第7話 ナエとクロの話し合い

 新たに勇者クロが家族に加わった。


 それによって大きく変わったのは食生活だ。クロの戦闘能力であれば、世界樹から少し離れた魔物が跋扈する場所でも行動できる。更に魔物を討伐し、その肉を持ち帰り、また様々な野草や木の実を採取できた。


 ただ、クロにはそれが食べられるかどうかの判別ができない。だから小屋へと持ち帰り、ワンワンの《シーカー・アイ》によって、それが食べられるかどうかを判別していく。


 食材が増え、料理の幅が広がった。ちなみに料理は完全にナエの仕事だった。世界樹から離れた場所で行動するのがクロにしかできないように、料理はナエにしかできない。


 当初クロが一番年上のお姉さんという事もあり、料理をすると申し出たのだが、結果は――。


「うあわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! まずいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「ご、ごめんねっ! ごめんねワンワン!」


 あまりのマズさにワンワンが大泣きした。あまりの泣きっぷりに、クロは涙を浮かべて平謝りだ。


 これまでクロはあまり料理をした事がなかった……いや、場数が少なくても、ここまでマズいものが作れるのは異常といえる。料理はとてもクロには任せられない。折角食材が増えたのに勿体ないとナエが引き続き料理をする事になった。


 クロが食材の調達、ナエが料理や畑を耕したりなど。その他の事は手が空いている人が適当にやるようになった。ワンワンは相変わらず【廃品回収者】を使って、色んなものを回収している。


 ちなみに【廃品回収者】で人を回収できる条件は、死に瀕している、あるいは他人に殺されそうな状態である事ではないかとナエとクロは推測する。回収された自分たちの共通点はその一点ぐらいしか思い浮かばなかった。


 他人に自分の生死を握られているという状況は、その者に自分の所有権があるという事になるのではないか。そう考えると殺そうとする行為は、所有権を放棄するというふうに判断され、【廃品回収者】によって回収する事ができた。そうナエとクロはとりあえず結論付けたのだった。


 今後、再び人を回収すればより詳細に分かると思われるが、今のところ新たに人は回収できていない。


 それとクロが回収された時に意識を保っていた為に分かった事がある。それは回収されて、ワンワンが出すまでの間の対象の時間が、格納鞄(高級)のように停止するという事。


 クロを回収して出すまで少し時間が空いたが、彼女からしてみると一瞬で聖域に移動したという認識であった。


 その人物を取り出すかどうかは別として、おそらく誰かに殺されかけている緊急事態なので、ワンワンには自分たちの確認をせずに回収までは許す事にする。時間が停止するなら、おそらくそれで死は防げるはずだからだ。回収した人物を出すかどうかは、全員で話し合って決めていく事に。


 このように【廃品回収者】への理解が深まり、生活もクロのおかげで少し豊かになった。


 まだナエとクロもここでの生活を始めて一ヵ月も経っていないが、慣れてきたようだ。それもワンワンという癒しがあるからだろう。


 これまで彼女たちは、家族を亡くして一人孤独に過ごしていたり。あるいは、誰かの為になると思って戦っていたのに、味方から嫉妬されて殺されそうになったり。様々な理由で心は擦り減っていただろう。そんな彼女たちにとってワンワンは特効薬だった。


 純粋で、優しいワンワンと接する事で、じんわりと自身の心の傷を癒してくれているように感じていた。あまりにも彼の傍が心地良く、また保護欲を掻き立てられるあまり、ワンワンと一緒に寝るのはどちらかとクロが来た初めての夜に争いが起きた事もある。


 これまでナエはワンワンと一緒に同じベッドで寝ていて、今更ワンワン無しでは寝られないとクロに言う。そして最終的にはワンワンが真ん中で、二人が左右挟むようにして寝るようになった。


 とにかく起きている時も寝ている時もワンワンと一緒に二人は居たかった。


 ただ、そんな二人が頭を抱える事態が発生する。


「自分の身を守るにはどうしたらいいの?」


 そんな事をある日の朝食時にワンワンが言い出したのだ。


 理由は二人とも分かっていた。エンシェントドラゴンの約束だ。自分の身を守れるようになるまでは、ここで生活をするというもの。ワンワンは外の世界がどのようになっているのか興味があるようだった。


「自分の身を守れるように……か。そうだね、まあやっぱり力をつけないといけないね。聖域から出るのに魔物を倒さないといけないし……聖域から出ても魔物はいくらでも居るからね」


「そっかー。じゃあ、どうやって力をつければいいの?」


 その言葉にクロは言葉を詰まらせる。本当は「鍛錬をして、ステータスを上げるのが大事だよ」と言おうとした。だが、それを言った事で生じる流れを彼女は察知する。


『鍛錬をして、ステータスを上げるのが大事だよ』


『そっかー。じゃあ、鍛錬の仕方を教えてー』


 絶対に鍛錬をして欲しいという流れになってしまう。そうなれば心を鬼にしてワンワンを鍛えなくてはならない。それに自分は耐えられるかと自問自答し……。


「よく食べて、よく遊んで、よく寝る事かな!」


「そっかー。じゃあ、クロ! ご飯食べたら遊んで!」


「うん、いいよ!」


 クロはそう誤魔化した。


 それからワンワンが遊び疲れて昼寝を始めると、ナエとクロは話し合いをする事に。

 ワンワンに聞かれたくない話をする時には、思いっ切り遊ばせて昼寝をさせるようにしている。ちなみに今日の話し合いの内容は、朝食の時の件だ。


「どうするよ……」


「どうしようね。正直、私はワンワンを鍛えられない。いや、頑張れば鍛えられるけど……」


「クロが言いたい事は分かるぜ。ワンワンを戦わせたくないんだろ?」


「…………うん」


 それは甘やかしているとも取れるが、ワンワンには戦い……延いては世の中の醜い部分に接する事なく、優しい純粋な心のままで居て欲しいと思ってしまうのだ。それはクロだけではなく、ナエも思っている。


 醜い事を知ってしまった時、ワンワンはいったいどう思うか……悲しむだろうか、絶望してしまうのではないか、泣いてしまうんじゃないか。そう考えただけで二人の心は痛んだ。


「エンシェントドラゴンだって、ワンワンを積極的に戦わせたいと思ってた訳じゃないはずだろ? ワンワンに回収させたのは、あれだけだったんだからよ」


 ナエは髪を掻き乱し、意味が分からないと苛立たしげに呟く。それに同意するようにクロは頷いた。


「そうだね……。《シーカー・アイ》《ミソロジィ・キュア》《ミソロジィ・シールド》……どれも攻撃性の魔法ではないようだし。それに与えたステータスは生命力、守備力、魔力だけ。エンシェントドラゴンは本当に守る力だけをつけて欲しいのかもしれないね」


「でも、守る力だけつけてやっていけるのか?」


「守備力に特化した人なら世の中に沢山居るよ。だけど、攻撃役が居ないと厳しいだろうね」


「攻撃役……」


 それを聞いて、ナエは思わずクロに視線を向ける。その分かり易い視線の意図にクロは微笑む。


「そうだね。私が攻撃役になれば問題ないと思うよ。だけど、それでワンワンが納得してくれるか……」


「……ああ」


 クロは一度ワンワンとナエに、自分が二人を守るから聖域から出ないかと提案した事があった。だが、その時にワンワンはエンシェントドラゴンとの約束があるからと、拒否したのだ。


 ワンワンは守る役目を、クロが攻撃の役目を担うと提案して、それを自分の力と納得する事はできないだろう。


「どうすりゃいいんだ?」


「今は何も良い案はないかな……とりあえずはさっきみたいに、『よく食べて、よく遊んで、よく寝る事』で押し通そう」


「いつまでそれが通じるか……」


 ナエとクロはそれからワンワンが起きるまで、話し合いを続けた。しかし、名案が浮かぶ事なく、ワンワンが起きてしまい、今回の話し合いは終わってしまうのであった。

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