SEI *エリザベスの独白*


―――― 恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの ――――― 美輪明宏



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長雨の続くじめじめとした気候の中、わたくしのお母様はひっそりと息を引き取った。 最後に見たお母様は痩せこけ、昔の美しい姿は見る影もなく‥‥ その日の空もまるでお母様のそれまでの人生を表すかのように泣き続けていた。 わたくしはお母様の墓標に花を手向けて、語り掛ける。 


「お母様は… なぜそんなにつらい思いをしてまでお父様を愛してらしたの?」



心が壊れるまで。


身体が壊れるまで。



するとはわたくしの横に立ち、お母様の墓標を見下ろしながらこう言った。


「リズ、それは本当の愛じゃないわ。 マデリーン様はね、恋に恋していたの。 ‥‥昔ね、尊敬していたある人がこう言ったわ。『恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの』と。 もちろん公爵のしたことはマデリーン様の夫としても、リズの父親としても、貴族としても許される事ではないわ。 でも、自分が与えた分と同じくらい… もしかしたらそれ以上に、想いを返してほしいと望むのはつらいだけよ。」



彼… この輝く銀の髪と心まで見透かされそうな緑の瞳の美しい貴公子の名は、エドナーシュ・フォン・オルベール。 わたくしのかけがえのない友人。 彼が居なければ… 彼が手を差し伸べてくれなければ、わたくしの心はきっと壊れていたでしょう。 



彼と出会ったばかりの頃、わたくしは親の愛とはどんなものか分からなかった。 ただただ毎日苦しくて悲しくて、頼る人もなく、誰にも見られないように隠れて泣いていたわ。



家に帰ってくることはほとんどないお父様。 わたくしに関心がなく、話しかけたり何か失敗をすると苛立ちを隠さず怒り、微笑んでくれたことは記憶にないお母様。 わたくしに関心がない、生まれた時からの婚約者であるジェラルド王太子殿下。 生まれてきたことが間違いだったのかと、くじけて自分を否定しそうになった時、暗闇で嵌ってしまった底の見えない沼のような感情から、エドがわたくしを救い出してくれた。 


父の様に(時に厳しく)母のように(時に優しく)兄のように(しっかりと目線を合わせて)姉のように(美に対する意識は確実にエドの方が上ですもの…)  わたくしがつらい時にはただ側にいて安心させてくれる。 彼の作るお菓子が心を満たしてくれる。 心から笑うことが… 楽しいと思うことができるようになったの。  本当に、本当に彼と出会えて良かった。




お母様が亡くなってから1年程経った頃、珍しく帰宅していたお父様から突然書斎に呼び出された。 お父様がわたくしに話があるなんて… いつもすれ違ってばかりでまともに顔を合わせたのは一体何年前だろう。 一歩一歩書斎に近づくにつれ、自然と顔が強張っていくのが分かる。 部屋の前で深呼吸をし、ドアをノックし来訪を伝えると中から「入れ」と声がした。


ドアに手をかけ一瞬躊躇するも、意を決したわたくしは部屋の中に一歩踏み入れた。


「お父様、お呼びと伺いました。」


「エリザベス。 私は再婚することにした。 近々この屋敷で一緒に住むことになる。 お前の(異母)妹も一緒だ。 お前は姉なのだから妹の面倒はみるようにな。」



そう一方的に言うだけ言って、「それだけだ。もう行っていい。」と後ろを向いて、それからもう振り返る事も、声をかけてくださることも無かった。



お父様が再婚される…?  お父様に昔、想い人がいるという話は聞いたことがあった。 もしかしてその方なの? 妹がいるって… お父様の子供? 


わたくしはいきなり突き付けられた現実にめまいを起こしそうになった。 頭と心の整理がつかず、ずっとぐるぐるしていた。 






お父様が再婚を宣言した日から1か月。 くだんの母子がやってきた。



「今日からお前の義理母になるラクサナと妹になるアリサだ。」


お父様の隣には、淡い栗色の髪と、たれ目がちのはしばみ色の瞳、女性らしい柔らかな体つきでおっとりとした雰囲気の女性と、母親と同じ栗色のふわふわとした髪と、お父様と同じ青い瞳のふっくらとした可愛らしい少女が立っていた。  お二人を見るお父様の顔は今迄見たことがないほど柔らかでやさしさに満ちていた。 (この人は一体誰だろう…)こんなお父様を、わたくしは、知らない。



ラクサナ様は見た目通りのおっとりとした女性で、わたくしに「エリザベス様は本当にお綺麗ですね。 公爵様がおっしゃっていた通りだわ。 これからよろしくお願いいたしますね。」と言い、 わたくしの1つ年下だと言うアリサは「こんなキレイなお姉さまができてうれしいですーっ! お姉さま、これからいろいろ教えてくださいねっ!」と言った。 にこにことしたその曇りのない笑顔を見た時、わたくしの心に何か”もやっと”したものが生まれた。 これは一体なに? 



わたくしの中に生まれたこの気持ちの正体を知りたくて、エドにお手紙を書くと彼はすぐに訪ねて来てくれた。 本当にいつも頼ってばかりでごめんなさい。 来てくれてありがとうと伝えると


「当り前じゃない。 大事な幼馴染の為なら出来る事はなんでもやるわよ!」


ちょっと胸をそらせておどけた感じで彼が言う、そのやさしさに安心して笑みがこぼれた。 


彼に話を聞いてもらおうとしたその時、アリサがわたくしを探してやってきた。  何か用でもあったのかしら?


だけどアリサはエドを見ると固まってしまい、体中真っ赤にしてぷるぷると震えているわ。 もしかして…

熱でもあるのかしら? でも走って行ってしまったから…大丈夫なの? エドの方を見ると片手で顔を覆ってため息をついていた。 えっと… どうしたのかしら?




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