カメリア・モリスの写真は色がない

本条凛子

第1話 依頼の手紙

 とある貴族のカントリー・ハウスは五月以降になると真っ白に彩られる。長い雨に打たれることで成長した花は白い花びらのドレスを纏って皆の目を楽しませた。長い期間楽しめるこの花は領民からも愛されている誇らしいものでもあった。

 ゼフィランサスの花が風に揺れるのを見つめながら、老婦人は一通の手紙をしたためていた。半円形のテラス席に座り、暖かな陽気を受け入れる。

 羽ペンはたどたどしくも美しい英文字を書き記す。


 親愛なるカメリア・モリスさま。

 お元気でしょうか。最近我が家のゼフィランサスが咲きました。少しだけ、暖かくなってきたことに安堵しております。最近は視力も衰え、息子夫婦や孫たちに心配されています。

 そろそろ私は潮時なのでしょう。亡き夫の存在が、すぐ近くに感じるのです。なのでこれはあなたへ送る最後の手紙であり、最期のお願いです。

 もし、私が死んだのなら──。



 婦人は手を止めて空を見た。そしてゆっくり瞼を閉じる。夫の優しい足音がすぐそこに近づいて、肩を優しく撫でてくれた。



 死んだのなら。

 是非とも私を、撮って欲しいのです。



 ヴィクトリア時代、故人写真は最高の遺品だった。高度な写真技術が現れた時、まさか遺体を撮るために使われるとは発明家は夢にも思わなかったのではないだろうか。

 白黒に写されたまるで生きているかのように佇む故人の姿は、すぐにでも生前を思い起こさせ、時には遺族を慰めた。

 しかし、時代が進むにつれて、手に出しにくかった写真は普及率が高まり、高価ではなくなった。鮮明に、はっきりと写るようになったことで遺体を撮るという行為に、倫理観が警鐘を鳴らした。故人写真を求める遺族は少なくなっていく。

 それでも未だに故人写真というものは無くならなかった。

 好事家がおり、撮影を求める者がいるから。


 ロンドン郊外のとある路地裏に、椿が植えられた写真館がある。廃れた形をしているゴシック建築のなかには、不思議な女が出迎えてくれる。

 これまた椿のチョーカーを身につけた変わった女だ。

 そして彼女の抱える依頼はとても変わっている。なかには蔑む者もいるだろう。


 彼女が撮るのは故人写真。

 死んだ人間をあたかも生きているように細工して撮影する、故人専門の写真家だ。


「撮りましょう、あなたが望んだのだから」

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