勇者&マスター同盟

 意識が戻った俺は頬に冷たさを感じた。身体を動かそうとするが身動きが取れない。それどころか、目は見えないし、声も出ない。どうやら、拘束された上に地面に放られているようだ。唯一、塞がれていない耳から二人の男の会話が聞こえてきた。



「いやあ、しかし遂に決心していただけたのですね。我々魔王軍に、先代が加わってくれれば百人力です」



「いえいえ、勘違いなさらないでください。今日は、見学に来ただけなのですから」



 声の主は、おそらくマスターと炎魔将軍だろう。俺は、目が覚めていることを気づかれないように息を潜める。



「まぁまぁ、そんなことおっしゃらずに」



「……おや?もう目が覚めたようですね」



 速攻でバレてしまったようだ。やはりマスターは侮れない男だ。


 

 身体を起こされ、目隠しが外される。光に目が慣れてくると、そこには白いタキシード姿のマスターが立っていた。俺は、マスターをしり目に周囲の様子を伺う。目の前には、デスクが並んでおり机の上には紙が雑多に置かれている。振り返ると、ソファーがあり炎魔将軍が腰かけ憎々し気に俺のほうを見ている。その腫れて膨れ上がった頬を見て、わずかに笑みがこぼれた。部屋の周囲は、窓ガラスが並べられていて奥には倉庫の壁が見える。ここは、倉庫の中二階にあった小部屋で様子から見るにどうやら事務所であることが知れた。



 俺は、マスターを向き直り抗議の声をあげる。



「もがもがもが」



 マスターを問い詰めたつもりであるが、猿ぐつわを噛まされているため喉を鳴らすのがやっとだ。



「……」



 マスターは、人声も発さずに俺の目をじっと見つめている。……どうも、マスターの様子がおかしい。マスターの目は、酷くくすんでいて生気がない。俺がバーで出会ったのは、綺麗な紅色の瞳を持ち、落ち着きこそあれど生気に満ち溢れた男であったはずだ。それだけではない。顔色も心なしか悪いように見える。それに、その背から立ち上るオーラは只ならぬ様相を呈している。



「将軍。彼と二人きりで話をさせてもらえますか?」



 焦った炎魔将軍が、ソファーから立ち上がりマスターに詰め寄ってくる。



「し、しかし、こいつは魔王様の片腕すら斬りおとすほどの危険な男で……」



「よろしいですね?」



 マスターの有無を言わさない態度に、炎魔将軍はゴクリと唾を呑んだ。しばしの沈黙が流れ、その強い意志に諦めたのであろう、炎魔将軍はすごすごと部屋を出て行った。



 マスターの手で、猿ぐつわが話されるや否や俺は今度こそ声をあげた。



「どういうことだマスター! 魔王軍とはかかわり合いがないんじゃなかったのか!?い、いや、今はそんなことはどうでもいい! 聞きたいことが……」



「質問するのはこちらです」



 俺の言葉を遮ったその声は、いかなる耐性を以てしても震えあがるほど冷たいものだった。また、声と同時に放たれたどす黒い殺気が俺を襲ってきた。俺は、歯を必死になって食いしばる。少しでも気を緩めれば、歯がガチガチとなってしまいそうだった。



「あの娘は……遊び人は、どうしていますか?」



 まったく予想外の質問に、俺は声を詰まらせてしまう。マスターは、そんな俺の様子をじっくりと伺っている。俺が何か、隠し事や偽りごとをしないか、僅かな動きから読み取ろうとしているのだろう。



 だが、そんな質問がなされるということは。



「マスターの店にも来ていないのか……?」



「にも?」



「ちょうど店で飲んだ日の翌朝だ。その時には、もう姿を消していた……それ以来、ずっと探しているのだが……」



「……私の店にも、あの日以来顔を出していません」



 マスターは、あからさまに大きな溜息を吐き出した。先ほどまで放たれていた、どす黒いオーラもそれと同時に一気に霧散してしまう。その口ぶりや様子から察するに、彼もまた遊び人のことを探しているのだろう。だがそこには、ただの常連客の安否を慮るものとは違う、何か別種の関係があるように俺は感じた。



 しかし、事は予想以上に深刻なようだ。俺は、彼女は何らかの事情で自分の意思で姿を消したのだと踏んでいた。もし、その事情が俺にかかわりのないものだったら、俺は彼女の力になりたいし。逆に、その事情が俺への不満や不平だったとしたら。その時は、スンナリと退きさが……すんなりと……。いや、これは嘘だな。俺の本当の気持ちではない。もし、俺への不平不満だったとしたら……泣いて、詫びて、鼻水も流して、涎も垂らしながら、縋りついて捨てないで下さいと懇願しよう。……そういう腹積もりで、俺は彼女を追っていた。



 だが、あの無類の酒好きがマスターの店にすら顔を出さないとすれば話は別だ。仮に、店で俺と鉢合わせるのすら避けたいと彼女が思ったとしよう。それでもなお我慢しきれずに、店にフラフラと飲みに来る。それが、あの遊び人という女なのだ。ましてや、半年以上も自分の意思で酒を我慢するなど天と地がひっくり返ってもありえない。そこに、第三者の介入があると推測するのはもはや必然であった。



「いえね、貴方の様子を見て、そのような気はしていたのですが、確証はありませんでしたので。問い詰めるような形になり、とんだ失礼を致しました」



「……俺の様子を見ただけで、そこまでわかるのか。流石マスターだ」



「……?あぁ、勇者様は普段から鏡をご覧にならないのですね」



「どういう意味だ?」



「酷い顔をしてますよ」



「シツレイな」



「いえ、そういう意味ではありません。目は腫れて、クマがはっきりと出ていますし、顔色も真っ青でまるで腐ったゾンビのようですよ」



 人のことを言えた義理ではない。俺からしてみれば、マスターのほうこそ酷い顔だ。……いや、それだけ彼も彼女のことを心配しているということなのだろう。



「それに後頭部には大きなコブまで……あっ」



「コブ?」



 確かに、マスターの言葉通り、後頭部にずきずきと痛みがあった。手で擦ろうにも、手枷がはめられていてうまくいかない。俺が、もぞもぞとしている前で、マスターは、何やら口笛を吹く素振りで視線をそらしている。



「……と、なると今日ココに来たのは正解だったかもしれません」



 なんか、話を逸らされた気がする。



「どうでしょう。私と手を組みませんか?」



「手を組む?」



「もしかすると魔王のところに連れていってさしあげられるかもしれません」



「乗った」



 俺は、二つ返事で引き受けた。俺の、そもそもの旅の目的は魔王を見つけ出すことであるし、千鳥足テレポートを使って遊び人を探すにしても、耐性の力を失うには魔王を倒すしかない。今の俺にとって、魔王は二重に重要な存在となっているのだ。



「で、俺はマスターに何を返せばいいんだ?」



 マスターのことだから、憎き人間を殺せとか、貴族たちから金を巻き上げてこいといった、反社会的なことではないだろうが、魔王のところに連れて行ってもらえる代償ともなればそれ相応のものとなるだろう。命以外の物なら、なんだって差し出してやると、俺は人知れず覚悟を決めた。



「まあ、事と次第によっては邪魔な魔物達と戦っていただくかもしれません。しかし、とりあえずのところは私に同行してもらえればそれで十分です」



「この腕と足で?」



 俺は、マスターの目の前で手枷と足かせを揺らして見せる。マスターは、クスリと笑った後にゴニョゴニョと魔法を唱え、枷の鍵を解いてくれた。俺は、立ち上がり大きく伸びをする。どれくらいの時間、拘束されていたのかはわからないが肩や腰がガチガチに固まっていた。



 ふと窓の外をみると、手持無沙汰に事務所の周りをぶらぶらとしていた炎魔将軍と目が合ってしまった。炎魔将軍は、押っ取り刀で部屋に入ってきた。



「せせせせ先代っ! 無事ですか!?」



「やぁ、これはすみません。私が、枷を解いてあげたんですよ」



 「はい?」と疑問符を頭に浮かべている炎魔将軍に、俺はマスターの後ろからあかんべーを見舞ってやる。炎魔将軍は歯をむき出しに、何事かを言おうとするがマスターに遮られ「ぐぬぬ」と悔しそうな顔を見せた。ざまあみろ。



「いえね、彼にも見せてあげようと思いまして」



「こいつにですか……?」



 炎魔将軍は、露骨に嫌そうな顔をしている。俺は一体、何を見せられるんだろう?

 


 そんな俺の心を読み取ったかのように、マスターが続けた。



「おや、貴方が大立ち回りを演じた舞台がどこなのかご存じないのですか?」



「いや確かに、ラムランナーの倉庫にしては妙な造りだとは思っていたが……」



「ここは、魔王軍の酒造りの最前線。ビール工場なんですよ」



「魔物たちが? 酒造りだと……?」



「どうです勇者様、魔物の手による初めてのビールです。一緒に見学して、ついでに味見といきませんか?」










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