第6話

 セイカの姿がない。


 今は傭兵団としての任務中ではあるが、特に作戦時間中というわけでもない。ある程度自由に過ごしていて問題ないときではあるが、行方が知れないというのは流石にまずい。

 最後に彼女の姿を見たのは、共に買い物から帰り、荷物の纏めと片付けまでを一緒に行ったヨルだ。

 自分の装備の点検・整備を始めたセイカを残しヨルが一階に降りてきて、ジンゴと共に外へ出たのが三時間程前。その間、クミは一階で事務仕事をしており、時折休憩は挟んだものの、セイカの姿は見ていない。

 建物自体は簡素な作りをしており、中にいる人間を探して見失うような広さでもない。


「とりあえず、部屋を見てみましょう」

 ぞろぞろと連れ立って何人かの人間がセイカを最後に見た部屋に向かう。

 六畳ほどの広さの部屋には、彼女の身に着けていた防具といくつかの装備品だけが、綺麗に並べられて置いてあった。

 窓は開け放たれており、冷えた風が吹き込んでいる。


「あいつ、どこ行きやがったんだ?」

 チカラが呆れたようにそう言った。

 内部を検めようとヨルが室内に入り、ジンゴがそれに続く。

 背後からついてきたジンゴに気付いたヨルが振り返り、見下ろす形のジンゴと一睨みしあったが、それ以上は何も言わずにそれぞれが別の場所をはじめた。

 特に何の痕跡もないように思われたが、開け放たれた窓枠に手を遣ったジンゴが、それ・・に気づいた。


「誰かが、ここに足をかけたようだ」

「え?」

「桟の砂埃のかかりかたにムラがある」

「ああ、確かに……」

 背伸びしてそれを覗き込んだヨルが頷く。


 それを聞いたクミ――部屋の外から中を伺っていた――が、声を震わせた。


「ま、まさか……」

「うん?」

「セイカちゃん、誰かに連れ去られてしまったんじゃ――」

「「「それはない」」」

「えええ……」


 怯えながら発されたその問いは、『酒樽』の面々に即座に否定された。

「クミちゃん。あいつがそんじょそこらの野郎に大人しく連れ去られるわけがねえだろ」

「争った様子もねえしな」

「でも、……その、黒魔法か何か使われてたら……」

「いや」

 その言葉を、今度はジンゴが否定する。

「この部屋で魔法が使われた形跡はない。少なくとも半日以内にはな」

「じゃあ、一体……」


 ジンゴは戸惑う様子のクミを無視し、窓ガラスを指でなぞった。

「外側に四つの指紋が着いている。これは、内側からガラスを掴んだときの手形だ」

「ここから外に降りたってことか?」

「可能性はある。だが、ここから見る限り下に降りた様子はないな」

 隣の建物との間に空いた僅かな隙間には、雑草の生いるに任され、放置されている。ここを何の踏み痕も残さずに歩くことは出来そうになかった。

 つまり――。


「上に昇った?」

「うむ。争った痕跡も、魔法や薬品が使われた形跡もない。内側から外に出て、尚且つ下に降りてないとなれば、そう考えるしかあるまい。理由は分からんが、いくら荒唐無稽に思えようと帰納的に考えるならば――」

「ありうるな」「ありえますね」「別におかしかねえな」

「えええ……」

 今度は異口同音にその可能性を肯定した『酒樽』の面々に、それを聞いていたクミが何とも言えない表情を作る。


「……念のため聞いておくが、お前たちがいなくなったと騒いでいるのは人間の女か? それとも山猿か何かか?」

 ジンゴが憮然とした表情で問うた。

「ちょっと機動力の高い猪だよ」

「セイカさん、多分、瞑想する場所が欲しかったんだと思います。防具はあるのに刀がないってことは」

「何だその生き物は……」

「ちょっと見てきます」

「ヨ、ヨル君!?」


 窓枠に手をかけたヨルに、クミが慌てて声をかける。ヨルは振り返って微笑むと、その小柄な体を器用に操り、するすると外に出て外壁をじ登っていった。

 最初心配そうに見守っていたクミの顔が呆気に取られていき、やがてヨルの姿が見えなくなって、待つこと数分。

 再びするすると、ヨルが降りてきた。


「何かわかったか?」

 問いかけるチカラに、ヨルはぱたぱたと服の端を叩いて答えた。

「取り合えず、セイカさんが屋上……って言っていいのか分からないですけど、上に昇ったのは確かですね」

「何か痕跡が?」

「いえ、匂いが」

「匂い?」

「ええ。屋根の上の一ヶ所にセイカさんの汗の匂いが染みついてました」


「え…………?」

 それを聞いたクミが、旅路の上にここ数日水浴びも出来ていなかった身をこっそりと引いた。

 それに気づいたものもいたが、何も言わずにヨルに続きを促した。


「多分、そこで瞑想してたんだと思います。そこから、匂いの跡が続いて南西側の縁にまた少し溜まってました」

「そりゃあ、つまり……」

「ふむ。その方角に何かを見つけ、そのまま追ったと見るのが妥当だろうな」

 言葉の後を継いで推理したジンゴを、ヨルがじとりと睨め上げる。


「何か、ねえ……」

 それを聞いた『酒樽』の面々が、めいめい考え込んだ。

「串焼きの屋台か」

「甘味の屋台か」

「はたまた思いも寄らぬ食い物屋を見つけたか……」

「いや、あの、皆さん?」

 真剣な顔で悩み出した男たちに、クミがどう反応すればいいものか分からず困惑する。


「若しくは、昼間に逃した賊の残党でも見つけたか、ですね」


 ぽつりとそう零したヨルを、ジンゴが何かを考え込むように見下ろしていた。


 ……。

 …………。


「早すぎる」

「些か侮っておりましたかな。ふざけた名前の連中だと思えば、なかなかどうして……」

「破落戸程度では話にならんか。またどこぞで拾ってこなければな」

「あまりひと所から捕ると目をつけられますぞ。ひと時に比ぶれば、数も減ってきましたからな」

「ふん。平和とやらも善し悪しだな」

「全くですな。私のような身の上では、生計たつきを立てるのも一苦労で」


「それで、魔石は集まったか?」

「概ねは。ただ、最後に回収するはずだった個体を、その前に殺されてしまいましてな。なに、予定よりは四五日遅れそうですが、先方もそこまで無茶も言いますまい」

「役に立たん溝鼠共だ」

「まあ、最後は有効活用させて貰いました」

「そうか。で、鼠を餌に釣り上げた猪で、何をするつもりだ。あの忌々しい組合とやらに目をつけられるのは御免だぞ?」


「さあて。まあ、いくつか考えていることもありまするが……」

「足は残しておらんだろうな」

「そこは抜かりなく。たとえ帝国騎士だろうと、この場に辿り着くことは不可能でありましょう」

「お前の黒魔法の腕は信用しておる」

「これは多分なお言葉を。して、私の用を済ます前に、お楽しみ頂くこともできますが……」

「俺の好みには合わぬ」

「それは失礼をば」

「もうよい。下がれ」

「では、御免下さいませ」


 ……。

 …………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る