第18話 扉

 その扉はこともなく現れた。

 通路を進んでいたら丁字路が突き当たる部分の壁へ、何の前触れもなくだ。

「おかしくない、ミツヨ?」

「……なにが?」

「同じところをグルグルと回っていた……のよね? でも、こんな扉なんてなかった。いつのまにか新しい地下道へ来ていたの?」

「違うよ。やっぱりボクらは同じ場所をグルグルと回ってた。この丁字路だって、数回は通り過ぎてる」

「じゃあ、その……不思議な力で扉が作られたってこと?」

「それも違う。たぶん、最初から扉はここにあったんだ。なのにボクらは、何度も見過ごしちゃったんだよ」

 納得のいかないゼニヤッタは、反論するべく口を開きかけては閉じ、また何か言いかけては止め……最後には諦めて溜息を吐いた。

「……そういうルールなのよね。OK。考えるのは後にしましょう。それで……どうするの? 開けてみる?」

 しかし、三世みつよは扉を睨みつけたまま軽く指を噛んでいた。

「ボクの経験上、扉はヤバい場合がある。でも、ここまで来れるかで……その危険性も大きく変わるね。味方しか開けられない扉に、罠を仕掛けやしないし」

「危険って――ブービートラップみたいな場合もあるってこと!?」

「厄介な予感はしないけど、可能性は否定できないよ」

「……貴女は決定的な変更を後回しにして、まず選択肢を網羅しようとした。それは私も合理的と思ったわ」

 ゼニヤッタの妙な言い回しを、三世みつよは面白く感じたようだった。好奇心を擽られた表情をしている。

「もったいぶってるね。なにが言いたいの?」

「まず同じように他の扉が出現――というか、私達が発見できるか試すべきじゃない?」

「ああ、その可能性もあるのか。思い至らなかったよ。でも、不可能なんだ。ボクは正しい道が分かるだけだし……この扉の先がそうだとも感じている。実は他に正解があるのなら、いま感じられない以上、お手上げというしかないよ」

 しかし、それでは開けるか諦めるかの二択なままだ。

「『誰なら来れるか』というのは?」

「あの坊やとかボクみたいなだろうと、御堂の存在を知らなければ辿り着けないよ。分かってたんでしょ、この山に『何か』あることを?」

 渋々にゼニヤッタは肯く。……情報の出し惜しみをしてたら、大魚を逃しかねない状況だ。

「偶然に辿り着けたとしても、普通なら――日本人なら注連縄や入り口がないことにビックリして逃げ帰る。もし禁を侵したとしても、あの甲州金に満足するだろうね。またボクみたいなでも、井戸を見るまでは地下道に気付けない」

 そこで三世みつよは言葉を切り、ゼニヤッタも異論はないとばかりに小さく肯く。

「ねえ、どうやってアメリカあなたたちは、この御堂の存在を知ったの? 井戸があるのも分かっていた?」

「……私たちは――不可能犯罪検察署ICPOは、その名の示す通り不可能犯罪――貴女たち日本人が言うところの呪法や祈祷を調査しているの」

「収集もでしょ?」

「……ええ、収集もしているわ。さらにいうのであれば消極的な実践――対抗手段の研究もね」

 わざとらしく三世みつよは肩を竦めてみせる。「消極的な方法だけかなぁ」とでも言いたいのだろう。

「続けるわよ? そして文献を中心とした調査チームは、全てを開始するにあたり、まず歴史上の大家オーソリティーを調べたの。それで『何か』があるところまでは分かっていた。部外者に話せるのは、ここまでね」

 納得の肯きをしかけた三世みつよは、危いところでポーカーフェイスを保った。

「じゃあアメリカあなたたちは、御堂を作った人の記録か何かを頼りに?」

 さらにダメ元とばかりに鎌をかけるも、さすがにゼニヤッタは無表情で通し――

「そうだ、ミツヨ! 貴女、エージェントにならない? それで情報にアクセスも可能となるし……貴女の能力は、きっと高く評価されるはずよ! 私も推薦するし!」

 逆攻勢まで仕掛けだす。相手の方が上手といえた。

「え、遠慮しとくよ。飼い主を持つのも悪くはないけど、繋がれるのは……ちょっとね。やっぱり放し飼いにしてくれないと」

「待遇だけでも聞いてからの方が……望むのなら外国人永住権グリーンカードも用意するし、政府の仕事なら市民権の申請だって――」


 大きく脱線しはじめた話を、三世みつよは強引に戻した。

「とにかく! 部外者では、まず無理っぽいね。なんたって地下道を突破できない。幸運にも井戸を発見したボクみたいなか製作に関係した人だけが、この扉の前へ来れる訳だ」

「なぜ製作者も? ミツヨみたいな異能があるから?」

「ボクたちと同じ道順でくれば良いんだよ。メモか何かに書き留めておいて、それに従って進むのさ」

 しかし、説明されたゼニヤッタは不満そうだ。なにか夢を壊された人の顔をしている。

「うん、ここまで来たら罠はない。十中八九、なんの問題もない……と思う」

「……ちなみに十中を引いたらどうなると思う、ミツヨ?」

「その時は価値ある隠されていた御宝というより……ろくでもない理由で封印されていた『何か』と、ご対面だね。……運が良ければ」

「運が悪かったら?」

「多分、二人ともお陀仏だと思う」

 三世みつよの方は癖なのか、曲げた人差し指を軽く噛むようにしていたが……その熱に浮かされたような瞳は、まるで飢えたスリルジャンキーのようだ。

「……本気で開けるつもり?」

「ここまできて、なぜ開けないんだい?」



 しばしコイントスで揉めたものの、三世みつよが実行役と決まった。

 各々が扉の左右へと――中からは死角となるように壁へ張り付く。

 伸ばした左手で三世みつよが扉を触り、微かに力を籠め……そのまま何もせずに引っ込めた。

「……やっぱり鍵かかってない。ただ押せば開きそう。準備は良い?」

 言いながらも三世みつよは背中へ手を回しかけ……ワルサーがないのを思い出して右手へ苦無を構える。

 ゼニヤッタも銃身を切り詰めた三十八口径のリボルバー――コルト・ディテクティブスペシャルを構えた。

 そのまま三世みつよが指でカウントダウンを始め、ゼロとともに――

 勢いよく扉を押し開ける!

 しかし、戦争映画のアクションシーンのように、二人とも突撃はしない。必要ないどころか、逆に危険だからだ。

「何か変なもの見えたりしない?」

「……たとえば?」

「半透明の幽霊だとか……ピンク色の象だとか」

「……それ、ジョーク?」

「まさか。超まじめにだよ。そういうのなら封印に値するでしょ?」

 答えながらも三世みつよは地面へ置いておいた懐中電灯を拾い、あちこちを照らす。

 地下道側に異変はなかった。開けたと同時に矢などが飛んできたりもしなかったし、ガスなどの異臭も無い。

 扉の内側は部屋になっていて、パッと見で狭いと判る。ここで終点なのだろうか?

 部屋の中央には何やらあるも、とりあえず人影などは見当たらない。

 少なくとも鎧武者が座ってたりはしなかったようだ。まずは一安心だろう。

 とにかく異音が全くしなかったのは心強い。

 ……もし扉を開けたと同時に音がしてたら、それは間違いなく危険信号だ。

 三世みつよとゼニヤッタは無言で肯きあい、突入を開始する!

 が、それはゆっくりと行われた。

 まるで部屋の中が熱すぎる風呂であるかのように、二人はジリジリと歩を進める。

 その間も三世みつよは忙しく懐中電灯を振るい、まず部屋の規模を特定していた。

 ……予想よりも数段は狭いだろうか?

 三畳間あるかどうかの広さしかなかった。二人が入ったら満員にも近い。

 中央には一人用の机程度な大きさの四角い石。その上に薄い木箱があるっきりだ。

「ミツヨ! 灯りを寄越して! 何かあるわ!」

「……ちょっと待って。はい、返すよ」

 応じながらも三世みつよは、ポケットからオイル・ライターを取り出し自分用に灯す。

 この瞬間、二人が別々ものへ注目していたのは、それこそキャリアによるものだろう。

 ゼニヤッタは平凡に石の机へ気を取られ……逆に三世みつよは扉と死角へ注意を払っていた。

 扉というものは通過した瞬間、違う脅威を内包する。

 例えば二人の現状であれば、勝手に閉まるだけで必殺の罠へと早変わりだ。

 もう習慣の手順とばかりに三世みつよは、苦無を戸当たりドアストッパー代わりに挿し入れる。

 また押戸は必ず扉による死角が生まれ、そこへ仕込まれると対処が非常に困難だ。先に確認だけでもするべきだった。……危険人物などは潜んでいないと。

「……何かしら? 宝箱……にしては平べったすぎない?」

 外国人であるゼニヤッタは首を捻るばかりだったが……やっと確認作業を終えて振り返った三世みつよは、一目で木箱の正体を言い当てる。

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