星に手を伸ばす

@alex04

第1話 物語のはじまり

 ドロシーは口をあんぐりと開けて空を仰いだ。青く塗られたキャンバスの中心には天空を突き抜ける勢いで塔がそびえ立ち、塔を中心にして町が広がっていた。この塔の正体は別称、「世界の脳みそ」と呼ばれる大きな図書館である。ここには世界中からありとあらゆる本が集められ、物語、図鑑、実用書から魔導書に至るまで情報の全てが存在する。国の名前はタワー。タワーはどの国の下にもつかない中立国で、第三次魔法大戦から百年たった平和な今、いかなる国、種族、民族が自由に本を読むことができる。つまりここタワーは「本の国」なのである。そして今タワーの入り口を前にして一人の女性が塔にみとれて立っていた。長い金髪、白い肌、青い瞳の女性は自らをドロシーと名乗って塔の前で受付を済ませようとしていた。白い肌と対照的な黒いワンピースを面倒くさそうにパタパタと叩きながらドロシーは受付の女性の話を聞いている。

「ドロシー様ですね。帰りにまたここでこのプレートをお返し下さい。原則として本の貸し出しは国の滞在期間迄とさせていただきます。ドロシー様のタワー滞在日数は三日ですので本を借りる場合はそれまでに返却をお願いいいたします。」

「わかりました」

 ドロシーは素直に頷く。

「今、怪盗ジャックカロットがこの図書館に盗みを働くとの噂があります。」

「ん。人参?」

「ご存知ありませんか。ジャックカロットは世界中あらゆる国で盗みを働いている神出鬼没の盗賊です。私も彼の素性は分りません。また彼がタワーに盗みを働くという情報も噂でしかありません。しかし図書館内警備が厳しくなっていることも事実ですので一応気を付けてください。」

 ドロシーは分かったと返事を返し図書館の中へと姿を消した。ドロシーがタワーへ訪れた理由は「魔法50番」という本をタワーから取り戻すことにあった。彼女はヒト族の魔女でメロリアの沼を拠点とした魔女の集落で生まれ育った。魔女は魔法の扱いに長け、光のとどかない沼の集落で魔法の研究を続けている。外交は主にアカデミア(魔法学園)でアカデミアは魔導士の育成から魔法学の研究まで魔法の全てを管理、統括する。光のアカデミアと対を為すのが闇のメロリアである。魔女は大規模なアカデミアとは異なり少数でメロリアに暮らし、沼の底で日々、魔法の研究をおこなう。そして研究した知識をアカデミアに売る。魔女は先の戦争にて迫害された経緯を持つゆえに、考え方が非常に閉鎖的でメロリアの沼底でひっそりと暮らしていた。しかし戦争から百年の月日がたって魔女たちも少しずつ外交的になり、アカデミア、また世界との繋がりを求める傾向にあった。そしてドロシーは戦争によって失われた書物、「魔法50番」がタワーにあるという情報から、族長の名を受けてこの国にやってきた。というわけで、初めてメロリアから旅立ったドロシーにとって地上の世界は何もかもが新鮮だった。

 ジャックは口をあんぐりと開けて空を仰いだ。空には無数の星が輝き今にも手に取れそうでジャックは夢見心地のままに、空に向かって手を伸ばす。上を見れば星、下を見れば闇が広がる。彼は今気球に乗って一人夜空の中にいた。下には海が広がっていてザザザという音と共に潮の香りが漂う。

「夜の星ほどに輝く宝石がはたしてこの世界に存在するのかね」

 ジャックは空に向かってぼやいた。彼は、過去様々な財宝を手に入れてきた。金銀財宝があって数々の光輝く宝石を目にした。しかし彼は、星より輝く宝石を見たことがなかった。炎よりも輝く宝石を見たことがなかった。彼が求め、手に入れてきた宝は全て自然に存在するものよりも美しくなかった。

「へくしゅん」

砂漠を拠点とするジャックは寒いのが苦手だ。気球の上で彼は心地良い眠りを諦め、今回の獲物「魔法50番」を獲る為の作戦について試案を始めた。


 オメガゼウスは口をあんぐりと開けて空を仰いだ。彼はぼろ布を何枚にも重ねて作られた人形で今ドロシーの肩の上に乗り大きな図書館の天井を眺めていた。口の端は糸で縫い合わされており造形上口を閉じることが出来ない。オメガゼウスはドロシーと契約した魔法生物である。ドロシーが強力な魔法を放つ際にオメガゼウスが力を貸す代わりにオメガゼウスはドロシーから報酬を得る。報酬はドロシー自身が持っている魔素、その他にもキャンディやチョコレート、金平糖や魔結晶などで、多少餌つけされているきらいを感じてはいるもののオメガゼウスは今のところこの関係に満足していた。

教本「魔法0番」は魔法学の基礎が一通り学習でき、魔法を学ぶ者の誰しもが読むことになる。「魔法0番」によれば、魔法には属性が存在し、上位に光と闇、中位に火と水と生、下位に風の六属性に分かれる。光魔法と闇魔法は互いに反発し合い、火は生に強く生は水に強く水は火に強いという力関係にある。そして下位魔法である風は魔法習得の基礎に位置付けられる。例えば「火球(ファイアーボール)」という魔法を放つ際炎を生み出すためには火の魔法を使用するが、炎を宙に浮かせ、飛ばす為には風の魔法が必要となる。風の魔法は魔法使いにとっての必要条件である。魔法の力を細かく分析すると魔法の元は魔素であることが判明されている。魔素は大気中に存在する他、草木や動物、モノに至るまで大小あれども万物に存在する。魔法使いの持つ魔素の量は血縁や才能によるところが多いが精神、知性、哲学を磨くことで高めることもできる。魔法使いは自身に内包する魔素の絶対量を上げるため多くの時間を研究と修行に費やす。魔素を一定の場所に密集させることで、魔素は魔分子になる。魔分子はそれぞれ属性を持ち、白魔分子、黒魔分子、赤魔分子、青魔分子、緑魔分子、黄魔分子の六つに分かれる。「火球(ファイアーボール)」を放つ際、魔法使いは自身、又は大気中から魔素を集め、赤魔分子に変換して詠唱(トリガー)を唱えることで魔法を放つ。魔素はその性質上、集合した際、生成しやすい魔分子と生成しにくい魔分子がある。例えば海や滝など水が豊富な場所であれば魔素は青魔分子に成りやすく、赤魔分子に成りにくい。故に水のない場所で水の魔法を発動するのは難易度が高い。

魔法使いたちは、この問題を解決させるためにあらゆる方法を考えた。術者自身が持つ魔素の絶対量を上げることが堅実な方法であるが、彼らはもう一つの方法にたどり着いた。それは「契約」である。この世界には精霊が存在し神々や悪魔、妖精、下には悪霊までその存在数には限りがない。彼らは基本的に魔素を食料として存在を維持している。魔法使いは精霊と契約を結ぶ。すると毎時一定量の魔素を精霊に支払うことで、精霊は魔術師が求める色の魔分子を差し出す。契約は魔法使いにとって魅力的ではあるが、下手に悪魔と契約しようものなら悪魔は多くの魔素を術者から貪り続け、最終的には魔法使いは命を落とす。故に平和な今日契約を好まない魔法使いも多い。

 魔法の教本は基礎を「魔法0番」として難易度を上げ、専門的になるにつれて番号を上げていく。そして「魔法40番」を最高難易度として名のある魔法使いや賢者が学習のために読みふけった。しかし一般的には知られていないが「魔法40番」よりさらに先の専門書があった。それが「魔法50番」である。「魔法50番」はそれ自体、解読するのが非常に困難ではあるが、理解、習得してしまえば、大地を震わせ、天を裂き、瞬時に天変地異を巻き起こすことも可能である。そしてそのことを魔女たちは知っていた。本来魔女たちの所有物であった「魔法50番」は戦争によって沼メタリカから失われた。それが近日タワーに保管されていることが分かり、メタリカの族長、リキアイラは「魔法50番」を取り戻そうとした。「魔法50番」が邪悪なものの手に渡れば、世界の秩序が壊れること、またタワーがこの本を扱いきれず、本はそれが理解されるべきものの処に納まればよいという考えの元、タワーの最高管理者がそれを承諾した。そして使いとして派遣されたドロシーは今ここにいる。

 タワーは全30階建、石の建築物で全ての階層に本が保管されている。各部屋の側面は直射日光を防ぐ術印が書かれた硝子盤が備えられ、日の出ている間は柔らかい光が室内を照らすように設計されている。タワーにおける照明は日光だけで夜は一切の灯りがない。また機械や魔動機も備えられてない為エレベーターのようなものも存在せず、目的の本が上層にある場合、ひたすら階段を登って上を目指すようになっている。一回から二十回は誰でも自由に入館することができる。二十回から二十五階には価値の高い本が収められ、入館者を制限している。入館するためには青いプレートが必要になり青いプレートは主に学者や教授、一部権力者が所有する。しかし一般人でも、タワー管理者に申請して手続きを済ませれば、入館することができる。二十五階から三十階に並ぶ本はさらに秘蔵として扱われた本が並ぶ。入館する為には赤いプレートが必要で赤いプレートはアカデミアの学長、一部の名誉教授、国を代表する研究者が所有する。世界の常識をかえるような情報を持った本が収められているので一般人は原則として入館することができない。当然ドロシーもまた赤いプレートを持っていない一般人扱いである。ドロシーは二十回で受付に自分がリキアイラの代わり「魔法50番」を受け取りに来た旨を伝え、学芸員と共に「魔法50番」が蔵書された二十八階を目指してひたすら階段を登っていた。

 ながい。ドロシーはくたびれていた。二十五階で学芸員が目の鋭い女性と代わり彼女と二人で二十八階を目指してひたすら螺旋階段を登っていく。二十五階を超えてから各部屋には一人として利用者がおらず、どの階も閑散としていた。

「ドロシー様。お手数をおかけして申し訳ありません」

 目の鋭い学芸員は階段を登りながら淡々と言葉を紡いだ。

「この不便な設計は防犯にもなっているのです。また各階に照明がなく日の光のみで館内の明るさを維持しているのも火事を起こさないようにするのが理由です。」

 ドロシーはぜぇぜぇと息を切らしながら話を聞く。学芸員は淡々と話を続ける。

「勿論どの階層で飲食は禁止されていますのでご注意ください。タワーは本の保管を一番に考えて設計されているのです。とおしゃべりをしている間に到着いたしました。ここが二十八階になります」

 ようやく着いた。ドロシーは肩で息をしながら館内へ入る。

「出入口はここのみです。この赤いプレートを持ってお入りください。私はここでお待ちしております。目的の本を見つけたら速やかにここにお戻りください」

 彼女はドロシーに赤いプレートを渡す。彼女にとってはあくまでも本の管理が最優先らしい。ここまでひたすら階段を登り続けたドロシーは彼女の事務的な言葉に少しむっとした。ドロシーは息を整えながらゆっくりと館内を歩く。相変わらず人一人おらず、館内は静寂に包まれていて、柔らかい光が館内に差し込む。置いてある本の価値も相まって館内は神秘的な雰囲気を醸し出していた。このフロアには世界の仕組みを変える哲学書、禁術が記された魔法書などの秘書がある。ドロシーにとってそのどれもが興味深いものだった。しかし彼女は目的の遂行を一番に考えた。二十八階のフロアだけでも一つの図書館であるかのように十分広い。

「確かこの辺りね」

 魔法関係の本が収められた本棚へ歩き進む。そして大きな本棚の角を曲がるとドロシーは目を点にした。そこには一冊の本を読む男性がいた。

「あれま」

 男性は少し驚く。金色の髪に細長い手足の優男はゆっくりと口を開く。

「ついてない」

 ドロシーはあっけにとられて口を開けたまま言葉がでない。ドロシーの頭の中では入館まえに受付嬢に注意されたジャックキャロットという盗賊の名前が浮かんだ。しかし焦るドロシーを他所に、優男はドロシーをじろじろ眺めながら

「君は美しい。これならいけるね」

 と役者のように大げさに言うと、突然服を脱ぎ出した。

「なっ」

 ドロシーは更に混乱した。盗賊の可能性のある男が目の前に現れて突如服を脱ぎだしたのだ。ドロシーは顔をリンゴのように赤くして

「なにやってるるの」

 と尋ねた。ドロシーにはこれが精一杯だった。優男は脱ぎ捨てた服をそのままに、ウェッグをつけて髪を伸ばす。そしてとどこから出したか分からないが黒いワンピースを身にまといとぼけた表情で俺さぁ、と話し始める。

「魔法50番って本をもらいに来たんだけど、どこ探してもないんだよね。信じてもらえないと思うけど、今回は俺じゃないんだよね」

優男はいつのまにかに、ポケットから化粧品を出すと顔を白く飾り口紅をつける。優男の姿は完ぺきとはいかないまでも非常にドロシーに似たさまになっていた。どれくらいの時間で優男が変装したかは分からないが、ドロシーにとっては一瞬の出来事だった。優男は突然ドロシーに迫る。ドロシーは一瞬恐怖するがすぐに身構え、即座に魔法が打てる体制をとる、が。

「これあげる。せっかくの美人さんだ。化粧をするといい」

といって自分が持っていた化粧品をドロシーに手渡しにこりと笑う。この瞬間、優男はこっそりとドロシーのポケットに手を忍ばせるが、動転しているドロシーには気が付くことが出来ない。優男はドロシーに化粧品を手渡すと、突然物凄い速さでその場から姿を消した。

「大きなお世話よ」

 ドロシーは声を振り絞ったが怒りと恥ずかしさで思ったよりも大きなお声を出すことができなかった。


目の鋭い学芸員は入り口で固まった。ドロシーが駆け寄り

「盗賊、ジャックカロットがでた」

 と息を切らしながら訴えたからだ。学芸員は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに冷静になり、

「盗賊はどこですか」

 とドロシーに尋ねた。しかし学芸員の顔は再び驚いた表情にかわる。自分の横にいたはずのドロシーがまた彼女の元に駆けてきたのだ。

「盗賊、ジャックキャロットがでた」

 ドロシーは顔を真っ赤にして、泣いているような、怒っているような表情で学芸員に訴える。

「なにを言っているのですか。あなたはさっき私の横にいました」

「それが私に変装した怪盗なの」

「落ち着いて下さい。取りあえず赤いプレートを返却してください。それがご自身の証明になります」

「わかった」

 ドロシーは必死に赤いプレートを探す。しかしいくらポケットを探しても赤いプレートを見つけることは出来なかった。ドロシーは愕然としてぺたりと座り込んでしまった。


 「ついてない」

 ジャックは今タワー内七回のトイレにいた。彼は「魔法50番」を盗みにタワーに侵入した。しかし結果は失敗に終わった。本来あるべき所に獲物はなかった。彼は予定していた脱出時間が来ても、二十八階にとどまって「魔法50番」を探した。そんな時にドロシーと鉢合わせになってしまったのだ。しかも彼の安全はまだ確保されていない。彼は獲物を捕り逃したばかりか、タワーを敵に回してしまった。今回は冤罪だよ、といっても誰が信じるだろうか。

「見つけたわ。」

「げ」

目の前にはさっき変装した女性がたっていた。

「観念しなさい。怪盗ジャックキャロット」

 ジャックはため息をついてゆっくり両手を上げた。

「さっきはよくもこけにしてくれたわね。さっさと魔法50番を返しなさい。」

「よく俺を見つけたね」

「それくらい造作もないわ」

 先程とは違いドロシーの表情は自身に満ちていた。そしてジャックは瞬時に彼女の気質を見抜いた。「こいつは魔法に精通している」と。

「じゃあこれならどうかな」

 ジャックは、ポケットからボールのような球体を出すと窓から投げる。と同時にジャック自身も窓から外へ身を投じた。ドロシーは驚いて窓の外から下を見る。するとボールの様な球体は一瞬にして膨らみ、その形を気球に変えた。ジャックは気球に乗っている。

「オメガゼイス」

 ドロシーは叫んだ。

「では、ごきげんよう。小さな魔法使い」

 彼は笑いながら上空へ飛んでいった。


「ついてない」

 気球の上でジャックは大きなため息をついた。日は既に沈みかけ、空は赤い光に包まれていた。これはもしかしたら逮捕されるかもしれない、と夕焼けの中で彼は思った。盗みは失敗に終った。更に現在、脱出の計画も本来彼が計画していたものとは違った現状にある。彼の計画では「魔法50番」を盗った後、タワー十回からポケットバルーンと呼ばれるポケットにも入る小型の気球を四つ東西南北に投げ、彼自身はそのいずれにも乗らずに変装し、そのままタワー出る作戦だった。ポケットバルーンは彼が逃げるための囮だった。しかし予期せず現れた魔法使いのせいで否応なしにポケットバルーンに乗って逃げる以外、選択肢がなくなってしまった。一応残り三つのポケットバルーンを空に放って囮にしたが特定されれば逃げ場がない。それどころか追撃され撃ち落されれば一貫の終わりだ。今のところ追手が来るような気配はないが彼の心は穏やかではなかった。撃墜された時のことを考えて高度を下げて飛行していると、彼は膝に違和感をかんじた。座っている彼の膝の上にはぼろ布を何枚にも重ねて作られた人形がいた。なんだ、これは。彼は嫌な予感がして戦慄した。これはさっき魔法使いの肩にいた人形だ。そして彼の嫌な予感は的中した。人形は急速に空気を吸いこんで膨らみだしたのだ。

「おいまて。やめろ」

 人形はジャックの言うことを無視して膨れ続けやがて、パンという破裂音と共に人形の大きさに耐え切れなくなった気球は空中で割れてしまった。ジャックは落下した。今日はとことんついてない。ジャックは心の中で悪態をついた。割れた気球の下には鬱蒼と樹海が広がっていた。

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