第25話 オペレーションクロスドライッ! そしてその時はやってくる……

【山本とトリスクトの二人は、まだ決められないのかっ! これ以上の時間稼ぎはもう出来ないぞ!】


 ……掌の上のインカムに入った《王子》からの無線通信による第一声。それが、すべてを俺にわからせた。


【防音衝撃吸収防御結界の損傷は大! もうあと三分と持ちそうにない! この二年で、あの時の戦いで、僕も自信がついたはずなのに。なんなんだこの余波と流れ弾の強力さは! 十分も持たせてくれない!】


 次に聞こえてきたのは《政治家》の悲壮。


 先ほど静けさを歩いていた俺たちとは打って変わって、イヤホン越しに爆音がとどろいていた。


【防御陣を敷いているだけの貴様が泣き言を吐くなよ!? クソ! 教官は当然として、山本小隊は一年も化け物か!? トリスクトといい。化け物ぞろいだなっ!】


 《王子》なんていつもは冷静そのもの。

 あのクールぶりは、真似すれば俺も、女の子たちからキャーキャー言われるだろうかとも思っていたのに。焦りきっていた。


【こちら牛馬頭。援護を要請する! 一合一合をしのげなくなってきた。彼女の的を散らしたい! 信じられん。大戦斧をふるってこの機動力とは!】

【三年最強の膂力りょりょく(腕力)をもつ牛馬頭の槍が圧されている!? 牛頭族、馬頭族のハイブリッドでサラブレッドのはずだぞ彼は!? いったい何者だ! アルシオーネ・グレンバルド!】

【フン、援護に行きたいのは山々だが……これまでの努力と、あの戦いで培ったものを根底から覆された気分になる。ナルナイ・ストレーナス。俺の式神を、こうもことごとく堕としてくるか。それもたった一撃で!】


 《縁の下の力持ち》の焦燥。《政治家》の驚愕。《王子》の苦悶。

 耳から入ってくる状況だけで、簡単に想像ができた。


【これ以上の作戦活動の進行は困難と判断する。皆、オペレーションクロスドライは中止! 適宜撤退してくれ! 殿しんがりは俺が務める!】

【チィッ! 世界は広い。学院一の剣術使いのお前と、フランベルジュ教官はここまで渡り合えるのか! 山本に対するいつものだらしなさは一体どこ行った!?】

【無茶苦茶もいい加減にしたまえよ! 鉄の剣閃をかいくぐって双剣使いツインユーザーの間合い不利を帳消しにするだなんて。模擬刀とはいえ、死ぬのが怖くないのか教官はっ!】

【鉄だけを最後まで残すわけにいかない。蓮院院、壬生狼、タイミングを合わせよう。グレンバルドとストレーナスは放っておく。教官を急襲。鉄を援護し、隙を作って全員で離脱しよう】

【【了解!】】

【三人ともっ……】


 とりあえず、ものすげぇ盛り上がってる。


 どういうわけでこうなってしまったのか理由はわからないが、《主人公》も合わせて、はぐれてしまったシャリエールたちと交戦状態にあるらしい。


【いや、やっぱり三人は先に退避してくれ。この場にあの三人を放置するわけにはいかない。結界が崩れたら、力の余波が別コースにも伝搬する。事故を起こすわけにはいかない。俺が……俺が抑えるっ!】

【死ぬつもりか鉄!】

【阿呆が!】

【よく考えたまえ!】


 (いやいやいやぁぁぁ! 俺の知らないところで、いったい何がどうなってんのぉぉぉ!)


 いったいどこでどーして犠牲になるならないみたいな話になってんのぉぉぉ! ラスボス前の空気醸し出してるのぉぉぉ?


 これ、夏祭りイベントだよね! なんでお前ら全員の声に、死亡フラグビシビシ感じるのぉぉぉ!?


 しかも状況は馬鹿馬鹿しいけど、彼方あちらは彼方で盛り上がっていて、そこに友情みたいなものが感じられるから、同じクラスメートとして取り残された気がして少し寂しい。


『あの……山本』

「ん?」

『手伝ってもらっていいかしら。こんなこと、ここまでのくだりで頼める義理じゃないのはわかってるんだけど……』


 状況に取り残されまくっていることだけはわかって、乾いた笑いを見せたところで、《ヒロイン》が気まずそうな笑顔で聞いてきた。


「オペレーションくろすどらいって?」

『うぐっ!』


 もしかしたらすぐにでも駆け付けなきゃならないのはわかってる。

 しょうがないじゃない。気になっちゃうんだから。


『ここの墓地は広いから、肝試しコースを三つに分けたんだ。入場口は一つだけど、その入り口こそ、三つのコースにクロスしている』

「……三叉路クロスドライねぇ」

『一つ目のコースは大人子供関係なく楽しめる普通のコース。他の二つについては……』

「一徹?」


 《ショタ》が作戦名について説明をしてくれる。

 さらに詳細について、《猫》が話始めたところで、疲れた顔したトリスクトさんが、肩に手を置いて、首を横に振った。


「聞くよりも、まずはすることがあるだろう?」

 

 重々しく口を開く、話していいものかどうか悩む顔をしていた《猫》は、トリスクトさんのセリフに、ほっとした顔で胸に手を当てた。


『コースは基本隣り合わせになっていますが、結界には空間認識を惑わせる術式が組み込まれています。防音と衝撃が、他のコースには絶対に届かないようになっているのですが……』

「急ごう一徹。結界が崩壊したら、いろんな余波が別コースに行ってしまう。子供たちに何かあってからでは遅いからね」


 そういうことね。十中八九血を見ることになる。っていうか最悪人死にが出るかもしれない。


「「一徹様ぁ! / 兄さまぁ! / 師匠ぉぉぉっ!」」」

「……どうやら防音障壁は破られたようだ。空間認識障壁に、耐衝撃用結界がいまはなんとか持ちこたえているようだが」


 爆音とアイツらの咆哮。男子たちの悲鳴。

 とうとう、何処か隣の別コースでの状況は極まったらしい。


「アイツらは……もう少し静かにできないものかね。どうも」


 そんなことがあったから、トリスクトさんの肝試しは、途中で中断だ。


 ったく、どうするべきだこの状況。


 シャリエールたちといつの間にかはぐれて、トリスクトさんとこのコースに入ったことをもっとクラスメートたちに言及すべきか?

 それともその状況を、隠れて見ていた性格の意地悪さを問い詰めるべきか。なんでコソコソしていたのか、その理由を聞くことも含めて。

 で、隣のコースのアイツらも止めなくちゃならない。


 やらなきゃならないことが、同時に浮き上がったことで、優先順位が付けずらいのがまた面倒くさい。

 いや、もうここまでくると、すべてがどうでもよくなってきた。


 ……結果、トリスクトさんと二人で別コースに侵入をし、三人を迎えに行ったことで、クラスメートたちの戦場は終わった。

 

 顔を見せた瞬間、シャリエールたち三人が凄い勢いで抱き着いてきたので、かなり息苦しい思いをしたのだが、傍でへたりこんだ、グロッキーな《主人公》たちを目にすると、とてもじゃないが、疲れた顔を見せるわけにはいかなかった。



「お前たち、いい加減に少しは離れてくれないか? 動きずらいことこの上ない。特にアルシオーネ」

「んだよ」

「背中に乗ってくるな。首に腕巻き付けんな。しかもチョークスリーパーじみてる。祭りの往来で、締め堕とすつもりかよ」

「師匠は首に縄をつけとかねぇと、すぐにどこに行くかわかったもんじゃねぇからな」

トンネル入場口クロスドライは俺のせいじゃないし。意味が分からないんだが」


 肝試しは終わったが……が、気苦労は絶えない。


 肝試し後に予定していたシャリエールとの祭りの見回りは、いつの間にかシャッフルされたことでパートナーをトリスクトさんとしたのち、いまは五人となっていた。


 コイツらどうやら、別行動をするつもりはまるでないらしい。


「肝試し前まではフランベルジュ特別指導官が。肝試しはルーリィ・トリスクトが。ならもう二人はいいでしょう? いい加減兄さまを明け渡してください!」

「な・に・が・『すべては偶然』ですか! わざとらしい。あれが二人きりなわけがないでしょう? 貴女たちには別の場所の見回りを命じます。教官命令です!」

「聞けません! そもそも祭りへの協力はあくまで特別指導官のクラスが受けたもの。私たちは遊びに来ただけなんですから。教官命令がプライベートに通じるとでもっ?」

「あ、ああ言えばこう言う!」


 ねぇなんで? また喧嘩始まっちゃうの?


 お前たちさっき、三組のトップメンバーと対峙して、思いっきり実力を発揮してたよね。普通疲れちゃうよね。

 ここで口論とか、どんなに元気なの?


「兄さま! 兄さまは誰と一緒にこのお祭りを回りたいのですか!?」

「……へ?」

「このナルナイとですよねっ」


 しかもやめて。サラッと俺を巻き込むようなことしないで。


(絶対に火傷する予感凄い)


 お? ちょっとナルナイお前さん。

 抱き着いた俺の腕に対して、さらにキュッと力込めない。

 

 (お、おお……この開きかけの蕾のような。成長途上で可愛らしい膨らみが腕に押し当って。なんともコケティッ……)


「へぇ? それで勝負しますか。この私と?」

「おっほぉ♡」


(すまんナルナイ。シャリエールが圧勝だわ)


 腕にナルナイの胸が押し当って、さらに恥じらいと妬いた表情で上目遣いをされたなら心が揺れるはず。

 ……グイっと、反対側から首を引き寄せられて、シャリエールの放漫な胸に包み込まれる衝撃を食らうまでは。


「んや、や、ややや……柔らか……」

「と、殿方を色仕掛けでかどわかすなんて! それが大人のすることですか!? サイテーです!」

「さて? 先に土俵に上ったのはお嬢様の方ではなかったでしょうか? まぁ、私は、勝負したつもりはありませんでしたが。勝負に、なりませんから」

「なんですって!?」


(おぉ……至福)


「一徹様もこんなお子様より、いだかれるなら私ですよねぇ?」


 やばい。女体って、魔力かもしんない。


「どうです? 彼女たちは置いて、どこか静かなところで二人きりになりませんか?」


 包みこまれるだけで、あとのことはもうどうでもよくなってくる。


「誰も来ないような。そうです例えば茂みや木陰で……」


(あぁ、それもいいかもしれない)


「却下だシャリエール。貴女は、一徹に何をするつもりだ?」

「師匠も、いつまでぶっ飛んでやがんだコラッ!」

「ぐっふぅ!」


 後ろからかぶさるアルシオーネが、わりかしマジで安全装置セーフティかもしんない。

 自分でもちょっと良心を逸脱した。おう、健全すぎる男子の欲望に忠実になりすぎた。


「目ぇ覚めたか? 覚めたら次はナルナイの番だ」


 それを、こうしてちゃんと未然に止めてくれた。だから感謝しようとしたのに。


「それとこれとは話が別だろうが」


 だめだ。止めた理由はナルナイ関連だった。


『おい、あれって……』

『クソッ! また山本かよ!』

『聞いた? グレンバルドさんとストレーナスさんを連れてビーチに行ったんですって!』

『ルーリィお姉さまというものがありながら。本当男っていうのは満足を知らない!』

『あぁ、良いなぁ。俺も教官にあんなことやこんなこと……』

『ねぇ、ママぁ、あれ見て。お兄ちゃんがお姉ちゃんたちに囲まれてる』

『見ちゃいけません!』


 そうだよなぁ。


 本当は「どうだ! 羨ましかろう!」って、自慢しくさってもいい。

 最高の美女四人が、なぜか気にかけてくれる。そう、優越感に浸るべきところなんだよ……


『いけませんねストレーナスお嬢様。お友達の手を借りないと、男性ひとり、まともに接することもできませんか?』

『ならば私は、全力をもって応援してくれる友がいることを誇りとします。その存在こそ、他ならぬ偽らざる私という存在を写すファクターとなります。友人が一人もいない貴女と一緒にしないでください』

『う、運悪くこの世界に来ていないだけです。小さいところで優劣をつけようとするとは、まだまだですね』

『その言葉、そのままお返しいたします。特別指導官殿?』

『……そういう意味では、サプライズで応援してくれた灯理や鉄たちも入れていいだろうか?』

「いまだけは出てこないでくださいルーリィ・トリスクト。ややこしくなるので」

「お嬢様たちと白黒つけたあと、存分に貴女様のお相手をして差し上げますから」


 そう、最高の美女たちだ。人格に、問題さえなければ。


 あぁ、周囲の目が痛ひぃぃぃぃぃ!


「穴があったら入りたい」

「では、やはり私と茂みへ一徹様!」

「だから、却下といっただろう! この淫乱教官!」

「やっぱり貴女達には任せられません! 兄さま、私とこの場を離れましょう?」

「おう師匠! いつまでも俺の親友ダチィ困らせてんじゃねぇぞ!」


 (誰か、誰か助けてぇぇぇ!)


『誰か助けてぇぇぇっぇ!』


 そうそう、あまりにコイツラといると、この場にいずらくなって、息しづらくなって……


 うん、どなたか俺の心中を察して、代弁してくれたみたいだな。


(助かる。ありがとう!)


「……って無理じゃね?」


 んなもの、どう考えても無理である。

 いや、霊能力やら超常的な力のある学院生ならいけるかもしれないが、それにしたっていまの悲鳴、結構な遠くからだったよ!?


 叫んだ奴が心を読めるとして、二十五平方メートルに二十人くらいいるの。俺だけを割り出すとか、本格的に無理……


『アンインバイテッドだぁぁぁぁ!』


 あぁ、へぇ、アンインバイテッド。


 アンインバイテッドねぇ……え゛?


「アンインバイテッド?」


 腑に落ちた瞬間だった。ブワァっと、体中から汗が噴き出た。


「刀坂、三組各員、聞こえるか? 俺だ、山本一徹」


 だが、思いのほか、体はすんなりと動いた。

 先ほど拾ったマイク付きインカムに右手を添えて……


緊急応対スクランブルだ。《アンインバイテッド》が現れた」


 三組全員に呼びかける。


 ズグンと、それと同時に首筋に何かを感じて、振り返る。

 うちの小隊全員が、殺気あふれる表情を浮かべていた。


 当然だ。

招かれざる者アンインバイテッド

 それは、異次元、異世界からこの世界に転召されてしまった、俺たち魔装士官訓練生にとっては討伐を使命づけられた、脅威そのものに他ならないから。


 八月、夏祭りの夜。

 編入してから四か月を経て、俺たちはとうとう、魔装士官訓練生として初めての有事に直面した。

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