終戦直後、経営苦難な母校の窮地を救うべく女学生が脱法的に資金繰りをする話――トレジャーハンター三世
curuss
第1話 三人の少女
雛里高等女学校には、小さいけれども立派な礼拝堂が存在する。
が、だからといってミッションスクール――キリスト教主義学校ではなかった。
なのに礼拝堂が存在するのは……おそらく創立者一族の誰かが、女学校には教会が付き物と思い込んだからだろう。
そんな浮ついた形ばかりの施設であったから、戦時中のキリスト教弾圧に抗うすべもなかった。
自然消滅的に聖職者とは疎遠になり、あとは人知れず寂れゆくのみ。
……そうなるはずの運命だった。
しかし、どうしたことか無人であるべき礼拝堂の内陣――常ならば祭壇やら十字架の安置される辺りへ、なぜか二人の女生徒が居座っていた。
深夜のことである。
終戦直後の混乱期とはいえ規律の厳しい全寮制の女学校で、敷地内だろうと外出が許されるはずもない。
もう誰かが居るだけで異常と判断できる。
それだけ特別なシチュエーションだというのに、二人は密会をしている風でもなさそうだった。
なぜなら互いに無関係なことへ没頭している。
まるで長く共同生活でもしているかのような空気感だ。渇いた親密さすら感じさせる。
そんな二人のうち一人は、不敬なことに信者席で仰向けとなって読書に夢中だった。
しかし、それでも最初に目が惹きつけられるのは……その豊満なバストだ。
おそらく彼女は十代も後半へ入ったばかり。この予想は難くもなんともない。
なのに! そうだというのに! もはや勝利が約束されていた! まるで「豊穣とは何か」を体現したかのようだ!
そんな衝撃を受けてから、やっと特徴的な丸眼鏡や三つ編みなどに気付き、最後に「もしかしたら日本人女性としても背が低い方?」と疑問を覚えさせられる。
……どうしてなのか謎だ。不思議で仕方がない。
また服装は戦前や戦中に独特の――戦後の高度成長期とは違う、なんとも言いようのない特徴的な
興奮したのか軽くパタパタと足を動かす様は「ふふ、これが萌えってやつか」と見る者に思わさせたかもしれないし……「な、なんだ!? 尋常なく
そして軽く捲れ上がってしまったスカートは――そこから生える黒の綿タイツに覆われた足は、煽情的でありつつも美しく――
太腿の辺りへ括り付けられたレッグホルスターと中身に、ギョッとさせられる!
すでに撃鉄は引き起こされており、ちょっとした間違いで落ちかねなかった。
なのに再び悶えるように、右へ左へくねられては……全く違う意味でハラハラすること請け合いだ。
そして「あわや暴発!」な瞬間!
ホルスターごと毟り取るようにして手近のテーブルへと投げ置かれる。
……おそらく危ないと思ったのではなく、単に邪魔臭く感じたからだろう。賭けてもいい。
乱雑にリボルバーが投げ置かれたテーブルへは、一人の美少女が着席していた。
……少女ではない。正真正銘の美少女が、だ。
真っ白な和紙へ、墨痕だけで描かれたような――そんな黒髪ロングの正統派大和撫子だ。
可愛らしいでもなく、愛らしいでもなく、ただ美しいとしか形容できなくて……なぜか儚く悲しいとも――長らく現世へは留まれないだろうとも確信させる。
そんな完全無欠の美少女が――
台無しとなっていた。
右手と左手に一つずつ握り飯を持ち、いまも熱心に咀嚼中な頬はパンパンで……まるでハムスターだ。
盛大に顔へ張り付けた飯粒は、微笑ましいを通り越して頭痛すら起こさせる。
止めとばかりに決定的なのが、大皿へ山となっている握り飯だ。……全部食べるつもりなのだろうか?
もう嬉しくて堪らなさそうなのが唯一の救いかもしれない。実年齢より大人に見られがちな彼女も、そうしていれば年相応だ。
しかし、不安定なオイルランプからの陰影も深く、まるで『妖怪・大食い娘』などと思えて怖い。……完全に美少女
ちなみに二人がオイルランプを使っているのは、礼拝堂の電灯に難があるからではない。
天井から裸電球は提げられているし、その電線なども生きている。設備に問題はなかった。
偶々、この夜が停電日に当たっていたのである。
終戦直後から配電は再開されたけれども、当然に燃料は足りなかった。……負ける前から足りなかったのに、負けたからって改善される訳がない。
よって計画停電が当たり前で、週に一度は停電日などとしていた。
この時代、何も考えず気楽に電気が使えたのはアメリカ本土だけであろう。
静寂を破るように扉が開かれ、束の間、ランプの炎は踊った。
「お待たせー! ごめんねー、なかなか離してくれなくて――って、ボクが最後じゃないの?」
まだ日本人女性では珍しいベリーショートに切り揃えていたが、それよりも先に髪色へ首を捻られそうだ。
黒は黒でもブルーブラックで、しかし、どこが違うのだと言われたら黒でしかありえない。なんというか不思議な髪の色だ。
そして同じようにセーラー服姿なものの、どことなく活発というか溌溂というか……彼女が内に秘めたエネルギーとでもいうべき何かを感じさせる。
余談だが『ボクっ
つまり、終戦直後に一人称が「ボク」の女学生がいようと奇妙とはいえなかった。よって特殊な性的指向を暗喩しない。……必ずは。
「あー! もう、
いいながら美少女の顔へ張り付いたご飯粒をとってやり……もったいないとばかりに口へ運ぶ。
しかし、なぜか世話をされる方は不満顔だ。急いで口の中の分を飲み込むと――
「それは後で食べるから盗ったらダメであります!」
予想の斜め下な不平を口にする。
「や、止めて! ボクの前で
「
それに
よって第一印象で
会話へ入ることにしたのか、読書に夢中だった娘も本を閉じる。ちなみにタイトルは『車輪の下』だ。
……うん?
そのまま持ち込んでいたらしい他の本へと重ねる。そちらの題名は『ヴェニスに死す』だが――
…………ちょっと読書傾向が偏ってませんかねぇ? なんというか………………
「
「ご、ごめんなさいなのであります。少し言い過ぎたのであります」
多少は悪いと思ったのか、渋々ながらも
「ほら、
いいながら娘は紙袋を
「さっすが
「
急かされて娘――
「やった! 手塚
まるでクリスマスプレゼントを貰ったかのような喜びようだが、それには切ない理由がある。
この時代――明けて一九四九年の初春、まだ終戦して四年目の日本では、本が異常なまでにレアだった。
いかなる本、雑誌であろうと発行部数は一万部もあれば御の字。どころか千部程度の場合すらあって、余程のことがなければ増刷なんてしない。
これが何を引き起こすかというと、空前の品薄だ!
どれくらい酷かったかといえば――
「その日に買った本を、読んでから古本屋へ売りに行っても、差額で儲かる」
ほどだったという。
これはジャンルを問わなかったらしく、本屋に新刊入荷の幟が立てられたら、内容を聞く前に並んだ……らしい。
(※作者注 一応、当時を生きた人の証言がソースです)
そして山奥で寄宿舎生活な
必然、入手経路は古本屋となり、足で探すしかなくなる。これも現代と大きく違う事情だろう。
「
などと誰に言うともなく手帳を調べながら
手の平を上に二人へ、独特な指の動きさせながら差し出す。
「念の為に言っとくけど、ドルしか受け取らないからね?」
昨年の夏に一ドル五〇円から二七〇円へ暴落したばかりだ。新札へ切り替えられたといっても、円の信用は限りなくゼロに近い。
どころか戦後しばらく全世界の通貨は「いくらあればドルと交換できるか?」で価値が決められた。ようするに「ドルだけがお金」に近い。
そう考えると
「って! 御釣りは円なの!? ひどくない!?」
「嗚呼! ドサクサに紛れて旧円はダメであります! そんなの鼻紙にもならないであります!」
学生のやり取りにしては、やや高額な支払いをしてると――
四人目の人物が礼拝堂へとやってきた。
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