第8話 レベルアップ(2度目)

「ワンワンいい加減にしろ!」

「嫌だ!」


 珍しく強い口調でナエはワンワンに怒っているようだった。ワンワンもまた強い拒絶を見せている。暫くこのような状況が続いているが、一向に収まる気配はない。その原因というのが表にあるワンワンのコレクションだ。


 二人と生活してからも回収したものの中で、なんとなく気に入ったものを出しては表に並べていた。最初は特にナエも何も言わなかったのだが、日々増えていき、このままではただでさえ限られた生活空間。それがワンワンのコレクションで埋まってしまう危機感を覚えたのだった。


「そんなの集めても仕方ねえだろ!」

「嫌だったら嫌だ!」


 二人の言い争いは平行線だ。このままでは埒が明かないだろう。


「まあまあ二人とも落ち着いて……」

「クロ、お前はこの散らかったゴミを見てなんとも思わないのか?」

「ゴミじゃないようっ! クロは分かってくれるよね?」

「あ、あはははは……」


 クロは二人を落ち着かせようと声を掛けるが、たちまち同意を求められて困ってしまう。年長者ではあるが、あまり強く言えない性分なのだ。


また、二人から同意を求められて笑う事しかできない。ナエの気持ちは分かる。だが、ナエに味方してしまうとワンワンを傷付けてしまうかもしれない、泣いてしまうかもしれない。そんな不安から彼女は笑う事しかできなかった。


「ううう……ゴミじゃないもん。僕の宝物だもん」


 しかし、クロがナエの意見に同意しなくてもワンワンは今にも泣きそうだった。目に涙をためてナエに必死に訴える。


「ちゃんと片付けるから!」

「片付けるところなんてないだろ!」


 ナエの言う通りだ。片付ける、片付けないの問題ではない。【廃品回収者】で一度出したら、再度戻す事はできない。だからこれ以上は回収しても出さないようにナエはして欲しいのだ。


 すると、クロが何か思いついたらしく控えめに手を挙げる。


「今、思いついたんだけど、確か中身が入っていない格納鞄があったよね? それをワンワン用にしたらどうかな?」


 クロが言う中身が入っていない格納鞄というのは、国宝級の格納鞄である。

 エンシェントドラゴンを殺そうとした兵達が持っていたものの一つ。国宝級の格納鞄はエンシェントドラゴンを殺した後に、その死骸を入れる為に用意されたものなのか、中には何も入っていなかったのだ。


 現状、格納鞄(高級)の中に残された食料を取り出しているくらいで、格納鞄(国宝級)はまるで使っていない。ただ、格納鞄(国宝級)の価値は人生を何度遊んで暮らしていけるか分からないほどだ。それをおもちゃ箱にしていいのだろうかとナエは思ったが、今にも泣きそうなワンワンを見て、仕方ないかと溜息を吐く。


「まあ……散らかさないならそれでもいいけどよ……。ワンワン、ちゃんと片付けるか?」


 そうナエが言うと、ワンワンは笑顔になる。そして激しく首を上下に振るのだった。


「うん! ちゃんと片付けるよ!」


 小屋の中に以前出して置いておいた格納鞄(国宝級)をナエは取って来てワンワンに渡す。


「ほら、回収したらこの中に入れるんだぞ」

「分かった!」


 それからワンワンは回収済みの一覧を出して、前から目を付けていたのか、次々と出していく。ワンワンなりに遠慮していたのか、その手は止まりそうにない。


 その姿に苦笑しながら、ナエはワンワンに随時片付けていくよう注意しようとした。だが、それよりも先にワンワンが手を止めて二人を見る。


「レベルが上がったよ!」


 それを聞いてナエとクロはワンワンが出している回収可能な一覧を覗き込む。


「何か変わったか?」

「えっとね……こんな感じ!」



【廃品回収者・レベル3】

・本×156

・古着×374

・槍×287

・剣×258

・盾×78

・鎧×32

・回復薬×105

・ガラス片×4055

・壊れた装飾品×133

・壊れた魔具×164



「なんだか色々と増えてんな……壊れていないものもあるぜ」

「もしかして……大きな街で捨てられたものが回収できるようになったのかな?」

「大きな街?」

「うん……大きな街だと色んなお店があるし、どんどん捨てられちゃうから……。薬の類なんかは、たぶん薬屋の商品で品質が劣化しかけているから捨てたんだと思うよ」

「薬なんて高価だから小さな街なんかじゃ扱ってる事は少ないしな……。じゃあレベルアップをすると回収できる場所が増えるって事か?」

「たぶん、そうだね」


 どうやら【廃品回収者】によって回収できる範囲が広がったようだ。これまでも回収できたものに関しても、回収可能な数は格段に増えていた。


 ナエとクロはどうしてレベルアップしたのか話し合おうとしたが、二人の会話にワンワンが割って入る。待ち切れないとばかりに目を輝かせていた。


「ねえねえ! 回収していい?」

「ああ、とりあえず回収していいぜ。取り出すのは後だぞ。何があるのか分からないからな」

「うん!」


 ナエから許可を得ると、ワンワンは回収可能な一覧を見て、触れていく。その様子を少し見守ってからナエは再び【廃品回収者】についてクロと話そうとしたが、彼女が難しい表情をしているのを見て首を傾げる。


「どうした? 難しい顔をして?」

「あ、いや……ちょっと気になったんだけど……。これ回収した後はどうなるのかなって。私やナエは人の目の前から消えた訳でしょ。騒ぎになってないかなぁ……」

「確かに……あ、いや、大丈夫じゃないか?」

「どうして?」

「いや、あんまり自分でこんな言い方はしたくないけどよ…………ある意味、捨てられたから回収できたんだろ? 捨てたゴミを気にする奴、いるか?」

「……あー、まあそうだね」


 自身に呪いを掛けた相手を思い浮かべたのだろう。呪いで助からないだろうし、死体の処理をしなくて済んだと喜んでいるかもしれないと苦笑する。


 そして自分達よりも、他のものが消えていく事が騒ぎになるかもしれないとクロは言う。


「そうだな。村や街からゴミが消えていくのは騒ぎになるかもしれねえな。ボロ小屋なんか特に。村の中にあった小屋なら騒ぎになっているのは間違いねえだろうな。少しワンワンに回収する数は抑えて貰うか……」


 一つ、二つくらいなら回収して問題ないだろうが、例えばガラス片×3055を一気に回収したら、異変に気付く者が出て来るだろう。


「そうだね……あ、さっきの中に刃物があったから、それは出さないように注意しないと」

「おお。あと、ガラス片とかもな」


 ワンワンが大好きな二人はそんな事を話しながら、彼に声を掛けようとする。だが、再び先にワンワンが口を開く。


「あ! 人も回収したよ!」



・ジェノス(男)



 確かに回収可能な一覧に、人の名前があった。ナエは性別が男と表記されているのを見て、顔を顰める。見ず知らずの男を入れるというのは抵抗があるようだ。


 別に彼女自身の過去に何かあった訳ではないが、スラム街で一人で生活していくには、あらゆることに対して警戒心を持たなくてはならない。そういったところから、抵抗があるのであった。


「男か……」

「でも、私やナエのように怪我をしているかも…………あれ? ジェノス?」


 『もしかして……』とクロはジェノスという男に心当たりがあるような声を漏らす。


「何だ? クロの知り合いか?」

「あ、えっと……たぶん。もし、私の知っている人だったら大丈夫だと……思う?」

「どうして疑問形なんだよ……」

「ちゃんと話をした事がなかったから……でも、良い人だと思う。私は出してあげてもいいと思うよ。それに、ワンワンくんやナエちゃんに危害を加えるようだったら私が……」

「クロ……何かするの?」


ふと、クロはワンワンの澄んだ瞳がこちらを捉えている事に気付いた。それを見た瞬間、次に続く言葉を口にできなくなってしまう。


「…………優しく叱るよ! 悪い事はいけないからね!」


 代わりの言葉を口にすると、ワンワンは納得したように『そっかー』と言って、再び回収したものに目を移す。


「……物騒な話はワンワンの前ではやめておこう」

「そうだね……まあ、任せてよ」


 何を任せるのか、ナエにはその意味が分かったので詳しくは訊かなかった。

 それから二人はワンワンに、ジェノスを出してもいいと許可する。


「じゃあ、出すねー」


 ワンワンがジェノスの名前に指を触れた。すると、三人の目の前に一人の中年男性が現れる。怪我はしていないようだが、手枷をつけられ、膝をつき、頭を下げていて、まるで斬首をされるのを待っている罪人のようだった。


 男は現れてからすぐに異変に気付いて顔を上げた。そうして呆けた様子で周囲を見回す。


「……あん? 何が起きてんだ? それとも、もうあの世なのか?」

「ワンワンだよ!」


 早速ワンワンが自己紹介をするが、いきなりそんな事をされても、ますます男を混乱させるだけだった。


「……まさか俺のとこに天使がくるなんて思ってなかったな」

「いや、まだ死んでねえよ」

「ん? 天使だけじゃなくて、目つきの悪い……地獄の遣いか?」

「誰が地獄の遣いだ!」


 ワンワンを天使、ナエを地獄の遣いと判断する男。

 ワンワンが天使だという事にはナエも納得できるが、自分が地獄の遣いというのは納得できないのであった。


 そしてクロは男を見て、感慨深そうに声を漏らす。


「ジェノスさん……やっぱりあの時の……」


 男はそこで初めてクロの存在に気付く。どうやら互いに既知の存在らしく、男は目を見開いた。


「おいおい……勇者じゃねえか! そうか……お前も死んだのか……。ああ、なるほど。ここは天国と地獄の別れ道だな。勇者は天国、俺はこっちのガキに地獄に連れて行かれる訳か」

「だから死んでねえって! 何なんだよこのオッサン!」

「あ、ごめん。先に言っておけば良かったね。この人は“強欲のグリディ放浪者(ノーマッド)”の首領をやってる人だよ」


 ナエは身分を知りたい訳ではないのだが、クロは律儀に答えた。


「へー“強欲の放浪者”…………有名な盗賊団じゃねえか!」

「とうぞくだん?」


 ワンワンが回収したジェノスは、“強欲の放浪者”という盗賊団の首領だった。

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