ネヴァーランド(Adult-Side)

「ねぇ。次はいつ来てくれる?」


実際僕は、毎日、きみの訪れが楽しみで仕方がなかった。きみは呆れたように首を振る。

「開口一番がそれなの。折角来たのに、会って早々そんなこと言われたんじゃ、あまり良い気がしないわ」

きみは本当に嫌そうな顔をしている。これは機嫌を損ねてしまったかと思い、それを誤魔化すようにわざに大袈裟に笑ってみせた。きみの目が、仕方ないな、というふうに床を見る。上手く騙されてくれたらしい。きみはとても単純で、そして良い子であった。

「ねぇ、僕にさ」

ピーターパンは子供に寛容であった。僕ときみが会っているという事についても、ピーターが知らないはずはなかった。しかしきみは、そんなことを微塵も考えず、今日も僕の隣に腰を降ろしたのだった。その無邪気な振る舞いが、彼女の子供らしさをよく象徴していた。

僕はきみを。その瞳を見据えた。

「僕にさ、おめでとうって言って」

するときみは、蛇に睨まれたかのように固まってしまった。彼女は彼女なりに、僕のことをそこそこ大切に思ってくれているらしい。僕は、口数こそ少ないけれど、分かりやすい彼女を見るのが好きだった。

「おめでとう」

きみは感情を押し殺した声で祝いの言葉を述べた。そこで僕は初めて、きみの純粋な心を僕が試しているような、土足で踏みにじっているような罪悪感にかられた。僕には、彼女の澄んだ瞳を見続けることはとても難しいことのように思えた。

ところで、僕が大人になった瞬間は至極明快だった。

「ねぇ。僕ってさ、大人になっちゃったのかな」

きみには分かるはずの無い質問である。そして僕には分かり切った質問である。彼女への問いというよりも、ただの独り言に近かった。

「大人になんてなりたくないから、ここに来たんだ」

僕がそう言うと、きみは頷いた。皆同じ意志を持ってここに来ているのだから、これは彼女にとっても理解に易かったのだろう。

僕は緊張している。気付かなければ良かったとも思っている。ただそれは、もうただの後悔でしかなく、僕にとってはどれも遅く、不必要な感情であった。きみは、僕の話に寄り添おうとしてしてくれていた。

「どうして君は、大人だなんて言われちゃったんだろう。なにも、こんな場所に隔離すること無いのに」

しかしきみは、本当に何も分かっていないらしかった。僕もまた、喉元まで出かかったマグマのように熱い感情を、先程彼女がやったように、押し殺した。

「きみのせいだよ」

明るく、冗談とも取れるような調子で、僕はきみを咎めた。実際、半分くらいはきみのせいなのだ、この言葉に対しては罪悪感を感じることは何も無かった。

僕は大きなため息をついて、ゆっくりとそのまま後ろに背中を倒して寝転がった。きみの腕を引っ張ると、彼女もすんなりと僕の隣に寝転がった。

「僕だけが大人になっちゃったのが悔しいんだ」

裏を返せば、どうしてきみは大人にならなかったんだ。

「──あのさ、僕はきみが、」

どうして、だなんて分かり切っている。全ては僕の恋心が問題だったのだから。

僕はやはり、きみの瞳が恐ろしかった。


「好きだよ」


きみは混乱しているらしかった。それは、この好き、という言葉の意味を理解していないということを僕に解らせるには十分な反応だった。

「それは、私も好き」

何も言いたい言葉は浮かばなかった。

「君が好きじゃなかったら隠れてまで会いに来ないに決まってるでしょ」

そうだよね。当たり前だと目を瞑る。

彼女にとってそれは当然のことであったが、僕にとっては何より残酷なことであった。その事に気が付かないのもまた、彼女らしかった。僕は少しでも、きみに僕を残しておきたいと思っていた。僕はきみが好きだった。

「多分今晩の夜明けなんだ。僕の最期」

もう、じきにピーターがやって来るだろう。僕はそこで彼に消されておしまいだ。丁寧に、決して跡形も残らない。

「ねぇ。きみは今ここで、大人になったりはしてくれない?」

僕はきみの真似をして笑った。きみは大抵黙っているか、怒っているかだ、なんて言ったらまた怒られるだろうが、偶に見せるその屈託の無い笑顔を、僕は全く再現出来ていないだろう。きみは僕と少し目を合わせると、先程の僕のように、天井に目線を移した。

「大人へのなり方が分からないの」

もう駄目だ、と悟った。きみに僕の気持ちを今、ここで理解してもらうことは絶対に出来ないのだ。僕は、最初からやはり自分が間違いだったと、嫌でも思い知るしか無いらしかった。

「じゃあ、」

これもきみはすぐに忘れてしまうのかもしれないと思うと、何もかもが虚しく感じられた。

「僕が居なくなった後も、ずっと大人になんてならないでね。大人って、ロクなもんじゃないからさ」

きみが他の誰かを想って大人になるなんて、考えただけで虫唾が走る。自分が消されることに恐怖がないと言えば嘘になるが、それよりも、僕が居なくなったあとで彼女が誰かに好意を寄せることが恐ろしいのだ。しかし彼女が僕の気持ちを理解するには、彼女も僕と同じように大人になるしかないという矛盾を孕んでいた。気持ちに気づいて欲しいという僕の心は、押し潰されて、恐らく、泣いていた。

僕の『好き』は、彼女のそれより何億倍も利己的で、汚くて、ドロドロとしている。



メリーゴーランドが動いたらしい。これからきみがまた、幾度となく聞くはずの軽快なワルツが、朝日と共に、その小さな窓から入ってきた。

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ネヴァーランド グリップダイス @GripDice

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