第9話 誰しも持っている物

「ロランドは俺が止める!ルチルはここに居てくれ!」


 シルは冷静にロランドとの距離を測っていた。老人の足なら、まだシルに追いつく勝算があった。


 シルが駆け出しそうになった時、ルチルはシルの腕を必死に掴んだ。


「む、無茶ですシル!その肩の傷をまず治療しないと!」


 そのルチルの頭に手を添え、シルは再び少女を自分の胸に引き寄せた。


「······これが終わったら。お詫びに何でもするから。何か考えておいて」


 シルはルチルに笑顔でそう言い残し、地を蹴り駆け出した。シルの視界の先には、法書が置かれた石台。そして右側にはロランドの姿が映っていた。


 息切れし駆けながら、シルは頭の中で何故かオーネックの著書の一文を思い出していた


『人は誰しも善悪の心を持っている。故に誰しも魔力を宿している』

 

 シルは改めて考えていた。思えばそれはおかしな論法だった。魔力を宿している理由が

、何故善悪の心を持つ事なのか。


 善悪の心など、人間なら誰しも持っている物だとシルは思った。


 ー誰しも持っている物ー


 その瞬間、シルの思考は霧が晴れる様に突然開けた。そしてある考えに辿り着く。


『······そうか。そうなんだ。分かった。分かったぞ!!』


 疑問が解けたシルは、見事ロランドより先に石台の前に到着した。そして腰から愛用の剣を抜き放つ。


「法書は渡さないぞ!ロランド!!」


「ぬううっ!邪魔をするなあ!そこをどけえっ!!」


 法書を目前にしたロランドは、この時明らかに冷静さを欠いていた。手にした杖をシルに向け、一切の手加減無しの風の刃の呪文を唱えてしまった。


 巨大な風の刃が、地面を切り裂きながらシルに襲いかかる。シルの後を追っていたルチルは、全ての魔力を込めシルに攻撃力向上の呪文を唱えた。


『私の中にある全ての魔力よ。シルを守って!』


 ルチルの言葉に呼応するかの様に、シルの刀身が白銀色に輝いた。


『これは魔法?······ルチル?』


 その刀身輝きを見たシルは、何故かそれはルチルの魔法だと感じた。


「うおおおっ!!」


 シルは気合の声と共に、輝く剣を風の刃に向かって振り抜いた。


 山中に爆発音が轟き、粉塵が石台の周囲を覆い尽くした。ロランドは注意深く地面を見ていた。


 自らの唱えた風の刃が、真っ直ぐに地面を削った後が見えた。そして直線上にえぐられた後が、突如二股に別れていた。


 そしてその二股に別れた場所には、剣を持ったシルが立っていた。


「ワ、ワシの風の刃をニつに切り裂いたじゃと?」


 驚愕するロランドに、シルはその剣の鋒を向けた。敗北を悟ったロランドは、力無くその場に腰を降ろした。


「······ロランドさん。貴方はオーネック先生と共に魔法を学んだ方だと聞いています。何故そんな貴方がこんな真似を?」


 シルの問いかけに、ロランドは項垂れたまま力無く答える。


「······その昔。一人の女に想いを打ち明けられなかった臆病な男がいた。その男に残された手段は、女に想いを告げる為に法書の力を借りるしかなかったのじゃ」


 法書を狙うロランドの理由に、シルとルチルは驚いた。だが、ただ一人驚かなかった人物がいた。


「そんな理由でこんな騒動を起こしたのかい

!!この馬鹿男!!」


 耳をつんざくその罵声は、オーネックの口から放たれた。


「馬鹿男とは何じゃこのババァ!!」


 直ぐ様ロランドが怒鳴り返す。七十代半ばの二人の老人が、大口を開き言い争う。その光景に、シルとルチルは呆然としていた。


「······ワシがどれ程の勇気を振り絞ってこの行動に出たか。この鈍感女め」


 このロランドの言葉で、シルとルチルは気付いた。ロランドが誰に想いを告げたかったのか。


 その時、石台に置かれた法書が突然開かれた。法書からは黄金色の色が放たれ、見る者を驚愕させる。


「······石台に一番近いのは坊や。アンタだ。どうやら法書はアンタを選んだ様だ」


 オーネックは小さく笑い。手を振ってシルを促す。


「え、選ばれた?俺が?」


 事態が飲み込めないシルは、輝く法書とオーネックを交互に見る。


「法書はその持ち手を選ぶのさ。師から託された私の前でも法書は自ら開かなかった。坊や。その法書の前で望む事を念じな。大抵の事は思い通りになる筈だ」


 オーネックの説明に、シルは半信半疑と言った表情を見せる。


「早くしな坊や!法書の光が消えたらお終いだよ!!」


 オーネックの怒声に、シルは慌てて石台に向かって歩き出す。そしてシルは立ち止まり

、オーネックに背中を向けたまま口を開く。


「······先生の著書にありました。誰もが持っている物」


 誰しも善悪の心を持っている。それは、人間なら必ず持っている物。


「それは「可能性」人は誰しも可能性を持っている。だから魔力を得る事も可能なんだ」


 当代の大賢者に振り返った若者の顔は、一点の迷いも無い晴れやかな顔をしていた。それを見てオーネックは、両目を閉じ笑った。


「······坊やが法書に選ばれた理由が分かったよ」


 シルは石台の前に立ち、法書を手に持った

。その瞬間、シルの身体全体が黄金色の光に包まれ、その光は空高く伸びていった。


 

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