第12話≪ハルの章③≫ードイツ ハイデルベルク編Ⅰ―

フランクフルト中央駅からIC特急に乗り込み約50分、ハルはハイデルベルク駅に降り立ち、32番のバスの停留所に並ぶ。

乗車券を乗車口近くにあるオレンジ色の入鋏機に差し込み乗車時刻を切符にパンチすると乗車席に腰を下ろす。旅情溢れる風景がゲーテやヘルダーリン、ショパンといった詩人や芸術家を虜にし、この町をたたえる作品を回想しながらハルは車窓から流れゆく情景に微笑む。

ハルにとってドイツは`第三の故郷'である。

約1.5㎞離れたビスマルク広場からさらに東へ伸びる歩行者天国であるハウプト通りをバスは走る。

デパート、土産物屋、ブティック、レストランで観光客から地元の学生などで賑わう町の姿をみると自然とにこにこ笑顔になる。

ハイデルベルク大学広場に到着すると、ハルはバスの運転手に礼を言うとたっと降り立つ。大学図書館に徒歩で向かう道を挟んでペーター教会が閑に佇む。

ハイデルベルク大学は現在のドイツでは最古の歴史を有し8人のノーベル賞を輩出しており、ナチスの戦争の悲劇を繰り返すまじと、法・医・哲学・神の四つの専攻分野がパイオニアとして先駆けている。

ハルは図書館に仕事での調べものがあり、また恩師である教授に会いにハイデルベルクへと向かった。


議題は「強姦を司法からどう解くか」である。


図書館では学生や教員がそれぞれ思い思いに紙を捲り、文字のオーサから学識と博識を譲受し自身のインプットした知識と複合し、それらは血となり肉となる。

文字は連なると文になり、文は連なると節になり、節が手をつなぎ合わせるとそれは章になり、章が並ぶと小説になり一冊の書籍ができある。

一つの音符が連なるとコード進行ができ、メロディラインと楽器を重ね、エフェクターという隠し味を入れると一つの曲が出来上がる。

わたしたちは皆一秒一秒どう過ごすか、千差万別である。一秒が60集まると1分、1分が60寄り集まると1時間、1時間が24の韻を踏むとで1日、1日が365数珠巡礼すると1年。その秒単位をどう過ごすのかで人生というアートワークが創造できるのだから、わたしたちは皆小説家であり指揮者であり船頭である。

ハルは法律・司法の書棚の場所に行くとパラパラめくり国際法における民法・刑法に目を通す。

隣の席では法学部の学生が熱心に自習していて夢に向かって努力する姿が美しい。


『文は剣より強し。キミの将来に雄大な飛翔あれ』


ハルは心の中で彼にエールを送ると数冊借りてショルダーバッグにしまうと教授のもとへ向かうため外にでる。

もうすぐ黄昏時だ。ハルはこの時間帯になるととある場所にいつも駆け出す。

ハウプト通りを東へ聖教教会の方角へと走りゆく。

「おや、ハル!今日は仕事は休みかい!?ブレーチェル焼きたてだからたべていかんかね!?」

いつも美味しいドイツパンBrotを早朝から仕込み、愛娘のように可愛がってくれる店主がハルに出来立ての中はふんわりもっちもち外はカリッとライ麦の香ばしい味がしっかりしたパンなどを無償で味見させてくれる。

「親方さーん‼グーテンターク‼うん!今日は母校に用があって戻ってきたの‼今黄昏時だから行かなきゃいけないところがあるの!」

「あははは!いつものあそこだね!気を付けていってくるんだよ!」

「親方さん!いつもありがとう!!」

ハルはこの町の住人皆から愛されている。

あ、あそこの路地裏にひっそり佇む版画ギャラリーで売ってる四方5㎝くらいのミニミニ猫版画、家に買って帰ったらミケ喜ぶかな…帰りに腹ごしらえに『アルト・ハイデルベルグ』の舞台になった場所で大好きなシュマンケールプファンドルとデザートにはさっくさっくのパイ生地とクリームにチェリーの酸味が堪らない黒い森を表現したシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテをオーダーしてラム酒につけたキルシュに舌鼓しようっと。

ハルは頭の中でドイツのあちこちを思い浮かべては脳内のスケジュール帳に書き込んでいく。

久々にドイツに帰ってきた、というより仕事でドイツ遠征にきたのだからしっかりドイツ一般市民の顔や声を見聞きしなきゃね。

わくわくと同時に使命感に燃えるハルの顔は精悍で綺麗だ。

聖教教会まで走りぬくと北へ橋門目指して進。アルテ橋をライン川の支流、ネッカー川を下に臨みながら渡り切るとかなり急な坂道であるシュランゲン小道を鍛え上げたハムストリングスとヒラメ筋、腓腹筋に力をいれ、カモシカのように駆け上がっていく。

「…はぁはぁ…ふぅ―――」

どうやら間に合ったようだ。哲学の道の石畳に背をもたれかけ、呼吸と心拍数のリズムの歩調を整える。

哲学者の道からネッカー川を挟んだ対岸の市庁舎の裏の駐車場から伸びるケーブルカーの麓に街を見下ろす堂々たるハイデルベルク城が聳え立つ。

空はオレンジを紅のグラデーションをバッグにポツリポツリと町の灯りが燈ってゆく。

その時間帯だけみえる1000万ドルならずの1000マンユーロの情景は、どんな嫌な過去も、日々の喧騒も、どれほど深い爪痕を未だ残すハルの心の奥の闇の凍てつく恐怖や不安の塊の氷柱を溶かしてゆく。

「綺麗…」

ハルは一面の風光明媚な宝石の広場をスクリーンに音楽プレーヤをオンにする。イヤホンから柔らかい「彼」の声が聴こえる。


みえない過去に捕らわれ続けるキミ

僕の前だけでは

どうか仮面を破り捨てた素直な笑顔でいてほしい

キミと僕の未来

キミが心から笑えるようになれば

僕は幸せだよ


優しいキミ

いつも平気だと自分にウソを重ね

無理をしがち

そんな健気なキミを

この歌声で癒してあげられるのなら

僕は歌い続ける

キミと僕の未来のために


みえない束縛にいつまでも拘束されるキミ

僕の前だけは

そのままのキミでいいんだよ

キミと僕の創造

キミが心から幸せといえるようになれば

僕は嬉しいよ


Lalala…

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