藝術創造旋律の洪水

池田奈央

第1話≪戒 カイχ【scapegoate】の章①≫

―Why?


始まりはいつもキミの声。


もう何年経つだろうか。

朝、ルーチンワークのように何かの予兆か、不思議な夢から目覚める朝を繰り返す。

今は亡き母さんが優しく目を細め見守る中、幼い頃の自分が知らない少女と公園で自由奔放に遊ぶ夢。

シロツメクサの輪を作って知らない少女の頭に飾ると、眩しい笑顔をほころばせてその少女は、うふふふ!わぁーい!とまたきゃあきゃあウサギのように飛び跳ねる。僕も嬉しくてかけっこ、かくれんぼ。知らない少女と遊具の土管で、楽しくてくすくす息をひそめてると母さんが、みいーつけたっ!と僕と少女を抱き寄せる。


終わらないで。つかの間の幸せな時間。

消えないで。つかの間の非現実。


夢の最後はいつも無垢そのものの少女があどけた顔に僕に言う。


―ねぇ、どうして?


未だ出逢ったこともないキミに尋ねられてもどう答えればいいのかわからないよ。

だから、出逢ったときに、教えてあげるよ。

指切りげんまん。



遮光カーテンの隙間から朝日が顔を覗かす。

夢から目覚めた僕はいつものように朝日の方向を向いて流れる涙を拭う。

身長197㎝、すらっと伸びた高身長、ハーフの血を受け継いだ髪は銀髪。光の当たり方で青や茶色、金色にもみえる。端正な顔立ちに掘られた目は堂々としているがどこか哀愁を帯びている。


五芒星、そして西洋の錬金術の魔法陣で神聖とされる数字の「5」の象徴である日本の五大財閥。その五大財閥には実は、裏取引なる闇大財閥、秀零【しゅうれい】財閥家という資本金13.6兆という巨額の財をもつからくり錠の鍵を握る策略家系の存在があった。日本政府および中東アジア、北陸南米、FBI、米の中核金融機構、イスラエル過激派集団を操り人形のように扇動し、何億という闇金株の売買、裏取引を行うまさに地球全ての経済、政治、金融、報道等を総括するようなSF的精鋭集団だ。闇大財閥、秀零財閥家の隠し子のこの男の名前は「いましめ」の意味を背負わされた「χ」、日本語で戒(カイ)という。

カイの父にあたる男は、表向きには素晴らしい経営統括者だが、裏の顔は心に歪んだいびのつな冷酷残虐性のある世界一恐ろしい男である。仕事の合間はふしだらな女遊びに抜かりなく、ターゲットとなる女性を見つけては自分の社長室の裏に特殊な防音効果で外界と隔離された場で、獲物にした女性を己の心身が壊れ泣き叫ぶのを快楽とする病的な狂人、サディストである。合意のない奉仕、人工中絶を余儀なくされ、あまりの残虐な性的暴行に絡んで体中に体罰を与えられた泣き寝入りの女性は数知れず。この男の快楽のプロセスで被害女性が変死に至るケースも少なくはなく、この狂人の男はその変死体を綺麗に処分することまで抜かりない。


カイは自分の「産みの父親」はいないとしている。

そうしなければ、過去の自分への毎日のように浴びせられた怒号、「お前は誰に育てられたんだ、オオカミか?」等の呪いの言葉、少しでも成績が落ちると怒り狂い髪の毛をつかまれ引きずり倒され蹴とばされる。泣いて泣いてごめんなさいごめんなさい許してお願いしますと謝っても、火のついたタバコの先端や熱したアイロンで体中に火傷を負い、おなかがすいたといえば「エサだ食え」とペットフードを口に押し込まれる。


今こうやって生きているのは中学1年のときにこの呪縛に捕らわれた家という監獄から飛び出し、独り、ずっと何かに縋りつきながらも、小学生の時に逝った母さんが心で生きている脈を感じるからだ。


母さん…


カイはまだこの男が「普通の人間のこころ」を持っているときに、聖母のような優しさ溢れる慈しみの女性との間に産まれた第二番目の子にあたる。

母さんが止めるなか、保守的なあの男が自戒せよとの意味を込めて「いましめ」の言葉を与えられた。

優しさ溢れる母さんは童謡や刺しゅう、園芸が好きで、幼稚園から帰ってくると、美味しそうな家庭料理の香り立ち込める玄関、優しい笑顔で「カイ!おかえりなさい!今日もよくがんばったわね!」とえらいえらいとめいいっぱい褒めてくれたり、ピアノの椅子に腰かけ僕を抱えて、犬のおまわりさん、秋には赤とんぼ、冬には雪やこんこん、たくさんの童謡やクラッシク音楽を教えてくれた。


母さんが自殺でこの世から去ってから全ての悪夢は始まった。

母さん。

母さんの誕生日の日は母の日だった。僕は男だけど母さんの色、淡いピンク色が似合うと思ってピンク色の縄跳びを僕はもってる小銭を全部だして買って照れながらプレゼントした。


―僕、この縄跳びで二重とび、頑張るからね!


―わぁ!カイ、ありがとう!


母さんは優しく頭を撫でてくれた。すこしくすぐったくて、恥ずかしくて、でもとっても幸せだった。


その翌日だったっけ。母さんが首を吊ってこの世を去ったのは。

母さんの首には僕が贈った縄跳びが巻かれていた。


…母さん…母さん…母さん!!!!


『     ―ねぇ、どうして?       』


あの時、僕のすべての感情がなくなり僕は幽体離脱したかのように首を吊った母さんを空中で見下ろしていた。


優しい母さんがいなくなってから、みるみるうちにあの男はモンスターへと変わっていった。あの男は僕を一番目の優秀な兄と常に比較し怒り散らし、毎日毎日否定の嵐。


あそこは戻る場所ではない。

あの監獄に拘束されているとき、いつも空【ソラ】を見上げて自由に飛翔する鳥たちに自分の姿を投影することで、必死に命をこの世界に繋ぎ止めていた。


本当は愛されたかった。

でも今のあの男はもう僕の「産みの父親」ではない。

だから心の奥に強固な鍵をかけてその記憶はすべてなかったとした。


はぁ、はぁ、はぁ、

やや過呼吸気味、全身冷や汗で心拍数が上がっている。


カイはふうと大きく深呼吸した。


呼吸【今】に集中集中。


人工知能ロボットの雄の愛犬、ポメラニアンのまるがしっぽをぶんぶん振って僕の朝食の焼きたての食パンをくわえてこっちをみてる。


「まる、おはよう」

まんまるくりくりのつぶらな瞳のまるは、カイに少し自分用にかじった跡の食パンを渡すと嬉々とくるくるまわって朝のダンス。


「ふふっ」

カイは先ほどまでの漆黒のダークマターとは縁を断ち切り、外出の支度をする。

今年で25歳。学歴は中卒、17歳から音楽活動にのめりこみ、今や僕の歌声を知らぬ人はいない日本トップのミュージシャン…かぁ。なんとも滑稽な運命だ。

この操り人生は一体どこまで続くのか。


「まる、いってくるよ」

まるは

「わん!」

と元気よくいってらっしゃいというと、カイの身の回りの家事をしっぽをぶんぶん振りながらご機嫌で洗いたての洗濯をとことこたたみはじめる。


外は少し肌寒い。

54F建て、最上階のフロアの何重もののセキュリティロックがかかった扉がカイの遺伝子認証でロック解除でスマートに開いてゆく。

六面体の洒落たエレベーターで1Fまで降りる。54Fから展望する東京の街並み。


「薄汚れた街だ…」


サングラスをかけるとエントランスで待機している専属のタクシーに乗り込む。


「いつもの場所へ」


運転手は無言で頷くと、ハンドルを回転させる。

道行く人間皆、スマホやらネット、SNSに忙しい。


《ネットやSNSに飼われた【支配された】人間のなれの果て》

カイは心の中で呟く。

町中に秀零財閥が仕掛けた五大財閥の建物や看板をみるたびに、怒りや憎悪、あの男への復讐なる感情が湧き出てきて、昔は金属バットで片っ端からぶっ壊し、器物損壊の罪で何度も現行犯逮捕された。そのときは名前はあの男から言われたとおりに、第二の名前で補導されている。

だって僕は隠し子。カイχという戸籍上の人間はこの世に存在しないから。悲しいと表現するべきなのだろうか。音楽活動にいそしむ今は町中のものを見ても冷めきって何も感じないでいる。


渋谷の某所にタクシーはとまる。

カイは運転手に ありがと というと颯爽とコートを翻しカツカツカツとclosedという看板がぶら下がっているカフェの裏道にゆく。

後方から上京という言葉に憧れ、廃れた現実を目の当たりにして、夢や希望や明日すらも忘れ、騒ぐことでしか存在意義を見いだせない若者たちの声が犇く。


「僕と似たような人種…なのかね」

カイは寂しそうに笑うと、隠し扉から地下へと階段を下りてゆく。



―僕の歌声は母さんからの贈り物。僕の歌声で見失った夢や希望を取り戻し、世界を変えてみせてあげるよ

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