第55話 デート

この時間の電車は空いていて、二人並んで座ることが出来た。

佐倉は何故か黙っていた。

家とは反対方向に進む電車の、いつもとは違う風景を見つめながら、時おり足元に視線を落としたりした。

「ごめんなさい」

てっきり、無理矢理連れ出したことを怒っているかと思っていたのに、佐倉は謝った。

「何が?」

「私の元気が無いせいで、あなたにこんな無茶をさせて」

「初デートだぞ?」

「え?」

「更に学校を、抜け出した上でだ」

「え、ええ。だから」

「ワクワクドキドキしないわけがない」

「……うん、そうね」

佐倉は笑ったけど、まだどこか申し訳なさそうに顔を伏せた。

まいったなぁ……単純に喜んでくれると思っていたけど、考えが甘かっただろうか。

かといって、事前に佐倉に話していたら、きっと反対されていただろうし。

「ふふっ」

「?」

どういうわけか、佐倉は俯いたまま、笑いを堪えるように肩を震わせていた。

「美由紀?」

佐倉がやっと顔を上げる。

今度は、ちゃんとした笑顔だ。

「あなたって無茶苦茶。こんな強引な人とは思わなかったわ」

「ごめん」

「責めてるわけじゃないわよ……ばか」

そう言って、俺の肩に頭突きをして、そのまま頭を乗せた。

心地よい重みが、右肩から広がって心に満ちる。

誰かが自分に寄り掛かってくれるということは、とても素敵なことだった。


海辺に近い駅で降りる。

海辺と言っても港湾地帯だから、砂浜や磯があるわけじゃないけど、公園や水族館などがある。

日常から抜け出せて、デートらしいことが出来るならどこでも良かったし、たぶん佐倉も同じだろう。

今日が平日ということもあり、思った通り水族館は混んではいなかった。

比較的カップルが多くて、薄暗い館内は身を寄せ合うのに都合がいいようで、あちこちで二つの影が重なっていた。

俺には真似出来なかったけれど、手は繋いだ。

水槽の前で青っぽい光に照らされる佐倉は綺麗で、俺は魚よりも佐倉を見ている時間の方が長いような気がした。

寒色系の色が、佐倉にはよく似合うみたいだ。

「あの魚、あなたに似ているわ」

ブサカワイイ魚を指さす。

「飼いたいな……」

割としみじみ言うのが可笑しかった。

佐倉はヒトデや甲殻類の方にも興味があるようで、小さく地味な水槽にも目を向けた。

「カワテブクロというヒトデを検索してはいけない」

俺が言うと、当然のように佐倉は検索を始めた。

「これの何がいけないの?」

佐倉は純真無垢だった。

カワテブクロが俺のMAX君と似ていると気付く日は来るのだろうか。


一通り見て回った後、お土産コーナーに立ち寄る。

「さっきの魚の縫いぐるみとかあるかなぁ」

意外と可愛らしいものが好きなのか、いつもより柔らかい口調で佐倉は言った。

あんな不細工な魚の縫いぐるみなんか有るわけ無いと思っていたが、手のひらサイズのそれがあった。

まあこのサイズなら、ブサカワイイのカワイイの方が強調されてるようで許せる気はする。

「美由紀、ほら」

俺は勝手にレジを済ませ、佐倉に手渡した。

返ってくる満面の笑み。

「誠君よりカワイイ!」

「うっせーよ!」

「これを誠君だと思って虐待するね」

「大事にしろよ!」

意外と、何と言うか、ちゃんとカップルみたいに過ごせていた。


隣接するショッピングモールで昼食を摂る。

学校で食べているお弁当もそうだったけど、佐倉は少食だ。

「もっと食べないと大きくならないぞ」

「どこのこと?」

眉を吊り上げる。

佐倉は、べつに身長の低い方では無かった。

勝手に胸のことだと解釈するあたり、それなりに気にしているのかも知れない。


食後は海辺を歩いた。

コンクリートで護岸された海ではあるけれど、岸壁に停泊していた豪華客船を眺めたり、あまり綺麗とは言えない港の水に、魚の姿を見つけたりするのは楽しかった。

波は無く、潮の香りもほとんどしないのに、海縁を二人で歩いているだけで自然と口許が綻んだ。

歩幅は一緒。

いつの間にか俺には、佐倉の歩幅が身に付いている。

日が傾いてきたので、二人の影が二人の前を歩いていた。

手を繋いでいるそれは、仲睦まじくて微笑ましい。

初々しくもあるけど、もう少しくっついてもいいんじゃないか、なんて思っていたら、隣の影がそっと寄り添ってきて、重なった。

「ありがと」

俺の肩に隠れるように、佐倉はそう言った。

俺は気の利いた返事が出来なかったけれど、繋いだ手に力を込める。

「あれに乗ろうか」

大きな観覧車が、空に円を描いている。

「乗りたい」

佐倉の、ほんのたまにしか見せない子供っぽさが顔を覗かせる。

扉が閉まれば、二人きりの空間。

俺と佐倉は、高みへと運ばれながら、最初ははしゃいで、やがて何やらロマンチックな雰囲気になって、最後はお互い照れてしまった。

ずっと回り続けても、ずっと飽きることが無さそうで、二人は顔を見合わせて、少し困ったように笑った。

そろそろ、帰る時間だ。




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