第5話 妹

「ただいまー」

「あ、お兄ちゃんお帰りー、ってキモっ!」

玄関入って即座に罵倒。

妹のお出迎えは辛辣だった。

「帰るなりキモって、あんまりじゃない?」

「だって、なんか顔がニヤけててヤバかったから」

「そっかー、ニヤけてたかー、そりゃヤバいよなぁ」

いかんいかん、学園トップの女子に好かれてるのかと思ったら、ついつい無意識に顔がニヤけてしまっていたようだ。

「うん、ヤバいよ。ていうか、学校でそんな顔、絶対しないでよね。こないだも友達に、明梨ちゃんのお兄さんってヤバくない? とか言われちゃって、チョー恥ずかしかったんだからね」

ニヤけるほどの出来事と相反して、それを真っ向から叩き落してくる事実も思い出す。

好きだけど付き合いたくないほどのブサメンって何?

そこに更に追い討ちをかけてくるような妹の発言。

平凡な顔の両親、何故か可愛く生まれた妹の明梨、ブサメンの俺。

おかしくない? いや、遺伝子の組み合わせによる、幾千もの複雑に絡み合う可能性から紡ぎ出された生命の神秘! なんていらねーよ!

単純でいいんだよ単純で! 平凡×平凡=平凡でいいんだよ!

それはともかく、勝ち組の妹の発言は腹に据えかねるものがあった。

「ちなみに、その子は俺の顔のことをヤバいって言ってたのか?」

好き勝手言いやがって、お前も身内なら少しはフォローしろってんだよ。

「その時は顔じゃなくて、なんか一人でトイレ掃除とかしててヤバい、みたいな感じかな?」

「それの何がヤバいんだ?」

あ、これダメなやつだ。

ちょっと叱ってやるつもりだったのに、何か抑えられないものが込み上げてきた。

「え? お兄ちゃん?」

俺の変化を敏感に察知する明梨。

でももう止まれない。

「人の役に立つことをして何がヤバいんだよ! 言ってみろ!」

掃除をしたり、何かを手伝ったりすることは、もはや俺のアイデンティティみたいなものだ。

それすら否定されたら俺は──

「ちょ、怒らないでよ、私が言ったわけじゃないんだから」

それすら恥ずかしい行為だと言われたら俺は──

「お前は恥ずかしいと言っただろうが! 恥ずかしいと感じるお前の心が恥ずかしいわっ!」

「何よそれ! だいたい人望が無いから一人で掃除する羽目になるんじゃないの! それって恥ずかしいことじゃん!」

「くっ!」

俺は言い返せなかった。

「ちょ、お兄ちゃん」

さすがに言い過ぎたと思ったのか、明梨は窺うように俺を見た。

コイツだって、きっと俺のせいで色々苦労してんだよな……。

「そうだな、すまん。学校では気を付けるよ」

「お兄ちゃん……」

俺はその晩、メシも食わずに部屋に閉じこもるという情けない状態に陥ってしまった。

いや、昔はよくあったんだけど、最近はそんなことも無くなっていたのになぁ。

俺は「ぼっち」ではないと思っているけど、実際のところ、学校外で会う約束をして一緒に遊んだり、毎日のようにメールのやり取りをするヤツなんていない。

皆と普通に挨拶はするし、会話もそれなりにしてはいるけど、明梨の言うように、一人で掃除をしている俺の立ち位置なんて、少し恥ずかしいものなのかも知れない。

……でもまあ、明日には前向きになってやるさ。

佐倉だって、顔はともかく、そんな俺を評価してくれたんだ。

プラスもマイナスも人それぞれ。

だから自分が描くプラスを積み上げていくだけだ。


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