ハッピー・ストロベリー

東堂栞

放課後と呼ばれる時間帯は地域によって違うけどここでは五、六時限目が終わって部活が始まる時間のこととする。つまりは放課後のある帰宅部の話

「幸せって何だと思う?」

「どうしたの、急に」

「わたしは思ったんだよ。最近は悲しい事件が多すぎる、って。そんな中で幸せって言えるものはあるのかな?」

「頭でも打った? そんな難しいこと考えるなんて実は偽物?」

「打ってないよ!? わたしを何だと思ってるのさ!?」

 私の悪ふざけに××は手を振り上げ、頬を膨らませて怒る。自分と同じ高校二年生……のはずだが話すときの身振りが大仰すぎる癖があり、身長が私より頭一つ半ほど低いのも相まってどうにも子どもっぽさが拭えない。

「ごめんごめん、冗談だよ」

 ちなみに××の学校の成績は良いとは言い難い。期末試験の時期にはいつも私のノートを借りて、それでようやく赤点を回避しているレベル。

「わたしは幸せについて真面目に考えているんだよ、茶化さないで欲しいな」

 マンガを読むのを読書と言い張り、教科書を開けば五分で夢の世界に旅立つ。そんな××が幸せについて語るなんてことはあり得ない。おおかた、昨晩にでも見たテレビかネットの影響だろう。

「君はどう思う?」

「うーん……お金がたくさんある、とか? お金でだいたいのことは解決できるじゃないか」

「現金だ! 文字通りに現金だー!」

 お腹をおさえながら××はけらけらと笑う。

「笑うけど、××はどう思ったのさ」

 ××はひとしきり笑った後、よくぞ聞いてくれましたとばかりに胸(ない)を張る。

「それはね、『嬉しい』『楽しい』を小さくても積み重ねることなんだよ」

「うんうん、それで?」

「例えば、このストロベリーシェイクは美味しいよね」

 そう言って××がテーブルの上にあったストロベリーシェイク(Mサイズ。Sサイズは飲み足りないけどLサイズは大きすぎる。だからMサイズが一番なのだ)を傾ける。

「私はバニラの方が好きだけど。ストロベリーはちょっとフルーツの酸っぱさが好きになれないんだよね」

「話の腰を折らないでくれるかなっ!? まあとにかく、美味しいものを食べるのは『嬉しい』よね?」

「それはそうだね」

「だから、美味しいものを食べるのは幸せなことなんだよ。ストロベリーシェイクは幸せを小分けにしたものなんだよ」

 そう言った××はずぞぞ、と音を立ててストロベリーシェイクを吸った。

「面白い話だね……で、昨日はどんな番組見てたの?」

「う、受け売りなんかじゃないよ? わたしがわたしなりに考えて出した結論なんだよ」

「うんうん、そうだねえらいねえ」

 信じてなーい! と声を上げて××は手を振り上げる。

「面白い話だったよ。今日はゲーセン寄る?」

 受け売りでも良い、と私は思う。「小さくても幸せは幸せ」。素敵な考えだ。

「うん、行く行く! 今日は何取ってくれる?」

「××が欲しくて、自分が取れるものなら、何でも」

 やったー! と声をあげて××は万歳する。


 ××の言葉(受け売りかどうかは分からない)を借りるなら、ちょっと頭が悪いけど愛らしい同級生との放課後が、私にとっての小さな幸せだ。

 また明日もストロベリーシェイクを飲む××となんてことのない放課後を過ごしたい。





 ――――すぐに叶わない願いとなってしまったけど。

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ハッピー・ストロベリー 東堂栞 @todoshiori

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