あっちにフラフラ、こっちにフラフラ
「酔っ払いの事を指して、千鳥足ってのはわかるでしょう? あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。右足を左に、左足を右に」
俺はまだ、その千鳥足とやらを経験したことは無いが。まあイメージは湧く。いわゆる、酔っ払いがやるアレだ。
「出来の悪いダンスみたいに、右に左に体を大きく揺らしながらも前に進む。それが千鳥足。そして、その奥義こそが千鳥足テレポートよ」
彼女は、完全に説明モードに入ってしまった。隠しようがないほどの話題逸らしから考えられることは、『年は聞くな』そういうことなのだろう。ならば聞くまい。
それに、名を名乗らないってのもちょっと秘密をもっているようで格好いいじゃないか。ならば俺も名乗るまい。彼女の事は、そう……遊び人と呼べば良い。
「つまりね、ランダムであらぬ方向へ飛んでしまうこともあるけど、少しずつ前には進む、すなわちいつかは目的地にたどり着ける。千鳥足テレポートはそういう魔法なの」
「そんな、都合のいい魔法だったのか」
「そうでもないわよ。最終目的地にいつたどり着けるのかはさっぱりわからないし、なによりこの魔法は場所と使用者を選ぶ」
「そういえば、そんなことを言っていたな。貴方には資格があるとか」
「その通り。この魔法は酔っ払いにしか使えない」
魔法は、常に対価を必要とする。自然の理を超越し、奇跡を為すため。つまるところ、世界への捧げものが必要ということだ。
大抵の場合、それは術の使用者が自身に内在する魔力によって支払うこととなり、魔法の効果が強大になる程、その勘定は跳ね上がっていく。
テレポートは、一度訪れたことがある場所に飛ぶことができる魔法だ。行ったことも無いうえに、そこが何処であるかもわからないにも関わらず、目的地へとたどり着くことができる。そんなことができる魔法ではない。
だがそれを可能とするならば、最もメジャーな移動魔法である「テレポート」以上の対価が必須となる。つまり千鳥足テレポートを行うには、膨大な魔力が必要となるはずだ。
だが、彼女に歴史に名を遺すほどの大魔導士と同様の魔力を有しているようには到底見えないし、現に先日の千鳥足テレポート発動時にそれほどの魔力が消費されたようには感じられなかった。
つまり。
「ランダム性をもたすことで、対価の支払いを格安に抑えている……?」
「そ。それと、酔っぱらった状態でのみ使用可能というリスクを設けることで、そのランダム性に一定の指向性をもたせるってわけ」
魔力の代わりに、リスクを背負うというわけか。
人は、リスクを負うことで通常以上の力を発揮することができる。極度の緊張状態が、体のリミッターを無意識に外される為だと聞いたことがある。火事場の馬鹿力、命を懸けた特攻、そして足元がふら付くほど酔った状態で使うテレポートというわけか。
「だが酔っぱらった状態が、それほどのリスクになり得るのか……?」
あの日、俺と遊び人は一発で魔王の手掛かりとなり得る密造酒の貯蔵庫に飛ぶことができた。
遊び人が、どの程度の魔力を使ったかはわからないが酔っぱらうというリスクに対してあまりに大きいリターンだ。
「そりゃうまく行ったからね。下手すると海のど真ん中にポチャンなんてこともあり得るのよ、それも酔っぱらった状態でね」
「泳げばいいさ。もしくは、改めて普通のテレポートで飛びなおすか」
「……私、泳げないのよ」
やっと納得がいった。ランダムテレポートの最大のデメリット。それは、この世界の7割は海が占めているという事実だ。その緊張感が、魔法の成功率を飛躍的に高めているということなのではないだろうか。
「それに、この魔法で飛んだ先からテレポートを使うのは不可能なのよ。決められた儀式を行わないと帰れないの」
「うん? どういうことだ?」
手をこめかみにおき、彼女の言葉を反芻する。だが、テレポート先からの帰還に、専用の儀式が必要なんて魔法は聞いたことがない。それもまた、一つのリスクということなのだろうか。面倒な条件を付与することで、対価の支払いを抑えているのだ。
ふと窓の外に、意識を向ける。この数日で、見飽きた光景に変わりはない。呆れるほど静かで、閑散としている。
「そういえば、先日の俺はいつのまにか宿屋に帰っていたな。その儀式を、君がやってくれたことで帰還できたということか」
「そうよ。この魔法はランダムで飛んだあとに自宅に帰るまでで一セットになっているの」
「それも、魔力を抑えるための条件なんだな」
「うーん……多分違うと思う」
「どういうことだ?」
「だから、酔っ払いが千鳥足で適当な店に辿り着くでしょ。それで、そこで軽く一杯。のどごし二杯、舌で転がす三杯目といくじゃない。さてそろそろ、店じまいですぜお客さん。でも酔っ払いだから、自分がどこにいるかもわからないし、帰れない」
「そしたら、お店が迷惑するじゃない。だから、この魔法は一度テレポートして帰還の儀式で自宅に帰るまでが一セットなの」
いやはやまったく理解できない。難解極まりないとはこのことだ。彼女は何の話をしている?理解できないのは、俺が魔法に疎いからであろうか。いや、そうではないはずだ。というか、そもそも俺は魔法に疎くはない。
しかし、テレポート先から、自宅までに戻るまでが一セットの魔法にどういう意味があるというのだ。彼女は、わかりやすく例え話で説明してくれているのだろうが、それが余計に話をわかりにくくしている。
「だーかーらー、この魔法は酔っ払いが二件目を探すための魔法だって言っているのよ。その人の嗜好を読み取り、お好みの店へたどり着けるかもしれない」
「本来は、そういう遊び人御用達の魔法なの。だから千鳥足テレポートが成功して飛べる先は、必ずある程度のお酒が置いてある場所ってわけ」
なんで、そんな魔法が存在しているんだよ……。というか、誰がこんな魔法を作ったんだ。
――いや、『遊び人御用達の魔法』なんて阿呆な魔法を作るのは、それこそ遊び人しかいないではないか。
「ということは、帰れないと店の迷惑になるってのは――」
「そう、例え話でもなんでもなくて。実際に、店に迷惑がかかるといけないからってとられた措置。この魔法を作った、とある元賢者、現バーテンダーの心遣いってわけよ」
それは心遣いというより、千鳥足テレポートで自分の店に飛んできた酔いどれを追い返すための措置なのではないだろうか……。
しかし、なるほど。俺は、この魔法を魔王の元に辿り着くためのものと捉えていたが実のところそうではない。新生魔王軍あるところにアルコールあり。その点に、目を付けた遊び人が魔王を追う術としてこの魔法を利用しているのだろう。……もしくは、純粋に手ごろな二件目を探す目的で利用しているという線も消すことは出来ないが。
いや、彼女は元騎士団員。職務に忠実だったからこそ、職を辞し魔王を追うために遊び人になってまでこの魔法を習得したに違いない。いや、そうに決まっている。
背後から、もぞもぞと音がする。どうやら、遊び人がベッドから這い出てきたようだ。しかし、なんだ?見張りの交代の時間ではないはずだが。お花摘みかな。
俺の予想とは裏腹に、彼女の気配は俺のすぐ後ろまでやって来た。どうやら俺の頭越しに、外を眺めているようだ。
「この間の一件から推測したんだけど。千鳥足テレポートは、おそらく二人でやると成功率があがるんじゃないかと思うの」
彼女の声が、俺の耳をくすぐる。常に、あばら家に目を向けているから彼女の正確な位置はわからないが、予想以上に俺の近くにいるようだ。
その事実に、心臓がドクンっドクンっと脈打ちだす。落ち着け心臓。そんなに荒ぶっては、彼女に感づかれるぞ。感づかれるって……何を? 下心?
「この間のは、俺にとってはビギナーズラックだったということか」
「そうそう。これまでの経験上、一発で屋内に飛べたことは無かったわ。ゴミ捨て場の上空に飛んだり、どぶの中にひっくり返ったり、散々な目にあってきたんだから」
「まあ、検証したわけではないから。あくまで仮説なんだけどね」
「……それで、俺と組む気になったというわけか」
なんだな。それは、ちょっと複雑な気持ちだ。
「まあ、それだけじゃないわよ。目的が同じ仲間が欲しかった、というのもあるかな。だって……一人は寂しいもの」
彼女は、俺の欲しい答えを見透かしているかのようだった。だが、ほんの少しだけではあるが、彼女の声には陰があったように思えた。普段の俺ならば、見逃す。いや、聞き逃すほどの些細な感情の翳り。なぜ、気づくことができたのか自問自答するが答えは出ない。
「寂しいか……俺は、そう思ったことはないけど」
「だって勇者は、ずっと一人旅でしょ」
「そうだな」
「私には、たくさんの仲間がいたんだもの。急に一人になって寂しいって思うのはしょうがないことでしょう?」
そうだった。彼女は、俺が魔王を追い落したことで職を失った元騎士だ。多くの仲間と同じ釜の飯を食い、血や汗を流して魔物達と戦う、そうやって長い時間を信頼できる仲間たちと過ごしてきたのだろう。
不可抗力ではあるが、彼女の孤独の遠因に俺がいることに一抹の責任を感じてしまう。彼女の、戦闘力から見れば。いやそれだけではない。この短期間で、この俺をすっかり籠絡してしまった生来の明るさ。魔王が放つ漆黒の闇のオーラさえ眩く照らしてしまいそうな、その彼女の明るさから鑑みても。彼女が仲間たちに慕われていたであろうことは明らかだ。
もしかすると、彼女が酒を飲むのは孤独から逃げたいがためなのかもしれない。そう。俺が、酒の力を借りることで不安を取り除いたように。
「ああ、なんだか飲みたくなってきちゃった」
「……酒を飲んで油断なんてしたらどうする、細い縄なんだ手放すわけには行かない」
「酒を飲んだぐらいで油断する玉じゃないでしょ」
「君が、ケガでもしたら大変だ」
その愛らしい顔に傷でも付いてしまったら、それは世界の損失だ。
「その時は、貴方が守ってよ」
その声には、光が戻っていた。出会ってまだ短いが、常に彼女が纏っていた明るさが蘇っていた。
そうか、彼女は常に輝いていた。だからこそ、僅かな翳りにも俺は気づくことができたのか。
「ずるいな……わかった。いざとなったら、命を懸けてでも守ってやる。勝てないと思ったら、俺を置いてでも逃げろ」
「うーん、気持ちは嬉しいけど私の為に命まで懸けられるのはごめんよ。それに仲間は絶対に見捨てない。それが私の騎士道よ」
「だが、勇者とはそういうものだ」
しばしの沈黙、どうやら彼女を困らせてしまったらしい。だが同時に、俺の事を気にかけてくれていると思うと少しうれしい。
「そうね、本当にその時が来たら『ここは俺に任せて先に行け』とでも言ってみたらどう?」
「それこそ物語に出てくる勇者みたいにね。わたし、そういう王道の物語が大好きなのよ」
「考えておこう」
妄想の世界で、『ここは俺に任せて先に行け』と叫んでみる。……あまりの恥ずかしさに妄想の世界ながら、顔を両手にうずめて地面をゴロゴロと転がってしまった。素面で言える台詞ではない。
「さて、それじゃあ勇者の許可も貰ったし、私はお酒でも仕入れてこようかしら」
俺のどの発言を、どのように理解したかはわからないが。どうやら彼女の中では、既に飲酒許可が降りたらしい。だがまあ、夜は俺の担当だ。それにいざという事態でも、俺一人で捌ききる自身はある。遊び人は、遊び人らしく好きにするがいいさ。
「だがどこで酒を手に入れるんだ。この町には来たばかりだし、到着してから此の方ほとんど探索もしていない。スピークイージーの場所に検討でもついているのか?」
「何を言ってるんだい勇者様。私たちが居座っているココが何処だかわからないのかい?」
「窓際? いや、屋根裏部屋か……?」
「そう、ここは教会だよ。教会があるならそこには必ずワインがある!」
どうやら、今晩のオトモはワインに決まったようだった。
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