勇者が突然「ねえ魔王様……今日は魔王城に泊って行ってもいいですか」なんて囁いて来たらもう性欲を抑えきれるわけがないでしょう!~落語調異世界奇譚「足洗」~

ふっくん◆CItYBDS.l2

第1話

勇者「ねえ魔王様……今日は魔王城に泊って行ってもいいですか」



魔王「ななななにを言ってるんだ勇者!」



勇者「えー……でも、わたし今日泊るところがなくて困ってるんです……」



魔王(どどどどういうことだ、これは俗にいう卒業チャンスなのか!?)



勇者「ねえ、いいでしょ?」





えー皆々様、大変お見苦しいものをお見せいたしました。


先ほどのものは、不肖私めの儚くも尊き妄想にございます。特に意味のあるものではございません。



改めまして皆々様、年が明けて約三月ほどが経ちましたが如何お過ごしでしょうか?


私はと申しますと、年度末に向けて納期納期に追われる毎日でございます。


こう忙しいと、ついつい仕事を辞めたくなってしまいますなあ。



しかし、仕事を辞めるというのは実に難しい。


上司にのたまう口上を考え、書類をそろえ、仕事を引き継ぎ、まあその労力の甚だしさと言ったら。


昨今では、退職請負人なる職業まで出てくる始末でございます。



さて、場所は変わって勇者と魔王が在する異世界。


どうやら、こちらの世界でも仕事を辞めるというのは一仕事のようでございます。




盗賊♀「おやおや、勇者の兄貴じゃございませんか。どうもご無沙汰しておりやす」



勇者♂「おうこんなところで奇遇だな、アースドラゴン討伐の時以来だが元気にしていたか」



盗賊「そりゃあもうおかげさまで」



勇者「それでお前さん、なんでまたこんな所にいやがるんでい。たしか住まいは本所のほうだろ」



盗賊「へへへ、実は兄貴を探していたんですよ」



勇者「俺を?」



盗賊「へい、屋敷に伺ったんですがいらっしゃらなかったので散歩がてら探していた次第で」



勇者「何か訳ありのようだな」



盗賊「まあそんなところで。ここじゃあなんですから、お宅に伺ってもよろしいですか?」



勇者「そりゃあまずい。男独りのヤモメ屋敷に女の子を連れ込んだなんて噂がたっちまったら役目柄たいへんなことになる」



盗賊「それじゃあ、そこのソバ屋にでも入りやせんか。なに、勘定はアタシ持ちで結構です」



勇者「俺に酒を奢るってか、まったく生意気言いやがって。だが折角のお誘いだ、一杯ごちそうになろうじゃねえか」



盗賊「いっぱい!?ちょっと兄貴、ほどほどに遠慮はしてくださいよ?」



勇者「『いっぱい』違いだよ、相変わらず阿呆が抜けねえな」



――――――


ソバ屋


――――――



勇者「相すまねえな。馳走になるぜ」



盗賊「へへへ、どうぞどうぞ」



勇者「それで相談てのは何だい」



盗賊「へえ、実は足を洗おうかと思いやして」



勇者「なんだい、ここのソバ屋は奥座敷でもあるのかい。よしそれじゃあ、今晩は辰巳芸者でも呼んで盛大にやるか」



盗賊「か勘弁して下せえ、アタシの懐がそんなに暖かそうに見えやすか。それにここには奥座敷なんてありやせんぜ」



勇者「じゃあ足まで洗って、いったい何をしようっていうんだい」




さて、外を出歩く人々が皆が靴を履いている昨今では話の筋が分かりにくいかと思います。


ですので少しばかり、ご説明をさせていただきますのでお付き合いください。


この時代、なんと驚くことに今様の靴というものは未だ存在しておりませんでした。


では、人々は何を履いていたかと申しますと藁を編んで作るいわゆる草鞋というものでございます。


こいつは、なかなかに粗雑なものでして少しばかり外を歩けばすぐに足は砂だらけとなってしまうもので。


人々は、宅へと上がる際に足を水で洗うのが習慣となっているのでございます。




盗賊「足を洗うってのは所謂、慣用句のほうでさぁ」



盗賊「盗賊家業を辞めようかって話ですよ。兄貴こそ阿呆が極まってるんじゃあねえですかい」



勇者「ははは、ほんの意趣返しさ。からかって悪かったな」



盗賊「こっちは真剣なんですぜ」



勇者「ふうむ、しかし足を洗うねえ。つまるところ家業があまりうまくいってないってことかい?」



盗賊「そうですねえ、どうもこの頃はどこの大店も閑古鳥が鳴いているようで」



盗賊「今日も目を付けていた屋敷に忍び込んだのですが、銭の一つないどころか米びつに米一粒もありやしねえ」



盗賊「あの様子じゃあ、ネズミ一匹養えねえ」



勇者「そりゃあまた気の毒な……」



盗賊「障子も破れっぱなしで、布団にいたっちゃ継ぎはぎだらけ。立派なのは門構えだけときたもんだ」



勇者「……なんだか随分、親近感のわく屋敷だねえ」



盗賊「まったく勇者ってのもそう儲かる仕事じゃあないんですねえ」



勇者「俺の屋敷じゃあねえか!」



盗賊「へえ、その通りで」



勇者「悪びれもしねえたあ、なんて肝の太え奴だ」



盗賊「何も盗んじゃいませんですから。というか盗めるものが一つもありやせんでしたから」



勇者「俺は懐に収まらねえ金は使っちまう主義なんだよ!」



盗賊「そりゃあまた頼もしい」



勇者「それにもし盗みを働いていたら、お前さんを番所にしょっぴかなくちゃならないところだったよ。まったく貧乏に感謝しやがれ」



盗賊「感恩戴徳 感恩戴徳」



勇者「話がそれちまったね―――それで盗賊を辞めて後はどうするんだい。お前さん盗み以外に手に職は持ってるのかい」



盗賊「まあ、そっちの心配はしてやせん。兄貴の旅に同行できる程度には腕はたつんですから、冒険者稼業で食っていけるかなと」



盗賊「問題は、どうやって辞めようかってところにあるんでさ」



勇者「ああなるほど。元締めに如何に筋を通すかってことか」



盗賊「左様で」



勇者「まあ大金背負って杯返すってのが常道ではあるが」



盗賊「……」



勇者「ま、そんな金があったら俺のところに相談しには来ねえわな」



盗賊「お察しの通りで」



勇者「うーん、こいつはどうにも行き詰ったねえ。そういえば、お前さん誰の下についていたんだったっけ」



盗賊「本所河原町の裏将軍と呼ばれてる魔王のアネゴの下でさあ」



勇者「また妙な異名をつけたもんだ、将軍なのか魔王なのかはっきりしやがれってんだ。しかし、魔王の下だって?」



盗賊「へえ」



勇者「ったく、それを早く言えってんだ。俺と魔王は幼馴染でな、随分前には同じ長屋に住んでいたことだってあるんだぜ」



盗賊「ままま参ったなあ。そそそれは俗に言う囲い女ってやつですか……?」



勇者「馬鹿言っちゃいけねえ、ガキの頃の話さ。俺んとこの隣に魔王の一家が住んでたのよ」



盗賊「そ、それじゃあ」



勇者「口をきいてやってもいいが、それよりもいい方法がある」



盗賊「いい方法?」



勇者「ああ、昔っからあいつは義理人情に厚い奴でな」



盗賊「それはアタシもよく知ってやす」



勇者「ああ、特に家族のこととなると香具師の仁義なんざ何処吹く風ってなもんよ」



勇者「よし、俺が口上を考えてやる」



盗賊「そいつぁありがてえ」



勇者「そうだな、お前さん家族はいるかい?」



盗賊「えっと生みの親はわかりやせんが、育ての親なら一人」



勇者「なんだかすまないことを聞いてしまったけど今は後回しだ。生まれ……は分かるわけねえよな」



勇者「お前、子供ん頃はどこで育ったんだ?」



盗賊「へえ、南のほうですね。あのマグマ火山の麓に暮らしていやした」



勇者「なるほどな……よしできたぞ」



盗賊「こりゃまたえらい気の早い」



勇者「いいか、今から俺が言うことを違えずに魔王に宣うんだ」



盗賊「わかりやした。えーいいか、今から俺が言うことを違えずに魔王に宣うんだぞ」



勇者「馬鹿野郎、まだ始まってもいねえよ。気の早えのは手前じゃねえか」



盗賊「こりゃまた失礼しやした」



勇者「いいかい?」



盗賊「いいぞ」



勇者「……まずは、こう始めろ」



魔王様、近頃南のほうではトンと冷え込みが厳しくなってきたようで



勇者「するってえと、魔王がこう尋ねてくるだろう」



南のほうだって?馬鹿言っちゃいけねえよ、あんなマグマ地帯で何が寒いってんだ



勇者「いえしかし、そのように文が届くのです」



誰からだい?



勇者「故郷で、孤児のアタシを育ててくれた仏みてえな人からです」



勇者「家に一人でいると寒くて寒くてたまらない、そう文に書いているんです」



馬鹿お前、それは気温が寒いってことじゃねえよ。てめえが居なくて寂しいって意味だ


ったく、てめえにもそんな親がいたとはなあ。おい、こんなところで盗賊家業なんてやっていたら育ての親が悲しんじまう


てめえの腕は惜しいが、さっさと足洗っちまえ


ほら、こいつで旅支度を整えるがいい



勇者「とまあ、こういう具合に足抜けどころか支度金までせしめちまうという寸法さ」



盗賊「そんなに旨いこといきやすかねえ」



勇者「ところがどっこい九分九厘うまくいくと思うぜ。それだけ奴の、家族への情けは尋常じゃねえってことさ」



勇者「もし万が一、失敗したら俺のところに文句の一つでも言いに来ればいいさ」



盗賊「楽観的なのは勇者の兄貴らしくて頼もしいんですが。失敗したら簀巻きにされて川にドボンされてるでしょうから文句も言いにこれやせんぜ」



盗賊「いや、やっぱり意地でも文句を言いに来やしょう。仏になって夢枕で夜な夜な囁いてやりますよ」



盗賊「兄貴のせいで洗う足すらなくなったぞ~って」



勇者「わかったわかった。そこまで言うなら仕方ねえ、乗りかけた船だ」



勇者「魔王の奴を俺の屋敷に呼び出すから、そこで暇乞いといこうじゃねえか」



盗賊「あの幽霊屋敷でですかい?」



勇者「俺がお前さんを幽霊にしてやってもいいんだぜ?」



盗賊「あいすみません。口がすべりやした」



勇者「屋敷には魔王以外が入ってこれねえよう確り結界を張っておくから」



勇者「仮に暇乞いに失敗したとしても、お前さんが幽霊になることはあるまいよ」



盗賊「へえ、そいつは助かりやす」



勇者「よし、それじゃあさっそく人をやって魔王を呼んでこさせよう」



――――――


勇者の屋敷


――――――



魔王♀「まったく貧乏長屋を引き払ったとは聞いていたが、引っ越し先が貧乏屋敷とは」



魔王「お前さん、つくづく貧乏神に気に入られているようだねえ」



勇者「相変わらずの憎まれ口だなあ、本所河原町の裏将軍とか呼ばれているようだが中身は貧乏長屋の悪ガキのまんまじゃねえか」



魔王「ケッ……で、こんなところに呼び出して何さ」



勇者「まあ、あがって茶でも飲んでいけや」



勇者「おーい、茶をもってきてくれーい」



魔王「おいおいおい、なんだい。お前さんいつのまに所帯持ちに……って盗賊じゃあねえか」



盗賊「へえ、こりゃどうも魔王のアネゴ。兄貴、この屋敷にお茶葉なんてイの一枚もありやせんぜ」



魔王「おい勇者……こいつぁどういうことだい……?」



勇者「オットこいつはシマッタ。チョイと隣から借りてくるとスルカ。ヨシ魔王、悪いがしばし待っててクレ」



勇者はスクッと立ち上がると、足早に庭に飛び降り隣の生け垣の中へと消えていきました。


しかし、こいつは盗賊との段取りでございやして。


実は、生け垣の中から魔王と盗賊の様子をコッソリ伺っているのであります。



魔王「行っちまいやがった……急に呼び出すから慌てて駆け付けたのに、なんて野郎だ」



魔王「しかし盗賊よ、おまえ勇者とはどういう関係だい?」



盗賊「へぇ、一緒にドラゴン退治に行ったことがありやして。それから偶に、お邪魔している次第でして」



魔王「なんだい、深い仲ってわけでは無さそうだね。ならいいさ」



勇者(よし、さっさと始めろ盗賊)メクバセ



盗賊「へい」



魔王「?」



盗賊「ところで、魔王様、えぇ近頃南のほうではトンと冷え込みが厳しくなってきたようで」



魔王「突然どうした?南のほうだって?馬鹿言っちゃいけねえよ、あんなマグマ地帯で何が寒いってんだ」



盗賊「おや、本当にうまくいきそうだなこりゃ」



魔王「なんだって?」



盗賊「いえ気にしねえでくだせえ。ええっとなんだったけ」



盗賊「あぁそうだ、いえしかし、そのように文が届くのです」



魔王「……なんだか妙な奴だねえ。それで、文は誰からだい?」



盗賊「故郷で、孤児のアタシを育ててくれた仏みてえな人からでさぁ。家に一人でいると寒くて寒くてたまらない、そう文に書いているんです」



魔王「馬鹿かお前……」



勇者(へへっうまくいきそうだな。どうよ盗賊、ちったあ俺のことを見直しやがれってんだ)



魔王「孤児のお前を拾って育てたってのは、アタシのことじゃあねえか」



勇者(!?)



盗賊「……へぇ、そうですが?」



勇者(!?!?!?)



魔王「アタシから文が届いたってのかい?」



盗賊「へぇ、家に一人でいると寒くて寒くてたまらない、そう文に書いているんです」



魔王「妙な話だねえ、アタシはお前に文なんか出したことねえじゃねえか」



勇者「おいこら盗賊!てめえ、どういうことだ!?」



魔王「おぅ、帰ってきたのか勇者。って、てめえ茶葉を借りに行ったんじゃなかったのかい?手ぶらじゃねえか」



勇者「そんなことはあとだ。おい盗賊、魔王が育ての親ってのは本当なのか?」



盗賊「へぇ、その通りで」



魔王「ははん合点がいったぞ勇者。てめえら何か企んでたね」



盗賊「……おかしいですぜ兄貴。アタシにはアネゴが足抜けの支度金を出してくれるようにはチットモ見えねえ」



魔王「なるほどな、アタシが人情噺に弱いのを利用して小遣いせしめようとしたわけか」



魔王「こいつぁ、ちいっとお仕置きが必要だねぇ……!」



盗賊「あっ兄貴、こいつはヤベェですぜ」



魔王「極・火炎魔法 燎原之火!!」ごごご



勇者「あっまずい、後ろに隠れろ盗賊!勇者バリヤー!!!」



―――――



盗賊「あぁあ、幽霊屋敷がただの焼け野原になっちまいやがった」



魔王「おい、盗賊」



盗賊「へっ、へい」



魔王「お前はアタシの娘みたいなもんだ、仕事が辞めたきゃ好きに辞めればいい」



魔王「もともと家族に、家業を手伝わす気なんてアタシには毛頭なかったんだ」



盗賊「あ、ありがとうございやす!」



勇者「……さてと、一件落着のようですなご両人」



魔王「おう勇者。生きてたか流石だな」



勇者「まあな、だが俺もヤキがまわったな」



盗賊「そんなの見りゃわかりやすよ。ほら兄貴、服に火が残ってますぜ」



勇者「そうじゃねえよ、魔王に家を燃やされちまうたあ勇者の名折れだってことさ」



魔王「自業自得だがな」



勇者「ああそうだな。ところで魔王、お前の本所の屋敷はなかなか広いらしいな」



魔王「まぁ、それなりにはな?」



勇者「さて、勇者にあるまじき敗北を喫したところで俺も足を洗うとするか」



魔王「足を洗うだって?」



勇者「ああ、そうさ足を洗うのさ」





勇者「だから一晩泊めてくれ」






おわり

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