天三異元号万保

海星夏輝

第1話 

 2019年2月14日、静岡駅のカフェにて。

 水守名月(みずもりなつき)は、マンボウの研究をしたい大学三年生の松野美環(まつのみかん)と彼女の担当教官である光海(みなみ)教授とパフェを食べていた。

「今日は人があまりいませんね、お店」

 水守がパフェのイチゴを食べながら何となくそう言うと、光海教授が答えた。

「平日の真昼間ですからね」

 光海教授は口に運ぼうとするスプーンに桃の欠片を乗せていた。

「そういえばそうですね。もう曜日感覚はすっかり失われています」

「ははは。私も似たようなものです」

「やっぱりそうなりますよね」

 水守と光海教授は研究者あるあるの話で盛り上がる。

「いやいやいや、二人とも違います。今日は平日ですけど、バレンタインデーです。だから人が少ないんです」

 口を挟んだのはチョコを食べようとしていた松野だった。

「あー、なるほー」

 水守は松野の言いたいことを察した。バレンタインデーならカップルはファミレスではなく、もっとオシャレなカフェへ行くのだろうと。しかし、その仮説は本当に正しいのだろうか?

「さすが超先輩! 理解が早い!」

 松野は水守のことを〝超先輩〟と呼ぶ。

「いやいやいや」

 水守は照れながら、松野に片手を伸ばしてみた。

「ん?」

 松野は差し出された水守の手を見てキョトンとする。

「バレンタインデーでしょ?」

 水守は指を動かしてブツを要求する。

「あぁっ! 忘れていました! すみませーん!」

 松野は水守の要求を察したらしく、ハッとした顔をした。そして、自分のパフェのチョコを食べる。

「いや、期待してなかったからいいけど……」

「えへへ、私、苦学生なんで」

 松野は笑顔で誤魔化しながら自分のチョコを食べる。自分はチョコを食べるんかい!と水守は思った。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 ピーチパフェを食べ終えた光海教授が口を開いた。

「水守さん、今日はわざわざ静岡まで来て下さり、ありがとうございます。私の研究室に入った松野さんがマンボウの研究をしたいとのことで、既にマンボウの研究をされている水守さんにどういう研究ができるか話をお聞きしようと思いまして」

「いえいえ、静岡は来たことがなかったので旅行がてらにちょうど良かったです」

「水守さんと松野さんは既に一緒に水族館でマンボウの観察を行っていると聞いていますが」

「そうですね。松野さんとコミケで初めて出会った時から彼女はマンボウの研究をしたいと言っていたので。でも研究室配属前にフィールドに行ってマンボウを研究するのはなかなか難しいですし、何かできないかなーと考えて……とりあえず水族館でマンボウの行動観察をしてみないかと誘ってみたのが始まりですね」

「そうですねー。超先輩と出会ったのは私が大学一年生の時だから……もう二年前ですね」

「そうだね。夏コミでサークル参加している時に、まさか生き物島にコスプレの人が買いに来るとは思わなかったもんなぁ」

「超先輩、あの時、ビビッてましたね(笑)」

「そりゃ、予期しない人がいきなり来たらビビるでしょ!」

 松野と水守は当時のことを思い出しながら懐かしそうに話した。

「すみません、話が逸れました。まあ、こういう感じで、既に松野さんはマンボウの研究を少し齧っているのです」

「なるほど、わかりました。静岡でも定置網でマンボウは獲れるので、研究はできると思います。ただ、私は今までマンボウの研究を齧ったことがないもので」

「まあ、魚類学者でもマンボウを研究する人はほとんどいませんから」

 水守は少し遠い目をして言った。

「ぶっちゃけ、マンボウの生態はよくわかっていないので、何でもやろうと思えばできますよ」

「なるほど。私が研究室で扱っているテーマは魚類の年齢、成長、成熟、食性など、標本を使った基礎的な研究が多いです。松野さんにどんな研究をしたいか聞いたら年齢をしたいと言うので」

「そうです! マンボウの年齢が知りたいです!」

 松野は目を輝かせて言った。

 それに対して水守は渋い顔をした。

「確かにマンボウの年齢査定したいって前から言ってたよね。実は僕も挑戦したことあるんだけど、よくわからなくて投げ出したんだよね。でも僕の気質が年齢査定の研究と合わなかっただけかもしれないから、卒論だし、挑戦してみるといいよ!」

「前々から聞いていましたが、なかなか難しそうですね……でもせっかくマンボウの研究をするなら何年生きているのかを解き明かしてみたいです!」

 松野は拳を握り締め、やる気満々のようだ。

「わかりました。松野さんの研究テーマはマンボウの年齢査定の方向で」

 光海教授はノートにメモを取った。

「いいなぁ、松野さん。これから自由にマンボウ研究できて」

「え? 超先輩もやってるじゃないですか?」

「いやいや、マンボウの研究で飯が食っていけるか?って聞かれると答えはノーだよ。今はポスドクで何とかやってるけど、3月で任期切れ。更新できない決まりだから、就職活動しないと……」

 ポスドク(ポストドクター)とは博士号取得後の研究者のことだ。

「そうなんですね……」

「無職になっちゃうから、とりあえず関西の実家に帰るけど、松野さんの研究には協力するから何でも言ってね」

「うぅ、ありがとうございます」

 水守は暗い顔でパフェを食べ切った。

「水守さん、来月で任期切れですか?」

「はい、そうなんです……」

「それでしたら、私の研究室でポスドクやりませんか?」

「えっ?」

「ちょうど研究費が余っているので、1年間は雇えると思います。松野さんの面倒を見て頂けると助かりますし」

「え? 本当ですか? 無職よりは1年でも研究できた方がいいです! お願いします!」

 光海教授の好意に水守は涙が出そうだった。

「超先輩良かったですね! 一緒にマンボウ研究しましょう!」

 松野も嬉しそうだった。

 松野の卒業研究の相談で静岡を訪れた水守だったが、幸運にも無職を一年先延ばしにする機会を得たのだった。



Notes. 2019年4月28日という平成の終わり三日前という微妙なタイミングで敢えて新しく小説を始めてみました。完結するかは全く未定です。

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