第二章.そして彼は堕ちて行った

暗転.堕ちた聖女と〝お父様〟


 こちら側と、あちら側。私とあなた、隔てる壁が割れてゆく。

 硬く冷たい音を立てて、氷のように砕け散る。


 床に散らばる欠片は光を吸いとり、星空のように美しかった。

 そんな造りものの夜空から、小さな悲鳴が微かに聞こえる。



「……」



 それは泣き声だった。それは恨み言だった。

 ぶつける先のない人々の悲しみ。その上に私は、立っている。



「泣いてる……」



 誰も悪くはないことを、私は知っている。

 人々が理不尽な境遇に喘ぎ苦しもうが、そこに神の奇跡は起こらない。



「ごめんなさい」



 神様、神様。どうか、どうか。誰もが〝神様〟に祈りを捧げた。

 けれど、人々が祈る〝神様〟が何もしない・・・・・ことを私は知っている。



「ごめんなさい」



 私は悪者。記憶を取り戻したあの日から、私は心に誓ったの。

 私は悪者。だからそう、私にしかできないことがある。



「私がやらなきゃ、お父様は……」



 全てはそう、優しい優しい〝お父様〟のために。




 思えば私がここに来た日から、お父様はそこにいた。

 私はひとりになってしまったけれども、決して独りではなかったのに。



「お父様は、どうして」



 けれども私は、突然のひとりぼっちに耐えられなかった。

 だからあの人は……お父様は、私の記憶を消してくださった。



「何もかもを許せてしまうの」



 長い長い時を経て、私はようやく記憶を取り戻した。

 お父様に似て高潔な、優しいあの子に出会ったから。



「お父様は、どうして」



 その日が来たら、お前も一緒に連れて行こう。そうお父様は約束してくださった。

 でも私には身体がないから、あの子の身体をもらえばいいのかな。



「理不尽の中でも笑っていられるの」



 ああ、ついにその時が来たんだと。

 長い長いお父様の苦労が、報われる時が来たんだと。



「ねえ、お父様」



 私の役目は、お父様をここから解放すること。

 鏡の中に囚われた、私にしかできないこと。


 

「じゃあ、あの人は一体誰なんですか?」



 だから私は鏡を割る。

 この厳重な封印を解かなくては。



「お父様のフリをしているあの人は、誰」



 これ以上、お父様を傷つけないためにも――

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