傷心者、故郷へ帰る



「ねえお兄さん。悪いけど、このまま飲み続けられると他のお客さんの分がなくなっちゃうよ」



 千鳥足テレポートを使うべく、一心不乱に酒を喉に流し込みつつ、彼女との楽しい思い出に耽っていた俺は、店主に声をかけられるその時まで、自分が周囲から奇異の目で見られていることに一切気づいていなかった。俺の机の周りには、既に空となった酒樽がいくつも転がっている。



「……妙だな」



 これだけ飲んだというのに、俺の足元はしっかり地面を踏んでいる。剣士として鍛えた体幹は、いっさい揺るぎない。まるで根を下ろした大木のような安定感だ。とても千鳥足を踏めるような状態ではない。




「妙なのはあんただよ、兄ちゃん。これだけ飲んで顔色ひとつ変わってねえんだから」



 俺が、勇者として魔物たちと戦ってこれたのは女神から授かった「耐性」の力があったからこそだ。だが、いつかはその力が、俺の敵として立ちふさがることはわかっていた。日を追うごとに、酒の量が増していったのも、なかなか酔えなくなっていたからだ。



「すまない……もう、今日はこれで帰るよ」



 俺は、店主に金を払い、宿へと戻った。

 ベッドの中に潜り込んだ俺は、今後のことを考える。


 酒に酔えなくなったということは、すなわち彼女を探すにあたって最も有効な千鳥足テレポートが使えなくなったということだ。ではどうするか、地道に行方を捜すか……?いや、正攻法の効率の悪さは、魔王捜索の件で身に染みている。だがしかし、それしか手段がないのなら……。いや、それよりも何とか千鳥足テレポートを使う手段を講じたほうがマシだ。工業用アルコールなら、いくら俺でも酔えるんじゃねえか……?だが、それとてアルコールであることには変わりない。単に度数の高い低いでは、俺の耐性を抜くことは到底不可能だ。


 ぐるぐると回る思考は止まることを知らず、俺は久しぶりに眠れない夜を経験する羽目となった。


 日が昇ると同時に、俺は身支度を整えた。たっぷり時間を使って考えた結果、俺は一つの結論へと達していた。



 「俺一人じゃどうにもならない」



 いざ口に出してみると実に情けない話ではあるが、俺に助けが必要なのは明らかだった。千鳥足ではない、普通のテレポートを使うべく俺は詠唱を始める。テレポートでは、行先を強くイメージすることが重要だ。そのイメージと現実との差異が少ないほどテレポートの成功率はあがる。


 俺は、魔王を取り逃した最終決戦後に一度立ち寄ったきりの久方の故郷、王都の街並みを思い浮かべていた。向かうのは、王都にある大聖堂。俺に力を与えた女神を主神とする、この国で最も力を持つ女神正教の総本山だ。

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