1杯目 君にエールを贈る
違法酒場で金髪美少女と
枕が固い、宿屋の外では冬眠から覚めたカエルがゲコゲコ鳴いている。辛く寒い冬を乗り越え、精一杯に伴侶を求めているのだ。試しに、俺もゲコゲコ鳴いてみる。ゲコゲコゲコゲコ。
俺の悲痛な泣き声は、無情にも宿屋の天井に吸い込まれていく。当然のことながらメスが寄ってくることは無い。春は恋の季節と吟遊詩人は歌ったが、彼の正体は両生類だったのかもしれない。ああ全く、人の世は世知辛い。
春の訪れに際して、人々は口々に「過ごしやすい季節になってきたねえ」とこぼすが、俺にはそうは思えない。
ブランケットを羽織れば汗がにじみ、無ければ無いで何となしに心もとない。
春は、そういう中途半端な季節だ。それならいっそ寒いほうがましだ。
日は沈み、すっかり夜更け。
俺は、早々に宿屋のベッドに横になったのだが、どうにも眠りにつくことができないでいた。
だがそれは、今日に限ったことではない。
俺の思考は、眠ろうと床についた途端にぐるぐると回り出す。得体のしれない恐怖感が、俺に考えを止めることを許さない。
魔王を倒しきれなかった、あの日からそれはずっと続いていた。
だが不眠との戦いも何年も経てば、慣れたものだ。
俺が見つけた最善手、「眠れないのであれば、眠らなければいい」
そもそも無理に寝ようとするからいけないのだ、「寝なくてはならない」、「明日が辛いぞ」、そんな不安が俺の不眠を更に凶悪にするのは明らかだ。そんな時は自然に眠くなるまで時間を使うのが一番。
そんなわけで、俺は日課に取り掛かる。ブーツの紐を結び、剣を腰にぶら下げる。そしてそれを隠すようにクロークを纏う、さあ準備は万端だ。仕事に取り掛かろうじゃないか。
向かうは違法酒場。血気盛んなアウトロー達が集う、無法地帯の代名詞だ。
酒の匂いと荒くれ達の喧騒が立ち込める、街外れの酒場。
顔を赤めたオッサン共が、周囲に気を配ることなく子供の用に声高らかと笑っている。
いい大人が歯をむき出して笑い転げている様は、はっきり言って異常だ。これなら、カエルの鳴き声の方が幾分もマシではないか。
俺は、どうもこの酒場の独特な雰囲気が苦手だ。
周囲を見渡し、話が通じそうな人間を探す。狙いは、酔いが回りきっておらず少なからずの理性を未だ持ち合わせている者。視点の定まらないオッサンなんかはもってのほかだ。
勘違いしないで頂きたいが、これは決して俺が寂しさ余って話し相手を探しているというわけではない。そもそも、俺は酒を飲みに来たのではないのだ。
そう、俺の日課とは酒場で情報を集めること。土とコケにまみれた、実に古典的な手法ではあるが、こと魔王の情報に関して言えば。その効果は絶大であると俺は踏んでいる。
それに、日課に精を出せば精を出すほど俺の体力は限界に近づき、日が昇る直前には気を失うように床に就くことができる。まさに、一石二鳥というわけだ。
「おい、兄ちゃん! そんなところに突っ立ていたら邪魔だろうが」
荒い言葉とは裏腹に、酒場には似合わない可愛らしい声が脳天に響く。と同時に、尻にも鈍い衝撃。
どうやら、俺は尻を蹴り上げられたらしい。振り向くと、声に見合った可愛らしい一人の少女が、腰に手を当て俺を睨みつけている。
美少女に尻を蹴り上げらたという事実が、何故かはわからないが俺の頬を赤くそめる。
「聞いてる? それとも、酔っぱらって耳が遠くなってんの? 」
白と黒のチェック柄の派手なワンピース、ブロンドの美しい髪は、肩に届かない程度で切りそろえてある。そして、特に目立つのは首には巻かれた真っ赤なストール。
その鮮やかな赤が、首から血を流している彼女の姿を俺に連想させる。そう、これから起こる何かを暗示するかのように。
「す、すまない」
俺は慌てて、彼女に道を譲る。だが、彼女は俺の顔を訝し気に眺め続けている。
面識はないはずだが……。
「あんた、勇者様でしょ」
「そ、そうだけど……何処かで会ったかな?」
「すごい! こんなところで会えるなんて! ちょっとアンタ、面貸しなさいよ!」
「え、なんで?」
「アンタの冒険譚は最高の酒の肴になるって言ってんの! ほら、付き合ってよ!」
なるほど、これは俗に言う逆ナンというやつに違いない。
魔王を窮地にまで追い詰めた俺の活躍は、どうやらこの田舎町にまで広まっていたということだろう。祀り上げられるのは得意ではないが、美少女に声をかけられて悪い気はしない。
それに、彼女から魔王に関する情報を引き出せる可能性もゼロではない。限りなくゼロに近かろうとも、僅かでも可能性があるのなら全力をもって臨む。それが勇者だ。
ならば、気晴らしもかねて彼女と会話を楽しむことやぶさかではないではないか。
「あたしは、遊び人! 袖触れ合うもなんとやら、一晩よろしくね!」
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