第六話〈好きな色①〉



 ♢♢♢



「今夜もお仕事ですか?」



 食事を終え、後片付けをしながら私はアクバルトさんに尋ねた。



「ああ、今夜のうちに一つ仕上げておきたくてな。先に寝てていいぞ」



「……はい、おやすみなさい」



「おやすみ」



 母屋から仕事場へ向かうアクバルトさんを私は見送った。



 最近の旦那様はとても忙しそうだ。



 東の街から装飾品の注文がいくつか入っていて、納期も近いらしい。



 昨夜も遅くまで作業をしていたように思う。



 あまり寝てないんじゃないかな。



 夕飯に葡萄酒なんて出しちゃったけど、眠くなったりしないかな。



 手元が狂って失敗とか……。



 大丈夫かな。



 などと考えながらも、一方では、



 ────大丈夫。



 アクバルトさんはしっかりしてる大人だもん。



 夜遅くまでの作業はこれが初めてでもないんだから。



 そう思ったりもする。



 私がいろいろ心配しても、手伝えるわけでもないし。



 アクバルトさんの仕事が終わるまで、起きて待っていようかと思ったこともあったが。



 寝支度を済ませると、あくびばかりで私の瞼はいつもすぐに重くなる。



 そして布団に入ると、あっという間に眠気が襲う。



 目を閉じてしまうと身体は鳥の羽が付いたみたいに軽くなって、あっという間に眠りの中だ。



 微睡まどろみながらホッと息をつく。


 この瞬間がとても好きだったりする。



 ゆっくりと今日一日を振り返りながら。



 反省しながら。



 疲れや緊張感というものがこの瞬間にようやく溶けて、身体が楽になっていくのだ。



 そして思う。



 やっぱりまだ私、慣れてないのかな。



 ここでの生活に。



 アクバルトさんにも……。



 まだたくさん緊張するし。



 でも。



 アクバルトさんは優しい。



 旦那様が優しい人でよかったと心から思う。



 そういえば、お義姉さんからもたくさん布をもらった。



 何かお礼がしたいな。


 まだ慣れないけど、緊張するけど。



 皆親切で優しくて。



 私はここでの生活が、少しずつ好きになっている。



 今日はアクバルトさんの好きな食べ物の味が発見できて良かった。



 まだすぐには作れないけれど。



 美味しいものをたくさん作れるようになりたいな。



 あとは……



 今日、兄嫁さまに見せてもらった糸の束、綺麗だったなぁ。



 色がとてもたくさんあって。



 私の好きな翠色もあった。



 薄い朱色も綺麗だった。



 織る作業も好きだけど、たくさんの色糸を使う刺繍も好きになってきた。



 三日後にはまた兄嫁さまの家へ刺繍を習いに行く予定だ。



 アクバルトさんは何色が好きだろう。



 ふと思った。



 聞いてみたいな、とも思った。



 また明日。でもやっぱり……。



 今日がいいな。




 なぜかそう思った。



 もっと話がしたかった。



 それに。



 旦那様より早く寝てしまうことはよくないように思う。



 実家の養母も養父より早く寝てしまうなんてことはなかった。



 先に寝なさいと言うアクバルトさんの気遣いに、ついつい私も眠くて甘えてしまっていたけれど。



 こんなことじゃ、ダメだよね……?



 一応、奥さんなんだから。



 でも起きていたら、怒られるかな。



 でもその前にアクバルトさんが戻るまで、私が起きていられるのかが問題かも。



 しばらく悶々としていたのだが、少し眠気も覚めてきて私は横たえた身体を起こした。



 身体を起こしていれば眠くならないはず。




 アクバルトさんの……好きな色はなんですか?



 ……なんだろう。




 青? 赤? 黄色?




 それとも……?




 考え始めると、なんだかドキドキ、わくわくする。



 弾むような気持ちになりながら、私はアクバルトさんを待つことにした。





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