第08話 ちさとのお悩み相談。

「おはようございます。パパ」

「昨日は遅かったじゃないか?女の子は早く寝ないと、美容に悪いぞ?」

「はぁい」

(はぁ…何してるんだろ…私)


ちさとは昨晩、自分の心でモヤモヤと渦巻く気持ちを抑えられなかった。ちらりと司を見ると、司は今日の予定を電話で伝えている最中だった。


「ねぇ。写真を見るだけってなんで?」


電話を終えた司にちさとは聞く。


「ようは犯人探しだ。ちさのお母さんがどんな人と交流していたかが分かれば、そいつも同罪の可能性がある。」

「でも私。最後に見たのは、かなり前だから、分かるかな」


司は朝食のパンを一口食べる。


「ちさの体から、薬の反応があったのは間違いないが、何か注射を打たれたとか、煙を吸わされたとか、覚えないか?」

「んー。注射は無いかな?。煙も…わかんない…。」

「そっか…。」

(エロゲーだったら、薬が使われたりとか、あるあるなんだけどなぁ)


司は少し考える。すると、ちさとが何かを思い出したように両手を一回ポンと叩く。


「そういえば…綺麗なお花があった。」

「花…?」

「うん。昔、私が住んでた家の、隣んなんだけど、お部屋の中にすんごい一杯、お花を育ててたのを見た事がある。」

「なんで、そんなの知ってるんだ?」


ちさとは腕組みをして考える。


「ん~わかんない。私、お家がよく変わってたから…」

「そか…ちさ、その調子で話したら良いと思うぞ」


大麻は『使用』での逮捕は除外されている。その理由は他の薬物とは違って、有毒ではない部分を使った加工品が、日本ではかなり流通しており、製造工場の従業員にその成分が検出されやすいからだと言われている。


(ちさにもし、他の薬物が使用されていたら…っとあまり深く考えるのは止そう…)


二人は以前お世話になった、県警本部へ向かった。


「安藤さん、お久しぶりです。と言っても、あれから数日しか経っていませんけどね」

「お久しぶりです。すいません。遠い所からわざわざお越しいただきまして。」


安藤刑事から今回の事案について説明を受ける二人。


「ところで…キララさん…じゃない、ちさとさん…だったね。菅原(司の本名)さんから話しは聞いているよ。今日はよろしくお願いします」

「あ…はい。あまりお役に立てないかもしれませんが、よろしくお願いします」


安藤刑事とちさとの二人は、取調室とは別の部屋へと入って行った。


(さて…俺は…っと)


司は、やる事が無いので、キャンピングカーへ戻り、執筆作業を再開した。



―――2時間後。


「はぁ…疲れたぁ…」


ちさとがヘトヘトになって帰ってくる。


「お疲れ。ほい、飲み物。」

「ありがとう。うぐっ、うぐっ、うぐっ、くはぁ」


司から出されたジュースを、一気に飲み干すちさと。


「で?どうだった?」

「それがさぁ…聞いてよパパ。最初はずーっと写真ばっかり見せられたと思ったら、今度は何となくな感じのとか作って、あれじゃない、これじゃないって…まだ出来てない…。」


「まぁ警察が持ってる写真に無ければ、作るしか無いもんな」

「それと…お薬の話もされた…。」

「そか…そうだよな。それもちゃんと話せたかい?」

「うん。他の反応が出なくて良かったね…って言われた。」


(まぁ…そうじゃなくても、未成年だからじゃなくになるんだけどねぇ)


ちさとは、司がしっかりと話を聞いてくれるだけで嬉しかったのか、警察署内での出来事を話して聞かせた。


「…でね、あとお母さんの事とか…」

「うん。いっぱいお話したみたいだね」



休憩時間いっぱい話をすると、ちさとは再び警察署内に入っていった。それからしばらくすると、安藤刑事がキャンピングカーへやってくる。


「ホント、キャンピングカーって便利だねぇ。」

「安藤さん。お疲れ様です。」


司は、ちさとの母の現状を安藤刑事に聞いてみる。しかし…。


「すまんね。事件の内容は、あまりおおやけにはできないんだよ」

「そう…ですよね。すいません。無理言って。」

「気持ちは分からなくはない…今は、君が父親代わりなんだ。しっかり支えてやらないといけない。」

「いえ、まだ正式に後見人と決まったわけではないので…。」


家庭裁判所へ申請しているとはいえ、弁護士でも司法書士でもない一般市民が、後見人の資格を得られる自信が、司には無かった。


「大丈夫…だよね…パパ」

「ああ、ちさは金銭的なトラブルは無く、警察沙汰での申請だからこそ、刑事さんにも相談しているのですから…きっと…」


拳に力を込める司の表情に、自信の無さがにじんでいた。


―――その後。ちさとの聴取は夕方まで続いた。


「おつかれさま。ちさとちゃん。とても良い情報が貰えたよ。ありがとう」

「私こそ…その…母がをしていたなんて、知らなかったです。」


安藤刑事に一礼して、ちさとが警察署から出てくる。そしてまっすぐキャンピングカーへ乗り込んだ。


「ただいまぁ…」

「おかえり、ちさ。」


入るなり、ベッドへダイブするちさと。そこへ飲み物を持って、司がやってくる。


「おつかれ。終わったかい?」

「うん。私がやれることは、みんな出来たと…思う」

「そか…それとちさ。」

「なに?パパ」

「明日の予定だが、ちさの母親との面会…可能ならやっていくかい?」

「…。」


司の提案に、ちさとは浮かない顔をする。


「どうした?」

「…少し…考えたいの…。お母さんは、間違いなく私のお母さんなんだけど…ね」


司も、ちさとの心境について思い当たるところはあった。


「お母さんを…素直に受け入れられない…か」


ちさとは小さく頷く。


「私…どうしたら良いか分からないの。あんなにボロボロにされて…いっぱい、嫌な事をさせられて…でも、お母さんはお母さん。血の繋がりは、お母さんしか無いのに…」

「俺も…人の親だ。ちさの気持ちは良く分かる。」


二人は、警察署からほど近い『道の駅』へ移動し、そこで一夜を過ごす事にした。移動中のちさとは、よほど疲れたのか、座席で既に眠っていた。


「ちさ…着いたぞ」

「ん…。パパ…?やだ、私…寝ちゃってたのね」

「良い寝顔だったぞ」


そう言うと、司は再びスマホで激写した『寝顔写真』を見せた。


「もう、パパのいじわる。今度絶対、パパの寝顔を撮ってやるんだから」

「ははは。」

「バカバカバカ~」

(ありがとう。パパ)


少しだけ怒ったをして見せたちさとだったが、顔があまり怒り顔では無かったのか、途中から少しニヤケ顔になってしまっていた。そして その日の夜も、ちさとは懸命に勉強に励んでいた。



【とっても上手になってきたわ。ちょっと前まで字が書けなかったなんて思えないくらいよ】


優希はとても『褒め上手』でした。ちさと自身は不満気な状態の文字でも、しっかり褒めた。まるで、自分の子育てをしているかのように、優しく教えるその姿に、ちさとは実の母とどうしても見比べてしまうのでした。


(優希さんがお母さんなら、私は普通の生活を送れたのかな)


【あらー?心の声まで聞こえちゃうわよー?】

「嘘でしょ!?」

【うっそー。さすがに幽霊でも、人の心までは聞こえないわ】

「驚かさないでよー」

【でも、考え事してたでしょー。大方、みーちゃんの事かなー?】

「ち、違います。」


優希のからかいに、少し頬を赤らめるちさと。


【うふふふ。名前の書き方も、漢字で完璧に書けるようになってきましたから、ホント、若いっていいわねー】

「ただ、若いだけです。頭の中はもっと若くて、若すぎて、時々自分が嫌になるんです。分からない事が多すぎるんです」


ちさとはそう言って、下唇を噛んだ。


「パパと出会う前は、何とも思っていなかったです。でも、今は…知りたい。もっと、もっと、色んな事が知りたい。」

【分かるわー、私は若い頃には子供がいて、若い人がする事をしてこなかったけど、子供が社会人になった時、本気で色んな事にチャレンジしましたから。】

「やっぱり、良いですよね!」


すると、奥から司の声が聞こえる。


「ちさー?、そろそろシャワー浴びてきなさい。エンジン止めて電気だけにするからー」

「はーい。」


ちさとは一度手を休め、シャワールームへ向かった。その姿を見送る優希は、自分の姿が少しのを感じる。


【…時間は、あまり無いのね。】


優希の視線には、執筆に集中する司の姿が写っていた。


(最近、ちさの独り言が増えている気がする…。)


司はそう思っていた。もちろん司自身は、ちさとに何が起こっているのかは知らないし、ましてや自分の妻が、ちさとと話をしているなんて知る由もない。


―――しばらくして…。


「シャワー浴びてきたよ~」

「OK。じゃあエンジン切るよ~」


ちさとの元気な声が聞こえてくると、司はキャンピングカーのエンジンを切った。司の地元衣類店で購入した、真新しいパジャマに身を包んで、ちさとがシャワールームから出てくる。


(あれ?優希さんがいない…?)


シャワー前までベッドにいた優希の姿が、そこには無かった。


「優希…さん?」

【はい?】


声は聞こえる。


「優希さんの姿が見えなくなっちゃって…」

【…そう…ですか。】


ちさとには、優希の声が少し寂しそうに聞こえた。


「もしかして…お空に帰っちゃう…とか?」

【そう…ですね。私自身を縛っているのは、みーちゃんの今後が心配だから…。そんなみーちゃんが、貴女と言う新しいパートナーを見つけた事で、私を縛っていた物が無くなったのでしょう。】

「そんな…私達、まだ出会ったばかりなのに…。」


すると、うっすらと優希の姿が浮かび上がる。


【大丈夫。私はここにいる。姿も声も聞こえなくなっても、貴女にはみーちゃんがいるんだもの。寂しくは無い…でしょ?】

「うん…。あ…そうか。」

【ん?】

「私が…お母さんを拒絶していたから…。だから、優希さんのような理想のお母さんが見えるようになった…のかな」

【そうかも…しれませんね。】


ちさとは、再び消えかける優希を見て、目から涙が溢れる。


「ありがとう…ございます。私、向き合ってみます。本当のお母さんと…」

【そうね。そうした方が良いわ。それともう一つ…。】


そう言いかけると優希は、ちさとの頭に自分の右手を添える。


【私の記憶…ほんの少しだけ…貴女にあげます。それが…私にできる最後の…】


徐々に姿が見えなくなり、声も遠く感じていく。ちさとは触れる事もできない優希の、消えゆく姿を両手で抱きかかえようとする。


「優希さん!!!!」


―――ピピピピピピ。


気が付けば、ちさとはキャンピングカーの二段ベット、その上段で目が覚めた。


「え…?。夢…?」


見ると、ちさとの周囲に勉強道具が散らばっている。どうやら、集中するあまり『寝落ち』していたようでした。


(ん~なんか凄い夢を見ていたような気がするんだけどなぁ…)


目覚まし時計を止めながら、ちさとはつい、そんな事を考えてしまった。


「ちさ、遅かったじゃないか。よほど疲れてたんじゃないか?」

「…パパ、私…いつ寝たの?」

「ん?いつ…って、帰ってきてベッドにダイブして、少しだけ勉強してたような気がするな…。」

「え…?」


驚いたちさとは、窓を開けてみると、そこは警察署の駐車場だった。


「ちさが寝てしまったんで、刑事さんにお願いしてここで一泊したんだよ。さすがにベッドに寝せながら走るのが法律違反だからな。」

「ご…ごめんなさい…。」

「いやいや、刑事さんも謝っていたよ。『無理な事させたな』ってね」


ちさとは出された朝食を食べながら、司に切り出す。


「パパ…その…、お母さんと話がしたいの…できる…かな?」

「お…そうか。じゃあ、刑事さんにどこにいるか聞いてみるよ」

「うん。ありがとう」


前日に夕飯を抜いていた為か、朝食はあっという間にちさとのお腹に吸い込まれていった。


「母親との面会…か。彼女なら地方検察庁に送検、拘留されているから、可能だと思う。時間が決まっているから、確認していくと良いよ」

「ありがとうございます。あと…もう一つ… … …」


二人はS県内にある母親が拘留中である地方検察庁へ向かった。


「はい…では、こちらの申込用紙に記入をお願いしますね。」

「は…はい。」


ちさとは、面会申し込みの用紙に記入する。恐らくは、練習以外で自分の名前を書くのは初めてだろう。司が入口まで同行し、記入に必要な内容をちさとに説明しながら、ゆっくりと書かせた。


「はい…娘さんですね。面会時間は長くて1時間程度です。差し入れなどはありませんか?」

「無い…です」

「分かりました。では、こちらへ」

「ちさ、俺は外で待っているから、思う存分、話をしてくるといい」

「はい。パパ。行ってきます」


ちさとは、母親との面会のため、面会室へ向かった。

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