第14話 ちさと、学校の洗礼を受ける?

 壁ドン。それは男性が女性に対して壁際で愛のやりとりをする際に行うものであるが…。


(今…。私はクラスメイトの同性から…壁ドンされてる。)


 それは中学校編入後、学校内の女子トイレで起こった。



―――きっかけは、ちさとが入学して3日目の事。


「俺と付き合ってくれよ!」

「…ごめんなさい。」


 ちさとは別クラスの同学年男子に、人生で初の告白を受けた。しかし、ちさとの心の中には、既に司と言うと心に決めた人がいるので、断る以外の選択肢は無かった。

 しかし、この男性に想いを巡らせていた女性が、同じクラス内にいたことで、事態は思わぬところへと進んでしまった。


「あんた。同学年でもトップクラスのイケメンを振るなんて、どういう神経してるの?」

「そんな人だったんですか?」


 初日から声を掛けてくれた結愛に、その話をしているところを、聞かれてしまったのだ。


―――そして現在。


「あ…あの、私…何かしました?」

「はぁ?『何かしました?』じゃねぇよ。あんた、隣のクラスにいる男子にコクられたんだって?」


「あ…はぁ…、でも断りましたけど…」

「なんで断ったんだよ!」


「なんで…って…?」

「転校生で美人だからって、余裕あんのか?」


 凄い剣幕で、ちさとを睨んでくる女性の名は、鎌田真美かまだ まみ。セミロングの髪を薄っすらと茶色に染め、ソフトテニス部に所属していたため、肌の色が少し褐色に日焼けした女性だ。


「かまださんだって美人じゃないですか。」

「お世辞はいいんだよ。私は、アイツに一度告ったけど、断られたんだよ。そんなアイツがいきなりやって来た女に告るなんて、しかも断られたって。じゃあ私はなんなんだよ!」


「わ、私はもう、心に決めてる人がいるから。だから断ったの。それの何がいけないの?」

「ざけんなよ。今度はリア充発言か?いい加減にしろよ。」


「リア充がどう言う意味か分からないけど、ふざけてはいません。」

「はぁ?リア充、えっと、リアルが充実してる奴の事だよ。知らないのか?」


「知らないです。」

「…。あぁ。もう、なんか調子狂うな。何なんだ」


 まみは、頭を掻きながら、何かを考えている。


「あの…。」

「なんだよ。」

「その、私が告白された方とは、どんな関係なんですか?」


 ちさとは、恐る恐る聞いてみた。


「っち…幼馴染だよ。」

「おさな…なじみ?」

「それも知らないのか?ガキん頃から一緒って事だよ」


「はい…かまださんの言っている事の意味が…よくわからないんです。すいません」

「いやいや、お前だって小学校行ってたんだろ?都会で。」


「行ってないもん…」

「あ?なんだって?」


 ちさとは小さな声で言うと、まみは顔を近づけて聞き返す。するとちさとは、何かがぷっつり切れたように大きな声で叫んだ。


「私、小学校行ってないもん。悪い?これでも、つい最近まで文字書く事だってできなかったんだよ?笑いなさいよ!馬鹿にしなさいよ!」


 その声に驚き、まみは少し後ろによろけた。


「嘘でしょ?義務教育よ?有り得ないでしょ。」

「それが有り得るの。だから私、皆が言う言葉の半分くらいは分からないで聞いているの」


 ちさとの瞳に大粒の涙が溢れている。


「ちょ…何泣いてんだよ」

「かまださんには分からないでしょう。皆が普通に話してる事が分からないで困っている事なんて無いでしょうから…」


「マジなのか…。まいったな…。それ言われると、私の不幸なんてまだマシに見えてくるじゃないか」


 ちさとは、今まで本当に怖かったのか、がっくりと腰が抜けてその場に座り込んだ。


「あ…いた!まみさん?何ちさちゃんを泣かせてるのよ!」


 教室に居ないのを不審に思い、校内を探していたゆあが、ちさとの叫び声を聞いてようやくその場に駆けつけた。


「あ…あ~。泣いたと言うか…。その…悪かった…。まさか泣くなんて思わなかった。そんなつもりじゃなかったんだが…」

「うちのクラスの問題児が、何言ってるのよ」


 ゆあがまみをキリッと睨みつける。


「はいはい、どうせあたしは問題児で、あなたは優等生ですよ…ゆあさ~ま」


 まみもしゃがみ込み、ポケットから可愛いうさぎの刺繍が入ったハンカチを取り出すと、何も言わずにちさとの前に差し出す。


「かまだ…さん?」

「ちさとだっけ?あんたの話、もっと聞かせろよ。なんか、すんげー興味あるんだけど。それっと、まみでいいよ。友達ダチからはそう呼ばれてるからな」

「人の不幸を聞いて何が、ですか。悪趣味ですよ」


「なら…あたしから話せばいいか?」

「そんな問題ではありませんよ!」


 ちさとは二人が言い争う姿を見て、喧嘩と言うよりも、深い友情のやりとりを見ているようだった。


 授業の合間の休み時間や、給食の時間に、まみは自分の事を話して聞かせた。小学校の頃に両親が離婚した話や、中学1年の頃に変質者に襲われた話、母とは仲が悪く、ほとんど口を利いた事が無い話など、不幸な今までの人生を話した。


「変質者に襲われって…あの頃はクラス違ってたから噂でしか聞かなかったけど、本当だったのね」

「マジあの時は病んでたわ。犯人は捕まったけど、証言とか裁判とか思い出したくもないもん言わされて。幼馴染ゆうに告ってみればフラれるし…」


「フラれたの?」

「あ~撃沈だよ。こっちはあいつしかまともに話できる男子ヤツいねぇから告ったのによ。」


 いつの間にか、ゆあまでが、まみの不幸話に付き合わされていた。


「…ま…まみさん。」

「お、話しする気になったか?」

「無理に合わせなくてもいいんだよ?ちさちゃん」


「いいんです。多分、私の方が不幸だからっ」

「いいねぇ。聞かせろよ。」

「う、うん。じゃあ…。」


 ちさとも、まみの不幸話に触発されたのか、自身の話を聞かせる。


「私には…。本当の母も父もいません。母は、私を置いてちょっと遠い所へ行ってしまって、私からは連絡が取れません。父は…私が小さい頃に死んだと聞かされています。小学校に行って無かったのは、母が私をこっそり産んで、なんて言ったかな国籍?が無かったから、なんだって。そして…これ」


ちさとは制服の袖を捲ると、両腕にはまだうっすらと残る痣が二人に見えた。


「母とまだ一緒にいた頃、母がよく連れてきていた男の人に、毎日殴られたわ。後で分かった事だけど、薬をやってたみたいなの。その人は捕まったけどね。で、嫌になって家出したけど、お金無くて、友達も居なくて、食べる事も出来なくて、私、死ぬんだなって思った時に、今のパパに助けられたんです。」


ある程度、自分なりに事実を隠しながら、ちさとは自分の事を話し終えると、自分で話をしたはずなのに、目には涙が浮かんでいた。


「…うぁ…。ちさって、すっげぇ人生してんなー。なんか、悪いな。そんな話なら、あんま話したく無い…よな。ってか、その痣もガチじゃん。」

「う…うん。なんか二人ともいろいろ経験してるんだなって。私、自分の話なんて、霞んじゃいます。」


 ちさとから見ても、二人がドン引きしているのは良く分かった。


「あの…。私思ったのは。その、生きてたら、良い事あるんだなと、今、凄い思うんです。」


 その言葉を聞いて、まみがため息をついた。


「ちさ、お前ホント、なんか既に開いちゃってるんじゃね?普通、そんな人生してたら、精神イカレっちまうよ。ってか…その最後に出てきたパパってそれから、どうなってんだ?」

「そうだよ。凄い聞きたい」


二人の興味は、ちさとの人生から男の話へと変わっていた。


「え?今のパパ?」

「そうだよ。」


「う…うん。一緒に住んでるよ」

「おいおい。親父さんが死んでるんなら、それって恋人って事じゃね?」

「そうですよ。あ、だからちさちゃん、告白を断った感じ?」


「あーいや。まだ付き合ってるってわけじゃ…無いんだけど、その…。」


 まみの言葉に、ちさとは少し顔を赤らめ、言葉もしどろもどろになっていた。


「なぁなぁ写真とかないのか?見せろよ。」


まみは、ちさと肩を軽くポンポン叩きながら言う。ゆあも何も言わなかったが、その眼は同じ事を考えている様子だった。


「これで…いい?」


ちさとは、制服の裏ポケに入れていたミニメモ帳を取り出すと、その裏側に張っているプリクラ写真を二人に見せた。


「うほー。すっげージャン。何が『付き合ってない』だよ。ガチプリクラジャンか。」

「イケメンー。あ、少しちさちゃんに似てない?」

「ホントホント。お似合いのカップルじゃねーか。」


 二人の言葉に、ちさとは更に顔を赤らめる。


「なんだよ。あたしはてっきり世辞で断って、実は気があるんじゃないかとか、勝手に思ってたけど、こんなの見せられたら、疑った自分が恥ずかしいわ」

「何?そんな事でちさちゃんを泣かせたって言うの?」


「いや…あれは不可抗力って言うか…。悪りぃな」


 ノリは軽かったが、まみにとってはあまり口に出さない反省の弁だった。


「いいんです。分かってもらえたから」


 ちさとの顔にも、笑顔が戻ったように見えて、二人は安堵の表情を浮かべた。


「それにしてもちさちゃん。小学校も…中学校だって3年生からなのに、お勉強ついて来れてるの?」


 ゆあはそう問いかける。


「ん~月曜~木曜までは、学校帰りに塾に通ったり、家で復習したりしてる。お姉ちゃんやお兄ちゃんに勉強を教えてもらってたりで、結構大変なの」

「へぇ…ん?今日は金曜日だけど、金土日は何してるの?」


「金曜日はお休みなんだって、毎日勉強だと疲れるから。」

「なぁなぁ~じゃあさ。明日からお休みだから、どっか行かね?」


 まみの提案に、ちさとはこの後の予定を確認するためにメモ帳を開いた。


「あ、ん~なんかパパが、連れて行きたいところがあるんだって、えっと夏になると体育に水泳があるし、私、泳げないので、良い練習場所があるとか…で」

「おいおい。デートか?って違うか…水泳教室かな?」

「でも、室内プールしか、今泳げないよね」


「ん~それが…」

「ん?どうした?ちさ」


「えっと、泊りがけ…みたいなのよね。」


『えっ!?』


 ちさとの発言に、二人はつい同じ言葉を発してしまう。


「この辺にも水泳教室のプールはあるはずなのに、泊りがけってどいう事?」

「そうだよ。なんかすんげー興味あるし~」


「パパから聞いた話だけど、山奥にプールとかいろいろな施設を作ってるとかで…」

「まじかよ!別荘ってやつか?」

「それホント?」


「あの…家は…無いんだって、パパのトレーニング専用とかなんとか…言ってた。」


 すると、二人はその言葉に前のめりになって食いつく。


「あたしも連れて行けよ。なぁいいだろ?」

「わ…私も…あまり泳げないから、あ…でもお邪魔かな」


「で…でも、お二人の母や父とか…心配するんじゃ…」

「あたしは問題ナッシング。『友人の家に遊びに行きます』ってLINE送っておきゃいいしな。どうせ仕事で夜中しか帰ってこねぇんだ。」

「ま…まみさん、そんな軽いノリで大丈夫なんですか?わ…私はどうだろう?聞いてみないと…」


「わ…私は…その友達…と言っちゃって…いいのかな…。その、初めてだから…よく、分からなくって」

「あはは。良いに決まってんだろ?同じ不幸仲間。仲良くしようぜ。」

「それ…全っ然意味わかりません。ちさちゃん、私もお友達になりたいです」


 二人の言葉に、ちさとは笑顔で頷く。


「私も…場所は知らないんです。ただ、帰ってすぐに準備して…出発するそうなんです。」

「んじゃさ。ちさん家に、あたしらのチャリを置いて、パパさんにあたしらの家に乗せてってもらおうぜ?」

「ちょっと、まみさん?それ急すぎません?」


「いいじゃんよ。あたしは荷物取りに行くだけだし、ゆあも母ちゃん居るんじゃね?」

「た…確かに、うちの母はこの時間なら、バイトから帰ってきてる頃だけど…」


「あ…あの…、次回…でも…」


「よーし決定だ。水着ぐれぇすぐ出せるだろ?」


「えー!?」

「ちょ…勝手に進めないでください。」


 まみの強引な勧誘に、二人とも反論する隙が無くなっていた。


―――そのあと、まみとゆあの二人は、ちさとと一緒に下校する事になった。


「へぇー結構近いじゃん。うらやま~!おおっ!キャンピングカーまであんじゃん。すんげー金持ちなんじゃね?」

「こ…ここがちさちゃんのお家なのね」


 二人は玄関脇のスペースに自転車を止める。すると、ちさとはそのままキャンピングカーのドアをノックする。


「え?こっちの家じゃねぇの?」


 すると、キャンピングカーのドアが開き、司が顔を出す。


「おかえり、ちさ。早かったな」


 司は今まで何もしていなかったような、パジャマ姿で髪もボサボサ状態だった。しかし、後ろにいる二人に気付き、慌てて髪を整える。


「のあ!何?ちさ。お友達?いや、どうも。ちさの父です。ははは」


「ちーっす。っじゃない。こんにちわ。」

「こんにちわ。お邪魔してます」


 ちさとは、学校で二人がに興味がある事のみを、司に伝えるのでした。

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