魔王登場


「半分はキミのせいでもあるんだよ」



「俺のせい?」



「こんな伝承を知っているかい? デュラハンは、死が近い者の前に現れタライ一杯の血を浴びせるんだ。私が死を予言すると言われる所以だね」



「それが、どうして俺のせいって話になるんだ」



「私が、《ゾクジン》から帰ることができなくなってキミが迎えに来てくれた日のことを覚えている?」



 忘れるものか、俺たちはあの日仲直りをして二人で宿屋へと帰った。そして、翌日の朝にはキミは姿を消していた。俺がこんなところまでキミを追ってこれたのは、あの日の二人の関係があったからこそだ。一人で国中をさまよっている間、それだけが俺の心の拠り所だった。



「宿屋に帰って……そのあと、私たちは酒を飲みなおすことにした。……キミは、私の為に酒をもらってくると言って部屋を出て行った。足元がふらついていて危なっかしかったけど、まあ勇者なんだし大丈夫だろうと見送ったの。ほどなくして戻ってきたキミは、その手に水差しを抱えてた。そしてその水差しは、私のグラスにその中身を注ぐ前に宙を舞った」



「宙を?」



「床に散らかっていたクロークに足を取られたキミは、水差しを宙に投げ出しすっころんだの。私はそれを見てケラケラ笑っていた。でも、それも長くは続かなかった。……キミは、水差しの中に入っていたを頭から被ってしまっていた。よりにもよって、水差しの中身は赤ワインだった。まるで血を浴びたかのようなキミの姿に、私は血をたぎらせてしまった。デュラハンとしての、魔族としての血を」



「でも、伝承じゃ浴びせるのは血なんだろ? なぜ、たかが赤ワインなんかで」



「たかがじゃないわ。教会だって、血の代わりにワインを儀式に使うじゃないの。ワインってのは、血の代替品でもあるのよ」



 血の代替品という言葉に、自身の血管を流れる赤ワインを想像する。



「魔族の血は、私に魔王に従順たることを求めた。失ったはずの忠誠心が、私の体から自由を奪った。……このままだと、魔王の天敵であるキミの寝首を掻きかねない、そう思った私はキミの前から姿を消した」



「体が俺を殺そうとするのはそういうわけだったのか……だが、キミはどうやって魔王軍に合流したんだ」



「キミの下を去ったあと、千鳥足テレポートを使ったらあっさりと魔王の下へとたどり着いたわ。多分、強い忠誠心が千鳥足テレポートに干渉したんだと思う」



 千鳥足テレポートは、行使者の思いを読み取る魔法だ。強い願いは、そのランダム性の振れ幅を抑えるのかもしれない。だが、俺とて本気で魔王を追い、そして遊び人の後を追っていた。それでもなお、たどり着けなかった。決して、自身の思いが弱かったのだとは思えない。だとすれば、魔族の魔王への忠誠心とは我々人類が計り知れないほどのものなのかもしれない。 



「じゃあ、キミは魔王に物申すという目的は果たしたのか。それで、魔王は説得できたのか?」



「説得は続けてるわよ、相変わらず魔王のやり方は気にくわないからね……でもね、頭はそうでも体は魔王の言葉に逆らえないの」



 俺を心配する素振りを見せながら、本気で殺しにかかってくるわけだ。俺はその様子を、頭と身体がチグハグだと感じたが、実際のところ、彼女にとって頭と身体は別個のものなのだ。



「君の体は、解き放てば、また俺を殺しに来るかな?」



「……たぶん」



「手段はないのか?」



 遊び人は、目をつぶってうーんと唸る。



「体は、魔王の言うことを絶対に聞くから、勇者を殺さないよう魔王に命じてもらうか。もしくは……」



「もしくは?」



「魔王をぶっ倒して、私が次の魔王になるってのはどう? そうすれば、自分の体を律することもできるかも」



 その時、俺の体に震えが走った。いや、震えているのは俺だけではない、俺の正面に据わっている彼女の頭も、グラスに注がれたウイスキーも、カウンターの向こう側に並んでいる酒瓶たちも。今この場にある、全ての物が突然震えだしたのだ。



「なんだ!?」



「まずいわ! アイツが来る!」



 アイツ? いや、そんなことは聞くまででもない。この徐々に大きくなる揺れに伴い、部屋を満たしていく禍々しいオーラ。俺は、こいつを経験したことがある。


 地面から立ち上るオーラは、ゆらゆらと地面を走り円陣やルーン文字を形どっていく。術式は、テレポート魔法。アイツがこの部屋にやってくるための通り道だ。完成した魔法陣は、ひときわ光を増し俺と遊び人の視界を一瞬だけ奪った。俺は、光を遮る自身の手の指の隙間からアイツが魔法陣から出てくるのを見た。光が収まっていくと同時に、その男の輪郭が明らかになっていく。


 全身から溢れる、禍々しいオーラ。クロークの上からでもわかる、その逞しい肉体。頭に生えた二本の角が彼が人間でないことを物語っている。そのシルエットは、彼を取り逃がしたあの日から全く変わっていないように思えた。


 だが全て同じかと言えばそうではない。長い年月は、アイツにも変化を与えていた。クロークの隙間から垣間見える金属特有の光沢をもった右手。より一層、凶悪となった表情がそれだ。俺が斬りおとした右腕は、どうやら機械仕掛けの義手へとすげ変わったらしい。だがあの表情はなんだ。目からは生気が失われ、顔全体に暗い影が落ちている。逞しい肉体とは裏腹に、その表情は痩せ衰えているように見える。


 

「魔王。いったい、お前に何があったというんだ……」



 そのあまりの変貌ぶりに、俺の口から思わず魔王を慮る言葉が漏れ落ちた。


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