第22話 自由な生き方
「誰か降りて来たのかしら? でも、それにしては音が遠いような?」
不審そうにゼニヤッタは天井を見上げ……
「ちょっと判らないな。とりあえず最奥まで来たし、御宝も確保したし……地上へ戻ってみない?」
「結局、ここまで来ても、霧はどうにもできなかったわね。それとも
首を捻りながらゼニヤッタは、しれっと文箱を回収していた。
「ちょっ! それはズルいよ! 独り占めする気なのかい!」
「しょうがないじゃない。分けられない物だったんだから。……それとも実は、この密約書に凄い価値があるの?」
「うーん……ボクじゃ内容が読めないし、なんともなぁ……。でも、このまま闇に葬られちゃったら、それはそれで残念な気も……」
有名な連邦情報公開法が施行されるのも一九六六年のことだ。
この時代、どこの政府でも秘匿した情報は永遠に闇の中といっても過言ではない。
「たいしたことないのなら、別にいいじゃない。これでも私は宮仕えで、手ぶらじゃ帰れないのよ。
「お役人も大変だね。でも、続きは外へ出てからにしない? 銃撃戦が気になるし」
「……そういえば聞き忘れたのだけど、襲撃勢力に心当たり――あれ? 何なのかしら、これ?」
ちょうど胸ぐらいの高さで、少し壁が窪んでいたのだ。
「何か置いてあったのかしら?」
「うん? ああ、なんだ……灯置きだね。こうやって使うんだよ」
そのまま手に持っていたオイル・ライターを安置する。
専用に誂えた訳ではないので、しっくりはこないが……まあ、そういう造りなのかと言われたら納得できそうな……なんとも微妙な塩梅だ。
しかし、ゼニヤッタが何か口にするより先に――
「大丈夫かい! いま、ふらついていたよ!」
と、
「えっ? ええっ!?」
「だから言ったじゃないか! こんなに長い間、神器を使い続けたら、どうなっても知らないよって! もう、
言われて衝撃を受けたのか、ゼニヤッタの顔色が実際に悪くなっていく!
……まるで熱があると分かったら、突然に具合が悪くなってしまう人のようだ。
「ほら、逃げたりしないから! とりあえず『藤蔓』を使うのは止める!」
「え、ええ……そ、そうね……――って! 騙されないわ! 口車に乗せようったって、そうはいかないの! ……少しの間なら、まだ平気だと……思うし……」
「もーっ! ボクは善意から忠告してるんだよ! だいたい、そんな危ない使い方して――」
「いーから! その説明も後でいーわよ! それより! 地上へ戻って、どうなっているのか把握しないと!」
などとゼニヤッタが強引に押し切り、奇妙な窪み――灯置きの話はお終いとなった。
「むむ……どうやら本格に始まってしまったようなのであります」
「にしては変ね。やる気を感じられない音というか……どちらかが時間稼ぎしてるのかしら?」
根本的に他人事である
「……失言だったわ。でも、たぶん平気よ、ガラッハ君。銃声が散発的な感じだから……お互いに様子見ってところじゃないかな?」
「安心するのであります、ちっこいの! ちゃんと迷子は送り届け――」
そこで
さらに安心させるように背中からガラッハの両肩へ手を置き、顔を覗き込むようにして――
「さっ、その軍曹さんのところへ案内してくれるかな?」
と微笑みかける。
しかし、だが! そんなことをしてしまっては、
そして赤面した少年が俯くのは、次の世代へ語り継ぐべき様式美というものか!
……
余計なことを口にしたら、きっと
なんとか身体から力みと衝動を流すべく踊っているだけだが……まあ、傍から見たらガラッハを煽っているのも同じだろう。実際、やや悔しそうにもしている。
しかし、それでも状況を考えたのか――
「あ、あっち……だと思います」
とガラッハは素直に答えた。
……もう
「しかし、狼というのは一途と聞いておりましたが……本当は多情だったのでありますな。てっきり自分は、
「
さすがに堪えかねたのか、
ガラッハはガラッハで悔しいやら恥ずかしいやらで、複雑な表情だ。
「でも、事実なのであります! 狼は珍しいことに一夫一妻制を守る――」
「そんなの、どうでもいーわよ! ――ごめんね、ガラッハ君。この後輩は、どうにも口の利き方が……これで悪い人間じゃないのよ」
「大丈夫です! き、気にしてませんから!」
宥められたガラッハの顔が、なぜか引き攣っているのは……
……嗚呼、これこそ少年の夢と絶望か!?
歳は近くとも大人なお姉さんから、優しく一人前扱いされる至福!
そして女子から――僅かに年上なだけの女子から、子供と揶揄われる憂鬱だ!
しかし、うら若いガラッハ少年の魂に、業の深き性癖が焼き付けられる寸前、三人の注意はそれた。
「おろ!? あそこに薄っすらと見えるのは……米兵どものジープではありませんか? ……
「あら、本当!? ――どうしてこの霧の中で、遠くの様子が? もしかして
正直、彼女達にとって米兵やナチスの事情はもちろん、さらには今後の顛末すら興味を惹かれないことだった。
なにより、それを知れたところで、学友の空腹は満たされやしない。
確かに一度は米兵達へ加勢したものの、それは目の前で虐殺を容認できなかっただけだ。知るタイミングが違えば、まったく心を動かされなかっただろう。
そしてガラッハ少年を米兵達の下へ送り届けることにしたのも、たんに流されただけで……つまりは一般的な親切の域を出ない。
また発見したのが当たりのジープ――甲州金を積んだ方のジープであれば、ここでガラッハ少年とは別れ、三浦家の資産保全へ移っただろう。
「これ以上の介入は、余計だと思うのよねぇ……でも、音からすると……劣勢みたいだし……」
「なにを考え込んでいるのでありますか! もう自分達は、
自由と無責任は違う。だからこそ人は、行動を起こす前に考えねばならない。何かの柵に縛られてなかろうとも。
だが、無邪気に胸を張る
「よし、決めた! 先にジープへ寄ってからにしよう! ガラッハ君! あのジープまで案内できるかな?」
そう宣言した
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