最終夜 不死講

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最終夜 不死講


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 年号が令和に代わって早ひと月、いやはや時代の流れというものは実に目まぐるしいもので。


 しかし、ニュース番組を見れば毎日のように物騒な事件ばかり。毎日、人死にの話を聞くというのは、なかなかに辛いものがありますなあ。


 「死」というものは、実に恐ろしいものにございます。私のような一般市民はもちろんのこと、権力者や大富豪、ボクシングのチャンピオンにだって平等に訪れるのですから。


 ところが、読み物の世界に目を向けてみると、これがまた不思議なことに「不死」たることの多さに目をみはります。人々は死を恐れるあまりに想像の世界に「不死」を求めているのかもしれません。


 今回のお話は、そんな不死を得てしまった者たちが夜毎に開く『不死講』のおはなしにございます。



勇者「おーい、いるか?」



魔王「いるよいるよ、カギはかかってねえから入ってくれ」



勇者「久しぶりだなあ魔王、500年ぶりぐらいか」



魔王「だれかと思えば、勇者か。もうそんなに経つのか」



勇者「ちっと近くに寄ったもんでな、それでどうだい? そろそろ寿命はつきそうか?」



魔王「それがちっともさ、腰はいたまねえし、思考も冴えっぱなし、体力も全盛期となんら変わらん」



勇者「おいおい、魔王が死なない限り、勇者である俺も死ぬことができねえんだ。そろそろ死んでくれよ」



魔王「だったら、お前が俺を殺しておくれよ」



勇者「俺の力じゃあ魔王を殺しきれねえから、寿命がきれるのを待ってるんだろうが」



魔王「ちっ、我だって死ねるもんならさっさと死にたいさ。テレビにもラジオにも飽き飽きだ。漫画や小説も、これだけ長く生きてると先の展開が読めてしまってつまらねえ。現世で生きる無上の苦しみには、我はもう耐えきれん」



勇者「まあ、そんなところだろうと思ってな。今日は面白い話を持って来たぜ」



魔王「面白い話?」



勇者「ああ、なんでも月のでない夜。俺たちのように死ぬことのできない者たちが夜な夜な『講』を開いているらしい」



魔王「ほう、この世界に我ら以外にも不死者がいるというのか」



勇者「おうよ、それで今晩は、その月の出ない夜ってわけだ。一緒に行ってみようぜ」



 場面は変わって、とあるアパートの一室。さほど広くないそこには、勇者と魔王を含め有象無象のアンデッド達が集まっておりました。さながら、その様相は百鬼夜行。まともな人間の姿を保っているのは勇者一人でありました。



勇者「うひゃあ、こりゃまたすげえな」



魔王「おい、向こうを見てみろ。肉が腐り落ちてるのに、動いている奴がいるぞ」



勇者「ありゃあ、ゾンビってやつじゃないか。ほら、お前んところにいたグールの親戚みたいなもんだろ」



魔王「見てみろ勇者。あっちには、ただの黒猫がいるぞ。あれも不死者なのだろうか」



勇者「うーん、一見するとわからねえが。ここにいる以上、そうなんじゃねえか」



魔王「ところで勇者。こんなところに不死者がゾロゾロと集まっていったい何をするんだ」



勇者「静かに。ほら、はじまるぞ」



 各々が、雑談に耽っていると、一人の妖怪が部屋の中央に進んでまいります。妖怪が、すっと手をあげると周囲はシンと静まり返り男に注目致しました。



妖怪「皆々様方、今夜も不死講にお集まりいただき有難うございます。本日は新たな仲間を二名も加え、より我々の苦しみを分かち合うことができることに喜びを禁じえません」



妖怪「それでは早速、始めましょう。まずは、グールさんからどうぞ」



グール「お久しぶりで皆さま。今回は、半月ほど自分の心臓を止めてみました。まあ、残念なことに死には至りませんでしたが、どこか息苦しく生きた心地がしませんでした。もし、まだ試されたことが無い方はぜひやってみてください」



 グールが話し終えると、部屋の中は万雷の拍手がおこりました。「ブラボー!」「よっ、日本一っ!」などと皆がようようとグールを称えます。



魔王「なるほどな。ここでは、不死者たちが如何にして死に至るかを披露する場ということか」



勇者「そういうことさ。残念なことに、実際に死ねた者は一人もいなくて、年々人数が増えて行ってるって話だ」



妖怪「では、お次は魔王さんいかがですか?」



魔王「ふむ、我と勇者は長年殺し合いを続けてきた身。話のネタには困らんぞ」



妖怪「そいつは、嬉しい限りです。我々、不死者にとって死の話題こそ最も心躍る娯楽ですから」



 魔王が立ち上がり、皆の視線が集まります。そしていざ、魔王が口を開こうとした瞬間。部屋の扉が大きな音を立てて開きました。



奇妙な男「こ、ここが『不死者』を殺す会か!? 俺は、不死者を殺す方法を知っているぞ!」



 奇妙な男の突然の登場に、場はざわめきます。



妖怪「おいおい、いったいこの会が何千年開かれていると思っているですか。そんなに簡単な方法があればみんな苦労しませんよ」



奇妙な男「いや、確かなんだ。確実に死ぬことができると断言できる!」



グール「きゅう」



勇者「おいっ! グールが倒れたぞ! あっ、なんてことだ。脈がある! せっかく止めてた心臓が驚きのあまり動き出したんだ!」



妖怪「……それでは、魔王さんの番でしたが。先に、そちらの方の話を聞いてみましょうか」



 意気揚々と語ろうとしていた魔王は、しゅんとして座ります。



奇妙な男「俺は、実は別の惑星から何億年もかけてやってきたんだ。その惑星では、とある博士が不死の薬を作って住民みんなが不死者となっていた」



奇妙な男「俺も、その薬を飲んで。宇宙探索の旅に出たんだが、なにせ死ぬことがないもんだから遂には探検に飽きてしまった。そんなとき、俺は思い出したんだ。俺が故郷を旅立つ直前。不死の薬を作った博士が、今度は不死者を殺す薬を研究しだしたって」



奇妙な男「あの博士ならきっと不死者を殺す薬を作り上げている。そう思った俺は、急ぎ故郷に帰ろうとしたんだがロケットの故障でこの星に流れ着いてしまった。だから、ここにいる不死者でロケットを修理するのを手伝ってほしい!」



勇者「そりゃあ、えらく面白い話だ」



妖怪「ですが、我々にはそのような知識はありませんよ。それに、貴方の故郷の星はうんと遠いのではありませんか?」



魔王「それに、不死者を殺す薬が完成しているとも限らんしな」



奇妙な男「そうだが……」



黒猫「んにゃあ」



 突然、それまで黙り込んでいた黒猫が声をあげました。それに気づいた妖怪が、黒猫へと近寄りその声に耳を傾けます。



妖怪「なんですって!? 長距離惑星間での電波の送受信に成功したことがあるですって!?」



黒猫「なーご」



妖怪「たしかに、ロケットよりも電波のほうが早いですし。まず確認をとって、何だったら不死者を殺す薬を送ってもらえればいいですね」



 急に、話が現実的なものとなったためか、部屋の中は喜びの声が上がり始めました。その声は、徐々に大きくなり遂には大歓声となりました。



 そうして、不死者たちによる一大プロジェクトが発足し。それは、長い年月をかけて進められました。しかし、不死者にとっては時間は無限にあるもの。不死者たちは苦も無く、それを成し遂げました。とある博士から送られてきた、不死者を殺す薬は『不死講』の場でみなに平等に配られ不死者達は、無事に死を迎えることができました。



勇者「おいおい、そこにいるのは魔王じゃねえか」



魔王「おう勇者。こんなところで奇遇だな」



勇者「奇遇も何も、周りを見てみろ。ほらあっちにはグールさんが。こっちには黒猫ちゃんもいるぜ」



魔王「あらま、本当だ」



勇者「話によると、この道をまっすぐ行くと天国と地獄の分かれ道につくらしい。おっ、噂をすれば見えてきた」



 勇者の話の通り、そこには大きな分かれ道がありました。そこには一人の羽を生やした子供がいて、死者たちに道案内をしています。



天使「おや、貴方がたも遂に死ぬことができたのですね。おめでとうございます」



勇者「そりゃどうも」



魔王「ところで、この分かれ道はどこに続いているんだ」



天使「右に行けば天国、左に行けば地獄でございます。貴方がたは生前の行いもおおむねよかったので、天国へどうぞ」



勇者「ちなみに天国ってのはどんなところなんだい?」



天使「気持ちのいいところですよ。体は老いないし、ずっと元気が湧き続けます。酒も女も選び放題。テレビだって映画だって見放題です」



魔王「ふむ、じゃあ我らは地獄に行かせてもらおうかな」



天使「はい? 地獄は、それはひどいところですよ。無限に等しい時間味わう苦しみは考えるだけで生きた心地がしません」



勇者「だから行くのさ」



天使「?」



魔王「体は老いない、ずっと元気が湧き続け、酒も女も選び放題、テレビに映画も見放題なんて。そんな楽園にいたんじゃあ」



勇者「とても死んだ心地がしねえってもんさ」




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不死講  おわり


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不死講 ふっくん◆CItYBDS.l2 @hukkunn

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