第38話 サクラの花咲く

結局のところ、佐倉は俺に「好き」だと言ってもらいたかったのだ。

付き合いたいけど家は厳しいし、何より相手が自分を好きでは無さそうだ(実際、俺は佐倉に手紙をもらうまで、ほとんどその存在を意識してなかったし)。

何となくで付き合ってもらったとしても、門限の厳しさや、休日すらあまり自由に遊べない自分と上手く行くとは思えなかったようで、しかもコミュニケーション能力には自信が無い。

だけど、うかうかしてると好きな人に彼女が出来てしまうかも知れない。

それで思い付いたのが、「彼女作るの禁止」だそうな(ちょっと頭オカシイ)。

だから、俺が受け身の姿勢、中途半端な気持ちであるなら、自分とは長く付き合ってもらえないだろうけれど、もし、こんな自分を好きになってくれたなら、ちゃんと付き合っていけるのではないかと思ったらしい。

不器用に、時に罵倒してしまったり、時に高飛車な態度をとってしまったりしつつ、好きになってくれることを、ただひたすら待っていたというのだから、俺としてはまあ、佐倉の術中に嵌まったようでもあるけれど、そこが佐倉の魅力なのだとも思っている。

だから俺に彼女が出来ないのはブサメンのせい、というわけでは無かったことになる。

でも、俺は前向きであろうとしてはいたけれど、特に恋愛に関しては、積極的にはなれずにいた。

卑屈にもなっていたし、自信の無さは恋愛への大きな妨げになっていたと思う。

俺が佐倉に好きと言えたのは、ブサメンとかそんなの関係無いくらいに佐倉を好きになったからだし、それが結果的に彼女が出来ることへと繋がった。

だから俺に彼女が出来なかったのは、ブサメンのせいでは無いと言えるし、ブサメンのせいだった、とも言える。


俺と佐倉が付き合いだしたことは、すぐに学校中に広まった。

こちらから公言しても信じてもらえそうにない組み合わせなのに、何故みんなの知るところになったのかと言えば、佐倉のイチャつきっぷりが半端じゃ無かったからだ。

まず俺を「誠君」と呼ぶ。

いや、正確に言うならば、「誠くーん」だ。

あの佐倉が、である。

実際、一部の男子からは「あんなの佐倉さんじゃない!」という悲鳴が聞かれた。

佐倉の隠れファンは多かったようで、彼らの俺に対する評価は大きく二つに別れた。

弱味でも握ったゲスの極みのドクズ、という評価と、最底辺のブサメンが美女を射止めたという、一種のヒーローのような扱い。

幸い、俺をこき下ろすのは俺のことを知らないヤツがほとんどのようで、俺の周りにいるヤツは、概ね祝ってくれている雰囲気だ。

で、誠くーんと呼ばれるのもそうだが、もう一つ目立つ行動が毎日ある。

今日もその時間が近付いてきた。

「そろそろだね」

美旗が教室の時計に目をやってから、俺に笑いかける。

一時間目が始まる少し前、クラスメートの大半が、ほぼ教室に揃っている時間だ。

佐倉が席を立ち、こちらに向かってトコトコ歩いてくる。

あ、始まった、という感じでみんなの視線が集まる。

佐倉は俺の前に立つと、黙って左手を差し出した。

俺も黙ったまま、佐倉の左手の薬指に絆創膏を巻く。

もちろん傷痕すらない綺麗な手だ。

俺はお姫様にひざまずいて、甲斐甲斐しく手を取っている気分になる。

これはあの日の再現であり、一種の儀式のようなものでもある。

当初は話題になって、余所のクラスから見に来るヤツもいたが、最近は落ち着いてきた。

とは言ってもクラスメート達は、毎朝自分の教室で行われるこの儀式に、慣れはしたものの、ついつい見てしまうようだ。

絆創膏を貼り終えると、佐倉はまるで、そこに指輪があるかのように、少し手を掲げ、指を伸ばして満足げに見入る。

「ありがと」

必ずその一言を言ってから、佐倉はまたトコトコと歩いて自分の席に戻る。

席に戻ってからの佐倉は、しばらく左手の薬指を眺めながら、「エヘヘ」という顔をしている。

はっきり言って可愛い。

俺の彼女は可愛いぞぉー! と叫びたくなる。

が、少しヤンデレ気質が見え隠れしているような気がしないでもない。

そんなことを考えながら佐倉を見ていると、佐倉と、いや、俺の彼女と目が合った。

俺の彼女は照れ臭そうにはにかんでから、まるで世界一幸せと言いたげに──咲いたばかりの花みたいな笑顔を浮かべた。


今後、俺に彼女が出来ないのは、俺が佐倉と添い遂げるからである。

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