかな、申し訳程度で貧相なリィンじゃ、無理だもんなぁ?」

「チョ、チョコリンですって! 貧相ですって!?」


 ……うん、考えようによっては視界がふさがってよかったかもしれない。

 喧嘩始まっちゃったようだけど、俺は見なくて済むし。


「し~しょうっ!?」

「んがぁっ! アルシオーネお前! 前から寄り掛かってきてるだろ!」

「魚、頑張って獲ったんだぜ? だから、かーみふーいてっ!」

「「んにゃあっ!?」」


 やばい。やばいぞこれは。

 視界がふさがれているからこそ、俺の胸あたりに触れる、恐らくアルシオーネの背中の体温が……


(ぬ、ぬくいっ!)


 そりゃ俺も、起こした焚火を近くで座って眺めていたから。

 火にあたりながら、俺に髪の毛拭いてもらうことで、暖も取れて乾くのも早いかもしれないが。


「あぁぁっ! ズルいアルシオーネッ! 私、そこまでは頼んでいないっ!」

「ちょっと! 兄さんから離れてっ!」

「ニッハハハハハハハ!」


(策士かコイツ! リィンとの喧嘩に、ナルナイを加え、さらに、俺を巻き込みやがったな!) 


「……相変わらず仲がいいというか。これが合同訓練だということを、お前たちは忘れているのか?」


 と、その時、聞き馴染みのある声に、ホッとした。

 やっと目潰しによる痛みにも慣れてきて、やっとこさ薄れながら視界を取り戻した俺が目にしたものは……


「こちらも猟果があった。これくらいなら、足りるだろうか?」


(本当にコイツら、一体何なのさ)


 ドシンッ! と、何か重いものが地面にたたきつけられた。

 

「し、鹿。狩ってきた? 一人で?」

「蛇もある。一応、以前この世界の書籍で目にした種類に相違ないだろうから、毒の心配もないはず」

 

 指で鼻の下で滑らせ、すすったことで、その個所に泥の痕がついたトリスクトさんが、仁王立ちして見下ろしていた。


 いまだ、成獣には至ってないだろうが、それでも小さくない大きさの鹿一頭丸々と、蛇が4,5匹。


 別に男女差別をするつもりはないが、かつて狩猟時代。男が狩りをし、女が家を守ったという。


(な、なんという逆転現象……)


「あぁ、ダメ。ストレーナス。取ってきた野草に、いくつか毒があるわ?」

「そ、そんな!」

「デモニアの嗅覚と味覚には頼らない方がいい。適合化のため、こちらの世界では人間族になった貴女では、耐えらない可能性もある。気をつけなさい?」

「ふ、ふみぃっ!」

「リィン、ちょっと私も行ってくる。肉に魚の量は問題ないでしょう。あとは野草だけ。ストレーナスは借りていく」

「あ、ごめんなさい。エメロード様」

「良いって言ったのに。その敬称はなかなか抜けないわね」


 下着姿で現れたアルシオーネに目ん玉飛び出しそうになった。

 そんな俺様後輩を、山の幸獲ってきたトリスクトさんは「どれ、私が体をふいてやろう」と子供扱いしていた。

 って言うかアルシオーネよ。「いいところだったのに。師匠をからかうのが楽しいのに~!」って、本当にガキか。


「ア、アルファリカ。私は必要ないでしょう? 私は、兄さまのお傍にいますからっ!」

「はいはい。この中で一番貢献できていない貴女が我儘言わない。ちょうどいい。どの野草がいいか教えてあげる。二人の方が、採取も早いだろうから」

「やめ、引っ張らないでください! に、兄さま! 助けて!」


 どんなときにも冷静なエメロードさんは、有無を言わさずナルナイの耳を引っ張って、森の中へと入っていった。


(本当に、ウチの小隊は皆、仲がいいのか悪いのか)


「一徹さん」


 隊員同士の関係性に頭をひねっていたところで、呼びかけられた。


「どしたリィン?」

「鹿を、捌いてもらいたいんだけれど」

「構わないけど、俺、やったことはないぞ」

「大丈夫。そのあたりは、ルーリィ姉さまが分かっているから。姉さま?」

「あぁ、承ろう。一徹、鹿入刀だな」

「ん?」

「共同作業だ。ケーキ入刀なるものがあると、君から聞いた。結婚式のお約束なのだそうだ」

「俺から聞いたね。もしかしたらあの肝試しのキャンドルサービスについての説明も? 覚えが、ないんだよなぁ」

「申し訳なく思う必要はないさ。私は気にしない」

「俺が、気になるんだけど……」


 ……それから、約二時間ほどが経った。


 誰かが言った。この合宿は、地獄の合宿であると。

 

 川魚大小。十五、六匹。そのうち人数分は、葉落して作った小枝串を刺して、焚火に掛けた。

 鹿肉。じゅうじゅうと音を立てながら、焚火に油を落していた。


 切り出した大ぶりの肉片と、魚ニ、三匹、皮を剥いてぶつ切りにした蛇肉を野草で煮込んだものは、調味料がないのに出汁が出ていていい味わいだった。


 余剰食糧については、適度に炙って風乾燥。

 乾物にして、この後の三日間の携帯食にするらしい。


 えぇっと。これなんて地獄合宿?


「大丈夫兄さん? 疲れとか残っていない? 今日でしっかり精を付けてもらえるといいんだけれど」

「あぁ、うん。大丈夫」


 これだけの食材を、大自然に放り込まれてよくまあ集められたもの。

 何が、「私たちはこれくらいのこと、日常茶飯事で慣れ切っているから」だよ。

 トリスクトさん、アンタ、ふつくしー顔した女性でありながら、イケメンかっ!? 惚れるわ(惚れたら、多分マズいだろうけど)!


 そして、この中では一番料理の旨いリィンが、素晴らしい料理に仕立て上げてくれた。


「辛かったら言ってね? 無理をしているのに強がることで、私とルーリィ姉さまを頼ってくれないことの方が、苦しいんだから」

「ほ、本当に大丈夫だよ?」


 誰かが言った。この合宿は、地獄の合宿であると。

 これ、なんて地獄合宿?


 辛かったら言って……か。


 逆だよ。

 蝶よ花よというか。至れり尽くせりでむしろ訓練として、俺の為になっているのか悩むレベル。


「食事を済ませたら、今日は早く眠っていいんだからね。明日も行軍で早いし。周囲の警戒や、後のことは私たちに任せていいんだから」


 そんなことを言いながら、リィンが指を差した方に目を向けた。

 唾を、飲み込んでしまった。


 聞いてくださいよ奥さん、うんげーの。

 小枝や落ち葉をまとめた上に、大ぶりの葉っぱを乗っけたベッドができてるんです……僕だけの為に。


 他の女子隊員は地べたで眠って、俺だけベッド使え言うんかい(汗)。


 しかもこちら、ひっじょ~に機能性に優れてまして、料理を始める前に、焚火で作った煙でベッド素材をいぶしていたこともあって、虫が寄り付かないパティーン。


 誰かが言った。この合宿は、地獄の合宿であると。

 これ、なんて地獄合宿?


 辛くないよ? 辛くないけど……心の底から辛い。

 俺、一番貢献できていないの! いる意味ないんじゃないかレベルで、身につまされるレベルなの!


 泣いてもいいですか?


 ちなみにだ。

 合宿一日目のお悩みはまだまだ続く。


 俺だけベッドは使えないと申し立てたところ、「じゃあ一緒に寝ましょう兄さま」と挙手したナルナイを、リィンが、「離れて! そこはルーリィ姉さまの居場所なの」と引きはがそうとした。


 「兄さま兄さま」と妹キャラを前面に出してくるナルナイと、甲斐甲斐しくて、どちらかと言えばこっちが妹なんじゃなかろうか? と、思わしめるリィン。

 二人して、俺の腕を引っ張り合うんだなぁこれが。


 いやぁ、モテる男はつらいね? なんて言わない。

 両手を取られ、どちらも自分側に引き寄せようとする。しかも小柄で可愛らしい美少女二人、腕力が半端ない。


「いたた、裂けちゃ裂けちゃう! 真ん中から! って、待てっ! いま胸骨がポキッって鳴っ……ぎぃやぁぁぁぁぁあ!」


 あ~あ。

 いつなんだろうか、それによって、意識がなくなったのは。



「……で、あれからどーしてこうなった?」


 やっと目が覚めたのは、二日目の早朝になってから。


 結局俺は、用意されたベッドを使わなかったようだ。

 焚火近くで、地べたに大の字になっていたところまでは良い。


「一徹さ……」


 リィンが、左わきに潜り込んで静かに寝息を立てていた。


「兄さま。ンフフ……」


 右わきにはナルナイが。幸せそうにうす笑い浮かべてスヤァってる。

 ちょっとやめなさい。さらに脇に顔を埋めようとしない。汗かいたし、ワキガ半端ないって!


「ん……」


 広げた左手。トリスクトさんが両手で包み込み。胸まで抱きこんでいる。

 無防備な寝顔にはドキリとしそうだが、それ以上に、手の甲に当たるフワフワとした感覚に鼓動が高鳴ってしょうがない。


「ししょ~もう一本」

「アルシオーネに至っちゃ、どんな夢を見てんだ。しかも、もはやどう突っ込んでいいものか分からんぞ」


 首回りが不快で、息苦しくてしょうがない。

 爆睡中にもかかわらず、両太ももと膝裏を使った三角締めをきっちりと決めていやがった。


 文句を言おうと一瞬上を向いて、目を背けた。

 太ももに頭が挟まれてるから、そのすぐ上は……


「昨日飯のあと、下着が乾いたら服を着ろって言ったろうがっ」


 簡単に、異性の目に触れるべきでない部分が、布一枚のみで隠れているだけ。


 よこしまになりそうで。

 だから、思いっきり不機嫌のてい演じるしかできなかっ・・・・・・・・・・


「起きたの? 山本一徹」


 起床に気づき、声を掛けてきたのはエメロード。

 体育座り、鋭い視線を、周囲に向けていた。


「寝ずの番、努めてくれてたのか。持ち回りって取り決めだ。起こしてくれれば……」

「気持ちよさそうに寝息立ててる貴方たちを起こすほど、無粋じゃないわ」

「『貴方たち』って。まさかお前、昨日一晩中寝てなかったのか?」


 すました感じで言い放ってくる彼女には余裕が見える。

 そうはいっても疲れていないわけがない。驚かないわけがなかった。


「もう日も明けた。これからリィンが朝食を用意する。その間だけでも休ませてもらうから大丈夫。って……ッツ!」

「アッ!」


 突然の彼女の狼狽。

 それと共に俺は、小さくバツンという衝撃を、右掌に感じた。


「じゃあそういうことだから、出発タイミングで起こして頂戴」


 何が起こったのかいまいちよくわかっていない間に、いそいそと立ち上がった彼女は俺たちから距離を取る。横たわった。


(さっきの、右掌の感触。指一本一本が……絡まっていたような。ハッ、まさか)


 にしても、先ほどの違和感が気になってしまって、右掌を睨んでみた。 


 まず間違いなくあり得ないことが頭に浮かんだから笑ってしまった。


 トリスクトさんにも引けを取らない落ち着き。リィンと同じく常識人。

 俺にいっつもからいエメロードがだ。そんなこと、あるわけがない。


 俺が寝ていた間、手を握っていたんじゃないかと邪推してしまった。ちょっと調子に乗りすぎだ。俺は、もしかして彼女が恋人繋ぎをしてきていたのではとか思っちゃったんだぜ?

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