第10話 頭が痛ぇ。悪い予感しかしやしないっ!

 さて、状況は移り変わる。


 学院正門前に、次々と大型バスが止まっていく。

 車内から新入生が姿を現し、トランクから荷物を受け取り、そのまま校舎まで、ぞろぞろと行進していた。


「勧誘、始まっちゃいそうだね」

「気合を入れよう。三組だけじゃない。他の組も入れ、全小隊には二年生も所属している。しかし今年新編成となった私たちの小隊には一人もいない」

「二年生の穴を埋めうる、一年才能を見つけようって?」


(トリスクトさん一人この小隊にいるなら。もう事足りてると思うんだけどな)


 先日の、御剣と一組との決闘惨劇の爪痕は、いまも脳裏に焼き付いている。思い出してしまって、チラッと、被害者の会に目を向けた。


 彼女二人、俺の為に頑張ってくれたのは重々承知でやんす。

 しかし……ですね、見た目だけならなかなか凛々しかった一組男子全員、まだ、全身にミイラのように包帯を巻いていたから痛々しいっ!

 しかもところどころ、滲んだものが浮き出てるし。


 うひぃっ! 見てるだけで身が震える! 

 

「うわぁ……」


 そうして、そんな奴らを眺めていて……同情だわ。


(あ、哀れだ。一年にドン引きされ、ソソクサーって距離が開いて、怖がられてる)


 一組連中は何とか笑顔で「やぁお帰り」だの、「ブートキャンプはどうだった?」って気さくに歩み寄っていったのだが、一年生たちは気まずそうに顔を俯かせ、視線すら合わせようとしてなかった。


『どうやら、これまでとは違うおもむきえにしきざしがあるようだ』

『フン。一年の多くも由緒ある家の出だろうが、通常なら付き従うはずだった同等家格以上の上級生があのザマではな。命預ける上官のナリは、まさに敗北者。雑魚が』

『少しだけ僕たちにも、そういう子たちに加入してもらえる好機がありそうだね』

『ん、家柄のある上級生に家柄のある後輩が。そうでない上級生の元にそうでない後輩が。開校してからこれまでの暗黙の了解は、今年だけはその限りになさそうだね』


 《縁の下の力持ち》が、腕を組んで静かに紡いだ言葉に、《王子》は複雑そうな顔をしながら目を閉じ、吐き捨てた。


 家格が学生の能力を裏打ちするわけじゃないが、《ショタ》は、通常なら声を掛けずらかったであろう家格ある後輩たちにも、声がかけられそうなことで、スカウトできる後輩の選択肢が増えたことに喜んでいた。


 《猫》は、何を考えているかわからなさそうなひっじょーに冷めた目をしていたが。たぶん、セリフを聞く限り、期待はしているっぽい(?)。


『いきなり山本が一組を煽って。教官とルーリィが決闘して。一時はどうなるかと思ったけど。このサプライズは結果オーライかしら』

『ハハ。決して褒められたものじゃないけどな』

『でも私たちにはいい流れ。家格が異世界対策において必ずしも有効ではないもの。むしろ様々な背景を持つ者同士で編成された小隊で実績ができようものなら……』

『今日までの、学院における家格優位主義に一石投じるモデルケースになりうる』

 

 4人の言葉をキレーにまとめたのは、どう見てもデキてるのに、いまだ恋人にはいたっていない(らしい)《主人公》と《ヒロイン》だった。


『皆、俺たちも勧誘を始めよう! 家格に惑わされず、新入生の能力と伸びしろを純評価して』


 さすがは三組の中心人物。その言葉に皆、楽し気に深くうなづいた。


『それじゃあ! よきめぐりあわせを!』

『『『『『おぉ!』』』』』


 そうして、あげられた一筋の声に、はっきりとした回答を皆が示し、散会した。


「……なぁ、トリスクトさん」

「どうした?」

「三組に完全に馴染むには、まだまだ遠いね。パー璧に乗り遅れた」

「フフ。では、私たちも行こうか?」


 流れについていけなかった。

 やっと声を上げられたのは、皆が一年生たちのところに向かったことで取り残されてからだった。

 トリスクトさんはそれにクスリと笑って、おもむろに俺の手をとった。一年生の方へと引っ張ろうとしてくれた……


『しっしょぉぉぉぉぉう!』

『ちょっと待ってアルシオーネ! いきなり走っていかないで!』


 矢先のことだった。

 結構に離れた所から、それも上級生と一年生が交流をはじめ、ざわつく場を圧倒する声量がとどろいた。


『ダメ! 落ち着いて! アルシオーネ!』

『師匠ぉぉぉぉぉ!!』


 二人の人影が、近づいてきていた。というより猛然と迫っていた。


(新入生女子二人。師匠? 何を言って……おお!? でも、すっごく可愛い……)


「可愛い……あれぇ?」


 なーにを言ってるのやら。なぁんて思って、絶叫を他人事ひとごとにしていたのがよくなかった。


 視線の先、迫りくる二人のうちの一人が、さらに加速。一瞬と間も置かず、俺との距離を詰め切った。


「なっ!」


 いつの間に飛びあがったというのか。少女の一人、宙を舞っていた。

 それはいい。急接近の慣性の力そのまま、飛び掛かってきていた。

 

 いんやぁ、人間っつーのは面白いもので、致命的な危険が迫る一瞬、時間が鈍化したように目の前の景色がゆっくりしたものになる。


 少女は、滞空したまま拳を握り、とても嬉しそうに笑ったまま体を思いっきり捻っていました。


 でね、悲しいことに、いくら脳が状況をとらえようとして物事をゆっくり見せようとしても、体が追い付かないの・・・・・・・・・


「お……い?」


「ししょぉぉぉぉぉぉぉ!」


 それはそれは、一瞬のことでごぜーました。


 絶叫が耳をつんざくのと同時。とんでもない衝撃。

 頭の至る所でグシャッ! と潰れたような、砕かれたような、破裂音を認めたところで、目の前が真っ暗になって……


「一徹ぅぅぅぅ!!」

にいさまぁぁぁぁ!」


 後に残された認知機関、聴覚が、トリスクトさんと誰かの声を認めたのち、ぼかぁ、音すらない深淵に、墜ちて行った。



「ん、うーん」

「お目覚めですか兄さま?」

「がっ!」


 トモカさんが台所に向かったっぽいところで意識を失いかけていた俺は、そのまま眠ってしまったようだ。


 まぁまぁ深い眠りだったようで。思いのほかパッチリと目覚めることだけは幸いだ。

 んで、開けた視界、最初に飛び込んできたのは、うれいた瞳。可愛らしい顔立ちをした、褐色の肌の美少女のホッとした表情。

 いや、俺がビックリするわ。


「んっ!」

「ゴメンナサイ。首が痛かったでしょうか。久しぶりの再会にいてもたってもいられず。お休みのところなお、どうにか兄さまを感じたいと思ったものですから」


 もぞっと少女が動いたことで、首にストレスを感じて声を上げた。

 

 実態を知ったなら、ドキリと胸が高鳴った。 


 いったいいつから正座の形をとってくれていたか知れない。

 眠っている間、少女の膝を枕にしていたようだった。


「ナルナイ……だっけ?」

「はい。記憶をなくされる前、それはもう、私をよく可愛がってくださいましたね」


 呼びかけると、少女はそっと俺の首を布団に寝かせ、少しだけ間を開けた。

 正座したまま、両の三指を床につけ、丁寧に頭を下げた。


「またお会いできたこと、心より嬉しく思います兄さま」

 

 しゃなり……なんて擬音がよく似合う、可憐な振る舞いに、一瞬息を飲んでしまった。

 スッと体を起こし、俺の瞳をうかがうように見つめる、不安げな貌がまたいじらしいというかなんというか。


 褐色な肌は、健康的で活動的な雰囲気を思わせる。ただ少女の場合、顔立ちや言葉遣い、立ち振る舞いは実にしとやかさを感じさせた。


(ん、また、ガラス玉みたいなものが付いた左耳だけのイヤリング。だがこっちは右耳にピアスをつけていて……)


「何か、私の見た目、おかしかったでしょうかっ?」

「あ、いや、何でもない」


 ナルナイ・ストレーナス。

 妹がいない俺(トモカさんから、事故で亡くした俺の家族構成は聞いている)を兄と呼んでくれる、ちょっと箱入り娘っぽい一年生。


 いつも、一緒に行動を共にする親友がいた。


『何人たりとも、ここから先は一歩も通さねぇ!』

『押しとおる! 彼を仇とするナルナイを、すぐ近くに置けるものか!』

『だから、もうあの娘にはそういうのはねぇんだよ!』

『信じられるか! 修羅道に彼を堕とした男の、上官を務めるような奴を父に持つような娘』

『て……め!』

『そしてその輩は、確か貴様の父とも懇意だったな! それが、一徹を寝込ませる状況を作ったのか? 復讐。再会して、仇を討とうと拳をふるった』

『挨拶代わりの一発。師匠なら軽くいなすんだ! 言っていいことと悪いこともわかんねぇか。親父殿から受け継いだ誇り高きオークと、師匠から受け継いだ戦斧術。その神髄を、見せてやろうかぁ!?』

『ハッ! シャリエールならいざ知らず。小娘ごときが偉そうな口を利くなよアルシオーネ?』

『上等っ! 死ねよやオラァァァァ!』


 うん、うん。あのねトモカさん。

 この状況に、何か思うでしょう?


 俺が伸びている間、ナルナイが介抱してくれた。

 嬉しいには嬉しいが、それより部屋の外が気になった。廊下……というより庭か? 口喧嘩は本喧嘩になったのか、場所を移したらしい。


 ねぇ、なんなの?

 さっきから爆音とどろかせて大気を震わせる。チュドン! だの、ドガァッ! だのの破裂音と破壊音。


「って……何をやっているのかな。ナルナイ」

「お召し物を脱がせようと。汗を沢山かいていたようでしたから、お着替えをと思いまして」

「気を効かせてくれたんだろうけど自分で出来るって。ちょ、勝手に俺のズボンに手を掛けない。さも当たり前のような顔しない」

「記憶がない間がチャンスなんです。兄さまは、私に一度も手を出してくれませんでした」

「は?」


 外の騒ぎで気もそぞろ。

 そんな、たった一瞬気を抜いていた間に、いつの間にやらボタンをはずしきり、上着にズボンに脱がせかかってきたナルナイも大問題だ。


 止めたら止めたで、今度はヒタッと頬に、手を添えてきやがった。うるんだ瞳が俺の瞳をとらえて離さなかった。


「楽観は、抜け目なくシビアな兄さまを隠す偽りの仮面。ですが、いまの隙だらけで少し抜けた感のある顔と、汚れを知らない瞳。これが本当の兄さまなのですね。私の父上と兄様あにさまが殺してしまった、兄さまの本当の……」

「言っている意味が分からないんだが?」


(おかしい。絶対におかしいよコイツら。ねぇ、そう思うでしょトモカさん!)

 

「責任はいかようにも。今後兄さまの身の回りのお世話は、全てナルナイにさせていただきたく。フランベルジュ特別指導官にもそのようにお伝えして……」

「いや、大丈夫。大丈夫だからね?」

「いっそお望みならばこの体を献上することもいとわ……」

「いとえよそこは! 自分をもっと大事にしろよ!」


(思うでしょぉぉ! トモカ姉さん!)


 なんだよフランベルジュ特別指導官って。教官じゃねぇのかよ。聞いたことねぇよ。


 俺の知らないところで、というか失った記憶の中で、二人は知り合いなのかよ。


 台所に向かって去っていったトモカ姉さんの背中に、ずっと懇願したことがあった。しかしこの流れは、どう抵抗を試みても、阻止することは出来ないらしい。


「ではこれからまた、アルシオーネ・グレンバルドともども、よろしくお願いいたします兄さま。小隊の部下としても、この下宿の同輩としても」


(ぬわぁんでコイツら、この下宿に住むことが決まったのぉぉぉぉぉ!)


 俺がトモカさんに考え直していただきたかったこと。

 一緒にいることに、嫌な予感しかしない美少女一年生二人が願い出た、この下宿に住むことを了承した決定の、その撤回についてだった。

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