第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵家業で食っていく~シュレディンガーの猫③
「捜査は足で稼ぐものさ」
僕の心の師匠である祖父の言葉だ。ちなみに祖父は探偵ではなかったし、捜査活動を行う官憲の類でもなかった。
では何者であったのかというと、特に意味もなく何か含みのある訓示を残すという妙な持病を持った男であった。
現にこの言葉も、家族でスキヤキを囲っている際に祖父が突然思い出したかのように呟いたものである。
もしかすると鍋の中の僅かな牛肉を探そうとしての言葉だったかもしれないが、それにしても足で稼ぐというのは的外れもいいところだ。
探すなら箸で探せ。箸で。
異世界転移以前の懐かしい記憶に一抹の寂しさを感じながらも、僕は祖父の言葉に従い両足を机に投げ出し、太ももの上にノートパソコンを置いてネットサーフィンを始める。
勘違いしないでいただきたいが、これは立派な捜査活動の一環である。最新のニュースを最速で頭に入れることは、探偵にとって最も重要な仕事なのだ。
僕の灰色の脳みそが、ピンク色の画面から必要な情報をインプットしていると、急にポップアップが出てきた。
「5クリックでビンゴに当たる。毎月30万~1000万が当たる」
ほぅ、これはこれは。今のところ、特に金には困っていないが「ただでもらえるものは嬉しい」祖父の訓示の一つだ。
もらえるのなら、なんでももらおうじゃないか。
数十分後、僕は探偵的直感によってそのポップアップが詐欺まがいの広告であることに気づきマウスを投げだす。
「……仕事しよ」
僕は、電卓夫人から教えてもらった結婚指輪氏の殺害現場へと足を運ぶことにした。
しかし、足を運ぶのはいいものの全く頭が追いついていなかった。この依頼内容の異常性に今更ながら気づいてしまったからだ。
追いつかない頭とは裏腹に、足だけが進んでいく。
「捜査は足で稼ぐもの?僕の足が稼ぐのは、せいぜいが距離ぐらいのものだ」
祖父に対抗して、何かそれっぽい訓示を唱えてみようとするが巧くいかなかった。
だいたい、結婚指輪が死ぬとは一体全体どういうことなのだ。無機物の死とは、いったい何を指すのであろう。
そんなことを考えていたら現場へと到着していた。
非常にわかりやすい現場だった。男が一人、血を流して倒れていたのだ。
倒れた男をざっと見るに、ワイシャツが血に濡れていて首から上に何も無いことぐらいしか特に変わったことは無い。
いやまあ、かつての世界なら「首から上には何も無い」なんてのは探偵の格好の餌食となる事件ではあるのだが。
しかし妙だな。この世界の人間の構造を鑑みるに、この首から上には結婚指輪が据え付けられていたはずだ。まあ、サイズ感はこの際無視しよう。
仮に、無理やり「結婚指輪」を体から引きちぎっていったとすると現場には大量の血が残っているはずだが……。
男の体で血に濡れているのは胸部付近のみで首周りに血痕はない。結婚指輪だけに。結婚指輪だけに。
よくよく調べてみると、男の左手薬指には指輪の跡があった。
なるほど、「結婚指輪」氏は頭に据わることを良しとせず本来あるべき所にいたわけだ。そういうタイプの人間もいるのか。
先入観というものは恐ろしい、やはり現場に出て直に捜査するのも大事だな。
「さて、もう少し詳しく調べてみよう」
僕は、周囲に誰もいないことを確認し男の懐へと手を伸ばす。
男が来ているスーツの内ポケットあたりを弄ってみるも空振りに終わる。財布はなかった。畜生。
そうなると、物取りにでもやられてしまったのかもしれない。
出会い頭に胸を刺され、倒れたところで金目の物を全て持っていかれてしまったのだろう。金目の物。
そう、結婚指輪氏もその一つではないか。
さて僕の仕事は結婚指輪氏の遺体捜索であって犯人捜しではない。しかし、状況を鑑みるに犯人を追うことが遺体を見つける近道となりそうだ。
僕は、改めて男の体を調べる。見て探し、触って探した。では次は、においでも嗅いでみよう。
男の体からは、獣の匂いがした。
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