第11話 三つどもえ

 小銃ライフルの場合、伝統的な日本の木造建築など目隠し程度の気休めにしかならない。

 障子や襖はもちろん、土壁や木壁すら貫通――というより吹き飛ばしながら内部の者へと襲い掛かる。当然に殺傷力を維持したままだ。

 これが小銃ライフルよりも強力な重火器だった場合、さらに圧倒的な破壊力が猛威を振るう。

 まず爆発物でも仕掛けられたかのように壁が弾け飛び、勢いあまって床へ穴を作った。

 そのまま何か生き物を真似るかの如く、床へ空けられた足跡もどきは歩を進め、その数を増やしていく。

 呆然と立ち竦むガラッハへ駆け寄るかのようにだ!

「避けろ、仔狼ウェルプ君!」


 誰もがスローモーションに時間を錯覚してる最中、三世みつよだけが疾り出していた。


 人の域を超え――射線より速く、硬直したままの少年の元へ!


 その勢いのまま突き飛ばし――



 一方、野営地は大混乱に陥っていた。

「敵襲! て、敵襲だ! 全員、起床!」

「デイヴィッドが! デイヴィッドがやられてる! 顔がない! 皆、奴の顔を探してやってくれ!」

 その戸惑う様が、無慈悲なまでに強力な軍用投光器で暴き立てられる。GI達は一瞬のうちに、最大の防壁――夜陰を失っていた。

「死ね! 汚れた米帝の先兵どもめ!」

「我らが祖国の礎となれ! 死んでその罪を償え!」

 そんな鬨の声と共に、跡切れのない銃撃音が続く。

 しかし、すぐさまGI達も対応を――ほんの僅かな地面の起伏へ伏せながら、なんとか手繰り寄せた愛銃で――M1ガーランドライフルで反撃を開始する。

 ……絶望的であろうと、とにかく撃ち返す。一方的に攻撃を続けられるのは、最悪なことのだ。

「こんな場所では的になるだけです! 軍曹、後退を!」

「どこへ下がれば良いんだ、知っていたら教えろ! 敵布陣の把握が先だ、馬鹿者! ――他にやられたものはいるか?」

「……エレンが」

 その報告にGI達は黙って歯を食いしばる。

 悲しむのは後だ。そうできなければ自分たちもエレンの後を追う破目になる。

「敵集団、四時方向だけの模様! 少人数です! 五名? いや、六名!」

「俺達の半分か! なんとなるかも!?」

「馬鹿! 向こうには重機関銃があるんだぞ! 俺達なんぞ、あっという間にミンチだ! ――軍曹! 七時の方向へ走りましょう! きっと半分くらいは生き残れます!」

 正反対を――十時方向を選択しなかったのは罠を恐れてだが、それとて気休めに過ぎない。

 どのみち別動隊が伏せられていたら、いかに足掻こうと全滅だし……その前に重機関銃の洗礼も掻い潜らねばならなかった。

「――! 最悪です、軍曹! 奴らテンプル寺院を壊すのに飽きちまいました! 次は俺達ですよ!」



「ど、どこのどいつでありますか!? こいつらは!?」

「どこのどいつって……見れば判るでしょうが! ドイツの人よ!」

 投光器と正対してない介子よしこゆきには、謎の襲撃者たちが容易に視認できた。

 この時代だと珍しい迷彩服姿で腰だめにStG44シュトゥルム・ゲーを乱射する者が三名ほど。

 身の丈が二メートルを余裕に超え、なぜか片腕だけを甲冑で装い……驚くべきことに重機関銃を手持ちで操る大男が一名!

 そして最後に一人、黒の特徴的なダブルのオーバーコートに、場違い感すらある制帽を被る指揮官らしき男がいた。

 ……なによりも真紅の腕章が雄弁に、その男達の所属を説明している。

 ナチスだ。

 いまは亡きドイツの政治結社――国家社会主義ドイツ労働者党の構成員で間違いない。証拠とばかりに腕章へ逆卍も印されている。

 だが、なぜ?

 しかし、その回答を得る間もなく、事態は進展していく!

「我らが祖国ライヒのために死ね! アメリカ帝国の白豚ども! さあ、資本主義に汚された罪人の魂を救ってやるんだ! ヒトラー万歳ハイル・ヒトラー!」

 腕章の男は仲間たちを発奮させ、ナチスの攻撃は過熱していく。

「御堂が無茶苦茶であります! 三世みつよ先輩は無事でありましょうか? それに、このままだと米兵達は、皆殺しにされてしまうであります!」

「あー、もう! どうして、こうなるのかなぁ!? 毎回のように即興アドリブじゃない! ――簡単に殺すなぁ!」

 そう介子よしこは喚くや、StG44シュトゥルム・ゲーを肩付けに構え、次々と投光器を撃ち抜いていく。

 全自動フル・オートのまま一瞬だけ引き金を引くという――人力三連射三点バーストなのを差し引いても、素晴らしい腕前だ。

「ちょっ! なにを勝手に始めてるんでありますか、介子よしこ先輩! きっと後で三世みつよ先輩がぶーたれるのであります」

 が、そんな不満を口にしながらもフォローすべく、ゆきStG44シュトゥルム・ゲーで威嚇射撃を開始していた。

 その場合、全自動フル・オートで敵のいる辺りへ連射が望ましいのだが――

「おろ? この全自動は本当に便利なのでありますか!? あっという間に全弾撃ち尽くしてしまったのであります」

「休み休み撃ちなさい! あと二人同時にリロード再装填してたら危ないでしょ!」

「それであります! このマガジン弾倉とかいうのは、どうやって交換するのでありますか?」

 と不安でしかない。

 ……ライフル小銃マガジン弾倉交換式という革新的な未来兵器も、ゆきに扱わせたら猫に小判か。



 それでも他の二勢力を驚愕させるには十分だった。

 特に襲撃側は――ナチスの襲撃者たちは、一転して窮地と考えだす。

 誰かを攻撃する際、横撃だけはされては駄目で……だからこそ絶好の狙い目でもある。

 実際には三者の内で唯一絶対的な火力を有していて、それほど劣勢でもないのだが……戦術的には、最悪と判断するに足りた。

 そんな勘違いからか、優勢を捨てて移動を開始してしまう。……十字砲火に曝されるのだけは、絶対に避けねばならないからだ。

 ラッキーだったのはGI達だろう。

 理由は判らないが敵対者からの掃射は疎らとなり、厄介だった投光器も沈黙……とにかく再集結し、態勢を立て直す好機だった。

 しかし、だからといって逃げる以外の選択も合理的ではなかった。それだけの痛手は受けてしまっている。

 そもそも相手の規模や正体が不明だったのに、さらに第三勢力らしき何者かも介入してきた。

 もう戦利品や装備などの回収すら選択肢から外れる。恥も外聞もなく逃げるべき瞬間だ。

 なのに指揮官待遇であるゼニヤッタと連絡途絶し、連れていた少年の姿も確認できない。

 どんな苦境であろうと、これでは撤退を選べなかった。

 なんとしてでも二人を保護する必要がある。それが兵士の責務であり……なによりも彼らの矜持が要求していた。

 見た目上は優位に立った介子よしこゆきも、実のところ厳しい立場といえる。

 なぜなら御堂へ潜入した三世みつよが戻ってきていない。

 彼女達は有事の際のバックアップであり、撤収するということは仲間を見捨てるということだ。

 しかし、守りに徹したところで自分達は二人だけ。弾薬とて無限には存在しない。

 全面対決しないで済むよう防衛的な思考となるのは、誰にも否めなかっただろう。

 結果、期せずして全勢力が消極策を――撃たれない位置取りを優先した。

 それは現代戦の鉄則――あらゆる攻撃が必殺な闘争におけるセオリーで、頻繁に膠着状態が生まれる理由でもある。

 が、その選択によって、さらに厄介な状況へと陥ってしまう。

 誰一人として気付けなかったのだ。

 自分達の足元が――地面が、いつのまにか霧で覆い隠されていたことを。

 そして水位が上がる如く、その厚みが増していっていることをだ。

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