第23話 山本小隊女性隊員和装仕様っ!

 日が落ちて、シャワシャワと蝉の鳴き声も日中から比べたら寂し気に落ち着く。

 夕日に染まった空にとぎれとぎれの流れる雲を見ると、この後雨が降る気配がないことに胸をなでおろした。 


『あ゛ぁ゛腰いった! 肩凝ったぁ!』

 

 下宿の玄関前から少し出たところで、空を眺めていると、建物奥から、辛そうなトモカさんのため息が聞こえてきた。


『一徹~? もうそこにいる?』

「ちゃんと帰ってきてますよ。どうしたんです? 突然帰って来いって」


 《主人公》が肝試しの話を持ち込んで二週間。

 思ったより日が過ぎるのは早くて、あっという間に祭りの日はやってきた。


 こういうところでも《主人公》は《主人公》。「俺たちはもう、過去に2度祭りを楽しんでいるから、二人は卒業年の今年、楽しむことに専念してくれ」……なぁんて。


 あざまっす!


 祭りに向けた協力は、俺たちの編入前までは、それまでの三組だけで行っていたこともある、《主人公》がリーダーとなり、スムーズに設立から運営準備まで、計画を進めることができていた。


 皆が大道具、小道具を作っている中、俺とトリスクトさんがやったことと言えば、商店街に肝試しのビラ配ったり、ポスターを店舗に貼らせてもらったり。


 《縁の下の力持ち》のヤロウ。意外にすげぇ!

 強面イケメンな見た目に似合わず、美術部に入っていることもあって、それら成果物に対する見た者たち(俺も含む)の反応は上々だった。


 肝試しなんて大掛かりな催し。たった二週間の準備期間で形になっちゃうんだから、改めて《主人公》や三組みんな、凄いと思う。


『よぉ~し。それじゃちょっと、玄関まで戻ってきて?』


 (一体何なんだ。下宿に帰って来いって言って、下宿前で待ってろだなんて)


 さすがに今日は当日だから、朝から先ほどまで、最後の準備を進めていた。

 肝試しは皆俺たちにも楽しんでほしいと思ってくれたみたいで、場内の大道具小道具の配置は教えてくれなかったが、必要な機材資材をひっきりなしに運搬しまくった。


 昼ぐらいからかなぁ。クラスの女子や、トリスクトさんが一旦姿を消したのは。

 で、俺は先ほどトモカさんから携帯端末で「帰ってこい」と連絡を受けた。


「お・待・た・せ~♪」

「なぁっ!」


 要領もわからず、ただ言われるままに従って、玄関口に立ち入る。


「あ……」


 圧倒された。

 廊下奥から現れたトモカさんは、四つの人影を引き連れていた。


「いやぁ、女将仕事しているから慣れてないわけじゃないけど。流石に四人一気はキツイわ。ま、着付けのいい予行練習よね。お腹の子は、女の子だから」

「これ……は……」

「せっかくだから、この娘たちもアンタには見てもらいたいだろうと思ってね。どうよ。四人ともとても似合うでしょ? アルシオーネは、ちょっと大きすぎたかな」

「う……が……」

「良いね。言葉も出ないって? 私も全力出した甲斐あったわ。今日ウチのホテルで結婚式挙げたお客さんがいて、ちょうどヘアメイクさんも来ていたから、ちゃんとお金も払ってセットまでしてもらったんだから。って……一徹?」


 山本小隊全女子隊員。和装仕様。

 言葉が思いつかない。


 強いて言うなら、フワァっと香った。


「お、おかしくないでしょうかトモカさん。やっぱり風土の装いは、異邦の者では似合わないのじゃ……」


 コケティッシュなナルナイは、ワンピースやプリーツスカートなんかがよく似合う。

 華やかな桃色の浴衣姿。

 単に可愛らしいだけじゃない。ちょっぴり背伸びした大人感を纏わせ、普段とのギャップが、心にガツンと衝撃をもたらした。

 また、小道具ウチワの、こ憎たらしさよ。

 恥じらいの表情を隠す。その先に、どんな表情を浮かべているのだろうかと。

 これほどの美少女だから、一度でも気になってしまうとのめりこむ様に意識してしまいそうな危険性があった。


「これは……色々やすそうですね」


 色香という言葉が、これほど似合う女性ひとは、シャリエール以外にしらない。

 褐色の肌、しかし装いは淡い水色。裾口は、さらに薄い泡模様。

 これが月明かりの下にさらされたとき、きっと泡模様は雪のような涼しさを光らせる。

 汚れを知らなさそうなフォルム。だが纏っているのは大人の女性。

 出で立ちによって色っぽさは包み込まれているが、却って内に秘める妖しさを匂わせるような。心をキュッと握られた気がした。

 

「キッツ! んだよ! コチとらこっちの世界でやっと、コルセットから解放されたと思ってたんだ!」

 

 活動的な少女が静けさを纏う。

 いや、色合いはオレンジ色。夏にぴったりヒマワリ柄。しかし彼女がそれ以上に活発なのを知っているから、比べてしまうと控えめに見えた。

 俺の感じる違和感は、きっと夏纏なつまといとの間に、存在的相反発が起きているからだろう。

 必死になって、アルシオーネの暴力的なまでの艶肉にく感を包み隠そうとしている。が、肉体は開放されたがっていた。

 もし、体が勝ってしまったら、戒めを弾け飛ばしてしまう。零れんばかりにソレは己が存在を主張するだろう。

 言ってしまえば時限爆弾。

 いつ、封印が解かれてしまうかに気が気でなくなりそうで、その危うさが、一種の魅力なのではないかと誤解させそうだった。

 小道具の巾着袋なんて、振り回す際の、無邪気な可愛いさをぶつけてくるからたまらない。


「やぁ一徹。その……どうだろうか?」


 その三人すら、まだ可愛いのだと知った。

 寒色で暗色。紫の浴衣は、模様や刺繍が控えめだった。


 ……とんでもない。


 だからこそ、彼女を一層引き立てた。

 白く抜けるような肌は、生地の色味によってさらに透明感を引き立てる。

 柄も少なめだから、浴衣のあらゆる個所に目を向けさせてくれない。ただただ、纏う本人に対して、強制的に俺の視線を誘導するかのような。


 切れ長の瞳、長いまつげ。

 ほっそりしたなめらかそうな肌に、襟元から覗くうなじ。

 すこし、恥ずかしそうに俺を見やる際の流し目など実に涼しげで、いま纏っている物が、さらにそれを強調させた。


 そう、涼し気。

 耳にかかった髪をかき上げ、気まずそうに視線を逸らすトリスクトさんは、まるで少し触れただけで、粉々に壊れてしまいかねない氷細工。

 儚さと脆さを兼ねそろえ、目が離せない程に……


「いつまで黙ってるの! アンタはっ!」

「あイテ!」


 いつのにか、息をするのも忘れていたようで、言葉を失っていた俺に意識を取り戻させたのはトモカさん。

 なんというか、少しだけ苛立っているようにも見えた。


 が、ここで話を進めたのは、俺でも、トモカさんでもなかった。


「それじゃ、皆さんはもう一徹様に浴衣姿を見てもらえたので満足ですね!」

「のわっ!」


 シャリエールだ。

 いそいそと、草履をはいたかと思うと、パタパタと小走りで近づいてきて、俺の腕にしがみつき、肩に首をのせてきた。


「それでは、これより深い深い時間になります。大人の時間になりますから、良い子の学生諸君は、くれぐれも常識の範囲内で行動するように。出来るだけ早く帰って、早く寝るんですよっ♡」

「ぬっくぅ……シャリエール!」

「認めません。これで兄さまとのお祭りが終わりなんて、絶対に認めない!」

「は、腹減ったけど、帯がきつくて入らねぇよ」


 こうして、俺たちの夏祭りは始まりをつげた。



 んでもって……


「解せません。別行動を提案します」

「ハハ、アハハハハ……」


 この状況に至る。


 お祭りに肝試しをと依頼をされたが、大人の挑戦にも耐えられるような、結構本格的なものだった。


 そういうわけで、「外回りに徹していた山本も挑戦してみないか?」と《主人公》に誘われ、入場口に立ったところで、隣に立つシャリエールが、あからさまに不満げな顔を見せた。


「さて? 私たちはあくまで別行動をしているつもりだが?」

「偶然、兄さまたちと同じ方向に向かっていて。偶然兄さまたちが挑戦しようとしている肝試しに、挑戦しようとしているだけですが?」

「なぁ。んなもんどうでもいいから早く入ろうぜ?」


 入場口に並んでる俺とシャリエール二人の後ろで並んでいるのが、トリスクトさん、一年生二人の計三人。


 あ、シャリエールのコメカミがひきつってる。


『本当に節操がないわね山本。どうして準備期間中、貴方たち二人だけを私たちとは別行動の外回りにしたと思ってるのよ』


 うん、なぜわからんが、《ヒロイン》の腹立たし気な目が痛い。

 

『ん、山本』

「猫観?」

『とっかえひっかえは、男としてクズだと思う』

「うぉい! いきなり言葉のナイフでズタズタにされた!」


 名前は体を表すというか。猫のように小柄で、いつも気まぐれ風を纏う《猫》までが非難する。


 あ、あれぇ? 祭りって、楽しいはずだよね。なんか目から汁が……


「お、大人一名と中高生一人」


 気を、取り直すべく。シャリエールと二人での入場人数を、受付に立つ《委員長》に申し出た。


『はい、合計五名様ですね?』

「え? いや、だから……」


 が、普段穏やかでとても優しい、安心できる女性の魅力を醸す《委員長》は聞いてくれない。


『合計、五名様ですね?』


 なんだろう。いつも見ている柔らかな笑みが怖い。柔らかな笑みには違いないのに、何処か上っ面だけ張り付けたような感じのまま再確認が入ったから、首を縦に振らざるを得なかった。


「ちょっと貴女たちまで。空気を読んでくれませんか?」

『空気を読んでいるからこその、この対応なのだけれど。まずいんじゃないですか? 教官が、訓練生とだなんて』

「あくまでプライベート。立ち入らないでください!」

「フッ。大勢たいせいはどうやら、私に味方してくれているようだ。フランベルジュ教官殿?」

「クゥッ!」


 (トリスクトさん。シャリエールに向かって《フランベルジュ教官》なんて、なんつーわざとらしい)


 不敵な笑みを、トリスクトさんは浮かべていた。

 瞬間だ。シャリエールと、トリスクトさん三人組がにらみ合いをしているその外で、《ヒロイン》と《猫》と《委員長》が、互いにビッと親指を立てあったのを、俺は見流さなかった。


 あぁ、もういいや。よくわからないから流れに身を任せよう。


「……五人で、お願いできるかな?」

『かしこまりました。それではようこそ肝試しへ』


 あきらめの境地。

 改めた申し出に、やっぱり笑顔は変わらずのまま受け付けてくれた《委員長》は、火のついていない蝋燭を二本渡してきた。


「っつ!」

『ダメですよ山本さん? ルーリィさんを不安にさせては。女の子は、不安になりやすいんですから』


 その時、委員長が耳元に口を寄せ、ヒソヒソと囁いてきた。

 おっほ~♡ クンカクンカ! 《委員長》いいにほい! 


 クラスの女子皆、今日に合わせ、いで立ちは浴衣姿。なるほど、昼頃に一旦姿を消したのは、シャリエールたちと同じ理由だったらしい。


 ピタリとしたボンキュッボンなラインを見せつける制服姿もいいが、こっちはこっちで、《委員長》の大人感を引き立てる。

 そんな子が、ささやいてくれるんだぜ!? ドキがムネムネするのもしかたないってもんだ。


 あぁ。ほぉんと時折、《ヒロイン》と仲良く一緒にいる《主人公》に憂いた目線を送りさえしてなければ、俺が《委員長》に告白……


「「「「山本君? /一徹? / 兄さま?/ 殺すぞ?」」」」


「い、イこウ……ゼ? みんな」


 やめましょう。変なことを考えるのは。

 ゾッと電気が全身を走り、見やった腕に鳥肌が立っているのを目の当たりにして、彼女たちに振り返ることをしないまま、そそくさぁっと中へ進んでいった。


『予想されていた懸念事項が発生。各員、プランはアルファからベータに変更。オペレーション三叉クロスドライ。状況を開始』


【【【【了解】】】】


 何か強烈な怒気を表情にはらんだ彼女たちに、無理やり背中を押される。


 受付を通り過ぎたところで、《ヒロイン》が口にした何か作戦じみた号令を耳で拾ったのだが、意味が、分からなかった。

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