第4話≪ツキ【囚われの女神】の章 ①≫

またこどもが行方不明になったらしい…

世界各地でこのような恐ろしい黒い噂がひそひそ囁かれている。


時代は、ナチスによる非人道的人体実験により医の倫理方針としてニュルンベルグ綱領、ヘルシンキ宣言が世界的に普遍化するよりも何百年前に遡る。


さっきまでそこにいた筈のこどもが、ぱたりと忽然と姿をみせなくなり、住民たちが必死に探しても二度と帰らずの人となっており、世界各地の政府が軍隊や警官を総動員する事態となっている。


しかし、また、ひとり、また、ひとり消えていく。


日本では奈良、十津川村で大蛇と人の間に産まれたこどもの神隠しの伝承が記録に残っている。


そのこどもたちにはある共通点があった。

ある種の卓越した秀でた特殊能力を神から授かっていたということである。

日本では白痴(はくち)と揶揄されていたこどもたちは、一瞬見聞きしたことは全て脳内にコピー【複写】する特殊能力をもっていた。これは後のサヴァン症候群として研究が進むことになる。

日本には各地に語り部(かたりべ)と呼ばれる伝承人がいた。耳なし法師という法師は盲目にも関わらず何千頁もの物語を伝承したという話は有名である。

東北ではこの語り部の存在があり、古事記や風土記、日本書紀が歴史にレコードされるのである。

一つの命がこの世に産み落とされるにはアダムとイブ、つまり一人の男と一人の女の2の間に沢山の奇跡というまっさらな白の布を携えたコウノ鳥が訪れ、受胎告知という春【ハル】が訪れることによる。祖先を遡ると2の2乗になり、この世に産まれ、この地球【hoshi】に海から流れ着いたことは、カンブリア世紀よりもさらに前の目に見えないナノ単位レベルの原子が2つ融合し1つの分子となり、またその2つの分子がより集まって1つの重合体を組成し、これがなにかの外部刺激なのかはたまた偶然という必然の中の奇跡によるものなのか、ヒトという個体の中にはそれらのプロセスに費やした幾億年の悠久の時が流れている。今もどこかで新たな産声が讃美歌の鐘を奏でる。


場所は第三層世界と呼ばれる冥邸。冥邸のものものたちは瀬条機関(せじょうきかん)という裏で薔薇十字騎士団という怪しげな闇と手を結んだ、魔法や錬金術、悪魔召喚、死んだものを蘇生させるなどという忌々しき巨大な実験集団により科学、医学、数学、工学の革命を起こし、それがまたキリスタンから厚い信仰を受け、国の支配を行っていた。

瀬条機関は世界中にこのサヴァンシンドロームと思しき神童を誘拐する手下を送り込んでいた。

「うひゃひゃひゃひゃ。これはこれはメフィストフェレス様ではないか」

冥邸の手下である瀬条機関の実験者、ルーン文字を創造したホビットのルーンが講堂に響き渡る声で嗤う。

王座の横の鏡からぬっと全身漆黒、ヒトの形をしているがカラスよりも黒い翼、頭には二つの角、メフィストフェレスと呼ばれる悪魔が魔界から講堂の中心の12角形の王の間に君臨する。ざわわわわわわっとその場の物が艶めきを失い枯れゆき命の灯を末梢されてゆく。


イケニエハマダカ


メフィストフェレスは目に炎を揺らがせてルーンをぎょろりと睨む。ルーンはおっかないといそいそと鏡の後ろに隠れる。

ルーンの後ろから薔薇十字騎士団の金髪の美青年、ロキが爽やかな笑顔で現れメフィストフェレスに行儀よく会釈する。

「メフィストフェレス様。ご無沙汰しておりました」

ロキは北欧神話で破壊神としての活躍を死で常の世(とこのよ)から地獄へ去ったあと、瀬条機関の蘇生法により黄泉(よみ)がえり、魔法という名の科学技術であちこちに意図的に戦争を勃発させる大厄災、アルマゲドンの根源の存在である。


「新鮮な生贄をすぐに調達致しますよ」

ロキはパチンっと指を鳴らすと12角形の王の間の地下から月に繋がる螺旋階段が現れる。


マタセルキカ


メフィストフェレスは0コンマ秒も待てないようで怒りと苛立ちによる炎で講堂が焼き崩れかけようとしている。講堂の屋根にみずたまりが湧き出、水の妖精【エルフ】、メレナがズバッと飛沫をあげてわ講堂に現れ、口から勢いよく水を放水していく。


「メレナ、消火ありがとさん」、

ロキはメレナにウィンクするとぶるぶる縮こまっているルーンに行くぞのアイコンタクトをしてメフィストフェレスとともに大気圏を貫く螺旋階段を滑らかに登っていく。


月に着陸した3つのヒトではないものは無酸素状態、無重力でも地球と全く変わらずにいる。

ルーン文字がびっしり書かれた巨大な岩の前でルーンは呪文を唱えると岩は無音で真中に亀裂が入り左右に分かれ、一筋の黒い道が現れる。

その黒い道の先には巨大なホールがあり、下には複雑怪奇な星座標が描かれており、正12角形のなかには正三角形を組み合わせた巨大な魔方陣の星が青く光っている。


レ エ ス メ オ カ 


ロキが詠唱するとバッと正12角形の頂点の上に12星座の記号が映し出された網膜電図を解析し色、明度、彩度を瞬時に微積分計算するスクリーンが空間に浮かびあがる。その下には頭部の無残にも髪を剃られ、無数の電極をはられ椅子に意識消失しているぐったり座りこんでいる12人の神童のあまりにも残虐で悲惨過ぎる光景が現れる。


「どうしてこんな酷いことをしなきゃならないのかしら」

電極からの無数のコードは中心に聳え立つ塔へ埋め込まれており、その塔の上にはピンク色の長髪の美しい女神が透けるような青い空の色の瞳に涙をためていた。右手には赤い心臓、生の籠、左手には黒い心臓、死の籠を掲げている。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ。ツキ様、本日も麗しきお姿で」

ルーンは“ツキ”と呼ばれる女神にいつものごとく見惚れて我を忘れている。

ロキは澄まし顔で言う。

「メフィストフェレス様が待ってらっしゃる。キミの言い分など聴いている暇などないよ」


囚われの身となっている“ツキ”は瀬条機関によりこの世に具現化された日本でいうところの黄泉の国と常の国を往来する“坂”を三途の川に懸け、魂の行き来を司る神である。

ツキは眼をギュッと閉じ、顔を歪ませると一瞬がくんと意識消失し、次の瞬間ガバッとエビ反りに身体をひねらし凛とした音節を声帯を振動させてホールに響かせる。


「起きなさい。わたくしのこどもたちよ」


交流障害を回避するための塔の中のコンプレッサーが起動し、フラッシュ最大応答の磁場が発動する。

意識消失していた神童たちは眼をかっと開き、背をぴんと張る。


「この世の終焉はいかなるものなのか」


神童たちの脳内と網膜にインプットされた記録が数字と音に変化し、塔の中の巨大な微積分計算機【コンピュータ】に人工知能が集積しモジュール化する。がくがくがくがくがくと神童たちは痙攣が激しくなる。脳波を光速の速さでアウトプットするのにインプット側の神童たちの脳細胞が追いつかないのである。


ルーンがその様子をみてまたおっかないとロキの後ろに怯えながら隠れる。


ドウナンダ


メフィストフェレスが言うと同時に神童たちはまたガタンと意識消失、流唾し椅子からずり落ちる。


「五人の戦士が末裔とその彼方を救うであろう」


ツキが言い放った予言とともにツキの右手の生の籠の中の太陽のようなどくどくと脈打つ心臓が拡張し、破裂する。


タシカニイケニエハイタダイタ


生贄、つまりツキの予言がメフィストフェレスの血となり肉となるのだ。


「用事済んだからまーたねっ 籠の中の女神さま」

ロキはひゅうと口笛を吹くとまたホールは姿を消し、メフィストフェレスとルーン、ロキの三人が巨大な岩である祠の前に立っていた。


凍てつくような空気が漂うホールのなか、12星座の神童たちとその母なるツキ。


だれかここから私たちを救い出しに来て…


囚われの身であるツキは一人嗚咽し号泣しながら祈ることしかできなかった。

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