第21話 世界中で行われたチキンレース

 お互いに不幸な遭遇戦が始まっていた。

 その距離、およそ五〇メートルほどだろうか。

 しかし、明け方で霧が立ち込めてるのを考慮しても、小銃ライフル兵には至近距離とすらいえた。

 なぜなら好条件であれば、裸眼でも三〇〇メートル先まで視認可能といわれている。

 そして殆どの小銃ライフルは有効射程が三〇〇メートルを超えるので……彼らの間合いは視界内全てといえた。

 もう五〇メートルの距離など、何発か撃てば必ず当たる。名人であれば鼻歌混じりの容易い仕事だ。

 なので、さすがに両者共に――GIとナチスの両者共に遮蔽物を確保している。

 それは僅かな地形の起伏で、へばりつく様に伏せ、やっと身体を隠せるぐらいだが……ないのと比べたら天と地の差があった!

 僅かでも相手に姿を晒せば、が撃たれる。近代戦は『見られたら終わり』だ。



 遭遇戦は軍曹率いる捜索チームとナチスで開始されたが、幸運にも射撃チームが合流しようとしていた。

 ……数で上回っていることだけが、GI達の優位だろうか。

 まだ致命的なダメージを受けてなくとも、そう評価せざるを得ないほど劣勢へ追い込まれていた。

「合流は諦めろ! 無理だ! その場で戦え!」

「でも、軍曹! ここからじゃ射線が通りません!」

「移動している間にハチの巣だ、馬鹿もんが! それに、この陣地へ全員を収容も不可能だろう! ――それよりブローニングM1918分隊支援火器はどうした? 家に忘れてきたか!?」

「……フレッドはられました」

 その訃報にGI達は歯を食いしばる。

 泣き喚いても彼は帰ってこない。そんな余裕もないと身体が知っている。悲しんでも良いのは、時間を贅沢に使える場合だけだ。

「誰が撃ち方休めといった! 休むな! だが、節約しろ!」

 お互いに頼りない遮蔽物な以上、撃ち続けて相手を釘付けにしなければならなかった。

 なぜなら相手へ自由裁量フリーハンドを渡した瞬間、自分達は寝転がっているだけの的と化す。相手にも隠れるのを強要するからこそ、戦況を膠着させれていた。

 そんな理由で休まず撃ち続けねばならなかったが……物理的制約もあった。残弾数だ。

 仮に千発の弾丸があって、一秒に一発のテンポで撃ち続けると一〇〇〇秒――約十六分ほどしか維持できない。二秒に一発と節約しても、三十分が良いところだ。

 これは旧日本軍が一発必中に拘った原因でもあり、アメリカ軍の回答――大量消費になろうと必要な分だけ用意すれば済むなのだが……いま軍曹たちの手元に満足な数はない。

 そして弾切れとなれば、もはや屠殺場の家畜も同然だ。

「くそっ! まただ! なんでか弾が当たらねぇ! 弾が避けていくみたいだ!」

「弾が避ける訳ないだろ、お前が下手糞なんだよ! ――軍曹! このままじゃジリ貧です! 迂回挟撃を仕掛けるか……撤退を!」

 しかし、それを却下するような爆音が鳴り響く。重機関銃だ。

 GI達は一様に地面へしがみつき、魂を磨り減らす恐怖に堪える。

 重機関銃は航空機の機銃にも使われるぐらいだから、その威力は携行兵器と比べものにもならない。

 多少の障害物――浅い塹壕程度なら、地面ごと抉ってくる。命中したら終わりだ。

「なんなんだよ、あの筋肉達磨! なに食ってたら重機関銃を手持ちできるようになるんだ!?」

 実際、勝負にもならないはずだった。

 無理に当てようなどと考えず、軍曹たちが隠れている起伏そのものを削り取ってしまえばいい。その方が簡単だし、重機関銃なら可能だった。

 しかし、なぜか時折に思い出したように撃ち込んでくるだけだ。

「くそっ! 奴ら……俺達を嬲り殺しにする気か!?」



 だが、ナチスもナチスで問題を抱えていた。

「レンデンシュルツ少尉、またです! また当たったはずの弾が、当たってません!」

「分かってる! 自分も確認した! ――この霧は……何らかの霊的防御兵器か? そのようなものは我ら『スメルトリウス』ですら……もしや米帝に先を!? ウンターホーズ軍曹! 奴ら、生け捕りにできると思うか?」

 問われた大男は、しばし考え込み――

「さすがに無理でしょうね。こっちより相手の方が多いんです。生け捕りなんて考えてたら、逆にやられちまいますよ。……それに俺のは手加減なんてできやしません」

 と愛し気に重機関銃を撫で、不敵に笑う。

 極限の修羅場において大男は、彼らの精神的支柱といっても過言ではなかった。

 信頼するウンターホーズ軍曹が大丈夫と言っているのなら安心だ。彼の指示に従っていれば、俺達は生きて帰れる。

 そんな信仰にも似た縋る何かが、血と泥に彩られる地獄には必要なのだろう。

 だが、その笑みは強いて作ったものであり、逆に劣勢の証明とすらいえた。

 もう残弾数が僅かとなっていたのだ。

 確かに歩兵戦闘で重機関銃は心強い。

 この時代の装甲車程度なら、わけなく貫通できる。軽戦車ですら危うい。強行突破するには戦車が必要だ。

 しかし、通常は専属チームとして四名ほど運用に割り当てる。当然に移動なんて想定外で、固定砲台としてだ。

 それを持ち歩くだけでなく、一人で運用まで可能とするウンターホーズの膂力は瞠目に値したが……腕力だけでは解決できない問題もあった。

 弾丸だ。

 小銃ライフル弾ですら一発二〇グラム前後なのに、重機関銃弾ともなれば数倍になる。

 つまり、一〇〇発持つだけで数キロ前後。一〇〇〇発持ったら数十キロ前後だ。

 そもそも重機関銃自体が十数キロもある。さらに数十キロの予備弾薬を持ち歩くなんて、剛力も裸足で逃げ出す勢いだが……それでも弾薬は潤沢といえなかった。

 かといって撃つのを止める訳にもいかない。

 なぜなら彼らの優位は、全て大男の重機関銃に懸かっていた。

 彼らにとって理想的展開で、米兵達が絶対に避けねばならないのが、重機関銃による掃射となる。

 だからこそ数的優位にある米兵達も、迂回挟撃などの思い切った手に出れない。……賭けに失敗すれば少なくとも半数は命を喪い、生き残った者も絶望だ。

 けれど撃ち続ければ、当然だが最後には無くなる!

 そして重機関銃の弾が尽きたと知られたら、数的優位を生かした攻撃機動を食らって終わりだ。



 奇しくも男達全員が同じことを祈っていた。「手持ちの弾丸が、相手より先に無くなりませんように!」と!

 ……これこそ世界各地で開催された地獄のチキンレースだった。

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