月が見える日

湯上信也

偽善者

僕は3人殺しました。理由は、簡単に言えば敵討ちですかね。


僕には好きな子がいました。教室の隅っこでずっと本を読んでいるような子ですが、たまに見せる笑顔が素敵な女の子です。


2年生になって少し経った頃、その子は、いじめの標的になりました。

何故かは分かりません。そもそも、人を虐げるのに理由なんてないのでしょう。

いじめの主犯格は、男1人の女2人の合計3人です。それはもう、酷いものでした。

詳しくは書きませんが、地獄としか表現できない状況でした。


僕はその子を助けようとしました。いや、助けようとするフリをしていました。先生に言ったり、その子が一人の時に優しい言葉をかけたり。彼女は僕が何を言っても、笑顔で「大丈夫」と言います。大丈夫という人ほど大丈夫じゃないという事を、その時知りました。


察しがいい皆さんなら分かると思いますが、僕の行動はまったくの無意味です。先生がいじめを止める事が出来るケースはごく稀ですし、彼女は優しい言葉なんて必要としてなかったのです。


いじめをしていた奴らに面と向かって「やめろ」という事はできませんでした。結局我が身が一番可愛いのです。


彼女は自殺しました。それを聞いた時から、血塗れで倒れる3人の前に包丁を持って立っているまでの記憶はありません。


「やめろ」の一言も言えなかった僕が、彼らを殺す事は無意識の内にできてしまったのです。不思議ですね。


もっと不思議なのは、好きな子が死んだ悲しみとか、人を殺してしまった罪悪感とか、これからどうするのかという不安とか、そういうものが一切なかったのです。


あるのは、大きな仕事を成し遂げた後のような、達成感でした。


僕は彼女のことを好きなわけではなかったのでしょう。「イジメられている子を助けようとする自分」が好きだったのです。よく居る偽善者です。しかし、それで殺人までしてしまうのだから、僕はただの偽善者ではなく、異常な偽善者だったというわけです。


返り血だらけの服を燃やして処分し、包丁も川に捨てました。夜遅くの裏道で殺人を行なったので、目撃者はいないはずです。無意識なのによくできているな、と自分に感心しました。


勿論、この程度で警察から逃げられるなんて思っていません。どうせすぐに捕まる事でしょう。


しかし、僕は捕まりません。何故かというと、絶対に捕まらない場所に逃げるからです。


夏の夜は良いものです。気温も下がり、鈴虫が心地良い音を響かせ、穏やかな風が頬を撫でる。空には綺麗な月が見えます。絶好の自殺日和ですね。


真夜中の神社公園で、1番大きな木の枝にロープを結びつけます。そして、輪を作ります。ハングマンズノットというやつです。丈夫なポリバケツを逆さに置き、そこに乗って輪の中に頭を入れれば準備完了。


バケツを蹴るだけで、僕はこの世を去る事ができます。清々しい気分でした。この日が来るのをずっと待ってたような気がします。


さあ、あの子と同じところに行こう。バケツを蹴ろうした瞬間、後ろから強い衝激を感じました。

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