第5話西嶋と隼
“お前さえいなければ”
西嶋がこの世で1番愛してやまないもの。それは、走ること以外ない。
幼いころから、体を動かすことが大好きだった。と言うより、落ち着きがなかった。家の中でも常に走り回り、器用に段差を飛び越え、同居する祖父母のために付けられたスロープにぶらさがって遊んでいた。
そんな我が子に両親は色々なスポーツをさせた。野球に始まり、バスケ、サッカー、バレー。体が柔らかいことも長所とし、フィギュアスケートなんかもさせた。でも、結局本人が最後に選んだのは陸上だった。
西嶋は陸上の「ただ走る」というシンプルなプレイスタイルをいたく気に入っている。走っている時間は他を一切除外し、自分自身と戦っている。それが何より自分の成長を確信できた。その点、チームプレイをとことん嫌っている。駅伝などもってのほかだ。だから、陸上が好きでも、部活動に属したことは無い。
放課後。
定期外の240円分を払って、西嶋は隣町の公園の周りを走ることを日課としている。地元の走れそうな道は、同じ高校の陸上部と鉢合わせする可能性があるからだ。
「はぁ……はぁ……」
今日のノルマ分を走って、呼吸を整えるまで、ゆっくりと公園内を歩いた。
公園には子供が無邪気に遊んでいる。はしゃぎ声なんかも聞こえて、大盛況だ。
西嶋は子供の声が好きだった。あのエネルギッシュな声は、西嶋を元気にさせる。
そんな声に耳を傾けならが、いい気分で歩いていると、低い声が後ろから西嶋を呼んだ。
「西嶋、またここで走ってたのか」
「…………」
「おい、無視するな」
「…………」
「おい!」
そいつは後ろから西嶋の肩を思いっきり掴み、無理やり自分の方に向かせた。
「西嶋、お前はそんなに俺の事が嫌いなのか?」
「…………話しかけないでくれと思ってる」
「なんでだよ!!!」
そいつは西嶋の両肩をしっかり掴み、前後に揺らす。西嶋は整えたばかりの息を乱され、ますます機嫌を悪くした。
そいつの名前は、#隼__はやぶさ__#。西嶋が通う高校の、男子陸上部のエースである。ガタイが良く、低い声と甘いルックスで女子からの人気は絶大である。大抵の男なら欲しいと思うもの全てを兼ね備えた男だ。
だが、西嶋は隼のことをストーカー男としか思っていない。
隼は西嶋がこの公園で走っていることを知るなり、こうして部活の合間に抜け出して、付きまとってくるのである。
理由は簡単。勧誘だ。
「なぁ、もう2週間だ。俺の根性に懲りて入部を決めてくれないか?」
両の手をあわせ、小首を傾げる姿を、女子は可愛いと言うが、西嶋は目の前の大男を可愛いとは思えなかった。
「嫌に決まってるだろ。そもそも、俺が入ったところでお前は後悔するぞ。俺はお前の顔に泥を塗ることになる」
「お前がチームプレイを嫌いなのは知ってるさ。それでも、入って欲しいんだよ」
「知ってるならなんのために俺を入部させるんだよ。個人種目で学校の実績を積ませるためか?なんなら、お断りだ。俺は、勝ち負けに興味無いし、学校のためにとか思うほど、学校が好きじゃない」
ぷいっとそっぽを向く西嶋に、隼は頭をかいた。
「んー…………お前からしたら、俺の誘い方はそういう風に見えるのかなー?俺はさ、ただお前に可能性を捨てて欲しくないんだ」
その言葉に、西嶋は怪訝そうに隼を見た。
「可能性?」
「あぁ。お前はすごく足が早い。陸上部で活躍すれば、有名な大学からスポーツ推薦が来るだろう。それでお前は大学に入り、ゆくゆくは日本陸上の選手になる!そして、俺もなる!」
終わりの方は、興奮気味に大きな声で言い切った。
西嶋は怒りを通りこして、呆れていた。この男は、優しさはただのお節介だ。
「お前、他人の将来にまで踏み込んでくんなよ」
「じゃあ、西嶋は何かやりたいことあんなかよー」
西嶋は少し考えた。将来のことを考えたわけではない。将来のことを隼に話すかを考えた。その間、じっと隼から熱い視線を送られている。結局、この男を攻略する(引き離す)には、はっきり言うしかないようだ。
「俺は…………子供の世話がしたい」
「西嶋!お前、専業主夫になりたいのか!」
「バカか!!保育士だよ!!」
隼に対抗するように、大きな声を出した。その瞬間、2人は公園内の視線を集めた。
大声を出した自覚があった西嶋は、この場か一刻も早く去りたかった。
「わかっただろ。俺は将来やりたいことがある。陸上部に入らない理由もある。お前はもう、俺に付きまとう意味は無い。さっさと戻って、自分のための練習をしろ」
そのまま踵踵を返し、その場をあとにしようとした。が、隼が力強く西嶋の腕を掴んだ。
「なんで保育士になりたい?なんでだ?陸上選手より、保育士になりたい理由はなんだ?」
「…………お前もいい加減しつこいぞ!なんでそこまでお前に話す必要がある。友達でもないくせに!!」
だんだん握る力は強くなる。痛い、と振り払おうとした時、スっと隼は力を抜いた。
その抜けた力は、今度は目に込められていた。
「西嶋、今から俺と勝負しろ」
西嶋は緩く掴まれた腕を勢いよく振り払い、そのまま睨みつけた。
「お前、俺をどれだけ不機嫌にさせれば気が済むんだ!!」
「別に俺は、お前を不機嫌にさせたいわけじゃない。ただ、俺も2週間お前を説得し続けた意地がある。今日、お前の話を聞いて、部活に誘うのはもうやめることにした。でも、なら1度でいいからお前と勝負がしたい」
そう言う隼の目は真剣そのものだった。
「…………本当に、もう勧誘はしてこないのか?」
「あぁ、男に二言は無い」
その言葉を聞いて、西嶋は空を仰いだ。そのまま大きく息を吐き、ゆっくりに新しい空気を吸い込んだ。
「わかった。最初で最後だ」
「じゃあ、もう1回コースの確認だ。お前がいつも走っているコースを3周。それから、公園内の水飲み場に先にタッチした方が勝ち」
「あぁ」
2人は、スタート位置に着いた。
「それじゃ、行くぞ。Ready…………GO!」
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「そういえば西嶋、俺が来る前に走ってたな」
「別に…………お前だって、部活の外周で走ってたんだろ」
お互い条件は同じだった。
その中で結果、隼が勝った。隼は少しバツが悪そうだった。
隼は、西嶋に憧れていた。ただ1人、ストイックに好きなものに向き合う姿を、カッコイイと思っていた。自分自身も日々部活動で頑張っている。だが、当然西嶋が上だと思っていた。当然自分が負けるものだと、実は思っていた。
「おい、何申し訳なさそうな顔してんだよ。お前は俺と勝負がしたかったんだろ」
西嶋は蛇口から出る水で、顔を洗っていた。
平然を装っていたが、内心、西嶋も驚いていた。負けたことにではない。負けたことに対して、自分が動揺していることに、驚いていた。
今まで、勝ち負けに興味がなかったのは本当である。隼と走っても、それは変わらないと思っていた。なのに…………。
「西嶋、ありがとう。俺のわがままに付き合ってくれて。じゃあ、これからもお互い目標に向かって頑張ろうな」
「待て」
西嶋は去ろうとする隼を引き止めた。
「?」
「…………す」
「はぁ?」
「俺は…………選手を目指す」
隼は目を丸くした。そのまま手に持っていたタオルが滑りおちた。
と同時に西嶋の両肩を掴み、前後に激しく揺らす。
「なぜだ!なぜだ、西嶋!お前は保育士になるんじゃないのか!」
「保育士は…………その後にでもなれる。でもな!陸上部には入らねぇからな!大学だって、自分の力で行ってやる!」
その勢いのまま、西嶋は隼を振りほどき、家に向かって走り出した。後ろから、隼が嬉しそうに笑る声が聞こえた。
1人公園に残った隼は、呟いた。
「西嶋、俺はお前が気づいてくれてよかった」
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十数年後
『今日は、○○市の保育園に来ています!なんとここには、元日本陸上のエース西嶋選手が_____』
”お前さえいなければ、なんて思っていた頃が懐かしい。なぁ、親友。”
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