雨降って地固まる、という言葉がある。

 結果オーライ、むしろ状態は良くなる。

 でも、雨が降っている最中は最悪だよなあと思う。



 昼休み、衣緒ちゃんは部活の顧問に今後のことを話しに行って、沙耶ちゃんは委員会の仕事で2人ともいない。

 久しぶりに昼休みボッチだ。

 仕方がないからポケットからスマートフォンを取り出して、音楽を流す。

 もちろんイヤホンをつけて。

 皆が使っているメッセージアプリがある。

 衣緒ちゃんと沙耶ちゃんも使っているようだけれど、私は使い方を知らないからインストールもしていない。

 こんなんだから流行にも乗り遅れるんだろうなあ。

「ねえ、ありさ」

「へっ?」

「へって何よ、へって」

 気が付くと、目の前に沙耶ちゃんが立っていた。

「委員会の仕事はいいの?」

「うん。もう終わったから。それよりさ、一緒にトイレ行こ」

「あ、うん」

 廊下を歩きながら、一緒にトイレに行く、という初めての経験に胸を躍らせていた。

 トイレに着くと、沙耶ちゃんは大きな窓によりかかった。

「トイレ、しないの?」

「しないよ。私はありさに話があるの」

「え……」

 嫌な予感がする。

 踊っていた気持ちは、一気に踊るのをやめた。

 これは小説でよくあるパターン。

 嫌なことを話されるやつだ。

「昨日、衣緒と一緒に帰ってたでしょ?」

「うん……」

「なんであんなこと言ったの?」

「あんなことって、何かな……」

 私がそう聞くと、沙耶ちゃんは分かりやすく目つきを変えた。

「なんで陸上部やめるのを促すようなことを言ったのかって、そう聞いてるの!」

「促してなんか……」

「嘘。私聞いてたから分かるよ」

「でも……」

「陸上部はもう少ししたら大きな大会があるの。衣緒の最後の大会。衣緒が卒業したら陸上やめるとしても、その大会までは絶対続けるって言ったの。そこで優勝して、いい結果残して卒業するって……!」

「そんな……」

 そんな大会があるなんて知らなかった。

 知ってたら、もう少し別の言い方をしただろうに。

 でも、それは何か違うんじゃないだろうか。

「あの……」

「何よ」

「衣緒ちゃんはもともと、怪我して、やめるって思ってたから……。私が何か言わなくてもやめたんじゃないかな……。大会に出れる保証もないし……」

「は? それでも出れたかもしれないでしょ? その可能性を、衣緒のこと何にも知らないありさが摘むなんて、馬鹿じゃないの?」

 その言い方に、少しカチンときた。

 眩しい太陽から目をそらすついでに、沙耶ちゃんの顔からも視線をずらして、私は気になっていたことを尋ねる。

「なんで、話聞いてたの? もしかして衣緒ちゃんの後をつけてた、とか?」

「だったら何よ」

「……ストーカー」

「は?」

 やばい。

 思わず思ったことをそのまま言ってしまった。

 こういう言葉はもっと仲良くなってからじゃないと言ってはいけない類の言葉なのに!

「なんか悪い? だって、ちょっと言いすぎちゃったかなって思って、ついてったらありさに相談してて! しかも、私といるときでもあんまり見せない、心からの笑顔まで見せてて……!」

「……!」

「私は友達を作るが得意じゃないの。だから小学校の時に衣緒に話しかけられ、仲良くなって、凄くうれしかった。でも私にあの笑顔を見せてくれたのは仲良くなって結構経ってからだった。なのに、ありさには、あんなに早く……!」

 ちらりと沙耶ちゃんの顔を見ると、普段のしっかり者の顔からは想像もできない、悲しいような、怒っているような、不思議な表情をしていた。

「私の友達をとらないでよ……!」

「沙耶ちゃん……」

 沙耶ちゃんは一度キッとと私を睨みつけると、すたすたとトイレを出ていった。

 突然の展開に私はしばらくその場から動けなかった。

 予鈴が鳴ってようやく、私も教室へ戻った。

 とぼとぼと歩きながら、誰もトイレに来なくてよかったと、場違いなことをぼんやりと考えていた。

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