出会い 1


 女の子が女の子にサービスをするお店に務めて半年が経つ。

 アユムと出会ったのはちょうどその頃だった。

「今日のお客さんは国木田アユムさん……ですね」

 私は事務所からお客さんの名前と住所を聞いて、早速、現場へと向かった。

 丘陵の中腹に建つマンションは少し昔のワンルームで、麓から伸びる一車線の細い坂道に面している。 

 慣れない道だから迷わないか緊張してたけどなんとかたどり着いた。

 えーと。マンションはシエスタデルマミアーナ……? なんか変な名前。

 そこの201……201と。

 ここだ。

 私は一呼吸し、チャイムを鳴らした。

「すみません。国木田さんのお宅でしょうか?」

「はい」

 玄関から出てきたのは黒髪セミロングで銀縁フレーム眼鏡で灰色のスウェットというどこぞの文学少女のような女性だった。

「私、カナエって言います。よろしくお願いします!」

 私は元気よく挨拶をした。カナエというのはもちろん、お店で用意した源氏名だ。

 私の本名は金田留梨子。一ミリもあっていないのである。

「国木田アユムです。よろしくお願いします」

 国木田さんの部屋は引っ越す直前のアパートのように何もなかった。

 いや、厳密にはテーブル、ベッドしかないが正しいだろう。

 しかし、20代の女性が住む部屋にしては何もなさすぎる。

 実際、引っ越してきたばかりなのかもしれない。

「アタシの部屋、何も無いですよね」

 心を読まれたのか国木田さんが答えてくれた。

「素敵なお部屋だと思いますよ」

 私は国木田さんを傷つけないように言葉を選んで告げた。

 お部屋はさておき、本題に入りますか。

「それでは国木田さん。一緒にシャワー浴びましょう」

「え!?」

 驚く国木田さんに私は笑顔で答えた。

「スキンシップからのスタートです」

「わ、わかりました」

 ふーむ。ホテルとかだと別に気にしないけど、人の家のシャワー使うの毎度のことながらドキドキする。

「シャンプー、ボディーソープはお店の使いますので安心してください」

「はい……」

 さすがに国木田さんも緊張しているのか声がどことなく震えてる。

 初めて会う人とシャワーだもんね。

 でも、その後にやることのほうが恥ずかしいからね。

 時間制限もあることだし、私も緊張がバレないようにと手際よく、服を脱いでいく。

 国木田さんも私に合わせて服を脱ぐ。 

「国木田さんは初めてウチのサービスをご利用ですか?」

「はい……」

 国木田さん細いな。抱きしめたら、折れてしまいそうなくらい。

 私はスキンシップがてら抱き着いた。

「……!?」

「国木田さん、細いですね」

「はい……」

「キス……しますね」

「はい……んっ」

 甘い味がする。歯磨き粉かな。それとも、何か食べてたのかな。

 一分ぐらいキスしてたんじゃないかってくらい、お互いを求め合った。

 国木田さん、今日が初めてじゃないのかな?

「キス、上手いですね」

「いつも書いてるから……かな」

「かいてる?」

「なんでもない……です」

 かいてる? 描いてる? 書いてる?

 ひょっとして国木田さん、なんかクリエイターさんなのかな。

 そんなことを考えながら、いよいよ、ベッドへ。

「国木田さん、今回のご利用は初めてですよね?」

「はい……」 

「力を抜いて下さい」

「ん……」

 私たちはベッドの上でまたキスをした。

 細い彼女の身体は子供のように軽い。

 繊細なガラス細工を扱うように。

 生まれたばかりの赤ん坊を抱きしめるように。

 私は彼女に愛を注いでいく。

 私の愛にこたえるかのように、国木田さんは私に身体を捧げてくれた。

「カナエさん……!」

 この仕事をしていて辛いのは相手を好きになってしまいそうになることだ。

 二度と会わない人とするセックスは私にとってどんな恋愛よりも快楽だった。

 リピーターさんがいれば話は別だけど、この仕事は思ったより、利用者が少なく、私が今いるお店もいつなくなるかわからない経済状況だ。

 だから、恋人以上の愛を注ぐ。

 二度と忘れない恋を体験する。

  

 ピピピピ! とタイマーが鳴り出す。

 まるで、シンデレラの魔法がとけるかのように。

 私たちの恋の時間は終わった。

「ま、待って! 行かないで!」

「時間ですから……」

「じゃあ、30分延長する!」

「わかりました」

 私は時間延長することを携帯で事務所に報告した。

「延長していただきありがとうございます」

「カナエさん……お客さんと恋したことある?」

「毎回恋していますよ」

「そ、そうじゃなくて……」

「お店のルールでお客さまとの恋愛は禁止なんですよ」

「そ、そうなんだ」

「でも、また指名してくださるなら私は考えますけどね」

「アタシ、カナエさんのことを本当に好きになっちゃったみたいで」

 他のお客さんにも言われたことある言葉だ。

 結局、その人は私を再度指名することはなかった。

 今回もきっとそうだろう。

「また、指名してくだされば考えますよ」

 私は同じ言葉を繰り返した。

「また、指名すれば考えてくれるのね?」

「ええ」

「わかった。また、指名する」

「ありがとうございます。お時間も勿体ないですし、イチャイチャしましょうか」

「は、はい……!」

 

 ピピピピ! とまたタイマーが鳴った。

 一夜の恋は今度こそ終了を迎えた。

「それでは国木田さん。ご指名お待ちしてますね」

「はい!」

「それではありがとうございました」

 最後に私は国木田さんにお別れのキスをした。

 ――このキスが最後になるかどうかは国木田さん次第……。

 私は心の中でそう呟いた。























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